フェリックスはイザベラを抱えながら、決闘場まで戻ってきた。
ここまで来る間、軍部の人間たちがフェリックスたちを見守っており、複雑な気持ちになる。
「そろそろ下ろしてもいいですか?」
「降りても、フェリックスがわらわの傍にいてくれるのならよいぞ」
「……」
フェリックスはじっとイザベラをみつめる。目が合うと、彼女は嬉しそうな表情を浮かべる。
(一言、余計なんだよなあ)
フェリックスはそう思いながら、イザベラの身体を床に降ろす。
その場に立ったイザベラは、ぎゅっとフェリクスの身体に抱きつく。
「フェリックス先生!!」
クリスティーナが必死の形相でフェリックスに近づく。
「どうしたんですか? クリスティーナさん」
「レオナール先輩の容態が良くならないんです!」
「わかりました。すぐに行きます」
フェリックスはくっついているイザベラを強引に引きはがし、クリスティーナと共にレオナールが横たわっている決闘場の壇上に上がる。
「フェリックス先生……」
レオナールの傍にはミランダがおり、不安そうな表情でこちらを見ている。
「リドリー先生の言う通り、人工魔力を注射していたのですが……、全然良くならないんです」
フェリックスは五本の空の注射器が落ちていることを確認し、レオナールに近づく。
呼吸をしているものの、辛い表情を浮かべており、危ない状況だというのが、みてとれる。
「直接魔力を注ぐことも考えたのですが、先ほどの戦闘でわたくしの魔力もギリギリで……」
「直接魔力を……」
レオナールが苦しんでいるのは、生命を維持する魔力までも放出してしまったから。
普通の魔力切れであれば、人工魔力でまかなえたかもしれないが、レオナールのそれとは、全く違う。
「フェリックス先生は火の魔法が得意でしたから、レオナールのものと相性がいいと思います」
「えーっと……」
ミランダの言う通りだ。
(アルフォンスにおすすめされた参考書に、そういうことが書いてあったな……)
得意属性は前世のフェリックスの世界でいう”血液型”に近い。
(魔力を注ぐことを輸血みたいなものだとすると、ミランダのものよりも僕のほうがいいって理論だよな)
理論は知っていたフェリックスだったが、直接魔力を注ぐ方法は知らなかった。
救急の研修でも、魔力切れであれば人工魔力を注射するとしか教わっていない。
「どうやって……」
方法を知らないフェリックスは、苦しむレオナールを前にしてあたふたしていた。
ミランダはじっとフェリックスに期待のまなざしを向けており、どうやったら注げるのか聞けない状況。
「ミランダ先輩、魔力を直接注げはいいんですね?」
「ええ、そうだけど」
「なら、私がやります!!」
クリスティーナがミランダに確認をとり、自分がレオナールに魔力を注ぐと立候補する。
クリスティーナはレオナールの目の前ですうっと息を吸い、彼の眼前に自身の顔を近づける。
そして――。
クリスティーナはレオナールの唇に自分のそれを重ね合わせた。
(魔力を直接注ぐって、キスするってこと!?)
フェリックスはクリスティーナの行動を見て、理解した。
体内にある魔力を相手に直接注ぐにはキスが有効だということを。
「んっ、はあ」
クリスティーナはレオナールと長いキスをしたあと、荒い呼吸を続ける。
「ギリギリまで私の魔力を吸われたんですけど……」
「それで難しければ、次は僕が――」
フェリックスはクリスティーナにそう言ったものの、レオナールにキスする覚悟が出来ていない。
(これは人命救助、これは人命救助)
フェリックスは自身にレオナールとキスする理由を言い聞かせる。
「フェリックス先生!! レオナールの頬が明るくなってます」
ミランダがレオナールの体調が良くなったことをフェリックスに告げる。
クリスティーナから吸い取った魔力がレオナールの体内に巡り、良くなったようだ。
(クリスティーナは四属性の魔法を扱えるから、相性がよかったのかな)
クリスティーナには得意属性がない。
透明だからこそ、有効だったのかもしれない。
「ん……」
「レオナール!」
「レオナール君!!」
レオナールのまぶたがわずかに動く。
意識が戻りそうだと、ミランダとフェリックスはレオナールの名を呼ぶ。
「ミランダ……、君か」
「よかったあ」
レオナールが目覚めた。彼の身を案じていたミランダは意識が戻ったことを喜び、涙する。
「レオナール君、身体を起こせますか?」
「すみません、フェリックス先生。全身が重くて、無理です」
「わかりました。医務室に運びます」
