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第56話 ヒロインは突然のアプローチに困惑する

 三日間続いた学園祭も終わり、チェルンスター魔法学園は次の行事である”周年の集い”で話題が持ちきりだった。

 周年の集いは、学年末に行われる行事で生徒はパートナーを連れ、ダンスを披露するなど舞踏会のようなことをする。

 ゲームではクリスティーナと一番好感度が高いキャラクターがパートナーを務めるため、やりこみをしていたフェリックスにとっては、狙ったキャラクターのルートに進めるかの判断材料として使われていた。

 そして、ミランダが婚約破棄や数々の悪事を暴露され、学園を退学される断罪シーンでもある。


(まあ、今の調子だと断罪はないだろうけど)


 フェリックスは仲の良いクリスティーナとミランダを頭に浮かべ、無事ミランダが卒業できるとほっとしていた。


「フェリックス、まだ話は終わってないぞ」

「す、すみません。他の事を考えていました」


 現在、フェリックスは校長室にいた。

 何者かに殺害された三年A組の生徒、リリカ・カブイセンのことについて訊かれていたのである。

 それなのに、別のことに意識を向けていたのは――。


「自分は用務員のため、リリカ・カブイセン殿のことをよく知らない。授業ではどういう子だったのだ?」


 同席していたライサンダーが校長に全て説明してしまったからである。

 フェリックスはリリカのことを思い出すため、腕を組み、天井を見上げた。


「僕がチェルンスター魔法学園に赴任して初めての授業の時――」


 要約することができないフェリックスは思いつくまま、校長とライサンダーに話した。

 フェリックスは初めて担当した三年A組の属性魔法の授業。

 模擬決闘でリリカはミランダと戦った。

 現状の授業に不満を持っていたミランダは、リリカに圧倒的な実力の差を見せつけたあと、彼女に追い打ちをかけようとしていた。それをフェリックスが止め、決闘にてミランダの考えを改めさせたところしか覚えていない。


「――といった出来事があって、以降、リリカさんは属性魔法の授業を欠席しています」

「確かに、リリカ・カブイセンは三学年の属性魔法の授業を欠席しておる。リドリーが補講を行っておったようだが……」

「補講?」

「その様子だと、フェリックスには任せていないようじゃな」

「初耳です」


 リドリーはフェリックスの知らぬ間に、リリカに補講をするなど卒業できるようカバーしていたようだ。


(リリカは元々、物語のためにミランダに殺害されるキャラクター。ミランダが冷徹で残虐な性格だということを印象付けるための舞台装置でしかない)


 フェリックスがリリカについて全く意識していなかったのは、彼女がゲームのモブキャラだったからである。


「二人とも、話してくれてありがとう」


 校長はこれ以上、手がかりとなる話も出ないだろうと切り上げる。


「当然じゃが、リリカ・カブイセンについては――」

「”家庭の都合でチェルンスター魔法学園を退学した”、ですね」

「決して何者かに殺害され、この世にいない真実を告げるのではないぞ」


 突然リリカが学園からいなくなったことについて、生徒にはそう説明している。

 教師たちには”リリカは革命軍に加担した疑惑があるため、軍部が連行し、尋問を受けている。イザベラから死刑が宣告されているため、二度と学園に戻ってくることはないだろう”と職員会議で説明されている。

 真実を知っているのは、現場に居合わせたフェリックスとライサンダー。のちにイザベラ当人から説明を受けた校長と教頭。箝口令が敷かれる前にフェリックスの話を耳にしたリドリーの計五名である。

 校長は前科のあるフェリックスにだけに念を押す。

 元軍部であるライサンダーがそのような失態を犯すことはないという信頼があるからだろう。


「では、失礼します」


 フェリックスとライサンダーは校長に頭を下げ、共に校長室を出た。


「あれから、調査は進んだんですか?」


 校長室を出てすぐに、フェリックスはライサンダーに耳打ちで尋ねる。


「……フェリックス殿」


 ライサンダーは眉をしかめ、フェリックスを無言で睨む。

 校長に口が軽いことを注意されたばかりだというのに、軍部の機密事項に首を突っ込もうというのかと言いたげな冷たい視線だ。


「本来は貴方にも話さないのですが……、イザベラさまが『フェリックスに訊かれたことは知っている限り話しても良い』と許可を得ているので、特別に伝えます」


 ライサンダーは深いため息をついたのち、王女の命令だからと仕方なくフェリックスに軍部の情報を告げる。


「リリカ・カブイセンの遺体は、父上が冷却魔法をかけ保管しています。死因は鋭利な刃物で首を引き裂かれたことによる出血死。犯人と思われる”スレイブ”の少女は見つかっていません」


