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第89話 淑女に迫る悪意

 校長の通信魔法が途切れる。


「ねえ、フローラが行方不明ってどういうこと!?」


 フェリックスの発言を傍で聞いていたミランダが動揺する。


「ミランダ、落ち着いて」


 フェリックスはミランダの両肩に手を置き、彼女に優しい言葉をかける。


「最近話題になっている人さらいじゃないの?」

「……そうかもしれない」


 家の中にいるミランダですら、人さらいの事を知っている。

 この町でその事件を知らぬ者はいない。

 特に対象になっている女性にとっては恐ろしい事件となっている。

 このような状況でフローラが行方不明になったとなれば、人さらいの被害にあったのではないかと容易に連想できる。

 フェリックスは不安になっているミランダに正直に答える。


「僕はこれからチェルンスター魔法学園に行って、フローラを探してくる」


 フェリックスは寝間着を脱ぎ、仕事着に着替える。


「絶対にフローラを見つけ出すから」


 杖が入っているベルトを付け、支度が整う。

 ミランダは不安な気持ちでいっぱいなのか、フェリックスから離れない。


(大丈夫にみえて、意外と怖がりなんだよな)


 フェリックスはミランダをぎゅっと抱きしめ、共にエントランスへ向かう。


「ミランダはセラフィと一緒にいて」


 フェリックスはセラフィのいるエントランス隣の部屋を見つめ、ミランダに彼女と共にいるように指示をする。

 ミランダは小さく頷き、抱擁を解いた。


「フェリックス、気を付けていってらっしゃい」


 ミランダはフェリックスの頬にキスをする。

 フェリックスもミランダの頬にキスをし、自宅から出た。



 フェリックスは駆け足でチェルンスター魔法学園へ向かう。

 学園の庭園では、校長の通信魔法に応じた教師たちが集まっていた。


「おお、フェリックス」

「あの、フローラについてなにか情報は……」

「進展はない。今、学外の捜索を行うため班分けがされている」


 フェリックスは一学年担任の先輩教師に声をかける。

 その教師の話によると、フローラが行方不明だと判明したのは、女子寮の点呼の時だそうだ。

 属性魔法同好会の活動を終えた後から行方が途絶えている。

 生徒たちと協力して学園内を捜索したが、フローラは見つからない。

 そのため学園外へ捜索網を広げようとしているのだ。


「フェリックス、活動を終えた後のフローラの様子はどうだった?」


 視線がフェリックスに集中する。

 最後の行方を知っているのは、同好会の顧問であるフェリックス。


「フローラは兄のレオナールと口論していました」


 フェリックスは教師陣に口論の内容を話す。


「フローラの転入についてはモンテッソ侯爵からも話があってのう……、懸命に魔法を学んでいる彼女のためにならぬと、説得しておったのじゃが、レオナールを使って介入してくるとはな」


