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第55話 女王は謎の少女の伝言に怯える

 首を刃物のようなもので切られたリリカは、大量の血を吹き出し、ドサッとうつ伏せに倒れた。

 闘技場の床に血だまりができる。

 フェリックスは青ざめた表情でリリカの遺体を見つめる。


「わらわはまだ魔法を打っておらんぞ」


 イザベラは杖をリリカに向けたままで、声が震えている。

 目の前の光景はイザベラが泥魔法で造り出した光景ではない。


「厳戒態勢に入れ!!」


 何者かの攻撃だと悟ったソーンクラウン公爵は、イザベラとリリカの間に割り込み、辺りを見渡す。

 軍部の人たちも、死角が生まれぬようイザベラを取り囲み、彼女を守る。


 「伝言」


 緊張の中、聞き覚えのない少女の声が実戦室に響いた。

 生気の感じられない、機械的な声だとフェリックスは感じた。


(え、でもこれ……、誰がしゃべってるの?) 


 だが、この場にいる女性はイザベラと死亡したリリカのみ。


(通信魔法……、ではない。姿は見えないけど、直接僕たちに話しかけている)


 一瞬、フェリックスは通信魔法ではないかと思ったが、少女の声は、脳内に響くようなものではなく、リリカの遺体がある場所から発せられているように感じた。

 だが、それらしい少女はいない。


「シャドウクラウンの裏切者。我はシャドウクラウン家の当主として”スレイブ”と革命軍の総力を動員し、お前に復讐す」


 少女は淡々とした発音で伝言内容を述べる。

 以降、少女の声は聞こえなくなった。

 少女の声はそこで終わり、しばらくの沈黙が流れた。


「シャドウクラウン家……、わらわの生家は――」

「ええ。イザベラさまが自らの手で滅ぼしました。私は彼らの遺体を処理しましたので。間違いありません」

「そうじゃよな……。そなたが嘘をつくようには思えん」


 沈黙を破ったのはイザベラだった。


(イザベラは肉親をもその手で殺した)


 これはイザベラを残酷な女王と位置付ける重要なエピソードの一つである。

 ゲームでは”気に入らなければ、家族ですら殺害する女王”として紹介されていた。

 本編では夫と自身の子供しか描かれていないが、肉親すら殺害しているとは。


「して、イザベラさま。”スレイブ”という言葉に聞き覚えは」

「ある」


 イザベラとソーンクラウン公爵は、少女の”伝言”の内容を考察していた。


「”スレイブ”はシャドウクラウン家が才能ある孤児を育成した特殊部隊」


 イザベラは”スレイブ”についてソーンクラウン公爵やフェリックスに情報を開示する。


「わらわの生家は諜報や暗殺に長けていた。育成した者たちはそういった任務をやらせた。ほとんどの者たちは使い捨てじゃったがの」


 諜報や暗殺。

 あまり褒められたものではないが、汚れ仕事をやる者たちがいなければ国を守ることはできない。

 イザベラの生家、シャドウクラウン家はそういった仕事を皇帝から引き受け、こなしてきたのだろう。

 孤児を使い捨てにする非道なやり方で。


「じゃが、”スレイブ”はわらわが解散させたはずじゃ」


 イザベラはうつむき、考え込む。


「最近、革命軍の動きが巧妙になってきている。それに、リリカ・カブイセンの殺害方法……。本当にあの家の生き残りが統率しているかもしれぬ」

「二年前のイザベラさまのご活躍について、資料を再度見直します」

「リリカ・カブイセンの遺体の処理とカブイセン男爵の処遇もお主に任せる。情報を吐き出させるだけ出させ、後は処刑しろ」

「イザベラさまの仰せのままに」


 ソーンクラウン公爵とその部下たちは胸に手を当て、イザベラに頭を下げる。

 脅迫されたにも関わらず、イザベラはそれに臆せずソーンクラウン公爵に指示を送っている。

 一国を統べる女王としての貫禄があった。

 それをみたイザベラはフェリックスの腕を掴み、引っ張る。


「わらわはフェリックスと二人きりになりたい」

「ですが、姿が見えぬ襲撃者がこの場にまだ留まっているかも――」

「頼む、ソーンクラウン」

「……わかりました」


 ソーンクラウン公爵の言う通り、リリカを殺害した少女の姿は見えない。

 声はしなくなったものの、護衛が手薄になった機会を見計らい、イザベラに襲撃を仕掛けるかもしれない。

 ソーンクラウン公爵の懸念をイザベラは振り払う。


「あの……」


 ソーンクラウン公爵の意見寄りだったフェリックスは、心配してイザベラに声をかける。

 イザベラはフェリックスの腕を強く引っ張り、実戦室から出ようとする。

 説得したほうがいいと感じたフェリックスはイザベラの顔を見た。


「フェリックス、お願い。ついてきて」

(えっ)


 フェリックスは目を疑った。

 今のイザベラがいつもの自信に満ちた表情ではなく、不安な表情を浮かべていたからだ。

 それに威厳のある口調も取れ、年相応の言葉遣いになっている。

 いつもとは違うイザベラに違和感を覚えながらも、フェリックスは彼女に連れられるまま実戦室を出て、生徒指導室前まで戻ってきた。


「フェリックス君、リリカさんは――」


 生徒指導室の前にはリドリーが待っており、フェリックスに事情をきこうとするも、リドリーの問いに答える前にイザベラが生徒指導室のドアを閉じ、密室にしてしまう。


「イザベラさ――」

「フェリックス……、どうしよう」


 密室になった途端、イザベラはフェリックスの胸に顔をうずめる。

 ドアを背に、フェリックスはイザベラの態度の変わりように動揺していた。

 イザベラはひっくひっくと泣きじゃくり、遂には声を出して泣き出してしまった。


「えっ、えっと、その……」

「あれは仕方なかったんだもん!! ああするしか夫が大切にしていた国を守れないと思ったんだもん!!」


 イザベラは文句をフェリックスにぶつける。

 だが、フェリックスにはイザベラの文句に対して理解ができなかった。


「夫がやりたかったことを実現させようと頑張ってるのに……、どうして革命軍は反対するの? どうしたらあの人たちを納得させられるの? 今更、話し合いで解決させようなんて無理だよお」

