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第104話 妻とヒロインは約束をする

 翌日、学園祭当日。

 フェリックスはミランダと共にチェルンスター魔法学園の門の前にいた。

 門の周りには、生徒の親であろう人や、進学を考えている子供が学園祭の開催を今か今かと待ちわびている。

 待っている間、フェリックスは考え事をしていた。


(クリスティーナの光魔法抜きで悪魔を倒す方法……、複合魔法で光魔法と似たような属性を作り出したらいけそう? でも、僕はミランダみたいに複合魔法は扱えないし)


 考えてもフェリックスの頭では曖昧な解決策しか出てこない。


(これはミカエラに相談するしか――)

「フェリックス?」


 ミランダに声をかけられ、フェリックスは我にかえる。


「ああ、ごめん。ぼーっとしてた」

「学園祭開始の鐘が鳴ったわ。行きましょう」

「うん」


 考え事に集中しすぎて、鐘の音も聞こえていなかったらしい。

 ミランダに手を引かれ、フェリックスは学園に入った。


「フェリックス先生! あ、隣にいるのは奥さんですか?」

「お腹大きい~、赤ちゃんいつ産まれるんですか?」


 学園に入り、学園祭の地図が描かれた大きな看板をミランダと眺めていたところで、一年C組の生徒たちに声をかけられる。彼らは卒業生のミランダのことを知らないため、親しく話しかけてくる。

 昔であれば『平民が貴族のわたくしに馴れ馴れしく話しかけてこないで』と突き放すことを言ったのだろうが、笑みを絶やさず「もうすぐよ」と生徒たちに話していた。


「あの子たちは、僕の生徒たちなんだ」

「そうみたいね。変装したイザベラさまでなくてよかったわ」

「もう警戒してるのかい?」

「もちろん」


 フェリックスは話しかけてきた生徒たちのことをミランダに簡単に説明する。

 ミランダは看板を見上げ、効率の良い位置取りを覚えていた。


「クリスティーナのフリーマーケットへ行って、フローラたちの朗読会に参加してから、わたあめを楽しんで、ヴィクトルの喫茶店で休憩するのがよさそうね」


 辿るルートが定まった。


「休憩したら学生トーナメントを見て、気になる出店に寄って帰ろうか」

「ええ。とても楽しみだわ」


 ミランダはフェリックスの手をぎゅっと握る。


(悪魔のことは忘れて、今はミランダと学園祭を楽しもう)


 フェリックスはこの場は悪魔のことを忘れ、ミランダと共に学園祭を楽しもうと気持ちを切り替えた。


 ミランダはフリーマーケットに入る。


「ミランダ先輩!!」


 教室にはクリスティーナとレオナールがいた。


「ミランダ、来ると思ったよ」

「わたくしは会わないと思いましたけど」

「相変わらず冷たいなあ。元婚約者だろう?」

「縁が切れたから冷たい対応を取っているのよ」


 ミランダとレオナールの言い合いはもはや挨拶である。

 フェリックスとクリスティーナは苦笑しながら二人の言い合いが落ち着くのを待つ。


「わあ……、もうすぐ産まれるんですね」

「ええ。大きくなったでしょう」

「はい」


 クリスティーナはミランダの膨らんだ腹部を見つめ、出産が近づいてきているのだと喜んでいる。


「クリスティーナ、教室を出よう」

「うん」


 レオナール、クリスティーナ、ミランダ、フェリックスの四人は教室を出て、通行人がいない廊下へ移動する。


「ミランダ、大事な話がある」


 レオナールはクリスティーナの肩に手を置き、己に引き寄せる。

 クリスティーナはレオナールの胸の中におさまる。


「あのな……」

「なに? 貴方らしくない顔をして」


 レオナールの表情が硬い。

 きっとレオナールはここでミランダに告げるのだろう。


「クリスティーナの腹に、俺の子供がいる」

「っ!?」


 クリスティーナの妊娠を知り、ミランダは目を丸くし驚愕していた。


「クリスティーナ……、本当なの?」


 クリスティーナが頷く。彼女は学園祭を訪れたレオナールに妊娠の旨を話したようだ。


「……」


 ミランダの思考が停止している。

 少しして、ミランダはクリスティーナに微笑んだ。


「とても素敵なことだわ」


 ミランダはクリスティーナの手を取り、彼女の出産を祝福する。


「だって、わたくしの子供とあなたの子供が同い年になるんだもの!」

「……ミランダ先輩」


 ミランダは弾んだ声でクリスティーナに告げる。

 クリスティーナは目に涙をためており、今にでも泣き出しそうだ。


(クリスティーナの不安はミランダの一言で吹き飛ぶはず)


