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第125話 子供の未来を守るため

 アルフォンスはオルチャック公爵領で魔法薬の精製をしていたようで、至って普通だった。


「カトリーナ、話してくれるか?」


 カトリーナは口を堅く閉じていたが、アルフォンスに優しい声をかけられ、ぽつぽつと話し始めた。

 シャドウの一番近くにいたカトリーナは彼の悪事を沢山みてきた。


「シャドウ、よくお墓を掘ってた」


 その中で一番気になったのは、シャドウが墓荒らしをしていたこと。

 革命軍は違法薬物、違法娼館などで大金を稼いでいた。

 墓を荒らさずともよかったはず。


「墓荒らし……」


 イザベラはカトリーナの一言に引っ掛かっていた。


「どんな人物を狙っていたか分かるか?」


 イザベラの問いにカトリーナは困った顔をし、首を振る。


「あの時のカトリーナ、文字、読めなかった」

「ぼんやりしていることでいい。思い出してくれ」


 カトリーナは目をきつくつむり、当時の事を思い出そうとしてる。


「お墓の前にお花がいっぱいあった」

「ふむ」

「あと、お墓がピカピカだった」


 カトリーナが覚えていたのは供えられていた花の量と墓が定期的に掃除されていたことの二つだった。


「兄上が墓荒らしを自ら行っていた。それが引っ掛かる」


 イザベラはそう呟き、一人考えていた。


「二つの関連性だと、頻繁に墓参りに来る人が多かったことくらいしか……」


 フェリックスはふとしたことを呟く。

 二つが関連することは、定期的に墓参りに来る人がいたぐらいだ。

 眠っている人の人徳ともいえる。


「そうかっ」


 フェリックスの一言でイザベラが閃いた。


「兄上が墓を荒らしていた人物は……、コンチェルン帝国で功績を挙げた偉人かもしれぬ」


 イザベラはソファから立ち上がる。


「カトリーナ、シャドウはこの町で墓荒らしをしていたか?」


 イザベラの問いに、カトリーナは頷く。


「それはいつじゃ」

「カトリーナとアルフォンスにフェリックスの暗殺を命令したときだよ」

「『ミランダを誘拐して騒ぎを起こせ』とも命じられた」

「……」


 シャドウが墓荒らしを起こしたのは、ミランダがアルフォンスに誘拐・監禁され、カトリーナに重傷を負わされたあの時。

 当時の軍部は総出でミランダの行方を追っており、他のことなど気にかけていなかっただろう。

 フェリックスはミランダが死にかけたことを思い出し、顔が青ざめる。

 もう二度とあのような思いはしたくない。


「この町にはトルヴィスという軍人が眠っておる」


 イザベラはこの町の偉人について語る。


「そやつはリディアと共に戦果をあげていた。防御魔法が得意な人物じゃと聞いておる」

(トルヴィス……、リドリー先輩と一緒に戦っていた人)


 リディアというのは、リドリーの本名。

 リドリーは軍部にいた頃、”最強の魔術師”と言われてるほどの活躍をしていた。

 トルヴィスという人は、リドリーの盾として活躍していた人物なのだろう。


「墓地に向かい、確認する必要があるな」

「イザベラ、僕も行くよ」

「陛下、私たちも同行させてください」


 フェリックスたちはシャドウの奇怪な行動の意図を突き止めるため、墓地へ向かうことになった。



 墓地へ向かうと、そこにはリドリーがいた。


「リドリー、その墓は――」


 イザベラが問う。

 リドリーの前にある墓石は掃除されており、生花が供えられている。きっと彼女が買ってきたものだろう。


「トルヴィスのものですが」


 リドリーは質問の意図に首をかしげつつ、素直に答える。

 イザベラは杖をトルヴィスの墓に構え、魔法を唱えようとしていた。


「陛下、俺がやります」


 イザベラに変わり、アルフォンスが魔法を唱える。

 墓の周りの土がポロポロと落ち、棺があらわになる。


「アルフォンス君、今すぐ魔法を解きなさい」


 リドリーは杖をアルフォンスに向け、雷魔法を放った。

 その魔法はイザベラが作り出した泥人形に当たり、砕け散る。


「リディア、アルフォンスを止めるでない」

「ですが、トルヴィスの墓を暴くなんて!」

「確認しなければならないことなのじゃ。頼む、杖をおさめてくれ」

「……」


 イザベラはリドリーの本名を呼び、杖をおさめるよう懇願する。

 リドリーは怒りの表情を浮かべていたが、深呼吸をし、杖を下げた。


「では……、開けます」


 フェリックスが風魔法で重い棺を開ける。


「っ!?」


 そこには……、何もなかった。


「トルヴィスは……、彼はどこに」


 リドリーはトルヴィスが棺の中にいないことがわかると、その場に崩れ落ちる。


「シャドウがそなたの相棒を連れ去ったのじゃ」


 イザベラが泣いているリドリーの隣にしゃがみ、彼女を抱きしめ、慰める。

 トルヴィスの墓を暴いたことで、シャドウは騒ぎの裏で各地の墓を荒らし、遺体を持ち出していたことが明らかになった。


「カトリーナ、思い出した!」


 カトリーナが突飛に呟く。


「屋敷の地下にね、人が沢山眠ってた」

「眠ってる……」


 きっとオルチャック公爵邸の地下室にシャドウが集めた遺体たちがあるのだろう。


「これが兄上の本当の目的……、早急に各地の墓を調べなくては」


 リドリーから離れたイザベラは、独り言を呟いていた。

 その間、カトリーナはリドリーを支えていた。


「リドリー先生」


 カトリーナは心配そうな表情を浮かべ、リドリーの頭を撫でていた。



 シャドウの真の目的が明らかになってから二週間後。

 イザベラは革命軍の撲滅を宣言し、志願兵を募る。

 殆どの貴族はこの作戦に参加し、平民は希望制になっていた。


(いよいよ、最終決戦か……)