「……」

「革命軍の司令塔にお父様かお兄様がいるかもしれないって……、本当に生き残っているのだったら、お仕置きされてしまう」


 泣きながらイザベラは心の内に溜めていた感情をフェリックスにぶつける。

 フェリックスはここまで感情的になっているイザベラを見るのは初めてで唖然としていた。


(これがイザベラの本心……)


 考えた末、目の前で大泣きしているイザベラが、本当の彼女なのだとフェリックスは理解した。

 十九歳の女性が臣下に命令し、国を動かしている。

 常に自身満々な態度を取っていたのも、彼らに信用されるため。

 イザベラは皇帝がやってきたことを続けていれば、国を守れると必死だったのだ。


「イザベラ」


 フェリックスが呼ぶと、イザベラは顔を上げる。

 涙で目が腫れ、化粧も崩れている。

 皆の前では絶対に見せない顔だ。

 その弱い面をフェリックスにだけにはみせてくれた。


「僕に本当の気持ちを伝えてくれてありがとう」


 以前、ミランダにそうしたように、フェリックスはイザベラの頭を優しく撫でた。


「君が国を大切にしたい気持ちは、僕にも国民の皆にも伝わっているよ」


 フェリックスはイザベラに優しく語り掛ける。


「君は皇帝が大切にしてたものを守ろうとしている。不安なことも沢山あっただろうね。でも、臣下の前では忠誠心が下がるかもしれないと言えなかったんだよね」

「うん。そう、そうなの……」

「大丈夫。君の決断は正しいよ」


 フェリックスはイザベラの背に腕を回し、彼女をぎゅっと抱きしめた。


「普段の君は強引で、我儘な所もあるけど……、僕はそんな君が大好きだよ。イザベラ」

「わらわも……、フェリックスが大好き」


 フェリックスは自分の気持ちをイザベラに告げる。

 しかし、フェリックスの”好き”とイザベラの”好き”は大きく違う。

 フェリックスには恋人のミランダがいる。

 けれど、気持ちが弱っているイザベラにそれを告げるのは酷だとフェリックスは思った。


「んっ」


 フェリックスとイザベラは互いの顔を見つめ合い、近づけ、そして唇を重ね合わせた。

 これまで何度も強引に唇を奪われてきたフェリックスだったが、今のキスは気持ちを確かめるように優しく触れあい、次第に互いを求めるように激しくなる。


(ぞくぞくする)


 イザベラのキスはとても上手く、フェリックスはその気になってしまいそうだった。


「フェリックス」


 イザベラの甘い声が耳元で聞こえる。


「わらわの代わりに――」


 イザベラはそこで言葉が詰まってしまう。

 そこでフェリックスの胸をとんと軽く押し、少し離れた。

 ハンカチで涙を拭き、数回深呼吸をしている。


「いいや、もう少し頑張ってみる。じゃから……、また、心が弱くなった時、フェリックスに甘えてもよいかの?」


 イザベラの口調が戻ってきた。

 胸の内にある、誰にも言えない不安な気持ちをフェリックスにぶつけ、スッキリしたのだろう。


「もちろんです。イザベラさま」


 フェリックスはイザベラの頼みを聞き入れる。


「今日のことは二人だけの秘密、ですね」

「うむ。わらわとフェリックスの二人だけの秘密じゃ」


 フェリックスはいたずらっぽくイザベラに微笑む。

 イザベラは豊満な胸を張り、堂々とした口調でフェリックスに告げる。


「……化粧が崩れてしまった」


 元気になったイザベラは小さな手鏡で自身の顔の状態を確認する。

 大泣きしたせいで、派手な化粧が崩れている。

 イザベラは杖を振り、自分の顔に泥を塗った。それが馴染むと、濃い化粧のイザベラのいつもの顔が現れる。

 泥魔法、とても自由度が高くて覚えたら便利そうだなとフェリックスは思った。


「さて、校長に事情を話したら、コルン城へ帰るかの」


 イザベラは手鏡を制服のポケットに入れ、ドアの前にいるフェリックスに近づく。

 魅惑的なキスをしたばかりのフェリックスは、イザベラに照れてしまう。


「フェリックスもわらわの魅力に気付いてきたようじゃのう」

「えっ、ぼ、僕には恋人がいますので――」

「ソーンクラウンの娘じゃろう」

「っ!?」


 イザベラに恋人を言い当てられたフェリックスははっとした表情を浮かべるも、すぐに平静に戻り「な、なんのことですかね」と誤魔化す。

 フェリックスの慌てた態度を見たイザベラは、ニヤリと笑う。


「一番をあの小娘に渡すのは癪じゃが……」


 イザベラは独り言を述べた後、背伸びをする。


「二番目でもわらわは一向に構わぬぞ」


 イザベラに囁かれた言葉は、フェリックスにとって耳を疑うものだった。


「昔は三番目じゃったからの。一つ上がれて満足じゃ」


 イザベラはきょとんとした表情を浮かべているフェリックスを横目に、一人、すたすたと生徒指導室を出て行った。


(恋人がいたとしても僕のことを諦めない宣言ってこと!?)


 残されたフェリックスは、イザベラの”二番目”発言が耳から離れず、呆然としていた。


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