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第88話 僕は淑女と元暗殺者に魔法を教える

 フローラとカトリーナ、新たな属性魔法同好会のメンバーが加入してから二週間が経った。


「あっ、フローラの声が聞こえた!!」

「かすかですが、カトリーナの声が聞こえましたわ」


 カトリーナとフローラはフェリックスの指導の元、通信魔法の実践練習をしていた。

 フローラは授業でやったことがあるため、はっきりと聞こえるが、カトリーナはかすかに聞こえる程度でまだ練習が必要のようだ。


「カトリーナ、ヴィクトルたちみたいにバンバン魔法打ちたい!!」

(集中力が切れたか……)


 カトリーナの関心が通信魔法から逸れてしまった。


「攻撃魔法と防御魔法はもっと魔法の勉強をしてからね」

「えー、つまんなーい」


 カトリーナは唇を尖らせ、文句を言う。

 こうなってしまってはフェリックスの手に負えない。


(僕の子供も将来、こうやって駄々をこねたり、我儘を言うんだろうな)


 フェリックスはそう思うことで、気を紛らわせる。


「カトリーナ、フェリックス先生を困らせては駄目よ」


 フローラがカトリーナを諭す。

 カトリーナは頬をぷくっと膨らませて、不満を体現する。


「わたしね、今日の授業で”風属性”について勉強したの」


 フローラはカトリーナに杖を向け、呪文を唱えた。

 カトリーナの身体がわずかに宙に浮く。


「わっ、カトリーナ、軽くなった!!」

「上手な人は、もっと浮かせられたわ」


 フローラはフェリックスを見つめる。

 フェリックスはこほんと咳ばらいをした後、同じ魔法をカトリーナにかけた。

 宙に浮いたカトリーナの身体はフェリックスの身長を越え、高く上がる。


「すごいすごーい!! カトリーナ、鳥になった!」


 宙に浮いて大喜びのカトリーナは手と足をばたつかせ、鳥のようなポーズをする。

 フェリックスは暴れるカトリーナを魔力で支える。

 怪我をしないよう気を付けながら、カトリーナを地に降ろす。

 カトリーナは自身が宙に浮いたことで満足したようで、不満を言うことは無くなった。


(フローラ、カトリーナの扱いが上手いなあ)


 もし、ミランダであったらカトリーナをきつく叱り、微妙な空気が流れていただろう。


「わたしは魔法が上手じゃないから……、ここでもっと練習しないと」


 フローラはフェリックスの魔法を見て呟く。


(でも、自信がないんだよな)


 フェリックスはフローラを心配する。

 フローラは口癖のように「自分は魔法が下手」と呟く。総合成績は真ん中で、決して下手な方ではない。

 だが、英才教育を受けているレオナールと比べたら、劣等感を抱いてしまうのだろう。

 フローラとレオナールは親から違う教育を受けていたのだから、差が出てしまうのは仕方がない。


(ミランダだって、乗り越えるのに時間がかかってたしな)


 ミランダもライサンダーと確執があり、クリスティーナの言葉がなければ乗り越えられなかった。

 フローラにもなにかきっかけが――。


「やあ! クリスティーナ!!」

「げっ」


 バンッと決闘場の扉が勢いよく開かれる。

 ごきげんな声でレオナールが恋人のクリスティーナを呼んだ。

 ヴィクトルと模擬決闘をしていたクリスティーナの集中力がそこで途切れ、防御魔石を割られてしまう。


「あああああ!!」

「勝者、ヴィクトル・ソールシード」


 クリスティーナが悲痛な叫びをあげ、ライサンダーが模擬決闘の勝者を告げる。


「ありがとうございます。レオナール先輩」


 ヴィクトルは隙を作ってくれたレオナールに感謝の言葉を告げた。


「レオナール! 急に来ないでよっ」

「おや、タイミングが悪かったかな?」


 レオナールはクリスティーナが怒っている理由を分かっているのに飄々としている。


(この二人……、付き合ってるんだよな?)


 フェリックスは二人のやり取りを久々に見たが、交際する前と全く変わっていない。


「二人きりの時は、僕に甘えてくるのに」

「み、皆の前でその話をするのはやめて」

(あ、やっぱこの二人付き合ってるわ)


 レオナールが二ヤついた表情で、クリスティーナの弱いところを突くと、彼女は真っ赤な顔をして否定する。だが、まんざらでもない表情を浮かべていて仲が順調に進んでいるのだとフェリックスは悟る。


(でも、そうなるとライサンダーは……)


 フェリックスはライサンダーの方を見る。

 ライサンダーは険しい顔でレオナールを睨んでいた。

 レオナールは気にせず、クリスティーナの髪を一房つまむ。


「髪も伸びてきたね。短い君も素敵だけど、今も魅力的だ」


 レオナールの言う通り、クリスティーナは三学年から髪を伸ばしている。

 ショートだった髪は肩まで伸びており、時折髪を結わえている姿も見られる。


「ミランダのようになりたい、という理由はいただけないけど」

「余計なこと言わないでよっ」


 レオナールに秘密を暴露され、クリスティーナは激怒する。


(クリスティーナ、かわいい……)


 ミランダに憧れて髪を伸ばすなんて。

 卒業までにクリスティーナの髪は背まで伸びているだろう。

 フェリックスは顔を真っ赤にするクリスティーナを見て、可愛いと悶えていた。


「ねえ、今度の休みも僕の家に泊まるよね」

(と、泊まる!? これ、僕たちが聞いてもいい話?)


