目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報

第91話 僕はシャドウと対峙する

「フェリックス、通信を切るぞ」

『な、なにが――』


 アルフォンスはフェリックスとの通信魔法を切る。

 フローラが激しく咳き込む。

 腹を抑え、何かを吐き出したい様子。


「ど、どうしよう……」


 フローラを苦しみだし、カトリーナは慌てだす。

 アルフォンスはフローラに駆け寄り、彼女の腹部に触れようと手を伸ばす。


「やめてっ」


 フローラがアルフォンスの手を弾いた。

 すぐにその手がアルフォンスのものだと気づいたフローラははっとする。


「フローラ、辛い目に遭ったことは知っている」


 アルフォンスは咳き込むフローラをベッドに寝かせた。


「俺が触れない方がいいのだろうが、お前の命に関わる。だから、許してくれ」

「……わかりました」


 アルフォンスは指先に魔力をおくり、フローラの腹部に触れ、体内にあると言われた寄生花の種を探す。

 フローラの腹部は魔石の効果により、寄生花が発芽、開花をしようとしており、異常な膨れ方をしている。


(さらわれてから種を飲まされるのなら、開花の魔法が発動しても他の者より時間がかかるはず)


 開花の魔法がかけられたとしても、種を飲んたばかりのフローラの場合なら救える余地があるとアルフォンスは判断する。


(ここだ……)


 寄生花の根を見つけた。

 放置すれば、寄生花はフローラの生命力を糧にどんどん成長し、開花してしまうだろう。


「フローラ、少し苦しいだろうが、我慢してくれ」


 アルフォンスは杖を寄生花がある場所へ構える。

 杖の先に魔力を集中させ、それをフローラの体内へ放つ。


「あっ、がっ」


 フローラが痛みにもがく。


(寄生花の根を抜いた。後は、これを吐き出させるだけ)


 根は浅く、魔法で断ち切ることができた。

 体内に深い傷を負い、ひどく痛むだろうが、フローラにはもう少し頑張ってもらわないといけない。


「カトリーナ、フローラを起こせ」

「うん」


 カトリーナはフローラを起こす。


「アース アブソープ」


 アルフォンスはフローラに土魔法をかける。

 対象の魔力を吸い取る魔法である。


(寄生花を枯れさせるには、フローラを極限まで弱らせる必要がある)


 根を抜いたものの、寄生花の成長は止まらない。

 フローラの体内にある魔力を極限まで減らし、寄生花の養分を絶つ必要がある。


「ねえ、フローラの顔が青く――」

「話しかけるなっ」


 カトリーナはフローラの容態を心配するも、余裕のないアルフォンスは彼女に怒鳴る。

 フローラの容態が悪くなるのは承知済み。

 問題は吸い取る魔力量にある。

 少なすぎれば寄生花が枯れず、多すぎればフローラの命に関わる。

 アルフォンスは良いタイミングを図るため、神経を集中させていたのだ。


(寄生花が枯れかけている……。ここだっ)


 アルフォンスは魔法を解除する。

 蒼白な表情を浮かべているフローラの背を叩き、吐き出すのを促す。

 そして、フローラは枯れた寄生花を吐き出した。

 床には真っ黒な根、紫と黄色の斑点をした毒々しい茎と葉、そして赤黒い蕾があった。


「アルフォンス、フローラが!!」


 カトリーナはフローラの危機をアルフォンスに訴える。

 フローラの顔は青白く、目は虚ろだ。

 呼吸も浅く、寄生花を吐き出すのに体力を使い切ってしまったからだろう。

 生命維持に必要な魔力まで奪ったからである。


(こうなっては、魔力を直接注ぐしかない)


 アルフォンスはフローラを抱き上げ、自身の唇を彼女に押し当てた。


(このことはきっとフローラも覚えていない)


