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わかることなら調べたい

狭山さんがコーヒーを淹れている間、南さんからも連絡がきた。千歳を呪った誰かの追求は、和紙の分析を待たないとやはり無理だそうだ。誰が千歳を呪ったかは気になるけど、結果が出るまで棚上げにしないといけない問題だろう。今できることは、狭山さんの相談を聞くことだ。

「お持たせですみませんが」

狭山さんがコーヒーと、俺たちが持ってきたクッキーを出してくれた。

「あ、ありがとうございます」

『ありがとう!』

千歳(女子中学生のすがた)が早速クッキーの袋を開ける。あんまり急かすのも悪いかなあと思いつつ、狭山さんがコーヒーを一口飲んでから、俺は聞いた。

「その……狭山さんの相談事ってなんでしょうか。お役に立てるかどうかわかりませんが、微力を尽くします」

狭山さんは、複雑と苦渋が入り混じった顔になった。

「……大したことじゃないんですが、まあ、順を追って説明します」

すると、千歳がもじもじしだした。

『あの、ワシも聞いていいやつか? どっか行ったほうがいいか?』

「あ、いえ、ここだけの話にしてもらえれば全然大丈夫です。ていうか、今のことがあったから、千歳さんにも聞いてほしいかも」

『?』

千歳は不思議そうに首を傾げたが、大人しく聞く体勢になった。

狭山さんは話しだした。

「まあ、なんていうか、一言でいうと、僕に厄介なファンがついてて、怖いくらい僕を推してきてて、生活に侵入してきそうで怖いってことなんですが……」

狭山さんは説明してくれた。狭山さんのSNSのすべての発言、Twitter(現X)だけでなくmisskeyやタイッツーにも、超速でいいねやリアクションをつけ、コピーし、狭山さんの居場所の特定に勤しんでいるアカウントがあるそうなのだ。

「それは……困りますね」

「そうなんです」

狭山さんは大きくうなずいた。ただ、俺が何の役に立つのかさっぱりわからないな。もう少し話聞かないとわかんないか?

そしたら、千歳がまたもじもじしだした。

『あの、ワシ、先生のツイートよくハートつけちゃってる……住所も知ってるし……』

あ、そう言えばそうだ。でもなあ、多分狭山さんの言ってるのは、度を越した独占欲を持つストーカー的なファンなんだよな。

千歳にそれをどう伝えるべきかと思ったら、狭山さんが千歳をフォローしてくれた。

「いや、千歳さんは僕の住所知っててもそれをネットに広めたりなんてしないじゃないですか。すべてのツイートにリプしたりしないし。そのファンは、僕がまずったなと思って消したツイートも全部保存してコレクションしてて、特定した僕の出かけた先も逐一僕の該当ツイートにリプしてくるんですよ」

こ、怖!

『そ、そんなことしない!』

千歳は首を横にぶんぶん振った。

「だから、千歳さんとは全然違いますから、気にしないでください」

『う、うん』

千歳はうなずいた。俺は狭山さんに聞いてみた。

「ものすごく厄介な相手なのはわかりましたが……狭山さんの作家アカウント、すべてにリプしてくる人いましたっけ?」

狭山さんの作家としての垢、俺も見てて、盛況にフォローされて頻繁にツイートしてるのは知ってる。でもそこまで厄介なファンついてたっけ……?

聞いてしまってから、俺は思い当たった。あ、裏垢の方か! 狭山さんが性癖と性的な創作投下しまくってる方! 俺もちょいちょい下半身お世話になってる方!

