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6-8 十字架の丘

 ――データー破壊グリッチ

 ゲームの裏技の中でも、最も強力であると同時に、最も危険な技である。

 データーそのものを破壊するという行為は、やり方次第では様々な奇跡最強ステータスを呼び起こすが、

 大抵は、データーそのものが消えてしまい、最悪の場合、ゲーム世界そのものが起動し目覚めなくなる

 世界の終わりを紙一重にした究極の絶技、

 その力を込めた刀の切っ先を、今、


「……」


 VRMMOアイズフォーアイズの世界で、今、黒衣姿でヘルメットを被ったブラッククロスが、レインの胸元に突きつけていた。

 場所は、真っ赤な空と赤茶けた土が広がるばかりの死の大地。

 そこにレインは、十字架で磔にされていた。


「……大丈夫、ソラは必ず助けに来る」


 クロは、とても辛そうに、


「レインさんを斬るBANのは――その後だ」


 そう、刀を手元に下ろしながら、呟いた。

 それに対してレインは、


「……何故、こんな事をする」


 そう、聞いた。


「私のアカウントを消して、どうする? それは私にとって、……とても辛い事だ」


 この世界ゲームのデーターが消えたからとて、リアルで死ぬ訳じゃない。

 でも、ここで積み重ねた物が無くなる事は、培った強さステータスが無為になるのは、集めた宝物レアアイテムを失うのは、仲間達との記録トロフィーが無かった事になるのは、


「死にたいほど、辛い事だ」


 そう、当然の様に訴える。

 だが返ってくる答えは、


「俺は、アイさんの言うとおりにするだけだ」


 また、同じだった。


「……なら、アイさんは何故そんな事をするのか、教えてくれ」

「解らない」

「もしも理由があるならば、私だって納得する」

「知らない」

「何故、聞かなかった」

「疑わない」

「どうしてこんな事をするって、なんで!」

「俺はアイさんを!」


 レインの激昂に対し、それ以上の憤りを店ながらクロは、


「疑わない、疑わないんだ、俺はアイさんを……」


 ヘルメットを被っていても、彼はまるで、


「母さんを、疑わない」


 子供のように、脅えているように見えた。







 ――時刻は10時、ソラが泊まってる部屋

 肌には尚、強烈なバインドで痕が残っている。しかし痛みはすっかり引いていた。相変わらずの頑丈な体、だけど、

 身に対して心の方は、奈落のように光を失っている。


「……」


 本来ならば、警察に事情聴取を受けている身ではある、だが、そこは灰戸が根回しをしてくれた。最優先は、アイズフォーアイズにログインする事。

 レインを守れなかった後悔と、クロへの疑問がおさまらない状況、そんな中で、

 中指二回、人差し指一回、

 こめかみをノックして、まず、ARを起動する。


「――すまない、ブレイズ、オーシャン」


 VRにログインする前から、怪盗スカイゴールドとして振る舞う。


「状況によっては我は、……”我を失う”かもしれない」


 祈るように、


「もしその時は、我をどうか」

「難しく考えんなよ」


 ブレイズ、


「思うままに動けよ、そして、奪い返せよ」


 そして、オーシャン、


「ほうよ、スカイの世界で一番大切な宝物」


 ……二人の友達の言葉に、スカイはふっと笑って、


「我にとってキューティは、宝物なんかじゃない」


 ログイン、


「我の世界全てだ」


 する。




 三人がアイズフォーアイズへと身を投げた途端、

 全自動フルオート有り得ぬ速度コマンドスキップで、

 強制的に、ある場所へと移動させられる。

 ――そこは十字架が立つ赤い丘

 まるで鮮血に染まる光景で、

 キューティが磔になり、

 クロスが彼女に、刀を突きつけている光景に、


「クロスゥ!」


 ――宣言通りにスカイは我を失い

 ファントムステップで、一気に飛んだ。




「行くぜ!」

「OK!」


 ブレイズもオーシャンもその衝動を、当然の怒りを、けして止めたりはしない。


ジャイアントアローソング!巨人の弓


 超巨大な――誰も装備できるジョブがいない事で没になった武器データーを、オーシャンが空中に歌い呼びだし、


クラマフランマヘッド!俺の頭が炎転突破


 頭に武器装備をし、燃えるドリルを回転させながら、ブレイズは巨大な弓の弦へドロップキックのように飛んで、

 ――己を矢にして射出する


ジャイアントキラー!豪炎の弓矢


 燃え盛る矢ブレイズは一直線にクロスへ向かう、同時に、スカイの拳もクロスへと届く。単純な同時攻撃、片方を防いでも片方を食らう!

