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―第四十五章 邂逅―

「んなあああっ⁉ な、なんでお前さん方っ……」

「いつもならすぐに鍛冶場に戻るてめえが、ずいぶん籠ってると思ったら……! 逃げられると思うなよ!」


 どうやらコウテツの普段の行いと違うことを怪しんだ私兵がいたらしく、出てくるのを待たれてしまったらしい。私兵は見る限り、ざっと五名ほど。仲間を呼ばれてしまえば、あっという間に捕縛されてしまうだろう。


「くそっ……コウテツ! 俺がやるから、あんたは下がって……」

「馬鹿垂れ! お前さんは行かねばならんのだろうが!」


 拓真が前に出ようとしたのを押し退け、コウテツは持ってきていた荷台を両手で掴むと、それを振り回して二人の私兵へと叩きつけた。木製の荷台は気持ちいいほどに割れて粉々になり、叩きつけられた私兵は当然のことながら伸びてしまっている。


「貴様! オルポス諸島へ帰れなくなってもいいのか!」


 残った私兵が、コウテツに剣を突き付けながら言う。だがコウテツは物怖じせずに、その場に仁王立ちして答えた。


「帰れるかどうかはワシが決めることだ! かかってこい、若造共!」


 思わず耳を塞ぎたくなるような声量に、私兵たちもたじろいでいる。


「行け、タクマ! お前さんの仲間を救ってこい!」


 鼓舞するかのような声に、拓真は頷いてすぐに館の中へと入っていった。


「くそっ、行かせるかっ……どわぁっ⁉」


 私兵の一人が追いかけようとしたが、足元に木の柱が叩きつけられたことによって遮られた。どうやら倉庫代わりのテントの支柱を抜き取ったコウテツが、それを叩きつけたようだ。


「かかってこいと言っただろうが、若造が!」


 ビリビリと鎧を響かせる声に、私兵たちは戸惑いつつも剣を向ける。




 コウテツが戦っている隙に館の中に入り込んだ拓真だったが、すでに情報は伝達されているらしく、あちこちから私兵が追いかけてきていた。


「戦っても埒が明かない……! このまま正面玄関まで行って、地下牢への道を……」


 コウテツから教えてもらっていた道を頼りに、地下牢まで行こうと思ったが、ついに後方だけでなく前方からも私兵が出てきた。


「くっ……!」


 挟み込まれると思い、拓真はすぐ横にあった階段を駆け上がった。無論、私兵たちもついてくるわけだが……。


「足癖が悪いのは許してくれよ、なっ!」


 くるりと振り返り、拓真は先頭の私兵を蹴り飛ばす。宙に浮いた私兵は、そのまま後続の私兵を巻き込み、階段下まで落ちていったようだ。


「よし、どこか別の階段から下に戻って……」


 前方を向くと、いつの間にかどこかからかやってきていた私兵がおり、拓真はがっくりと肩を落とした。


「まあ、そう簡単にはいかないよな……でも!」


 コウテツに打ってもらった刀を、拓真は臆することなく抜いた。殺しまではしない。しかし、剣は奪わせてもらう。

 剣道の型を取り、拓真は目を瞑ってフッ、と短く息を吐いた。次の瞬間に目を開き、その鋭い眼光で私兵を捉えると、素早く目の前まで距離を詰める。


「なっ、なんだっ……⁉」


 剣道を初めて見る私兵は、拓真の動きに驚いて隙を作ってしまった。


「小手ぇっ!」


 油断した私兵の手の甲を刀で叩き、その剣を落とさせる。


「めぇんっ!」


 そのまま額であろう位置に刀の背を叩き込み、鎧を叩き鳴らす。脳みそが揺れたのか、私兵は足取りが覚束なくなり、そのまま倒れ込んでしまった。


「貴様っ!」


 仲間をやられてしまい、激高したもう一人の私兵が拓真の背後から迫りくる。しかし、それはもう拓真の敵ではない。


「伊東一刀斎流、“瓶割かめわり”」


 素早い斬撃が私兵を襲い、その鎧を砕かれる。私兵が驚いている間に峰打ちを入れ、拓真はあっという間に目の前の私兵二人を倒してしまったのだった。


「ふう……俺も慣れたもんだな。さて……」


どこから降りようかと、道を探そうとしたその時――


「!」


 ぐっ、と拓真の刀を持つ腕が、倒れた私兵の首を跳ねようと動き出す。


「だっ……やめろ! これでいいんだ!」


 拓真の意思に反発するそれをもう片手で抑え込み、拓真は力づくで刀を皮でできた鞘へと戻した。

 以前にも似たような経験がある、と拓真は柄から手を離し、自分以外の意思の宿った手を見つめた。


(前にランディと戦った時にもあった、命を奪おうとするこの反動……これは、剣豪憑依の影響だったんだな)


 剣豪が生きていた時代は、相手の命を奪うことも当たり前だったのだろう。だが、あくまでその力を借りているだけなのだ。そこまで身体の自由を奪わせるほど、拓真の意思は弱くない。


「すまないな、俺はできるだけ人の命は奪いたくない。奪われる痛みを、知っているから……」


 刀の柄をそっと撫で、拓真は改めて道を探す。その手は、もう拓真の意思に反したことを起こさなかった。

 屋敷内は広く、どこがどこへ繋がっているのかはわからない。自由に歩き回れるのならよかったが、今はあちこちに私兵が走り回っている始末だ。少しずつ身を隠して移動しているものの、再び戦闘になるのも時間の問題だった。


「困ったなあ、せめて地図とかどこかにあればいいのに……まあ、あるわけないか」

「ありますよ」


 そっと私兵の動向を伺っていた拓真の後ろから、少年の声が聞こえた。驚いて肩を跳ねさせたが、なんとか声を我慢した拓真は振り向き、その声の主と相対する。


「……えーっと……こ、こんにちは……」


 相手を刺激しないように、できるだけ柔らかく言ってみる。少年の腰に見えるのは、ランディの持っているような細剣だったのだ。

 薄い青色の髪と、薄い橙の瞳を持つ少年は、穏やかな微笑みを拓真へと向ける。


「こんにちは、初めまして。あなたがタクマさん……そうでしょう?」


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