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―第七十二章 攻防―

 凄まじい轟音と土煙を上げて、アキヒトは王の間の床へと叩きつけられた。整えられたタイルの床は割れ、細かい瓦礫片が宙に舞う。


「けほっ……さすがに今のは、ちょっと痛かったなあ」


 よろめきながら立ち上がるアキヒトだったが、全身に防御魔法をかけていたようで、ほとんど傷はついていなかった。しかしその身は確かに、拓真の重たい一撃を受けている。


(なんだあの攻撃……まるで、山がそのまま圧し掛かってきたかのような、重たさが……)


 左肩から、斜めに振り下ろされた刀。その圧の強さに、アキヒトの肩には若干の痺れが残っていた。

 次はどこから襲われるかと、拓真の姿を探していると、土煙の中心から飛び出してきた。振り払われる刃は、もはや命を奪うことに躊躇などしていない。ガリオン家の館で戦った時とは全く違う様子に、攻撃を捌きながらもアキヒトは感銘を受けていた。


「本当にどうしちゃったの? そんなに女王様が死んだのが、ショックだった?」


 煽るように言っても、拓真は全く反応を示さない。ただひたすらに、その刃を押し付けてくるだけ。


「……会話ができないのは、面白くないなあ」


 のらりくらりと攻撃を捌くだけだったアキヒトは、拓真と向き合って立つと、両手を広げた。


「土魔法、“圧縮する土イル・レプス”」


 拓真のすぐ両隣に、瓦礫と土が交じり合って壁が作られる。二つの壁は、拓真を挟もうと迫ってきた。


「タクマ・イトー!」


 せめて拓真の助けになろうと、簡易的な治療を施されただけの傷を負うオークスが駆け出す。それを拓真は、視線だけで拒絶した。

 魔法で作られた瓦礫の壁は、拓真を挟む直前になって崩壊した。目にも止まらない速さで斬り捨てられたのは、鞘に刀を収める拓真の姿を見れば一目瞭然だった。


「宮本武蔵伝授……」


 肩の力を抜き、拓真は柄にだらりと手をかけたまま、アキヒトを見据えた。


「“二輪、水之巻”」


 ふら、と重心を偏らせたかと思うと、急激に踏み込んで拓真は突進の如くアキヒトへ切っ先を向けて倒れ込んだ。それは激流を表しているかのようで、どこから攻められるか予想がしづらいものだ。

 拓真が強く一歩を踏み込むと、アキヒトは目を見開き、拓真の攻撃をその身に受けた。だが倒した、という所感はない。アキヒトの斬られた胸元は不自然に離れ、霧のように消えていく。


「危ないなあ。よかった、幻影を出しておいて」


 天井を床として逆さまに立つアキヒトが、頭上から話しかけてきた。特段驚きもせず、拓真は声がする方を見上げる。


「水の魔法なんだよね。霧で幻影を作って、身代わりにするんだ。便利でしょ?」


 へらりと肩を竦めるアキヒトへ先ほどと同じように距離を詰め、拓真は再び刀を振りかざした。だが同じ手は食らわないとばかりに、アキヒトは自身の顔の前で手をかざす。

 物体を停止させる魔法は、アキヒトにとって非常に好ましいものだった。届くと思っていたものが届かないと分かった瞬間の、相手の焦る顔を見るのが楽しくて仕方がなかった。ところが、今の拓真はそうではない。魔法で止められたとわかっても、無理にでも刃を押し通そうとしてくる。それは、魔法すら押し退けようとする強い力だった。

 剣と魔法の鍔迫り合いが続き、やがて拓真に軍配が上がる。しかし、その刀の先には手応えのない、霧のアキヒトが待っているだけだった。


「ね? 便利でしょ」


 背後からの声に、拓真は寒気を覚える。反応するには、遅すぎた。


「氷魔法、“氷の爆発アイ・プロジョン”」


 ヒュ、と耳のすぐ横を何かが横切る音がした。ちらりと視界の端に映るのは、キラキラと輝く氷の粒。それらは、拓真の身体のすぐ近くに幾つかが纏わりついてから、爆発した。


「……」


 拓真は呻き声一つ上げず、腕で顔を覆い隠してから再び床へと降り立った。爆発による傷の痛みは、感じないふりをすることにした。


「なんだかいい目をするようになったけど、少し冷静になった方がいいかもね」


 続けてアキヒトは、再び弾丸の風魔法を拓真へ向けて放った。全てを見切り、刀で斬り落としてから拓真も踏み込んでアキヒトへと詰める。アキヒトは距離を離したり、幻影魔法で翻弄したりなどして、拓真の攻撃を防いでいた。

 先ほどまでミルフェムトが繰り広げていたような戦いを見て、オークスは踏み留まっていた。とてもではないが、自分が割って入れるような状況ではない。拓真に助太刀しようと思っても、そもそも怪我を負っている時点で邪魔になるのは明白だ。


「俺は……見ていることしか、できないのか……!」


 情けなさと悔しさに、再び膝をつくオークス。拳を握りしめ、床を殴りつける。そこへ、何か軽いものが―しかしガラスのように繊細な―擦れる音がした。


「王都兵団の団長たる者が、馬鹿を言うな」


 オークスが発した音でもなければ、拓真とアキヒトが戦っている音でもない。ましてや、この声の主がいるはずもない。

 それでも、オークスは振り向く。


「……ミ、ミルフェムト様!」


 そこには、腹に穴が空いた状態で、全身を結晶化させたミルフェムトが立っていた。結晶化して判別がつきにくいとはいえど、オークスが仕えていた女王は苦痛を隠した笑みのまま、手を差し伸べる。


「立て、オークス。もう怪我は治してやれないが……お前もまだ、スペシャルスキルが使えるだろう?」


 言われた通り、オークスは立ち上がる。それから、ミルフェムトをまじまじと見つめた。

 もう人間の肉の身体を持たない、女王の身体。オークスは過去に、ミルフェムトのスペシャルスキルの話を聞いたことがあった。魔力が底を尽きるまでしか使えない、自らを魔法の結晶化させるスキルの話を。


「おっと」


 ふらりと身体が傾き、倒れかけたミルフェムトをオークスは慌てて支える。あまりにも軽く、儚げな存在となってしまった主人を見て、オークスは目頭を熱くさせた。


「お任せください……俺は、まだやれます!」

「ふ……そうでなくては困る」


 オークスに支えられながらも、ミルフェムトは戦いを繰り広げている拓真とアキヒトを見やる。何もない腹を擦り、強くアキヒトを睨みつけた。

 ミルフェムトは片手に大剣を持ち、杖のように使って自らの足で立つ。結晶化した身体は、少しずつ崩れていっていた。


「やるぞ、オークス。私の最期に、花を持たせてくれ」

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