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第52話 ヒロインは攻略対象キャラの危機を救う

 フェリックスはイザベラを抱えながら、決闘場まで戻ってきた。

 ここまで来る間、軍部の人間たちがフェリックスたちを見守っており、複雑な気持ちになる。


「そろそろ下ろしてもいいですか?」

「降りても、フェリックスがわらわの傍にいてくれるのならよいぞ」

「……」


 フェリックスはじっとイザベラをみつめる。目が合うと、彼女は嬉しそうな表情を浮かべる。


(一言、余計なんだよなあ)


 フェリックスはそう思いながら、イザベラの身体を床に降ろす。

 その場に立ったイザベラは、ぎゅっとフェリクスの身体に抱きつく。


「フェリックス先生!!」


 クリスティーナが必死の形相でフェリックスに近づく。


「どうしたんですか? クリスティーナさん」

「レオナール先輩の容態が良くならないんです!」

「わかりました。すぐに行きます」


 フェリックスはくっついているイザベラを強引に引きはがし、クリスティーナと共にレオナールが横たわっている決闘場の壇上に上がる。


「フェリックス先生……」


 レオナールの傍にはミランダがおり、不安そうな表情でこちらを見ている。


「リドリー先生の言う通り、人工魔力を注射していたのですが……、全然良くならないんです」


 フェリックスは五本の空の注射器が落ちていることを確認し、レオナールに近づく。

 呼吸をしているものの、辛い表情を浮かべており、危ない状況だというのが、みてとれる。


「直接魔力を注ぐことも考えたのですが、先ほどの戦闘でわたくしの魔力もギリギリで……」

「直接魔力を……」


 レオナールが苦しんでいるのは、生命を維持する魔力までも放出してしまったから。

 普通の魔力切れであれば、人工魔力でまかなえたかもしれないが、レオナールのそれとは、全く違う。


「フェリックス先生は火の魔法が得意でしたから、レオナールのものと相性がいいと思います」

「えーっと……」


 ミランダの言う通りだ。


(アルフォンスにおすすめされた参考書に、そういうことが書いてあったな……)


 得意属性は前世のフェリックスの世界でいう”血液型”に近い。


(魔力を注ぐことを輸血みたいなものだとすると、ミランダのものよりも僕のほうがいいって理論だよな)


 理論は知っていたフェリックスだったが、直接魔力を注ぐ方法は知らなかった。

 救急の研修でも、魔力切れであれば人工魔力を注射するとしか教わっていない。


「どうやって……」


 方法を知らないフェリックスは、苦しむレオナールを前にしてあたふたしていた。

 ミランダはじっとフェリックスに期待のまなざしを向けており、どうやったら注げるのか聞けない状況。


「ミランダ先輩、魔力を直接注げはいいんですね?」

「ええ、そうだけど」

「なら、私がやります!!」


 クリスティーナがミランダに確認をとり、自分がレオナールに魔力を注ぐと立候補する。

 クリスティーナはレオナールの目の前ですうっと息を吸い、彼の眼前に自身の顔を近づける。

 そして――。

 クリスティーナはレオナールの唇に自分のそれを重ね合わせた。


(魔力を直接注ぐって、キスするってこと!?)


 フェリックスはクリスティーナの行動を見て、理解した。

 体内にある魔力を相手に直接注ぐにはキスが有効だということを。


「んっ、はあ」


 クリスティーナはレオナールと長いキスをしたあと、荒い呼吸を続ける。


「ギリギリまで私の魔力を吸われたんですけど……」

「それで難しければ、次は僕が――」


 フェリックスはクリスティーナにそう言ったものの、レオナールにキスする覚悟が出来ていない。


(これは人命救助、これは人命救助)


 フェリックスは自身にレオナールとキスする理由を言い聞かせる。


「フェリックス先生!! レオナールの頬が明るくなってます」


 ミランダがレオナールの体調が良くなったことをフェリックスに告げる。

 クリスティーナから吸い取った魔力がレオナールの体内に巡り、良くなったようだ。


(クリスティーナは四属性の魔法を扱えるから、相性がよかったのかな) 