 フェリックスはミランダの前向きな一言に感心していた。

 クリスティーナは妊娠について沢山の不安があった。

 留年せず卒業出来るのか、妊娠を恋人は喜んでくれるのか、結婚し二人で子育てが出来るのかなど。

 ミランダの一言はクリスティーナの数々の不安を吹き飛ばしたに違いない。


「一緒の学校に通わせましょう」


 ミランダのこの一言で、クリスティーナが泣く。

 レオナールはクリスティーナを抱きしめ、彼女の肩を優しく撫でた。

 フェリックスは七年後の想像をする。

 互いの子供が初等部で学び、遊び、成長してゆく姿を。

 きっと子供たちは幼馴染として強い絆を結び、義務教育を終え、魔法学校に通うことになるだろう。


(ミランダとクリスティーナが出会ったチェルンスター魔法学園だったら素敵だな)


 先輩後輩として過ごしていた二人の子供が同学年として共に授業を受ける未来を是非とも見てみたい。


(幸せな未来を阻むのは……、悪魔だ)


 子供たちの成長を見届けるには、なんとしてでも悪魔の脅威を退けないといけない。


(ミランダと産まれてくる子供、そしてクリスティーナたちのためにも悪魔を倒す新たな方法を見つけ出さなきゃ)


 フェリックスは幸せな未来のために、悪魔を倒す新しい手段を見つけ出すと胸に誓う。


「でも、順番が違うのではないかしら?」


 ミランダはクリスティーナには優しいが、レオナールには厳しい。


「クリスティーナが俺から離れないか不安だったんだ。ライサンダー殿がクリスティーナを狙ってたからな」

「お兄様は……、身を引いたでしょう」

「ああ、だが――」


 女性経験豊富なレオナールが授かり婚という手段をとったのは、恋のライバルであるライサンダーの存在があったようだ。


「姉上と婚約を取り付けるとはな……、意外な幕引きだった」

「えっ、レオナールのお姉さんとライサンダーが婚約!?」


 レオナールの発言にフェリックスは耳を疑う。

 絶縁状態に近かったモンテッソ侯爵家とソーンクラウン公爵家に再び繋がりができたのだ。


「姉上も婚期が遅れるばかりだからな」

「お兄様も次期当主として、身を固めないといけないわ」


 レオナールとミランダの言い分から、両家の問題を解決する最善の方法のようだ。


「それに――」


 仲の悪い二人の声が重なる。


「わたくしたち家族になるわ」

「俺たち家族になるからな」


 ライサンダーとレオナールの姉が結婚することによって、ミランダとクリスティーナは親戚になれるのだ。


「そういうことだ。俺とクリスティーナは後から戻るから、フリーマーケットを楽しんでくれ」

「貴方に言われなくても。わたくしはクリスティーナのアクセサリーを買いに来たのだから」

「じゃあな、ミランダ」

「ええ、また会いましょう。レオナール」


 フェリックスとミランダは二人と別れ、教室に戻った。


 フリーマーケットではミランダが気に入った小物とクリスティーナが作ったアクセサリーを購入し、フローラとカトリーナの朗読会に参加する。その後、行列に並びわたあめを堪能したあと、ヴィクトルのいる執事喫茶で足を休めた。