狭山さんは、少し言い淀むようだったが、言葉を続けた。

「その、僕、別名義でも創作やってまして。今の話は主にそっちでの話なんですよ。まあ、その厄介なアカウント、僕のてんころのアカウントもばっちりストーカーしてますが」

「な、なるほど……」

なるほど、裏垢の話ね。

『先生、てんころ以外の話も書いてるのか?』

「てんころとはものすごくジャンル違いますから、多分千歳さん面白くないと思いますよ」

狭山さんは即座に答えた。なるほど、裏垢で悩んでるけど、裏垢の存在は公にしたくないと……。

「うーん、千歳、プロの作家さんがそう言うなら多分、千歳はハマらないジャンルだと思うよ」

『そっかあ』

俺も狭山さんをフォローすると、千歳はあっさり引き下がった。多分、前に藤さんの軍記物を読んだけど、あんまりハマらなかったことから学習しているのだろう。

狭山さんは困った顔でまた話しだした。

「これは創作畑じゃない人にご理解いただけるかわからないんですけど……そのファン、クリエイターは不幸じゃないといいものが作れない教の信者なのも怖いんですよね……」

『 「不幸じゃないといいものが作れない教の信者?」』

千歳とハモってしまった。狭山さんは説明してくれたが、どうも、クリエイターは不幸で足りない状態でいないとギラギラを失って良いものが作れない、と言う、根強く言われている考え方らしい。

「不幸っていうのは、金銭的なことじゃなくて、恋愛的なものも含まれてて。そのファン的には、僕は一生非モテで、猫とだけしか暮らしてないといけないみたいなんですよ。でも僕、来年にはあかりさんと入籍するし、ネットでそれを秘密にするとしてもそのファンは嗅ぎつけそうだし、居場所特定もある程度できる相手だから、あかりさんになにか波及したらって思うと、怖くて」

狭山さんは心情を吐露した。

「さっきの千歳さんの呪い見て、もし〈そういう〉面にも繋がりのある人間だったらどうしようって怖くなっちゃったりもしたんですよ。もし呪いって手段にアクセスできる人間であれば、完全に居場所特定できなくても飛び道具的に使われるかも知れないし……」

「うーん、確かに、そういう不安は出ますよね……」

俺が相槌を打つと、狭山さんは大きくため息を付いた。

「そのアカウント、ブロックしたいんですけど、したって副アカウントはいくらでも作れてそこから見られるし、ブロックしたせいで暴走されても困るから、できなくて。鍵アカウントにするにも、多分そのファンの本アカウントと副アカウントがすでにフォロワーに複数紛れ込んでるから、意味をなさなくて」

「や、厄介ですね……」

「それでですね」

狭山さんは顔を上げた。

「和泉さん、Twitterアカウントから個人特定ができる女の子と知り合いじゃないですか、鹿沼もみじさん。その子に、その厄介なファンの副アカウントの特定だけでも頼めないかと思って」

「なるほど」

ようやく話がつながった。俺は鹿沼さんと狭山さんの仲立ちをすればいいわけね。

「でも、鹿沼さんが前にやったの、使い込んだアカウントとその持ち主の大まかな方角が揃ってだったので、狭山さんの件でなにかできるかどうか、詳しく聞いてみないといけないかもしれません」

「聞いてみてもらえませんか?」

狭山さんは、もはやすがるような目つきになっている。

「ひとまず、鹿沼さんに今の話をLINEしてみます」

「ありがとうございます!」

「ややこしくなるといけないから、今の時点では、狭山さんの名前は出さないでおきますね」

「ありがとうございます、最高です!」

狭山さんはぺこぺこ頭を下げ、俺はそんなにしなくていいからとジェスチャーしながら、鹿沼さんにLINEした。今わかっているその厄介なファンのことはちゃんとまとめつつ、「 知り合いの小説家」として狭山さんの名前は出さずに。でも鹿沼さん、中学校は終わってる時間だけど、部活あるからすぐ見られるわけじゃないかも。

けれど、すぐ既読がつき、少ししてから返事が来た。

〈すみません、使い込んでるアカウントだけじゃなくて、やっぱりその人の方角がある程度わかってないとわかりません。たとえば、東南、東、東北、くらいまで絞り込めてればつかめるけど、それがないと、何もわからないです〉