 フローラはアルフォンスの魔力をどんどん吸い上げてゆく。

 唇を離すと、フローラの頬は赤く染まっていた。

 胸も上下に動いており、呼吸も安定している。


「フローラ……」

「カトリーナ、俺はフローラをここから連れ出す。お前は魔石の細工者を探し、居場所をフェリックスに報告しろ」

「うん」


 アルフォンスはベッドシーツをフローラの身体に巻き、彼女を抱き上げる。

 カトリーナはアルフォンスの命令に頷き、二人はそれぞれ別行動をとる。



 フェリックスはアルフォンスとの通信魔法が途切れたことに動揺していた。


「どうしたんだろう……」


 傍にいるミカエラも不安げな表情を浮かべていた。


『勝手に連絡を切ってすまない』

「アルフォンス、フローラは――」

『貴様の警告を聞く前に、カトリーナがフローラの首輪を外してしまってな。寄生花を処理するのに手間取った』

「えっ!? 大丈夫だったんですか、それ……」

『寄生花を吐き出させたから無事だ。俺はフローラを外へ連れ出す』

「わかりました」

『貴様のほうにカトリーナを寄越す。リドリー先輩が軍部を呼ぶ前に、魔石の細工者を捕まえてくれ』

「は、はい……」


 途切れていたアルフォンスから通信が戻り、フローラを保護したことを告げられる。

 通信魔法が切れ、フェリックスはミカエラと見合う。


「アルフォンス先輩の言う通りだよ」


 通信を聞いていたミカエラはアルフォンスの意見に賛同する。


「もし、あたしがこの娼館の従業員だったら、軍部の人間が来る前に証拠隠滅するもん」

「証拠隠滅って……、まさか――」

「すべての魔石を強制発動させる」


 被害女性の体内にある寄生花が一気に開花することを指す。


「フローラちゃんは、種を飲んだばかりだったから助けられたけど、他の子はそうはいかない。全員死んじゃうだろうね」

「そ、そんな酷いこと」

「するでしょ。あいつらなら」


 怯えるフェリックスと対照的にミカエラは冷静に事実を告げる。


「それを防ぐには、魔石の操作盤を見つけて細工するか、細工師を見つけること。リドリー先輩が来る前にあたしたちがやらなきゃいけない」

「でも、操作盤と細工師どうやってみつけるのさ?」


 フェリックスはミカエラに考えがあるのかと問う。


「細工師の方はカトリーナちゃんが見つけ出すよ。操作盤はおっきいからどこかの部屋に置いてあるだろうね」


 ミカエラは自身の考えを述べる。


「操作盤はあたしがなんとかする。細工師の方はカトリーナちゃんが見つけて、フェリックス君が魔法で倒して解決っ」


 ミカエラの作戦は実に楽観的だ。

 だが、それが一番有効な策であることは否めない。


「うん。それでいこう」


 フェリックスは杖を強く握りしめ、魔石の細工師を倒すと決意した。



 しばらくして、フェリックスたちはカトリーナと合流する。


「フェリックス、ターゲット見つけた!」


 カトリーナは魔石の細工師を見つけたようだ。


「あと、これ……」

「首輪だね、ありがと」


 カトリーナはフローラの首輪を持ってきた。

 それをミカエラが受け取り、自身の首につける。


「これで変装カンペキ!」

「えっと、この女の人……、ダレ?」

「ミカエラだよ。魔法で別人に変装してるんだ」


 カトリーナは見知らぬ女性が慣れ慣れしく話しかけてきたことに戸惑っていた。

 フェリックスは傍にいる女性はミカエラだと説明する。


「魔法ってすごいね」


 カトリーナは目をぱちぱちさせながら、ミカエラの変装魔法に関心する。


「カトリーナ、ターゲットのところまで案内してくれるかな」

「うんっ」

「あたしは別行動するね。フェリックス君、あとは頼んだ!」


 フェリックスたちは部屋を出た。

 ミカエラは別行動をとる。

 カトリーナの案内のもと、警備している黒服の男たちに見つからないよう移動し、娼館の三階にある重々しい雰囲気の部屋に着いた。


「ターゲット、ここに入った」

「……いこう」


 フェリックスはドアを開けた。


「うっ」


 部屋に入り、少し進むとそこには凄惨な光景が広がっていた。

 まずフェリックスの目に入ったのは鎖につながれた女の子たち。

 鎖は首輪から伸びており、自由を奪われている。

 繋がれていないものもあり、それは待合室や個室で客の接待をしている女の子たちのものだろう。

 広い部屋ではあるが、働いている女の子たちを全員入れたら横になるのがやっとだ。


「お願いします! わたし、まだ働けますから――」


 部屋に入ってすぐ、フェリックスは一組の男女を見つけた。

 女性は男にすがり、命乞いをしている。

 彼女の首輪に埋め込まれた魔石は真っ赤になっており、発動間近だった。


「価値のない女はいらない。花になって死ぬがいい」

「いや、いやあああ」


 悲鳴を最後に、女性は息絶える。

 開花の魔法が発動し、彼女の体内にあった寄生花が開花したからだ。

 その残酷な光景はフェリックスの脳裏に残り、決して忘れることはないだろう。

 周りにいる女の子たちにとっては日常茶飯事のようで、動じていない。

 自分が被害に遭わぬよう、目をそらしている。


「さて、貴様らは――」


 男がフェリックスたちに気づく。


(この人を倒す……、僕に出来るのか?)


 直前になってフェリックスは怖気づく。


「ほう、殺しこそねたフェリックス・マクシミリアンじゃないか」

「は?」


 男はフェリックスのことを知っていた。

 だが、フェリックスには面識がない。


「……シャドウ」


 男の声を聞いたカトリーナは透明の状態を解き、ぺたんとその場に座り込んだ。

 男の顔が泥のように溶け、若い男へ変わり、フェリックスはシャドウと対面する。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?