 ――だが次の瞬間

 クロスはわざわざに、刀を鞘に納めて、


一閃無駄だ


 そう言って、居合いで振るった。

 何一つ派手さも無い、刀の一撃は、


「がぁっ!?」

「ぐぅっ!?」


 ゲームの仕様上、血が出ず、体が切断される事もないが、二人をそのまま遥か後ろへと吹き飛ばした。


「こ、この」


 直ぐさま立ち上がろうとしたスカイだったが、


「は、はぁ、なんだよこれ!?」


 隣遠くで、仰向けになったブレイズが、焦りを見せる。彼が開いたメニューコマンドが、


「バグってんじゃん!?」


 表記が無茶苦茶に、かき混ぜられているひらがなカタカナ漢字アルファベット記号、メニューが指定できないように、ブレイズ自信も立ち上がらない。


「すまないが、身動きが取れないように壊させてもらった」

「え?」


 ――データー破壊は、どんな影響が出るか解らない

 だがそれを、答えを計算して、予測して、


「スカイと、いや」


 思い通りに壊す事が出来るなんて、それは最早、

 ――やり過ぎチートを越えた何でもあり全能


「ソラと二人で、話をさせてくれ」


 そう言ってまた刀を納めたクロス、それを見て磔になったキューティが叫ぶ、


「オーシャン、逃げろ!」

「え?」


 クロスと距離があったオーシャンは、反応が遅れた。


一閃関係無い


 クロスはその距離すらも、壊してみせる。


「きゃぁっ!?」

「オーシャン!?」


 その場で刀を振るっただけで――オーシャンの体に斬撃が通る。オーシャンもその場に倒れ伏したと同時、メニューがバグってしまった。

 ――距離を壊す斬撃

 余りの力量の差に、身動き一つ取れなくなってしまうスカイ、いや、今はソラ。


「俺のグリッチは、壊した後に定めるスクラップアンドビルド


 クロス――クロは刀を納めながら、ソラへ向かってむき直した。


「ただ、繊細なコントロールが必要になるから、ソラのグリッチとは相性が悪い」


 そしてそのまま、一歩ずつ近づきながら、ヘルメットを、


「――お前はすり抜けてしまうから、生半可だとズレるんだ」


 足元に投げ捨てる。


「……だから、レインさんを斬るBAN前に」


 現れたのは、あの頃の面影も少ないけれど、


「天敵のお前は、真っ正面から倒さないとHP0にしないといけない」


 ――確かにその顔は


「行くぞ」


 幼馴染みのものだった。

 ……クロが、刀の柄に手を添えたけれど、ソラは何も構えない。

 放つのはただ、


「――どうしてだよ」


 シソラではなく、ソラとしての言葉、


「どうしてだよ、クロ!」


 ――友達への言葉


「あんなに一緒に、怪盗ごっこをしたよね! 僕の家で、コスチュームとか作って、宝物も作って!」

「そうだな、懐かしい」

「一人になりがちだった僕を、君は声をかけてくれて!」

「あの頃のソラは、引っ込み思案だったからな」

「怪盗は、正義の味方だって、悪い奴をこらしめるかっこいい奴だって!」

「ああ、そうだった、俺の憧れだった」

「なのに、どうして!」


 ……叫んだ後に訪れる、痛い程の静寂、


「ソラ……」


 思わずレインが、声をかける。だけどその音も、今の少年には届かない。

 そんな中で、


「ごめんな」


 ――クロはまず謝って

 体を屈ませ、そして、


「一緒に怪盗になろうって、約束を破って」


 刀を、


「だけど」


 ――抜く




一閃正義の盗みなんて、存在しないんだ




 閃く刀と供に、クロは過去を語り出した。


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