 クリスティーナには得意属性がない。

 透明だからこそ、有効だったのかもしれない。


「ん……」

「レオナール!」

「レオナール君!!」


 レオナールのまぶたがわずかに動く。

 意識が戻りそうだと、ミランダとフェリックスはレオナールの名を呼ぶ。


「ミランダ……、君か」

「よかったあ」


 レオナールが目覚めた。彼の身を案じていたミランダは意識が戻ったことを喜び、涙する。


「レオナール君、身体を起こせますか?」

「すみません、フェリックス先生。全身が重くて、無理です」

「わかりました。医務室に運びます」


 フェリックスはレオナールの意識が戻ったことを周りに告げ、担架を要求する。

 トーナメント係をしていた生徒たちが、担架を用意し、フェリックスはレオナールを手際よくそれにのせる。


「なあ、ミランダ」


 医務室に運ぶ前に、レオナールが泣き止んだミランダに声をかける。


「死に際に、僕の前に美しい女神が現れたんだ。彼女から黄金に輝く飲み物を口移しで貰ってね、それが今までに味わったことがないほどに美味しかった」

「そ、そう……」

「君が僕に飲み物をくれた女神かい?」

「いえ、違いますわ」

「じゃあ――」


 レオナールは無意識に吸ったクリスティーナの魔力を"黄金の飲み物"と錯覚したらしい。

 ミランダはレオナールの問いに違うと答えた。

 その話を近くで聞いていたクリスティーナの顔が真っ赤になっている。


「ああ……、僕を救ってくれた女神は、君の大事な後輩か」

「は、早くレオナールを医務室へ連れて行って下さいまし!!」


 レオナールの甘ったるい言葉に耐えられなくなったミランダが、フェリックスとトーナメント係の生徒たちに指示を送る。


「は、はい!!」


 レオナールは一命を取り留めたものの、油断は出来ない。


「革命軍は軍部の人たちが拘束したけど、慎重に進もう」

「分かりました、フェリックス先生」


 フェリックスは生徒たちに指示をおくる。

 放送室を占拠した革命軍、一年生C組を占拠し、人質をとっていた革命軍はそれぞれ制圧し、軍部が身柄を拘束している。

 しかし、他に革命軍が潜んでいるかもしれない。軍部が完全に安全だと宣言しない限り、学園は危険だ。


「フェリックス、どこかに行くのかえ?」


 決闘場から出る直前で、フェリックスはイザベラに引き止められる。

 イザベラはフェリックスの服を引っ張り、この場に引き止めようとしている。


「はい。僕は教師ですから生徒の安全が第一です」


 フェリックスはイザベラにそう告げる。


「……うむ。用事が終わったらすぐに戻ってくるんじゃぞ」


 何か言って引き留めるのではないかと思ったが、イザベラはフェリックスの服から手を離し、悲しそうな表情を浮かべ、彼を見送る。


(制服を着ていると、気が狂うなあ……)


 顔は派手な化粧をした美女、イザベラそのものなのだが、革命軍を騙すため今はドレスからチェルンスター魔法学園の制服に身を包んでいる。

 つい、フェリックスはイザベラのこと生徒と錯覚してしまう。


「わらわの願いを破ったそなたの詫び……、とても楽しみじゃ」


 扉が閉まる直前、イザベラはフェリックスに言い残す。

 バタン。


(はあ……、ミランダがいるのに、まだイザベラに付き合わないといけないわけ?)


 閉まった直後、フェリックスはこれから起こるであろう展開を予想し、不安な気持ちのまま、生徒たちと共にレオナールを医務室へ運ぶ。



 翌日。学園祭二日目。

 革命軍の襲撃を受けたため、学園祭は中止かと思われたが、一日目を楽しんだイザベラが「フェリックスの教え子たちの行事を中止させるでない! 明日中に学外の者共が来場出来るよう、早急に建物を復旧させよ!」と軍部に命令し、開催が叶った。

 革命軍が自爆し、天井に穴が空いた場所も、岩魔法で修復され、破壊された生徒たちの看板もできる限り元通りにしてくれた。

 生徒たちは「イザベラさま、ありがとうごさいます!!」とイザベラに感謝をし、支持を広げることとなる。

 軍部が警備することで、外部の人たちを学園に招くことが可能になった。

 そんな中、メイド服姿のミランダは三年A組の教室の控室でため息をついていた。


(フェリックスは一日中イザベラさまの相手で、会えないなんて……)


 フェリックスはイザベラの命令を破った罰として、一日、生徒指導室で相手をしないといけないらしい。


「ミランダ、指名が入ったよ!」


 クラスメイトの一人がミランダを呼ぶ。


(指名していだけるのはありがたいけど、多すぎないかしら)


 二日目もミランダの人気は続く。

 ミランダが控え室から出ると、来客者の視線が自分に集まる。


「きれい……、お人形さんみたい」


 花柄のワンピースを着た幼女がミランダを指す。彼女の親が「指を指さないの!」と注意し、ペコペコとミランダに頭を下げる。


(子供に褒められるのもいい気分ね)


 ミランダは子供に微笑み、服の裾をつまんで一礼する。

 それをみた幼女は目を大きく見開き、喜んでいた。


(サービスはここまで。指名してくれたお客様のもとに行かないと)


 ミランダは指名してくれたお客の前で立ち止まる。


「おかえりなさいませ……、お、お父様!?」

「……」


 ミランダを指名したのは、彼女の父親、ソーンクラウン公爵だった。 




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