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第51話 僕は人質奪還作戦に参加する

(この謎解き喫茶の内装は僕が設計した。内装は頭に入ってる)


 当時のフェリックスは”閉鎖的な空間にした方がミステリアスな雰囲気になる”と提案し、ベランダの窓を装飾した木の板で隠すよう生徒たちに指示していた。

 フェリックスたちは人が横になってようやく通れるすき間を抜け、張りぼての裏に身をひそめる。


「イザベラと女の生徒が一人連れてきたぞ」


 イザベラの泥人形と、黒髪の清楚そうな女生徒が革命軍に手首を拘束され、一年C組の教室に入ってくる。


(入ってきた革命軍が一人、見張りの革命軍が三人……、全員で四人)


 フェリックスはこの場にいる革命軍の人数を把握する。


「国民を人質に取れば、大人しく要求に従うんだな」


 泥人形は椅子に座らされ、手首の拘束具を椅子の背もたれに回される。

 両足首は椅子の前脚に縄で縛られ身動きが取れない。

 呪文を唱えられぬように、布を口にかませる。


「近くで見ると、イザベラっていい女だよな」


 一人の男が拘束されたイザベラの豊満な身体を凝視しながら呟く。


「拘束して魔法を封じたが……、杖を没収したほうがいいよなあ」


 イザベラの身体に革命軍の手が伸びる。


(あっ、そ、それはエロい動画で何回もみたシチュエーションっ)


 イザベラの全裸を見たことがあるフェリックスだが、服を男に無理やり脱がされるシチュエーションにも興奮する変態でもあった。

 男の手がイザベラの服を破ろうと彼女の胸倉を両手で強く握った寸前――。


「あ、あの! イザベラさまの杖は私が持っています」


 黒髪の少女が声を発する。

 イザベラの服を破ろうとしていた男はチッと舌打ちをする。

 同時にえっちな展開になるかもしれないと期待していたフェリックスも残念な気持ちになった。

 フェリックスの吐息の変化でよからぬ妄想をしていたのを察したのか、リドリーがこちらを睨んでいる。


(こ、これはイザベラさまがエッチないたずらを僕にしてきたから……)


 フェリックスはリドリーから視線を逸らし、心の中で言い訳をした。

 だが、フェリックスが期待するような展開はまだ続く。


「ボディチェックをしたが、杖のようなものは――」

「えっと……、イザベラさまに言われて」


 一年C組に連れてきた男の一人が呟く。

 黒髪の女生徒は顔を赤らめ、恥じらいながらイザベラの杖を隠している場所を革命軍の男たちに告白する。


「太ももの内側にベルトで縛って、隠すようにと」

「ほーう」

「きゃっ」


 女生徒が隠し場所を告白すると、男の一人が、女生徒の肩を強く押した。

 バランスを崩した女生徒は床に倒れる。


「や、やめて!」


 男は女生徒の片脚を持ち上げ、スカートの中をあらわにする。

 彼らは下卑た笑みを浮かべながら、内ももに隠された杖をすぐに取り上げず、彼女の下半身をまじまじを観察していた。


「清楚な見た目と裏腹に、下着の色は赤とか……、こいつ意外と男慣れしてるんじゃねえの?」

「エロい体つきしてるしな」

「み、見ないで」


 女生徒は脚を閉じようとするも、男の力には抗えなかった。


「早く杖を抜いて」


 女生徒が弱々しい声で、革命軍の男たちに要求する。

 男の一人が、女生徒の内ももに固定されていたベルトを外し、杖を回収する。

 女生徒の両脚は自由となるも、彼女の瞳には涙が浮かんでいた。


「これがイザベラの杖か……、ギラギラ宝石を埋め込んだ派手なのを想像してたが、普通だな」


 男たちは女生徒から回収したイザベラの杖をまじまじと見つめる。


「まあ、これも偽物だろうけどな」

「えっ」


 イザベラの杖が目の前で真っ二つに折れる。

 ボキィという嫌な音がした。

 女生徒はぽかんとした顔でその光景を見ている。


「お嬢ちゃん、可哀そうだなあ。お前はイザベラに騙されたんだよ!」


 イザベラの杖を負った男は、岩の塊を泥人形にぶつける。

 上半身がボロボロになり、形を保てなくなった下半身は消失する。


「イザベラさま!! えっ、なくなった!?」

「これはあの女お得意の”泥人形”さ。狡猾な女が、あんな要求で来るわけねえからなあ」

「そ、そんな……」

「人質、一人追加~」


 革命軍の男が女生徒を乱暴に持ち上げ、拘束された人質の中に加える。


(デコイ作戦じゃ、革命軍をだませなかったか)