 まず、ライサンダーは軍部が処理したリリカの遺体のその後について話してくれた。

 殺害したと思われる、正体不明の少女についてはイザベラの生家、シャドウクラウン家が孤児を育成した組織”スレイブ”の一因と断定したみたいだ。


「”スレイブ”の生き残りについては、イザベラ女王がシャドウクラウン家を絶やした後、戦闘に特化した者は父上に、諜報や薬学に精通した者はオルチャック公爵の保護下にあるそうです」

「じゃあ、ソーンクラウン公爵は”スレイブ”のことを知ってたんだね」

「みたいですね。自分は知りませんでしたが……。まあ、それは余談でした」


 リリカの件があった際、ソーンクラウン公爵は知らないふりをしていたことになる。


「極秘情報を自分たちに開示したのち、真っ先に父上がイザベラ女王へ謀反を起こしたのではないかと疑いがかけられました」


 その場で知らないふりをしていたのは、話せば謀反の疑いがかかると理解していたから。

 それを現場で打ち明ければ、部下たちが動揺することをソーンクラウン公爵が知っていたからだろう。


「ですが、父上が保護した”スレイブ”に姿を隠す特殊能力を持つものはいないと証明され、疑いは晴れました」

「それはよかったね」

「父上の疑いが晴れたと同時に、少女の”伝言”は虚言ではないという証明にもなったのです」

「……」


 ライサンダーの表情が曇る。

 父親の無実を証明できたものの、それと同時にシャドウクラウン家の生き残りと新たな”スレイブ”が誕生したことになる。

 イザベラは生家に生き残りがいて、報復されることをとても恐れていた。彼女の心労は募るばかりだろう。


「少女の件は引き続き調査中です。他にお伝えできることは……、カブイセン男爵と夫人についてでしょうか」


 リリカの父親、カブイセン男爵は国立魔法研究所の研究員という職権を乱用し、未完成の”強化薬”を革命軍へ流通させた罪がある。


「結果から言いますと、二人は逃走中。行方を追っています」


 カブイセン男爵については未解決のようだ。


「ただ、他研究員たちを事情聴取したところ、ミカエラ研究員の部下であることが不満だと周囲に漏らしていたようです」

「”強化薬”は確か、ミカエラが開発していた薬だったね」

「ミカエラ研究員に罪はありませんが、今回の件で長期の休暇を取ったようです」

「ミカエラが……?」


 フェリックスはミカエラが長期の休暇を取ったことについて心配する。


(記憶にはないけど……、ミカエラは学生時代にも嫌がらせされてたんだよな)


 軍部で再会したとき、ミカエラはフェリックスに助言してくれた。

 生徒の評判を落とそうと、教師に命令して嫌がらせをさせたりすると。

 結果、リリカがアルフォンスに命令してミランダを陥れようとしていた。

 ミカエラの助言の通りだった。


(ミカエラは大学を卒業したあとも、似たようなことがあったのかな)


 ライサンダーの話だと、ミカエラはカブイセン男爵を部下に新薬の研究をしていたみたいだ。

 きっとカブイセン男爵はミカエラの才能に嫉妬し、革命軍を利用して彼女を陥れようと企んでいたのだろう。


「フェリックス殿とミカエラ研究員は同窓生でしたね」

「……手紙でも書いてみるかな」

「今回の事件については書かないでくださいね!」

「うっ」


 ライサンダーにも注意されてしまった。

 フェリックスは苦笑しながら「書かないよ」とライサンダーに言った。



 ライサンダーと別れたフェリックスは、廊下を歩く。

 生徒たちは昼休みを過ごしている。


(そういえば、ミランダとレオナールは婚約破棄できたのだろうか)


 学園祭のトーナメント決勝、ミランダとレオナールは決闘めいたことを互いに宣言していた。

 ミランダが勝利したため、彼女の主張が通るのであればレオナールと婚約破棄することになる。


(僕たちにとって、レオナールとの婚約破棄は良い兆し)


 フェリックスはリリカの件で校長と教頭との説明に追われ、ミランダと会えていない。

 その後、ミランダとレオナールとの関係がどうなったのか、フェリックスは知らないのだ。


(やっと説明が終わったから、同好会の活動も再開できる)