そうか、何でも特定できるわけじゃないのか。

「うーん……大まかにでも方角がわからないと、ダメだそうです」

鹿沼さんに返事ありがとうLINEを送りつつ、狭山さんに鹿沼さんの返事を伝えると、狭山さんは肩を落とした。

「うーん、そう何もかもうまくはいかないですね……」

「すみません、お役に立てなくて」

俺は頭を下げた。

「いや、もともと無理なお願いでしたから!」

狭山さんはそう言ってくれたが、やっぱり悪い気持ちがある。

……いや、今の話だけでも、ある程度俺の方で調べ倒せばわかることがあるかもしれない。ソーシャルハック的な意味でだが。俺は狭山さんの裏垢知ってるわけだし。

『あのさあ』

いつの間にかクーちゃんに膝に乗られていた千歳が、片手を上げた。

『先生が呪われないようにするお守りくらいなら、ワシ作れるぞ。ちょっとした依代がいるけど』

「え、本当ですか!?」

狭山さんが腰を浮かせた。俺は驚いて聞いた。

「え、松の葉以外でも作れるの!?」

『松の葉も、あれはあれでいいんだけど、いつも身につけてられるかっていうほうが大事だな』

「な、なるほど……」

狭山さんが浮足立って言った。

「そ、それ、三つ作ってもらってもいいですか!?」

『みっつ?』

「僕とあかりさんと、あと念のためにクーの分も」

『うーん、普段身につけられそうな依代があれば、それお守りにできるぞ』

「じゃ、じゃあ、それっぽいの持ってきます!」

狭山さんは即座に奥の部屋に引っ込み、少しして何か持って戻ってきた。アクセサリーが入ってるっぽいベロア風の箱と、猫の首輪二つ。

「これ、ネックレスの方はあかりさんに今度あげるチェーンで、首輪はクーの予備なんですが、長さ調整すれば僕の手首にも巻けるので、片方はクー、片方は僕でお願いします」

『わかった! 首輪の方からやるな』

千歳はまず首輪を受け取り、紐部分を指で慎重になぞって、それから首輪を両手で拝むように挟み、目を閉じて何事か唱えた。もう一つの首輪と、細い銀のチェーンにも同じ事をする。

『これでできたぞ!』

「う、うわ、すごい……」

霊感のない俺にはさっぱりわからないが、狭山さんにはわかるものがあるらしい。首輪を持つ手が震えている。まあ、千歳のお守りは、九さんの毛皮を切り裂けるもんな。

『本当は首輪の紐自体ワシが編んだほうがいいんだけどな、これでも大丈夫になるようにがんばった!』

「す、すごい、ありがとうございます!!」

狭山さんは何度も頭を下げ、クーちゃんを抱き上げて首輪をつけ換え、自分の左手首にも長さを調整した首輪をつけた。

「と、とりあえず、心霊方面に関してはこれで安心……」

狭山さんはほっと息をついた。でも、メインの問題はなんにも解決してないんだよな……。

その後の待ち時間は、緑さんが来るまで特にやれることもないので、コーヒーを飲みつつ、クーちゃんを撫でさせてもらうなどした。

緑さん(お守りの威力にびっくりしていた)に和紙を引き渡したあと、俺たちは狭山さんちから失礼した。

ただ、俺は、できることが見えているなら、なるべくそれをやろうと決めていた。成果が出るかどうかは分からないが、成果が出たら、わかったことは全部狭山さんに伝えよう。

『お前、さっきからずっとスマホ見てるけど、どうしたんだ?』

帰りの電車で、千歳に不思議そうに聞かれた。

「ん、まあね、ちょっと、自分にできることをね」

狭山さんの裏垢を見たら、厄介ファンの垢は即わかった。そこからさらに調べ、俺は、狭山さんの裏垢フォロワーの中から副アカウントとして怪しいものを五つまで特定した。

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