 フェリックスは一連の光景を見て、イザベラの作戦が失敗に終わったことを確認する。


(でも、泥人形と一緒にきた女の子は一体――)


 イザベラの作戦では女生徒の話のことは何も聞かされていない。

 でも、隙のないイザベラが、人質を増やしてしまうという凡ミスをするのだろうか。


「けど、新しい人質の女……、殺すのもったいなくねえ?」

「こいつらは革命のための”犠牲”だからな。全員殺せって言われてるし……」

「けど、一人くらい”持ち帰る”余裕はあるよな」

(やっぱり、こいつらは人質を解放する気なんてさらさらない) 


 フェリックスとリドリーは革命軍に泥人形を壊されても、その場を動かなかった。

 革命軍の本当の狙いを聞き出すためである。

 男たちは人質を”殺せ”と上に命じられていた。

 ここで人質を全員殺し、遺族に積もる負の感情をイザベラに押し付けるつもりだ。


「持ち帰るんだったら、メイド服の恰好をした銀髪の女もよかったよな」

「プライド高そうだけど、躾けたら従順になりそうだ」

(ミランダ!?)


 突如、革命軍の話題の中に、ミランダが入ってくる。


(ミランダでいかがわしい妄想をするなんて、絶対に許せない)


 フェリックスの中で感情の糸が切れた。


「フェリックス君!? まだ合図が――」


 フェリックスはリドリーの制止を振り切り、革命軍の前に姿を現す。


「お前、学園の教師か!?」

「フレイム」


 フェリックスはためらうことなく、火の中級呪文を革命軍の男たちに放った。

 不意を突いたおかげで、彼らの防御魔石を割ることに成功した。


「お前、人質がどうなってもいいのか!?」

(しまったっ、僕たちの死角に一人いた!)


 死角に革命軍の男が一人いた。

 フェリックスが放った魔法の範囲外におり、拘束されている生徒たちの一番近くにいた。

 杖を人質の生徒たちに向け、フェリックスを脅す。

 手首と足首を拘束された生徒たちは怯え切っており、フェリックスを見て首をフルフルと振っている。


(ウィンドジャブで杖を払っている間に、他の仲間に攻撃魔法を撃たれちゃう)


 一対一の決闘方式に慣れていたフェリックスは、一対多数の戦い方を知らない。

 男たちの話題にミランダが出た事で感情的になってしまった。


「大事な大事な生徒を傷つけられたくなかったら、杖を捨てろ」

「……」


 捕らわれた生徒たちを助けるために侵入したのに、足を引っ張ってしまうとは。


(僕の役立たず……)


 フェリックスは自身に悪態をつき、杖から手を離す寸前――。


「捨てる必要はない」


 イザベラの声が聞こえた。

 フェリックスは自身の杖を握り直す。


「マッドウォール」


 イザベラの泥魔法で革命軍と人質の間に泥の壁が形成される。


「こ、これはイザベラの泥魔法?」

「でもここに来たイザベラは泥人形で、俺が壊した――」

「やはり、お主らは阿呆の集まりじゃのう」


 不意のイザベラの泥魔法に革命軍の男たちが動揺していた。

 味方であるフェリックスもイザベラの登場に戸惑っていた。

 イザベラは泥人形と共に入ってきた清楚な黒髪の少女に化けていた。

 手首の拘束具を自力で外し、手には自身の杖を持っている。

 魔法を解除すると、学園の制服を着た金髪碧眼で派手な化粧のイザベラが現れた。


「性欲にまみれた汚い獣どもめ」


 イザベラは革命軍の面々に侮辱の言葉を吐き捨てる。


「わらわが変装したおなごは――、お主らに反乱と称したテロに巻き込まれた挙句、攫われ、殺された者じゃ」


 革命軍の小さな反乱は国の各地で起こっている。

 軍部が迅速に処理し、被害を最小限にしているが、一般人の犠牲者は出てしまう。

 イザベラが変装していた女の子もその一人だった。

 その遺体から、彼らが攫った女の子にどのようなことをしたのか――。

 言葉にしなかったが、先ほど変装していたイザベラを乱暴に扱った様子と言動からして、性欲のはけ口にしたに違いない。


(守護騎士のときもそうだったけど、イザベラは人の顔をよく覚えている)

「おなごには婚約者がいて、結婚間近だったのに……、お主らがいなければ幸せな結婚生活を送っていたじゃろうに」


 イザベラは男たちに杖を向ける。


「この国を治める女王として、わらわはお主らを絶対に許さん」

「へっ、言ってろよ」

「お前、生徒を壁で護って勝ったも同然と思ってんだろ」

「でも、俺たちはここにいる生徒とお前たちを殺せる”奥の手”があるんだぜ」


 男たちはポケットから小瓶を取り出し、その中に入っていた液体を一斉に飲みだした。


「「革命軍に栄光あれ」」


 液体を口にした途端、彼らの体内に蓄積されているはずの魔力が膨れ上がる。


(これって――)