 休憩したあとは、学生トーナメントを観戦した。ヴィクトル対マインの決勝戦でフェリックスとミランダの応援に熱がはいる。

 結果、マインが勝利し、ヴィクトルの準優勝で終わった。

 一日学園祭を満喫したミランダは、とても満足していた。

 フェリックスはそんなミランダを見て、来年も家族で学園祭を訪れたいと思うのだった。



 学園祭が終わり、その翌日。

 朝の職員会議にて、校長がクリスティーナの妊娠を告げた。


「いやー、困ったことになったねえ」


 昼休み。

 フェリックスとミカエラは魔法薬の準備室で昼食を摂る。この時期になると外が寒いからだ。

 話題は、クリスティーナの妊娠について。


「やっぱりさ、妊娠したら魔法は使えないんだよね」

「うん。体内の魔力が赤ちゃんのために使われちゃうからね。属性魔法なら多少はいいけど、複合魔法は無理だ」


 フェリックスの疑問にミカエラが即答する。

 その答えにフェリックスは「そうだよね……」と呟き、うなだれる。


「クリスティーナがいないと、悪魔が倒せない」

「倒せるよ」


 頭を抱えるフェリックスにミカエラが堂々と答える。


「ハルト君が言う悪魔は、光魔法があれば倒せるんだよね」

「そうだけど……」

「なら、ハルト君が光魔法を使いこなしたら解決じゃん!」


 ミカエラがとんでもないことを言い出した。


「無茶言わないでよ」


 フェリックスは無謀だとミカエラを見つめる。

 光魔法は四属性を合わせた複合魔法。

 フェリックスはクリスティーナのように四属性を扱うことは出来ない。

 無理だとフェリックスが告げても、ミカエラはニヤリと口元を緩める。


「今のハルト君ならできるよ」


 ミカエラの予想では、今のフェリックスなら四属性の魔法を扱うことができるというのだ。


「ハルト君の得意属性は火と風、フェリックス君の得意属性は水と土。君の身体は四属性を扱えてる」

「確かに……」

「フェリックス君はセラフィちゃんというこの世界の未練がなくなった」

「今の僕なら、前のフェリックスの得意属性を使いこなせるかもしれないってこと?」

「そゆこと! 今日の同好会で試してみなよ」


 昼休みが終わるチャイムが鳴る。


「貴様ら、こんなところで昼飯を……」

「アルフォンス先輩も一緒にどうですか?」

「いや、遠慮しておきます」


 アルフォンスが午後の授業のため、準備室に入ってきた。

 アルフォンスはフェリックスとミカエラがいることに小言を述べる。

 ミカエラは小言も気にせず、アルフォンスを昼食に誘うも彼はすぐに断った。


「ほら、貴様も授業だろう。早く出ていけ」


 アルフォンスに注意され、フェリックスは準備室を出ていった。


 夕方のホームルームが終わり、属性魔法同好会の活動が始まる。


(さて、試してみよう)


 フェリックスは杖に魔力を込める。


「ウォーターボール」


 水の初級攻撃魔法を唱えてみる。

 以前試したときは水魔法は全く発動できなかったのだがーー。

 杖の先から水の玉が現れ、勢いよく放たれる。


「フェリックス先輩、水魔法も扱えたんですね」

「あ、うん」


 水魔法を放つとライサンダーが声をかけてきた。


「苦手属性なのにあれだけの威力とは。流石です!」

「あはは」


 ライサンダーに褒められ、フェリックスは気を良くする。


(これなら、土魔法もーー)


 続いてフェリックスは土属性の初級防御魔法を放つ。これも上手くいった。


「えっ、土魔法も扱えるのですか!?」


 ライサンダーは素直な反応を見せてくれる。


「もしかして……、クリスティーナのように四属性扱えるのですか!?」

「……うん、そうみたい」


 フェリックスはライサンダーの問いに照れながら答える。

 ミカエラの考え通り、フェリックスは四属性を扱えるようになっていた。


(これなら、光魔法の体得も夢じゃない)


 フェリックスは新たな力に期待する。


(クリスティーナに頼らず、僕が悪魔を倒して、この世界に平和をもたらすんだ)


 フェリックスは光魔法の体得に闘志を燃やす。


 特訓三日目。

 早速、フェリックスは壁にぶち当たった。


「フェリックス先輩、複合魔法の練習ですか?」


 思うようにいかず悩んでいたところに水と風の複合魔法を体得しているライサンダーに声をかけられる。


「うん。僕も新しい魔法に挑戦してみようかなと」


 フェリックスは水と風の属性魔法を合わせ、氷魔法を使おうとするも、杖からは水と風がそれぞれ出てきてしまい、なかなか二属性を合わせられない。


「ライサンダーはどうやって氷魔法を体得したんだい?」


 フェリックスは複合魔法についてライサンダーに聞く。

 すぐにコツを教えてもらえると思いきや、ライサンダーは腕を組み、難しい顔をしていた。


「ソーンクラウン公爵家には、代々氷魔法を体得するための秘術がありまして、それを身につけると皆、氷魔法を扱えるようになるのですよ」

「秘術……」

「幼少期、火属性の魔法が得意だとしても、秘術を受ければ強制的に氷魔法の適正である水属性と風属性に矯正されるのです」

「だから、ライサンダーもミランダも氷魔法を扱えるんだね」

「ええ。だから、フェリックス先輩の参考にならないかと」

「そう……。答えてくれてありがとう」

「いいえ、応援しております」


 ソーンクラウン公爵家が氷魔法の名家なのにはちゃんとした理由があるようだ。

 きっと、フェリックスがその秘術を体得したら、水属性と風属性しか使えなくなってしまうだろう。

 ライサンダーの言う通り、ソーンクラウン公爵家のやり方は参考にならない。


(僕が今まで見てきた複合魔法はイザベラの泥魔法、クリスティーナの光魔法、リドリー先輩の雷魔法の三つ)


 クリスティーナは自身の目標のため論外として、コツを教わるのであればイザベラとリドリーになるだろう。


(イザベラは交換条件を出してきそうだから……、教わるならリドリー先輩かな)


 フェリックスは消去法でリドリーを選択した。


 属性魔法同好会の活動を終え、フェリックスはリドリーを探す。

 リドリーは職員室で珍しく残業をしていた。


「リドリー先輩、お話よろしいでしょうか?」


 フェリックスはリドリーに声をかける。


「はい、どうぞ」

「あの……、リドリーに複合魔法について教えて頂きたくて」

「複合魔法ですか」

「はい。実は――」


 フェリックスは自身が四属性の魔法を扱えるようになったこと、複数の属性を合わせて強力な魔法を放てるようになりたい旨をリドリーに伝えた。


「なるほど……」


 フェリックスの話を聞いたリドリーは机に肘をついた手を顎に当て、天井を見上げる。


「将来、同好会のメンバーに複合魔法を扱う生徒が現れるかもしれませんしね……」


 リドリーは独り言を呟く。


「わかりました。明日、同好会の活動が終わったら私と複合魔法について補講をしましょう」

「ありがとうございます!」


 了承してくれたリドリーにフェリックスは感謝の言葉を述べた。



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