 数日ぶりにミランダに会って話ができると、フェリックスは浮かれていた。


「だ、誰か助けて!!」


 助けを求めている声を聞き、フェリックスは声がした方へ顔を向ける。

 二年B組の廊下で起こっているみたいだ。


(クリスティーナの声……、だった気がする)


 マインのようなクリスティーナに不満を持つ生徒が現れたのだろうか。

 気になったフェリックスは現場に立ち会う。

 そこではクリスティーナと男子生徒を二年B組のクラスメイトが囲んでいた。


「クリスティーナ、僕は本気さ。僕の恋人になってほしい」

「その、何度も言ってるでしょ! 私はレオナール先輩とお付き合いするつもりはありません!!」

「……どうしてだい? 僕は自分で言うのもなんだが、顔もいいし、権力も持っている優良物件だよ」

「そう……、ですけど!!」


 クリスティーナと対峙している男子生徒はレオナールだった。

 レオナールはクリスティーナに交際を申し込んでおり、クリスティーナはそれを断っているようだ。


「レオナール先輩にはお付き合いしている人が……、確認できている段階で四人いると聞いています」


 クリスティーナは交際を断る理由をレオナールに説明する。

 レオナールは女好きで、複数の女生徒と同時交際することで有名だ。

 別れた女性も加えれば三年間で五十人の女性と交際していると噂されている。


「私は一途な男性が好みなんです! だから――」

「それが君と僕を隔てている障害だと?」

「ええ、そうです!!」

「それがなければ君は僕と付き合ってくれるんだね?」

「はい!」


 クリスティーナははっきり言った。


(あ、これ……)


 レオナールはクリスティーナの発言を聞き、高笑いをする。


「言ったね? 皆、聞いたね!」


 レオナールは突如、二年B組のクラスメイトとフェリックスを巻き込む。

 皆がコクリとレオナールの言葉に賛同する中、ヴィクトルは額に手をやり、首を横に何度も振っていた。


「僕は昨日、交際していたレディ四名、全員と別れた」

「……は?」

「だから、今の僕はフリーなのさ」

「や、やばっ」


 レオナールの発言を聞いたクリスティーナの表情が途端に青ざめる。


「クリスティーナ、今日から君は僕の恋人! ああ。僕たちの愛は永遠さ!!」

「ああ~!!」


 売り言葉に買い言葉。

 レオナールは巧みにクリスティーナを誘導し、逃げられない状況に追い込んだのだ。


「さあ、みんなの前で僕たちの愛を――」

「わたくしの可愛い後輩を困らせて!!」

「いたっ」


 レオナールが逃げ場を失ったクリスティーナの頬に触れ、キスを迫ったその時――。

 輪の中から一歩踏み出したミランダが文句と共にレオナールの頭を思い切り叩いた。


「み、ミランダか……。僕は今の表情豊かな君の方が好きだな」

「ふんっ、誰でも口説いてしまうような軽薄な貴方と婚約破棄できて、せいせいしましたわ」


 相変わらず、レオナールとミランダは互いに言い合う。


(あ、ちゃんと婚約破棄したんだ)


 フェリックスはここで、ミランダとレオナールが正式に婚約破棄したことを知る。

 ミランダの介入によって、レオナールとクリスティーナのやり取りが終わってしまったため、二年B組の面々は教室内へ退散してしまった。

 渦中にいたクリスティーナもレオナールの目を伺いながら、こっそりと教室内へ逃げている。


「あ……、フェリックス先生!?」

「ごきげんよう、ミランダさん」


 生徒たちが教室に戻って行ったことで、ミランダはフェリックスを見つける。


「え、えっと……、本日の同好会の活動は――」


 ミランダはもじもじしながらフェリックスに問う。


「ミランダ、今更取り繕ったって、僕を殴った乱暴な姿をフェリックス先生は見ていたよ」

「っ!!」


 レオナールの指摘に、ミランダは冷や汗をかく。


「こほん。仕事が落ち着いたので放課後から活動再開です」


 フェリックスはわざとらしい咳払いで見て見ぬふりをし、ミランダの質問に答える。

 聞いたミランダは満面の笑みを浮かべた。


「フェリックス先生、また放課後お会いしましょう!」


 ミランダはフェリックスに挨拶し、レオナールに冷たい視線を向ける。


「レオナール、いきますわよ」

「僕は恋人のクリスティーナと――」

「いきますわよ」


 ミランダは騒ぎを起こしたレオナールを告げ、彼を三学年の教室まで引っ張っていった。


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