 口論の内容を聞いた校長が顔をしかめ、うなる。

 フローラの転入の話は校長の耳にも入っていたようで、彼はモンテッソ侯爵をフローラのためにならないと説得していたようだ。

 思う通りに行かないモンテッソ侯爵は兄のレオナールを通して、フローラに転入するよう直接うながしたというわけか。


「じゃが、今回の件とは関係ないじゃろう。フェリックス、話してくれてありがとう」


 校長は口論と行方不明の件は別物と判断した。


「さて、ライサンダーには警備隊と軍部の連絡を任せておる」


 この場にライサンダーがいないのは、もろもろの連絡を任せているからのようだ。


「フェリックスはリドリー、アルフォンス、ミカエラと共に学園外の捜索を」

「はいっ」


 校長に命じられ、フェリックスはリドリーたちがいる場所へ向かう。

 軍部の支部で監視生活を送っているアルフォンスも捜索に駆り出されているとは。


「さて、揃ったことですし、外へ出ましょうか」


 リドリーをリーダーに、フェリックスたちはフローラの捜索のため、学園を出た。



 学園を出てしばらくしたところで、アルフォンスは歩を止める。


「アルフォンス君」

「すみません、リドリー先輩」


 そわそわしているアルフォンスにリドリーは注意する。


「カトリーナちゃんがいなくなっちゃったんだって」

「えっ!? カトリーナが!!」

「あいつなら人さらいの心配はないと思うが……」


 アルフォンスがそわそわしている理由をミカエラが代わりに答える。

 カトリーナの行方が分かっていない。

 そっちも一大事である。

 アルフォンスの言う通り、暗殺教育を受けていたカトリーナであれば人さらいを一人で撃退できるだろう。

 万が一のことがあっても身体を透明にして逃げ出すことが可能だ。


「同好会の活動へ行ったきり戻ってないんだ」


 カトリーナの行方もフローラと同様、同好会の活動から途切れている。

 アルフォンスはライサンダーと共に、カトリーナを探したが学園内にはいなかったとか。


「ライサンダー君からも聞きましたけど、監督責任を問われますよ。早めにカトリーナちゃんを見つけてくださいね」


 リドリーに注意され、アルフォンスがしゅんとする。


「カトリーナはここだよ!」


 話題にしていると、フェリックスたちの目の前にカトリーナが現れる。

 直前まで姿を透明にしていたようだ。

 アルフォンスはカトリーナの頭をゴツンと殴った。


「どこ行ってたんだ! 心配したんだぞ」


 アルフォンスはカトリーナをぎゅっと抱きしめる。


「フローラのところ!」


 抱擁が解かれたあと、カトリーナはアルフォンスの問いに答える。


「……俺たちもフローラを探しているんだ。怒らないからいなくなった理由を教えてくれないか」

「うん。カトリーナね――」


 カトリーナはアルフォンスたちに今までの出来事を語る。

 同好会の活動が終わった後、カトリーナは職員室へ向かったらしい。

 しかし、その時点でアルフォンスの仕事が終わってなかったようで、カトリーナはフローラに遊んでもらうため、彼女のもとへ向かったのだとか。


「フローラ、教室で一人で泣いてて、声をかけようとしたら、男の人たちがフローラを取り囲んでね、気絶させたフローラを木箱に入れて運んでいっちゃったの」


 フローラはレオナールの言葉に傷つき、女子寮へ戻らず一年D組の教室で泣いていたらしい。


「フローラをさらった男の人たち……、制服着てた」

「っ!?」


 カトリーナの証言にフェリックスたちは驚愕した。

 フローラをさらった犯人はチェルンスター魔法学園の男子生徒になる。


「カトリーナ、人、傷つけちゃいけない。でも、フローラを助けたかったから、後を追いかけたの」


 カトリーナであれば、その場でフローラを救出できただろうが、”他人を傷つけてはいけない”という教えを守り、犯人たちを尾行していたのだ。


「いい子だ」


 アルフォンスは伝えてくれたカトリーナの頭をよしよしと撫でる。


「その場所、案内できるか?」

「うんっ、フローラを助けて!」


 アルフォンスはフローラのもとへ案内できるかカトリーナに問う。


「その話が本当であれば……、大問題ですよ」


 リドリーが呟く。

 カトリーナの話が真実であれば、チェルンスター魔法学園の生徒に革命軍の人間が複数人いることになる。

 それが公に出たなら、学園の信用問題に関わる。

 リドリーはそこを心配しているのだ。


「軍部はともかく、警備隊には知られたくないですね」

「だったら、あたしたちで捕まえちゃえばいいんじゃない?」

「人さらいは全容が見えていません。組織的な犯行であれば、わたしたち五人で収束できる問題ではないと思いますよ」


 人さらいは革命軍が関与していると言われている。

 五人で解決できる問題ではないかもしれない。


「ですが、時間もありません。まずはフローラの居場所を突き止めてはどうでしょう」


 フェリックスはリドリーに意見する。


「……わかりました。カトリーナちゃん、案内お願いします」

「こっちだよ」


 考えた末、リドリーはフローラの居場所を突き止めることにした。

 フェリックスたちはフローラが連れ去られたという場所へ向かう。



「んっ……」


 フローラは目を覚ました。


「ここ、どこ……?」


 フローラは見知らぬ部屋に辺りを見渡す。

 辺りは家具もない、壁紙も貼られていない木造の部屋。

 あるのはフローラが眠っていたベッドだけ。


「……女の人の声?」


 耳を澄ませば、部屋の外から女性の声が聞こえる。

 悲鳴に似たような声だが、フローラにはそれが何の声なのか分からなかった。


「あ、あれ? 首に何か付けられてる……」


 フローラは首輪を付けられてることに気づく。

 触れると金属製で、中央に石が付いているようだ。


「ここから出ないと、女子寮の点呼に間に合いませんわ」


 フローラはこの部屋から出ようと、ベッドから起き上がる。


「あっ」


 部屋のドアに手を掛けようとしたところで、何かに引っ張られてしまう。


「鎖……?」


 振り返ると、鎖がベッドに固定されており、それはフローラの首輪につながっていた。

 鎖を引っ張ると少しベッドが動くものの、これを引きずって部屋を出ることは難しいだろう。


「わたし、この部屋から出られないの?」


 フローラはここで自分が捕らわれたことに気づく。


「教室で泣いていたら、誰かの足音が聞こえて――」


 フローラはベッドに座り、ここに来る直前の事を思い出す。


「あ、目が覚めてるじゃん」

「っ!!」


 部屋にチェルンスター魔法学園の制服を着た四名の男子生徒が入ってきた。

 ネクタイの色から、二学年、三学年の上級生たちだ。


「皆さま、わたしを助けに来てくれたのですか?」


 フローラはベッドから立ち上がり、助けが来たのだと喜ぶ。


「”初め”は俺たちがヤッてもいいとか、最高だよな」

「ああ、フローラにして正解だぜ」


 フローラは男たちの会話で、自分を助けに来たのではないと悟り、後ずさりする。

 ベッドにペタンと座った。

 男の一人が、フローラに近づき、彼女の腕を掴み、押し倒す。

 興奮した吐息が、フローラの顔にかかった。


「楽しもうぜ、フローラちゃん」

「いや……、やめてえええ!!」


 フローラの悲痛な叫びも叶わず、男は嫌がる彼女に乱暴にキスをした。

 三人の男たちも、下卑た笑いを浮かべ、悪意をもってフローラに近づく。



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