 ライサンダーの報告にあった、魔力の暴走による大爆発。

 一人でもかなりの威力だというのに、五人同時となると教室が吹き飛んでしまうのではないだろうか。

 イザベラの泥魔法で壁をつくっているとはいえ、吹き飛んでしまうだろう。

 防御魔石を装備しているフェリックスたちでもひとたまりもない。


(ま、まずい!! どうすれば――)


 フェリックスはこの危機的状況を打開する策など持ち合わせていない。

 イザベラに視線を向けると、彼女は余裕の表情を浮かべていた。


「残念じゃったな」

「サンダーナンブレス」


 イザベラの言葉と共に、リドリーの魔法が発動する。

 パチッという火花が見えたと思いきや、革命軍の面々がパタパタと床に倒れていた。


「な、なんだこれ!?」

「身体が動かねえ」

「おえ、気持ちわる……」


 床に倒れた男たちはぴくぴくと身体を痙攣させ、動かない。


(サンダー? 四属性の魔法じゃないから……、リドリー先輩の複合魔法?)


 フェリックスは危機を救ったリドリーの魔法を冷静に分析していた。


「リドリー、見事じゃ。腕は相変わらずじゃのう」

「いえいえ。フェリックス君が合図を待たずに出てきた時はひやっとしましたし、イザベラさまが変装していらっしゃるとは思いもよりませんでした」

「フェリックスは決闘しかしておらぬから、心配でのう」

「……さようで」


 勝利を確信したイザベラは、甘ったるい声を出し、フェリックスに密着する。

 リドリーが細い目をしてこちらを見ている。


「わらわのか弱いおなごの演技、上手じゃったろう」

「あ、はい。そうですね……」


 フェリックスはイザベラから視線を逸らす。


「内ももに偽物の杖を仕込む必要、あったのですか?」

「偽物と判っていながら、わらわの泥人形の服を引きちぎろうとした輩じゃぞ。飢えた獣には少し餌を与えんと落ち着かん」


 それにはフェリックスもドキドキしていた。


「さてはフェリックス、わらわの大胆な演技に欲情しておったな?」

「うっ」

「してましたね。フェリックス君も”獣”な部分はあるってことです」

「リドリー先輩、余計なことを……」


 リドリーは呆れた表情でフェリックスをみていた。


「フェリックスが望むのであれば、わらわはいつでもこの身体を差し出すぞ」

「……イチャイチャするのは後にしてもらっていいですか?」


 イザベラの調子に翻弄されていたが、リドリーに救われる。


「私は痺れている人たちの拘束をするので、フェリックス君はイザベラさまと生徒たちの拘束を解き、人質を解放してください」

「はいっ」


 リドリーはテキパキと、身動きが取れない革命軍を魔法で拘束してゆく。


「魔力の暴発を防ぐために、神経まで痺れさせましたからね。後遺症が残るかもしれませんが……、まあ、あなたたちは死刑でしょうし関係ないですよね」


 大爆発が起きなかったのは、リドリーが体内の魔力を精製する器官を魔法で麻痺させたからのようだ。

 フェリックスとイザベラは、生徒たちの拘束具を解き、ベランダから飛び降りるよう指示した。

 ベランダの直下には、衝撃に耐えられるよう、風魔法と土魔法が得意な教師がそれぞれ待機している。

 生徒たちは高さにためらっていたものの、フェリックスの指示に従い、順々に飛び降りてゆく。 


『こちらライサンダー』


 生徒たちを解放したタイミングでライサンダーから通信魔法が繋がる。


『イザベラさま、放送室に立てこもっていた革命軍は軍部で制圧いたしました』

『うむ。こちらも人質全員を解放し、教室に立てこもっていた五名の革命軍を拘束した』

『はっ、直ちに身柄を確保しにまいります』


 プツッと通信魔法が切れる。


「これで、一件落着ですね」

「後のことは軍部に任せればよかろう」


 軍部に指示を送ったイザベラは、ふうと息をつく。


「わらわは疲れた。フェリックス、抱っこしておくれ」


 イザベラは背伸びをし、フェリックスの首に両腕を絡める。

 フェリックスはイザベラの身体を持ち上げ、要望通り抱き上げた。


「……フェリックス君、イザベラさまを決闘場までお願いしますね」


 リドリーはフェリックスにニコリと口角を無理に吊り上げて笑う。


(こ、これは……、不機嫌な時の笑みだ)


 フェリックスはリドリーの態度に冷や汗をかきながら、イザベラと共に決闘場まで戻った。



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