 マクシミリアン公爵子息であるフェリックスはこの戦いに参加する。

 教師の仕事は今日で終わり、明日からオルチャック公爵領前の本拠地へ向かうこととなる。

 ミカエラに部活動を引き継いだフェリックスは家に帰るため、バックを持つ。


「ハルト君……、あたしはここで応援してるよ」


 別れ際、ミカエラは涙を浮かべながら、フェリックスの手を握る。


「強化薬はここぞというときに使ってね」

「うん」


 一年修行しても、フェリックスの光魔法は変わらなかった。

 ミカエラの強化薬が頼りだ。


「ミカエラ、行ってくる」

「いってらっしゃい」


 フェリックスはミカエラに見送られ、チェルンスター魔法学園を出た。


 帰宅すると、エントランスではニーナを抱えたクリスティーナとミランダがいた。


「わたくしは反対よ!」


 ミランダが大きな声を出し、険しい顔つきでクリスティーナを睨んでいる。

 母親になり、穏やかな性格になりつつあるミランダが昔のような表情を浮かべるのは珍しい。


「ミランダ、どうしたんだ?」


 険悪な雰囲気であることを察し、フェリックスは二人の間に割り込む。


「フェリックス、あなたからも止めてちょうだい」


 ミランダはフェリックスにクリスティーナを説得するように求める。


「クリスティーナがニーナを置いて、志願兵になるって言い出したの」


 チェルンスター魔法大学にも志願兵になった者がいると聞いた。

 チェルンスター魔法学園から編入した一、二年生が多かったという。

 一年前の学園襲撃事件を経験した者たちで、クリスティーナもその一人だ。


「フェリックス先生、私はミランダ先輩に止められても、戦いに出ます」


 クリスティーナは覚悟をミランダに告げる。


「私は夫と共に戦いたい。私の光魔法で――」

「光魔法なんて、特別でもなんでもないわ!」


 クリスティーナの言葉をミランダが遮る。


「稀な複合魔法がなんだっていうのよ。あなたにとって特別なのは……、ニーナ。あなたの娘でしょう!?」

「ミランダ先輩……」

「わたくしはどんな手を使っても、あなたを戦いに行かせない。ニーナを一人にはさせない」


 クリスティーナとミランダは一歩もひかない。

 この話に決着をつけるのはフェリックスだろう。

 二人の会話が途切れたところで、フェリックスはクリスティーナからニーナを抱き上げる。


「フェリックス、なにを――」

「ミランダ、戦いが終わるまでニーナを預かってほしい」

「フェリックスはクリスティーナの味方なの?」

「……そうなるね」

「母親と子供を引き裂くつもり? ひどいわ!」


 ミランダはフェリックスの頬を叩こうと手をあげるも、笑顔なニーナに阻まれる。


「ミランダ」


 フェリックスはニーナをミランダに渡す。

 ニーナはミランダの腕の中でご機嫌だった。


「僕とクリスティーナは子供たちの未来を守るために戦うんだ」


 フェリックスの説得に反論できなくなったミランダは本音を吐き出す。


「……わたくしを一人にしないで」

「僕たちは革命軍の戦いに勝って、帰って来る。約束する」

「私とレオナールも生きて帰ってきます」


 フェリックスとクリスティーナは生きて帰って来ることをミランダに約束した。


「……わかったわ」


 最終的にミランダが折れた。


「わたくしは二人が安心して戦えるよう、ここでハルトとニーナを守る」

「先輩……! ニーナをお願いします」


 クリスティーナはミランダに深く頭を下げる。


「ええ」


 ミランダはクリスティーナにニーナを返す。


「明日の朝、レオナールと一緒にいらっしゃい」

「はい!」


 クリスティーナはニーナと共に家を出る。


「フェリックス……」

「ミランダ、今日は三人でじっくり話そう」

「ええ」


 フェリックスはミランダの腰に手を回し、共にリビングに入る。

 リビングでは遊び疲れたハルトがソファですやすやと眠っていた。

 フェリックスとミランダはハルトを真ん中に、それぞれ座った。


「あのね……、フェリックス」


 ミランダが頬を真っ赤にし、もじもじとしている。

 彼女が恥ずかしがっている時は、決まってフェリックスに甘えたいときだ。


「おいで、ミランダ」


 フェリックスは自身の太ももを叩き、ミランダを誘う。

 ミランダはフェリックスの太ももの上に座った。

 フェリックスはミランダの身体をぎゅっと抱きしめ、彼女にキスをした。

 ミランダはフェリックスの首に腕を回し、身体を密着させながらキスに応じる。


「わたくし――、いえ、これはあなたが帰って来てから言う」


 ミランダはフェリックスとしたい話があったようだが、途中で黙ってしまう。


「わかった。君の話、楽しみにしているね」


 フェリックスは家族との時間を大切に過ごした。


 そして翌日。

 フェリックスはミランダとハルトを自宅に残し、最後の戦いへ向かった。



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