フェリックスはレオナールの意識が戻ったことを周りに告げ、担架を要求する。
トーナメント係をしていた生徒たちが、担架を用意し、フェリックスはレオナールを手際よくそれにのせる。
「なあ、ミランダ」
医務室に運ぶ前に、レオナールが泣き止んだミランダに声をかける。
「死に際に、僕の前に美しい女神が現れたんだ。彼女から黄金に輝く飲み物を口移しで貰ってね、それが今までに味わったことがないほどに美味しかった」
「そ、そう……」
「君が僕に飲み物をくれた女神かい?」
「いえ、違いますわ」
「じゃあ――」
レオナールは無意識に吸ったクリスティーナの魔力を"黄金の飲み物"と錯覚したらしい。
ミランダはレオナールの問いに違うと答えた。
その話を近くで聞いていたクリスティーナの顔が真っ赤になっている。
「ああ……、僕を救ってくれた女神は、君の大事な後輩か」
「は、早くレオナールを医務室へ連れて行って下さいまし!!」
レオナールの甘ったるい言葉に耐えられなくなったミランダが、フェリックスとトーナメント係の生徒たちに指示を送る。
「は、はい!!」
レオナールは一命を取り留めたものの、油断は出来ない。
「革命軍は軍部の人たちが拘束したけど、慎重に進もう」
「分かりました、フェリックス先生」
フェリックスは生徒たちに指示をおくる。
放送室を占拠した革命軍、一年生C組を占拠し、人質をとっていた革命軍はそれぞれ制圧し、軍部が身柄を拘束している。
しかし、他に革命軍が潜んでいるかもしれない。軍部が完全に安全だと宣言しない限り、学園は危険だ。
「フェリックス、どこかに行くのかえ?」
決闘場から出る直前で、フェリックスはイザベラに引き止められる。
イザベラはフェリックスの服を引っ張り、この場に引き止めようとしている。
「はい。僕は教師ですから生徒の安全が第一です」
フェリックスはイザベラにそう告げる。
「……うむ。用事が終わったらすぐに戻ってくるんじゃぞ」
何か言って引き留めるのではないかと思ったが、イザベラはフェリックスの服から手を離し、悲しそうな表情を浮かべ、彼を見送る。
(制服を着ていると、気が狂うなあ……)
顔は派手な化粧をした美女、イザベラそのものなのだが、革命軍を騙すため今はドレスからチェルンスター魔法学園の制服に身を包んでいる。
つい、フェリックスはイザベラのこと生徒と錯覚してしまう。
「わらわの願いを破ったそなたの詫び……、とても楽しみじゃ」
扉が閉まる直前、イザベラはフェリックスに言い残す。
バタン。
(はあ……、ミランダがいるのに、まだイザベラに付き合わないといけないわけ?)
閉まった直後、フェリックスはこれから起こるであろう展開を予想し、不安な気持ちのまま、生徒たちと共にレオナールを医務室へ運ぶ。
☆
翌日。学園祭二日目。
革命軍の襲撃を受けたため、学園祭は中止かと思われたが、一日目を楽しんだイザベラが「フェリックスの教え子たちの行事を中止させるでない! 明日中に学外の者共が来場出来るよう、早急に建物を復旧させよ!」と軍部に命令し、開催が叶った。
革命軍が自爆し、天井に穴が空いた場所も、岩魔法で修復され、破壊された生徒たちの看板もできる限り元通りにしてくれた。
生徒たちは「イザベラさま、ありがとうごさいます!!」とイザベラに感謝をし、支持を広げることとなる。
軍部が警備することで、外部の人たちを学園に招くことが可能になった。
そんな中、メイド服姿のミランダは三年A組の教室の控室でため息をついていた。
(フェリックスは一日中イザベラさまの相手で、会えないなんて……)
フェリックスはイザベラの命令を破った罰として、一日、生徒指導室で相手をしないといけないらしい。
「ミランダ、指名が入ったよ!」
クラスメイトの一人がミランダを呼ぶ。
(指名していだけるのはありがたいけど、多すぎないかしら)
二日目もミランダの人気は続く。
ミランダが控え室から出ると、来客者の視線が自分に集まる。
「きれい……、お人形さんみたい」
花柄のワンピースを着た幼女がミランダを指す。彼女の親が「指を指さないの!」と注意し、ペコペコとミランダに頭を下げる。
(子供に褒められるのもいい気分ね)
ミランダは子供に微笑み、服の裾をつまんで一礼する。
それをみた幼女は目を大きく見開き、喜んでいた。
(サービスはここまで。指名してくれたお客様のもとに行かないと)
ミランダは指名してくれたお客の前で立ち止まる。
「おかえりなさいませ……、お、お父様!?」
「……」
ミランダを指名したのは、彼女の父親、ソーンクラウン公爵だった。