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第50話 革命軍の逆襲

 大爆発が起こる。

 幸い、ミランダは装備していた防御魔石に守られ無傷だった。

 警告したリドリーも一瞬で爆発の範囲外へ逃げたようだ。


「な、なんだ!?」


 トーナメントを観戦していた観客も、突然のことに唖然としている。


(これは、レオナールの魔力が暴発した現象)


 爆心地の一番近くにいたミランダだけが大爆発の要因を理解していた。


「……レオナール?」


 ミランダはうつ伏せに倒れているレオナールにそーっと近づく。

 今度、爆発が起こればミランダも無事では済まない。

 レオナールに触れられる位置まで近づき、彼の身体を揺すり、意識があるかどうか確認する。

 始めは弱く、段々強くレオナールの身体を揺すったが、彼のうめき声しか聞こえなかった。


「意識はあるけど……、このままじゃ危ないわ」


 ミランダはレオナールの身体を強く押し、彼を仰向けにする。

 顔を近づけ、レオナールの呼吸音を聞くも、浅い。


「体温も冷たくなってきてる。暴発したせいで、生命維持に必要な魔力まで失ってしまったんだわ」


 レオナールの首筋に触れると、彼の体温が段々冷たくなってゆくのを感じる。


「ミランダさんは大丈夫ですね」

「リドリー先生、レオナールの魔力が空になってます」


 ミランダはレオナールの容態を診にきたリドリーに、彼の状態を告げる。

 リドリーはミランダの傍にしゃがみ込み、意識が薄れているレオナールを見て、バックから液体が入った注射器を取り出し、それをレオナールの首筋の血管に刺した。


「人工魔力を注射しました。ミランダさん、これで足りなければ追加してください」


 ミランダはリドリーから注射器を五本貰う。どれも”人工魔力”という液体が入っている。

 リドリーの的確な指示に、ミランダは「わかりました」と頷く。


「私は――」


 リドリーがこの場から離れると同時に、拡声器のキンッとした音が聞こえた。


「我らは革命軍」


 突然の放送をしたのは、王国中でゲリラ行為をしている革命軍だった。


「一年C組にいた生徒は我々が拘束した」

(一年C組……、あそこは謎解き喫茶というものを出していたわね)


 革命軍の宣言を聞き、ミランダは一年C組の出店を思い出す。

 フェリックスが原案と監修をしたそうで、目新しい出し物だと準備期間から生徒間で話題になっていた。

 その時点で注目されていたため、一年C組の教室は盛況していただろうし、人質となった生徒は相当数いるだろう。


「生徒を解放してほしければ、イザベラを我らに差し出せ。要求を拒否するならば、一時間後に彼らを皆殺しにする!」


 そこで拡声器の音が途切れた。



(革命軍!? 襲撃イベントなんてゲームにもなかったし、夢日記にも書いてなかったよ!!)


 拡声器の内容を聞いたフェリックスは革命軍という想定外の出来事に頭が混乱していた。

 フェリックスは隣にいるイザベラに視線を移す。


「しつこい奴らじゃ」


 革命軍の一方的な要求を聞いたイザベラは、顔をしかめており不機嫌になっている。

 怒りの感情がこもったため息をついており、周りに八つ当たりをしないように感情のコントロールを図っているといったところか。


(革命軍が現れたのは、イザベラがチェルンスター学園にいるから。イザベラがここにいるのは僕の様子を観に来たからだから……、原因は僕!?)


 フェリックスは心の中で、突如、革命軍がチェルンスター魔法学園を襲撃した要因を順を追って考えていた。

 結果、フェリックスのせい、となる。


「国民を人質にとるとは……、卑怯な奴らじゃ」

「イザベラさま、革命軍の要求を呑むのですか?」


 フェリックスはイザベラに問う。

 決闘場にいた生徒たち、教師たちがイザベラの答えに注目する。


「ちと、考えておる」


 イザベラは顎に手を当て、何かを思案していた。


「生徒が人質にとられているんですよ!? そんな悠長な――」


 フェリックスはイザベラの答えに文句を言う。


「うるさい。黙っておれ」

「うっ」


 イザベラは感情的になっているフェリックスに向けて杖を振る。

 直後、フェリックスの口の中にイザベラが作り出した泥が入り、発言を封じられてしまう。

 何かを話そうとすると、異物を飲み込んだような気持ち悪い感触に襲われ、次第にフェリックスは大人しくなる。


「要求を呑んだとしても、革命軍が素直に人質を解放するとは思えん」


 少し考えたイザベラはそう結論付ける。

 革命軍については、ずっと戦い続けているイザベラの方が詳しい。彼女がそう言うのであれば、そうなのだろう。


「やつらは過激じゃ。要求を呑んだとしても、生徒を皆殺しにしてそれをわらわの責任だと押し付ける場合もある」


 イザベラの見解を聞き、フェリックスや周りの人たちも納得する。


「革命軍の目的は”わらわの失脚”。国民がわらわに敵対意識を持たねばそれも成り立たん」

(なるほど。イザベラを亡き者にするだけじゃ、革命軍の野望は叶わないのか)