 レオナールはクリスティーナに休日の予定を訊く。

 フェリックスはレオナールの発言に動揺する。

 レオナールの言い方だと、クリスティーナは何度も彼の家に泊まっているようだ。

 彼氏の家に彼女が泊まる。

 その意味をカトリーナとフローラ以外は理解しているだろう。


「休み明け、魔法薬のテストがあるから、難しいかな~」

「テスト勉強なら僕の家でじっくり教えたほうが高得点取れるよ」

「うっ」


 クリスティーナは行かない理由を作ろうとするも、レオナールに逃げ道を塞がれる。


「勉強なら自分も得意です!」


 レオナールとクリスティーナの間にライサンダーが割り込む。


「クリスティーナ殿の苦手分野も把握しているので、こいつよりも効率よく教えられますよ」


 恋敵であるライサンダーもレオナールに対抗する。


「ライサンダー先生、勉強教えてくれるんですか!?」

「希望があるなら、ミランダも連れてきましょう」

「ミランダ先輩とお勉強なんて素敵!!」

「……ミランダを使うのはずるいのでは?」


 ライサンダーとレオナールはクリスティーナの取り合いに必死だ。

 今回はライサンダーが勝ちそうだ。


「クリスティーナも迷ってないで、どっちかに決めちゃえばいいのになあ」


 フェリックスと共に傍観しているヴィクトルがぼやく。


「今日は――、これで活動を終わりましょうかね」


 フェリックスはパンッと手を打ち、同好会の活動を終わらせる。



 フェリックスは決闘場のカギを閉める。

 クリスティーナとヴィクトルは早々に寮へ帰り、ライサンダーは「日報を書くので」と職員室へ戻った。


「ごきげんようお兄様」

「フローラ」


 フローラは不機嫌な表情を浮かべている。

 兄妹の関係は良くないようだ。要因はクリスティーナだろう。

 レオナールは真剣な眼差しでフローラに声をかける。


「今からでも遅くない。ピューレス女学院の転入試験を受けなさい」


 レオナールは厳しい口調でフローラにピューレス女学院の転入を勧める。

 フローラが入学する予定だった女学院だ。

 ピューレス女学院はこの国の選ばれた淑女しか入学できない、女の子なら一度は憧れる女学校なのだとか。

 容姿、礼儀作法、芸事に長けたフローラは、女学院から強い推薦を受けていたため、当人の希望があるなら転入を特別に許可すると言われているらしい。


「わたし……、チェルンスター魔法学園で魔法を学びたいですわ」


 フローラは強い意志を持って、レオナールに反発する。


「素直に従うなら、ここまでこじれたりしないよな」


 レオナールは深いため息をつく。


「父上は強引にでもお前を女学院に編入させるつもりだぞ。次の長期休暇までにはな」

「編入は嫌よ!」


 レオナールの話は本当だろう。

 モンテッソ侯爵の手紙にもそのようなことが書いてある。

 フローラはレオナールやモンテッソ侯爵の提案を拒絶する。


「わたし、ミランダお姉さまが通っていたこの学園を卒業したい。魔法を覚えて――」


 フローラは制服姿のミランダに会い、自身の中で何かを決心したようだ。


「ミランダお姉さまやお姉さまのように……、自立したいの」


 その決意をフェリックスたちに告白する。

 属性魔法同好会のメンバーになったのも、自立のためだったのだ。


「……君はミランダのようにはなれない」

「どうして? わたしは――」

「フローラ、君は良家へ嫁ぐために育てられた。自立なんて父上は求めていない」


 レオナールは現実をフローラに突き付ける。


「美しく、おしとやかで、男を立てる女として育てた。君の婚約者だって、それを望んでいる」


 現実を突きつけられたフローラは絶句する。


「君に魔法はいらない。どうせ、下手で才能がないんだからここで頑張っても無駄さ」

「っ!?」


 下手で才能がない。

 一番傷つく言葉を浴びたフローラはショックを受け、この場から走り去ってしまう。


「レオナール、あんなひどいことを言わなくても」


 フェリックスはレオナールに注意する。


「言わないといけないんです。フローラは僕とミランダとは違う世界の人間ですから」

「……」

「フローラが僕や姉上より魔法の才能がないのは事実です。ピューレス女学院なら一番の成績が取れるというのに」


 レオナールはフェリックスに背を向け、去ってゆく。


(これはモンテッソ侯爵家の問題。僕が介入する余地はない……)


 フェリックスは仕事を片付け、自宅へ帰る。



 自宅へ帰ったフェリックスは、夕食を摂り、入浴を済ませた後、ミランダにフローラについて相談する。


「フローラはわたくしとは違う。ご家族の言う通り、ピューレス女学院に転入したほうが幸せになれると思うわ」


 話を聞いたミランダはレオナールと同じ結論に至る。


「でも、フローラは”自立したい”という気持ちをモンテッソ侯爵に話していない。それではすれ違ったままよ」


 ミランダはふふっとフェリックスに微笑む。


「これはクリスティーナとフェリックスに教わったこと」


 ミランダが変われたのはフェリックスとクリスティーナが強く影響している。


「……フローラに手紙を書くわ」

「うん。お願い」


 フローラにそれを教えるのはミランダの役目だろう。

 ミランダは手紙を書いてくれるようだ。

 それでいい方向へ変わるといいなと、フェリックスは思った。


「さあ、一緒に寝ましょうフェリックス」


 ミランダはフェリックスを寝室へ誘う。

 フェリックスが大きな欠伸をした直後だった。


「”緊急招集”」


 頭の中で校長の声が響く。


「フローラ・モンテッソが行方不明。人さらいの可能性あり。この通信が聞こえている教師は、至急、チェルンスター魔法学園に集合せよ」

「フローラが行方不明だって!?」


 フローラが女子寮へ帰っておらず、行方不明になった事実を告げられる。



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