目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報

第54話 黒幕は報いを受ける

 三年A組の教室。

 メイド喫茶で賑わっており、客足が途絶えない。学外の人たちはメイド服を着た私たちを「かわいい」と褒めてくれる。

 だが、指名が入るのはほとんどがミランダ。彼女が無理であれば私、リリカ・カブイセンになる。

(ミランダの代わりみたいでほんと嫌だわ)

 リリカは容姿を褒められることに悪い気分はしなかったが、大嫌いなミランダの代わりなのは気に入らなかった。

 そのミランダは休憩に入り、ここにはいない。


「リリカー、指名が入ったよ!」

「いま行く!!」


 呼ばれたリリカは廊下へ向かう。


「おかえりなさいませ、ご主人様」


 リリカは指導された通りの礼をする。


(あら、さっきミランダが相手をしたおじさんじゃない)


 リリカを指名したのは、ソーンクラウン公爵だった。


「席へ――」

「いや、私は客ではない」

「えっ、でも指名って――」

「この子に協力してもらったのだ」

「協力?」


 リリカはソーンクラウン公爵に呼ばれる理由が分からず、ぽかんとしている。


「リリカ・カブイセン。君を革命軍の協力者として連行する」

「っ!?」


 ソーンクラウン公爵の一言で、リリカは全てを悟った。

 自分と国立魔法研究所の研究員である父親の企みがバレてしまったことを。

 捕まったら全てが終わる。

 リリカはこの場から逃走するために、駆け出した。しかし、その先にはライサンダーがおり、リリカは彼に捕まってしまう。


「私はなにもやってない!!」


 リリカはソーンクラウン公爵に向かって無罪を叫ぶ。


「それはイザベラさまがお決めになる。連行しろ」


 ソーンクラウン公爵はリリカを見下ろし、非情な言葉を彼女に吐きかける。

 その表情は険しく、怒りの感情が込められていた。



 生徒指導室にて、フェリックスはイザベラと二人きりになっていた。

 チェルンスター魔法学園の制服を身に着けているイザベラはフェリックスの隣に座り、身体を密着させていた。


「のう、よいじゃろう……?」


 イザベラはフェリックスの太ももを優しく撫でる。


「イザベラさまの頼みでも、それはできません!」


 イザベラは隙あらば、フェリックスに関係を求める。

 そのせいか、とても落ち着かない。

 コンコン。

 イザベラとの攻防を続けていると、ノックの音がした。


「入りますね」


 入ってきたのはリドリーだった。


「おおっ! 準備ができたんじゃな!」

「ええ」


 リドリーが入ってくるなり、イザベラが歓喜していた。

 イザベラの配下である軍部の人間たちがなにか準備をしていたらしい。


「……あの話は、本当のことなのですか?」

「それを確かめるために、準備したのじゃ」

「真実だったら――」


 何を準備していたから知っているリドリーは、苦い顔をしている。

 イザベラがよからぬことを企んでいるのだけはフェリックスにも理解できる。


 「さあ、フェリックス。行くぞ」


 イザベラはフェリックスの手を引き、生徒指導室を出た。


「イザベラさま、一体、何を――」

「後始末じゃ」


 イザベラは実戦室の前で足を止める。

 実戦室の周りには軍部の人間が集まっていた。


(確か、実戦室は軍部の人たちの待機所になってたな……)


 学園祭で使う予定がなかった実戦室は、イザベラの護衛でやってきた軍部の人たちの待機所になっている。彼らの指揮はイザベラの父親、ソーンクラウン公爵がしている。


「通せ」


 イザベラが軍部の人間に声をかける。


「通したいところなのですが……」


 しかし、彼はフェリックスに視線を向け、苦い顔をしている。


「部外者であるフェリックス殿を通すわけにはいきません、イザベラ女王」

「頭が固いのう……、ソーンクラウン」


 背後から堅い声が聞こえる。

 振り返ると、銀髪の中年の男性がいた。イザベラは彼を”ソーンクラウン公爵”と呼ぶ。


(この人が……、ミランダのお父さん)


 軍服に身を包み、姿勢に無駄がない。

 真面目で冷静。氷のような人だとフェリックスは思った。


(ミランダは髪と瞳は父親似、容姿は母親似なんだな)


 ソーンクラウン公爵に会い、フェリックスは呑気なことを考えていた。


「フェリックスは人質解放作戦に参加していた。部外者ではない」

「それは屁理屈というのですぞ」

「むむ……」


 イザベラの方便も、ソーンクラウン公爵はぴしゃりと言い返す。

 公爵の立場だから、女王とこのような会話ができるのだろうとフェリックスは思った。


「あの、僕はイザベラ女王に連れて来られただけなのですが、一体――」

「フェリックス先生!!」


 フェリックスはソーンクラウン公爵に状況の説明を求める。

 だが、ソーンクラウン公爵が話す前に、彼らに拘束されているメイド服を着た女生徒がフェリックスを呼ぶ。


(あの子は三年A組の――)


 始め、フェリックスは三年A組の女生徒としか思い出せなかった。


(あっ)


 リリカ・カブイセン。

 模擬決闘でミランダにトラウマを植え付けられ、攻撃魔法を放てなくなった少女だ。

 フェリックスが助けたため、ミランダに殺害されずに済んだ子。

 以降、属性魔法の授業を欠席しており、特別試験を受けて留年を免れている。


(でも、どうしてリリカさんが拘束されているの?)


