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第126話 僕たちは不死の軍勢に遭遇する

 帝国中の実力者がオルチャック公爵領の前に建てた本拠地に集まった。

 イザベラの演説のあと、各部隊に割り振られる。


 フェリックスはリドリーの隊に配属された。

 リドリー隊はフェリックス、クリスティーナ、レオナール、ヴィクトル、マインで、教師と卒業生で構成されている。

 フェリックスたちは六名でシャドウがいるであろうオルチャック公爵邸を目指すことになっており、軍隊を率いるイザベラや彼女についてゆくエリオットと別行動をとることになる。

 少数で戦いに挑むのは、リドリーの雷魔法が広範囲に及ぶため、人数が多いと味方を傷つけてしまうからだ。

 昔はリドリーの魔法の難点をトルディスの防御魔法で補っていたらしく、彼が生存していた時は”帝国に敵なし”と言われていたとか。


「さあ、行きましょう」


 リドリー隊は他の舞台よりも早くオルチャック公爵領に入る。


「はい」


 フェリックスはリドリーたちと共に、敵地に足を踏み入れた。



 オルチャック公爵領。

 林を抜けると麦畑を育てている村に着き、そこから町、公爵邸を目指す。

 徒歩で移動すると一週間かかる距離だ。

 領地は不気味なほど静かで、フェリックスたちは違和感を覚える。


「リドリー先輩、静か過ぎませんか?」


 フェリックスは戦闘慣れしているリドリーに問う。

 フェリックス以外の皆も戦場とは思えない静けさに不安そうな表情を浮かべている。

 リドリーは周りに敵がいないことを確認し、フェリックスの質問に答える。


「ええ、とても静かですね」

「シャドウは僕たちの侵攻に気づいてないのでしょうか?」

「いいえ、気づいていますよ」


 リドリーはフェリックスの疑問に即答した。


「革命軍の戦力はイザベラ女王が削ぎました。わずかな戦力で領地全体を防衛するのは難しいので、戦闘は第一通過点の村で行われると思います」


 革命軍は領地全体に戦闘員を配置するほどの戦力はないため、フェリックスたちが中継地点として立ち寄る場所に兵士を配置しているのではないかとリドリーは推測している。


「私たちは敵とはいえ、人を殺すことになります」

「……」


 リドリーの言葉がフェリックスの心に重くのしかかる。

 フェリックスは何度か革命軍と戦闘になったことがある。

 革命軍を無力化させるために、彼らを魔法で傷つけたりしたが、命を奪ったことはない。

 クリスティーナたちも、決闘や模擬決闘で対人戦は体験しているものの、皆、初陣である。


「僕は妻と娘のためなら、なんだってやる覚悟です」


 沈黙を破ったのはレオナールだった。

 レオナールは隣にいるクリスティーナの手を繋ぎ、生還して娘の元へ戻るのだと宣言した。


「レオナール先輩……、戦時中に惚気るの、やめてくれません?」


 レオナールの宣言を茶化したのはマインだった。


「君だって、ルイゾンと息子のことを――」

「そりゃ、生きて帰りたいです」


 マインはチェルンスター魔法学園を卒業後、ルイゾンと結婚し、男児を出産した。

 ルイゾンは今回の戦闘に参加せず、男児はポントマイ家の乳母に預けたそうだ。


「帰れないかもしれない、そう考えてわたしは夫に息子を預けたんです」


 マインの意見はもっともだ。

 真っ当な意見にレオナールは黙ってしまった。


「クリスティーナ、あんたどうしてここにいるのよ」

「私は――」

「ドナトルのことがあったから?」

「……」


 クリスティーナが戦闘に参加するきっかけになったのは、同学年の死。ドナトルの死だ。

 マインに図星を突かれたクリスティーナは、レオナール同様、黙ってしまう。