 女王であるイザベラを殺害することだけが革命軍の目的だとフェリックスは思っていたが、彼らの最終的な目標は、イザベラから王座を奪い、政権を手に入れること。

 多くの国民がイザベラに不満を持っていないと、政権を奪取しても意味がないのである。


「わらわの命が欲しいのであれば、”身柄”ではなく”首”と要求するじゃろう」

「私もイザベラ女王の意見に同意します」


 トーナメントの会場から観衆を掻き分け、リドリーがフェリックスとイザベラの前に現れる。

 リドリーはイザベラの前で片膝をつき、頭を下げていた。


「顔を上げよ――、おっと、そなたは今はリドリーと申したか?」

「はい。ご配慮ありがとうございます。イザベラ女王」

(ライサンダーのときもそうだったけど、リドリー先輩、何か隠してない……?)


 イザベラはリドリーに声をかけるも、名を呼ぶ前にあることに気づき、現在の名をリドリーに確認する。

 顔を上げたリドリーは、その場から立ち上がり、ニコリとイザベラに微笑んだ。

 二人のやりとりに、フェリックスは既視感を覚える。

 リドリーとライサンダーが初めて会ったときのやり取りだ。


(リドリーって名前、偽名なんだろうな)


 リドリーの事情を知らないフェリックスが理解できることはそれしかない。

 だが、今はリドリーの本名を確認する場合ではない。

 この謎は一旦、心の奥底にしまうことにした。


「落ち着いたか、フェリックスよ」


 イザベラは杖を降ろし、フェリックスにかけられていた泥魔法が解除される。

 フェリックスは喉の異物感を取り除くため、こほこほと何度も咳き込んでいた。


「ではイザベラさま、どうなさるおつもりですか?」

「なに、アイツらは阿呆の集まりじゃ。少し鎌を掛けてやろう」


 イザベラは含みのある笑みを浮かべた後、泥魔法を唱えた。


「マッドドール、デコイ」


 イザベラの魔力で精製した泥は彼女の背ほどに高く積み上がり、グニャグニャと動き出す。

 そして、イザベラの隣に彼女に瓜二つの泥人形が出来上がった。



 フェリックスとリドリーはイザベラから作戦をきいたあと、決闘場を出て三年C組のベランダにいた。

 拡声器で革命軍のことが学園中に知れ渡っているのか、生徒は誰一人おらず、とても静かだ。


(一部、出店の屋台や窓が壊されてたり、魔法の跡がある。ここでも革命軍の襲撃があったみたいだな)


 移動中、フェリックスはクレットを販売していた屋台に目を向ける。

 そこは革命軍の襲撃を受けたのか、生徒が一生懸命準備した看板は床に倒れ、かぎ爪のようなもので引き裂かれた跡があった。きっと風魔法で破壊されたのだろう。

 見回りの教師たちが応戦し、被害は一年C組と放送室に留められた。

 教師間の通信魔法の情報だと、怪我をした生徒が数十名と多いのだが、命に別状はなし。

 無事な生徒たちは皆、実戦室に避難しているという。

 もし、学外の人たちが学園祭に参加していたら、被害はこれでは済まなかっただろう。

 フェリックスは最悪の場合を想像してしまい、背筋がぞわっとした。


「フェリックス君、顔色が悪いですよ」


 リドリーに声をかけられ、フェリックスは現実に戻る。


「しっかりしてください」

「す、すみません」

「まあ、学園に不審者が襲撃してきたときの訓練はしていますが、革命軍を撃退する訓練はありませんでしたからね。緊張するのも仕方ありません」

「リドリー先輩は緊張しないんですか?」


 リドリーに叱咤され、フェリックスは素直に謝る。

 フェリックスの緊張をほぐすために、リドリーが軽いジョークを挟む。

 だが、リドリーの落ち着きようは、数年長く教師として働いているわけではない気がする。

 そう思ったフェリックスはリドリーに問う。

 革命軍に襲撃を受け、生徒を人質に取られ、彼らが殺されるかもしれない状況で、何故平常心でいられるのか。


「実は私、教師の前は軍人をやっていましてね。人質救出作戦は他の人より多く経験しているのですよ」

「へ、へえ……」


 突然のリドリーに前歴を告白され、フェリックスは頷くだけしか出来なかった。


(軍人……、これはジョークじゃなくて本当そうだな)


