――午後9時のホテル裏の駐車場
16台程収容できるスペース、道路に面してはいるけれど、車は勿論、人が通る様子はない。絶妙に死角になっている場所で、私服姿の白金ソラは、こんなにも良い月を眺めていた。
(9時になったけど……)
ソラは、15分前にここに来ていた。
そして、ホテルの、駐車場への裏口をみつめている。
あの扉の向こうに、既にレインが居るのを知っている。
(緊張――してるんだ)
きっと自分以上にと、己も胸を高鳴らせながら、あの扉が開くのを待つ。
――9時になって1分過ぎてから
扉がカチャリと開かれた。
「ま、待たせて、すまない」
「だ、大丈夫です」
歩みながら声をかけてくる相手に、一生懸命返事をする。レインはソラの前に、あと一歩踏み出せば、体が重なるくらいの位置に立った。
――ソラがレインを見上げれば
背景は、自分達が泊まってるホテル。その前に、くっきりと彼女の姿が浮かび上がってる。
(相変わらず、キレイ)
――私達は、見た目を一等にしたろくでなし
かつてのレインの言葉を思い出す、本当にお互い、好きになった切っ掛けは、その姿に惹かれたからだった。だけど、
今はそれだけじゃないと、ハッキリと言える。そう、
あの時のときめきを、二人はけして恥じない、誇りにすら思う、だから、
「……その、今更であるが」
レインは――覚悟する。
「私はもう、お前への気持ちを言葉にしてしまってる」
「は、はい」
「だから、今からする告白も、必要無いかもしれない、けど」
そこでレインは、一歩近づく代わりに、
ソラの顎に手をあげた。
(――えっ)
と思う前に、顎をクイッとあげられる。
レインも頭を下げたから、顔の角度が平行になる。
――なんのため
「言葉だけじゃ足らない、私の気持ちを伝える為に、出来る事がある」
「あ……」
リズムを刻んでいた心臓が、ドクン! と一気に跳ね上がった。
それは、今からされる事を察したから。
「――いいだろうか」
「レインさん……」
胸の鼓動はやかましいくらいだけれど、それでも表情は穏やかなままに、
ソラは、目を閉じた。
するとレインも薄く目を閉じて、ゆっくりと体も近づけながら、
顔を、そして唇を、
彼の元へ――
――次の瞬間
ブロロロォッ! と、けたたましくエンジンの吼える音がして、
振り向けば眩しい
「えっ!?」
「なっ!?」
バイクが二人の間を文字通り割って入り、
――告白を、二人の恋を
引き裂いた。
「うわっ!?」
「くっ!?」
バイクに当たる直前、二人は思いっきり後ろへ飛んだ。だが当然そのまま、アスファルトの上へ転がってしまう。
「な、なんだ!?」
そう言いながら立ち上がろうとしたレインの体に、
――バシュン! と
「なっ!?」
体に何かゴム状のリングが巻き付く――それを見てソラが駆け寄ろうとした時、
――バイクに乗っていた男が、平べったい棒状のものをソラへ投げた
「あっ」
それが体にあたった瞬間、形状記憶合金の力で強力に、腕ごと銅を縛り付け、
「うあっ!?」
ソラを拘束し、転ばせた。
……二人が立ち上がるのにすら難儀する様子を見てから、バイクを降りる男。
そのヘルメットを被った姿は、
「じゅ、十字架?」
レインが戸惑う中で、ソラは、
「――クロス」
ゲーム上で彼の名を呼んだ後、
「クロ!」
幼馴染みの名前を、叫んだ。
……まだ、クロスがクロだとは、確定していない、だけど、
ヘルメットの男は淡々と、レインに近づき手足まで拘束バンドで縛り付けながら、
「久しぶりだな、ソラ」
そうはっきりと、認めてしまった。
――訳がわからない
灰戸が、近々会いたいと言っていたのは聞いている。
だけど幼馴染みは、レインから己への
両手足まで縛ったレインを、
「――白銀レインは連れて行く」
誘拐しようとしていた。
「――なんで」
起こっている事は解っても、
「なんで、なんで、なんで!」
なぜこんな事をするのか解らない、それでも、
「なんで!」
ソラは、ただ叫ぶだけでなく、両足だけでレインを助けようと飛んだ。
――常人ならばそこからの蹴りを叩き込まれる場面、だが
クロはその蹴りにヘルメットでの頭突きをして、
「あっ」
宙で逆さになった所で、両足もまた拘束バンドで縛る。
「うあっ!?」
そしてうつ伏せにおちた瞬間に、両手も後ろに縛った。そうしてから、さっさとレインを――暴れる彼女を軽々と持ち上げて――バイクの乗り込む。
「な、なんだ、何故だ、何が目的だ!?」
「答えてよクロ、何をしてるの!?」
今の二人の感情は、恐怖や怒りよりも、ただただ戸惑いが優先する。当たり前だ、神の悪徒という仲間である彼が、こんな事をする理由がわからない。
だけどそれに対して、クロは、
「――俺はただ」
二人が望まぬ答えを告げる。
「アイさんの
――虹橋アイの名が出た途端
絶句する、二人の前で、
「1時間後、アイズフォーアイズにログインしてくれ」
そう告げたクロは、バイクにまたがり――騒ぎを聞きつけたリクヤとウミが、裏口を開いたタイミングで、
「そこからアイさんが
そのままバイクを、虎のように走らせた。人間一人を、片腕で抱えた状態で。
「ちょっと、ソラ、何があった!?」
「レインさん、浚われた!?」
「――すぐに警察へ連絡して」
ソラ、
「灰戸さん達にも連絡、あと、ウミは、僕の拘束を外せる手段を検索」
叫びたい気持ちを抑えて、必死で押し殺して、いつもの怪盗業のように、今できる最善の方法を組み立てていく。
だけど、それも、
「――なんで」
保つわけがない。
「なんでだよ!」
やっと自分に、正体を明かしてくれた幼馴染みが、
「なんでこんな事をするんだよ、クロォ!」
自分の大切な人を、奪っていったのだから。
◇
――アイズフォーアイズ社長室
「クソ!」
そんな中で、ジキルは、
『――ごめん』
狂気に、正気で、謝った。
『私のせいだ、これ……まさか今日の内になんて』
「……ふざけるな、責任は俺にある、悠長に観察などに留めず、無理矢理でも保護しとくべきだった」
『――解析も何もすんでないけど』
ジキル、視線を横にやりながら、
『100%、久透リアが関わってるし、こんなの』
「……世界に絶対は無し、精々99%だ」
だが、そうだと仮定した場合、
「問題はその方法だ、彼女は、明らかにこちら側の人間だ、だが」
問題は、
「どうやってリアは、彼女を操っている!」
――ブラックパールの事が頭によぎった
だけど、彼女がそれに屈しない
そうなれば、
『ねぇ、もしかしたら、
――ジキルの推理は
『私達が嘘だって思うくらい、シンプルなんじゃね?』
それが一番バカげていて、
それが一番、恐ろしい。