「あいつのためなら、中途半端な気持ちで戦わないで」


 マインはクリスティーナにキツイ言葉を浴びせる。

 元々、二人は仲が悪い。

 クリスティーナの退学をかけて決闘をしたこともある。

 決闘後は小言をチクチク言う程度に済んでいたが、戦時中の今も続くとは。


「マイン、私の魔法は皆と違う。私は自分の魔法で皆を救いたい。もちろん、あなたも」

「人と違う魔法を持ってるからって、調子乗ってるわね」


 クリスティーナの覚悟をマインは『調子に乗っている』という一言ではねつける。

 二人は水と油のような存在。和解することは生涯訪れないだろう。

 マインはプイッとそっぽ向く。 


「なら、あたしに証明してみせなさいよ。あんたの……、その、光魔法ってやつで」


 クリスティーナに期待する言葉をかけたのち、マインは早歩きで彼女から離れる。

 クリスティーナはマインの言葉に唖然としていた。


(もう、マインはクリスティーナの実力を認めているはずなのに、素直になれないんだろうな)


 フェリックスは二人のやりとりを微笑ましく見つめる。


「フェリックス君……、気を抜かないでください。もうすぐ目的地に到着します」

「す、すみません」


 リドリーにビシッと注意され、フェリックスは意識を戦場へ戻す。


「皆さんも、雑談はそこまでにしてください。死にたくなければ、戦闘時は作戦通りに動くこと」

「「はいっ」」


 リドリーは生徒たちにも気を引き締めるよう声をかける。


「村が見えてきましたね」


 林の向こう側から、村の柵が見える。

 そして、そこには――。


「な、なにあれ!?」


 フェリックスはあり得ないものを目にし、思わず叫んでしまう。

 柵の前にいたのは生気のない人間たち。

 肉体が朽ち果てている者、腕や首がない者たちがぞろぞろとこちらにむかって歩いている光景。


(こんなのゾンビアクションゲームでしかみたことないよ!?)


 フェリックスはホラーゲームが大の苦手。

 画面越しではない、本物のゾンビを目の当たりにし、フェリックスの脚はがくがくと震えていた。


「アンデット……」


 冷静だったリドリーも想定外の敵と遭遇し、フェリックスの腕に抱き着いている。

 腕越しに、リドリーの身体が恐怖で震えているのを感じた。


「あの、アンデットって空想上の生物だと言われてますよね?」


 フェリックスはこの世界にアンデットが存在するか確認する。


「あんなのが現実にいるわけないでしょう!」

「現実にいるわけがない……」


 フェリックスはリドリーが怯えていることで、冷静になる。


「マイン、望遠鏡を貸して」

「はい、先生」


 フェリックスは伝達役を兼ねているマインから望遠鏡を借り、それを使ってアンデットの集団をよく観察する。

 彼らの衣服に注目すると、胸元に革命軍のマークが印字された上着を身に着けていた。

 村人の服を着ている人たちは、元々この村に住んでいた人々だろう。


(シャドウは遺体を集めていた。それは、この戦いに備えてのこと)


 フェリックスは望遠鏡をマインに返却し、ベルトのホルダーから杖を抜く。


「アンデットの正体は、村人と革命軍です。おそらく、この戦いの黒幕がなんらかの方法で操っているのでしょう」


 アンデット集団は生者であるフェリックスたちに向かって進軍している。

 広範囲・高火力の魔法を放てるリドリーは空想上の敵を目の当たりにし、錯乱状態。


(アンデットに効果的な攻撃は……、火)

「僕が火の魔法で彼らを焼き払います」


 フェリックスは魔法の詠唱に入る。

 ”チャージ”を五重に重ねた、フェリックスが放てる最大火力の魔法を放つために。


(最高火力で奴らを焼き払う!)