 元軍人であるライサンダーや女王イザベラと面識があるし。


「さて、フェリックス君。革命軍が占拠している一年C組の教室はここから真上の位置にあります」


 目的地は四階の一年C組の教室。

 フェリックスとリドリーがいる場所は一階の三年C組の教室。

 リドリーの言う通り、真下の位置にいる。


「人質に取られている生徒以外は全員、実戦室に避難しているので作戦が成功すれば心置きなく戦えます。ただ――」

「ライサンダー君の報告が気になりますよね」


 フェリックスは通信魔法で革命軍と交戦した教師たちの情報で、気になる点が一つあった。

 それはライサンダーの証言だ。


「革命軍の一人を確保したのはいいものの、突如その人の魔力が暴走し、爆発したそうです。幸い、ライサンダー君は防御魔石を装備していたので大事には至りませんでしたが……、私たちが交戦する革命軍のメンバーも、同じ手を使いそうですね」


 それはまるで、トーナメント決勝戦で起こった大爆発のようだ。

 ミランダもライサンダー同様、防御魔石を身に着けていたから無事だったものの、もしそれがなければ重症を負っていただろう。肝が冷える光景だった。


(防御魔石を装備していれば大丈夫なんだけど、怖いなあ)


 その後、ライサンダーが確保した革命軍のメンバーは生命維持に必要な魔力が枯渇し、衰弱死した。


(レオナールのことも心配だけど、彼は応急処置をしたとリドリー先輩が言ってた。今は人質を解放する方に意識を向けよう)


 攻略対象キャラが死亡なんて、あってはならないこと。

 クリスティーナに選ばれない運命であったとしても、全員生存させたいというのがフェリックスの想いだった。


「無理に確保したら、自滅するように洗脳されているのでしょうか」

「だと思いますよ。命がけの戦いを”名誉”とか”カッコいい”とか思い込んでるんじゃないですかね」


 リドリーは眉をしかめ、険しい表情になる。


「私はそんな考え、大っ嫌いですけど」


 リドリーは杖を振り、自分の身体を浮かせる。

 これはウィンドオーラを全身に纏わせることで可能な”浮遊魔法”だ。

 フェリックスもリドリーと同様に自身に魔法をかける。


(決闘でマインが使ってたから、簡単なのかなって思ったけど、浮遊時のバランスコントロールが難しいんだよな)


 フェリックスが浮遊魔法の存在を知ったのは、審判としてクリスティーナとマインの決闘に立ち会った時だ。

 のちに風魔法が得意であればすぐに体得できることを知り、同好会でこっそり練習していた。

 その成果が今日発揮されるとは思ってもみなかったが。


「無事、四階まで登れましたね」


 リドリーとフェリックスは浮遊魔法を使い、二階、三階に革命軍の見張りがいないか気をつけながら登ってゆく。

 四階のベランダの真下で二人は浮上を止める。


(結構な高さまで登ったな……、怖いから下は見ないようにしよう)


 フェリックスは下、地面を見ないよう細心の注意を払う。

 怖いと思えば、浮遊魔法が不安定になる。身体が落下したら、パニックになり、自身に浮遊魔法をかけ直すことは不可能だと自分の性格を理解しているからだ。


『イザベラさま、配置につきました。作戦を始めてください』

『うむ、では入るぞ』


 リドリーは通信魔法でイザベラに”準備ができた”と話す。

 イザベラが返事をしたと同時に、一年C組の教室内から物音がした。

 この物音は、イザベラが造った泥人形が一年C組の教室に入ったものだ。


「では、手筈通りに」


 リドリーは移動を始め、こっそりと物音を立てずに細心の注意を払い、一年C組のベランダに着地する。

 フェリックスはリドリーの合図を見た後、彼女と同様に着地し、浮遊魔法を解除した。


「じゃあ、突入しますよ」


 革命軍の注意が泥人形に向いている隙に、リドリーとフェリックスはベランダから一年C組の教室へと侵入する。


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