 リリカの登場で、フェリックスは更に話が読めなくなってきた。


「ふむ、その女が……」


 イザベラはリリカを品定めするように見ている。


「い……、イザベラ」

「わらわを呼び捨てにするとは、平民あがりの礼儀知らずじゃ」

「口を塞げ」


 ソーンクラウン公爵が冷徹な声で部下に命じる。

 リリカの口に布が放り込まれ、発言をできなくする。


(あ、この相手を蔑むような声音と目つき、ゲームのミランダがクリスティーナを見下すそれと一緒だ)


 ソーンクラウン公爵とミランダ。

 外見でしか親子のつながりを感じられなかったフェリックスだったが、一つ共通点を見つける。


「仕方ありません。イザベラさまがどうしてもと仰るのでしたら、フェリックス殿の参加を認めましょう」

「始めからそう素直に申しておればよいのじゃ」


 リリカの不敬を迅速に処理したソーンクラウン公爵は、これ以上時間を取りたくないのか、イザベラの要求を受け入れる。

 イザベラは堂々とした態度でいた。


(誰か、決闘場でなにが起こるのか僕に説明してくれよ!!)


 話が一切読めない、フェリックスはイザベラに連れられ実戦室へ入った。



 実戦室に入ったイザベラは泥魔法で二つの椅子を作り、フェリックスを隣に座らせる。

 その前には、軍部に拘束されたリリカが放り出された。

 リリカはぺたんと床に膝立ちの状態で訴えているが、口に詰められた布のせいで何を言っているか全く分からない。


「布を取り出せ」


 イザベラがソーンクラウン公爵に命じると、彼はリリカの口に詰められていた布を取り除いた。


「私はなにもやってない!!」


 リリカはイザベラに向かって叫ぶ。


「ほう、白を切るつもりか。なら、事情を知らぬフェリックスのために順を追って説明してやろう」


 この状況からして、リリカが罪人であることはわかる。

 決めつけではなく、確固とした証拠があるのだということも。

 全く事情を知らないため、イザベラが説明してくれるのはありがたい。


「昨日、革命軍の襲撃にて、奴らが気になる行動をしておった。体内の魔力が暴発し大爆発を起こす現象……、自爆じゃな」


 それはライサンダーの報告にあった現象だ。

 フェリックスとリドリーが人質救出のため、一年C組の教室で革命軍と対峙したさい、彼らもフェリックスたちを道連れにするため自爆しようとしていた。

 幸い、リドリーの複合魔法で不発に終わり、被害はなかったが、肝が冷えた出来事だ。


「似たような現象……。革命軍ではない、学園の生徒でも起こったな。そう、わらわとフェリックスが観戦しておった”トーナメント決勝”での」

(レオナールだっ)


 ミランダが勝利した直後、爆発音が聞こえた。

 レオナールの魔力が暴発したからである。


「生還したレオナールという小僧が話してくれたぞ。そなたの罪を」


 クリスティーナの魔力を取り込み、一命をとりとめたレオナールは、軍部の聞き取り調査を受けていた。

 その話は軍部と校長にしか知らされておらず、フェリックスの耳には入っていない。


「そなた、ミカエラ研究員が開発していた”強化薬”をレオナールに渡しておったそうじゃな」

(ミカエラ!? 強化薬?)


 薬についてはフェリックスは全く知らないが、ミカエラには二回会っている。


「強化薬は副作用の問題がクリアしておらず、まだ研究段階の魔法薬じゃ。なのに、それを”試薬”だと言ってレオナールに渡した」

「……」

「研究中の魔法薬の無許可持ち出し。まあ、それだけだったら学園を退学するだけで済んだじゃろうが……、革命軍に渡したのであれば話は別じゃ」

「私じゃない。それはパパが――」

「主犯は研究員のカブイセン男爵。そなたは父の指示に従っただけ……」

「そう、そうよ! だから――」

「革命軍の協力をしたものは皆、死刑。よって、リリカ・カブイセンは死刑」

「そんな! 私は――」

「うるさい口じゃ」


 イザベラは椅子から立ち上がり、杖をリリカに向けた。


「女王であるわらわの決定。覆ることはない」

「ぜんぶ……、全部ミランダが悪いのよ!!」

(どうして、ここでミランダの名前が?)


 リリカはその場で悲痛に叫ぶ。


「私はミランダのせいで、攻撃魔法を打てなくなった。一気に落ちこぼれになった!! 国立魔法研究員になる夢も絶たれた!! 私の人生が崩れたのは全部あの女のせい!」


 リリカはミランダへの憎悪の気持ちを。


「あの女……、アルフォンスを使って荷物検査で謹慎処分にさせたのに、なんともない顔するんだもん! それなら好きでもないレオナールの女になっちゃえば嫌な顔一つするんじゃないかって、パパが送ってきた薬を一つくすねて渡したのに、負けるとか役立たず!!」


 リリカの喚き声に、フェリックスは怒りの感情がふつふつと湧いてきた。

 アルフォンスに指示を送り、ミランダに冤罪をかけた黒幕。それが目の前にいるリリカだったとは。

 見つけた。


「……お前だったんだな」


 フェリックスはリリカに怒りをぶつける。


「ミランダがなんともない顔をしてた? ふざけるな!! あの子は、自分じゃないって一人で泣いてたんだぞ!」

「ひっ」


 フェリックスの剣幕に、リリカの言葉が詰まった。


「わらわのフェリックスの機嫌を損ねた。それでも死刑に値する」

「やめて、助けて! どうか命だけは――!!」

「命乞いなど見苦しい。わらわの手で終わらせてやる」

「いや、いやあああああ」

「マッドーー」


 リリカの悲鳴とイザベラの詠唱が重なる。

 しかし、イザベラの魔法が放たれることはなかった。


「なっ」


 フェリックスの眼前で鮮血が飛び散る。

 リリカの首が刃物のようなものでかき切られ、絶命したからである。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?