「チャージ ファイブ……、インフェルノ!」


 フェリックスは火の上級魔法を軍勢に放った。

 これでほとんどの軍勢を焼き払い、圧勝を確信したフェリックスだったが――。


「えっ!?」

「フェリックス先生の魔法が……、防がれただと!?」


 同様に勝利を確信したクリスティーナとレオナールが驚愕する。

 フェリックスの魔法が、敵陣の防御魔法によって無効化されたからだ。


(嘘だろ!? 僕の最大火力だぞ)


 フェリックスは目の前の結果に唖然とする。


「あの防御魔法……」


 一人だけ、違う驚き方をしている者がいた。


「トラヴィス叔父さんの土魔法だ」


 ヴィクトルには見覚えのある魔法だった。

 トラヴィスという人物にフェリックスは心当たりがある。

 フェリックスが暮らす町の墓地で眠っていた人だ。


「トラヴィスがこの軍勢の中にいる?」


 ヴィクトルの呟きでリドリーが正気に戻った。

 それを確かめるためか、リドリーは強烈な雷魔法をアンデットの軍勢に放つ。

 リドリーの魔法は先ほど放ったフェリックスの魔法同様、防御魔法によって防がれる。


「この防御魔法、確かにトラヴィスのものですね」

「僕やリドリー先輩の魔法も通用しない、どうすれば……」


 杖に刃のような魔力を宿らせ、接近戦をする方法もあるが、多勢のアンデットを相手にするには無謀な戦法だ。

 退却して、作戦を立て直すべきだろうかとフェリックスは隊長のリドリーの判断を待つ。


「トラヴィスが……、どうして」


 リドリーはかつての相棒が敵になったことで動揺しており、まともな判断ができないでいる。


「フェリックス先生、僕に考えがあります」


 ヴィクトルがフェリックスに作戦案を持ち掛ける。

 いつも傍観しているヴィクトルが自ら提案するのはとても珍しい。

 フェリックスはヴィクトルの案を聞く。


「――うん、それに賭けよう」


 フェリックスはヴィクトルの案を受け入れた。



 アンデットたちはフェリックスたちとの距離を着実に縮めていた。


「皆、やろう」


 ヴィクトルが先陣を切って、クリスティーナ、レオナール、マインに協力を仰ぐ。


「本当にこれでトラヴィスって人の防御魔法を破れるのかしら?」


 それぞれが呪文の詠唱に入る直前、マインがヴィクトルに疑問を投げかける。


「先生たちの凄い魔法を防いだのよ?」

「大丈夫。僕を信じて」

「まあ、やらないで死ぬよりマシね」


 納得したマインは呪文の詠唱に入る。


(大事なのは威力じゃなくて、タイミング……)


 詠唱をしつつ、合図を送る係であるヴィクトルはとても緊張していた。

 三人の詠唱が止まった、後は合図を送るだけ。

 ヴィクトルは杖を大きく振り上げた。

 杖が定位置に戻った直後、四人の魔法が同時にアンデットの軍勢に放たれる。


「ロック ショット」

「ウォータ ショット」

「ファイア ショット」

「ウィンド ショット」


 ヴィクトル、クリスティーナ、レオナール、マインはそれぞれ違う属性の初級攻撃魔法を放った。

 フェリックスやリドリーの攻撃魔法と威力ははるかに劣る。

 だが――。

 バチンッ。

 これは防御魔法が失敗した音だ。


「チャージ ファイブ、インフェルノ!」


 その音がした直後、フェリックスは最高火力の攻撃魔法を叩きこむ。

 今度はトラヴィスの防御魔法に阻まれることなく、フェリックスの魔法はアンデットたちに直撃した。

 大きな爆発音と共に、アンデットの一部が爆散した。

 わずかな爆風がフェリックスたちに吹き、ヴィクトルの作戦が成功した。


(トラヴィスの防御魔法には四属性を同時に防げないという弱点がある)


 ヴィクトルはトラヴィスの弱点を当人から聞いていたらしい。

 それがフェリックスたちの危機を救う一手となった。


「……皆さん、次で終わらせます」

「はい!」


 トラヴィスの防御魔法を破る方法が分かったなら、あとはリドリーの役目である。

 先ほどと同様に生徒四人が同時に四属性の魔法を放つ。

 防御魔法が破られた音がした直後、決着がついた。

 雷の轟音と共に、アンデットの軍勢が一掃される。



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