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第124話 最終決戦に向けて

 翌日、フェリックスはイザベラが滞在する家へ向かう。

 現在、そこはエリオットの家となっており、彼の世話をするメイドが二人住み込みで働いている。

 休日には貴族のしきたりを学ぶため、ベテランの教育係が家に訪問してくるのだとか。

 エリオットはチェルンスター魔法学園を卒業したら、民衆に正体を明かす。

 次期皇帝エリオルとしての準備を着々と進めているみたいだ。


「フェリックス、いらっしゃい」


 家を訪れると、イザベラが熱烈なキスと共に出迎えてくれた。

 フェリックスはイザベラと腕を組みながらリビングへ向かい、ソファに座った。


「本題へ入る前に、もっとフェリックスに甘えたいわ」


 イザベラはフェリックスの太ももの上に座り、彼の胸の中でうっとりとした表情を浮かべていた。

 細い指がフェリックスの首筋を伝う。


「イザベラが望むなら」


 フェリックスも腕をイザベラの腰に廻し、ぎゅっと己に抱き寄せる。


「フェリックス先生、母ちゃん……、昼間から堂々といちゃつくのやめてくれよ」


 フェリックスとイザベラの逢瀬はエリオットの咳払いで終わりを迎える。

 エリオットは二人の濃密なやり取りを目の当たりにし、耳が真っ赤になっていた。


「だって、三か月ぶりにフェリックスと会えたんだもの」


 イザベラは名残惜しそうにフェリックスから離れ、隣に座る。


「来客が来る前に、本題を話そう」


 自分の他に誰が来るのだろうかと思いつつ、フェリックスはイザベラの話を聞く。


「革命軍をせん滅する」

「っ!?」


 イザベラの大事な話。

 それは国の存続をかけた戦いを始めるということだった。



 一方、シャドウはロウソクの灯りのみの暗い部屋で、イザベラとフェリックスに対する恨み節を口にしていた。

 エリオルの存在が民衆に明かされ、更にはイザベラとフェリックスの息子、フォルクスが誕生してしまった。


「あそこでエリオットを手に入れていれば、一気にイザベラを王座から引きずり降ろせたものを!」


 シャドウの計画では、エリオットに『お前はフォルクス前皇帝と妾の間に産まれた隠し子だ』と偽りの正体を告げ、『イザベラは権力欲しさにフォルクス前皇帝を毒殺した』と吹き込むはずだった。

 あともう一歩というところでフェリックスに邪魔をされ、シャドウの計画は頓挫してしまう。


「シャドウ」


 しわがれた男の声がシャドウを呼ぶ。

 この声を聞いたシャドウは緊張をあらわにし、直立する。


「そなたの策がなくとも、ワシはイザベラに勝つ」

「……父上」


 声の主はシャドウの父、レヴァンタ・シャドウクラウンである。

 シャドウはレヴァンタに深く頭を下げた。


「革命軍を組織し、悪事を働いていたのはただの目くらまし」


 シャドウは顔を上げ、周りにある複数の棺桶を見つめる。

 液体が満ちた棺桶の中には成人した男女がそれぞれ眠っている。


「時は満ちた」


 レヴァンタは杖を振る。

 棺桶で眠っていた者たちが一斉に目覚めた。


(これが、父上が神から授かった魔法)


 シャドウはその光景を目の当たりにし、驚愕する。


「神から授かった力を用いて、ワシはコンチェルン帝国を……、いや、この世界を世服する」


 レヴァンタはイザベラに殺害された後、神の声を聞き現世に蘇った。

 蘇った際にレヴァンタは神から魔法を授かった。

 それは――、死者を生き返らせ、意のままに操る魔法。

 レヴァンタの魔法によって、今宵、無敵の軍隊が誕生した。


「さあ、反撃を始めよう」


 レヴァンタの復讐が始まる。



「私は帝国中の戦闘員を集め、オルチャック公爵領を攻めるわ」

「……いよいよ始まるんだね」

「その戦いにフェリックスやあなたの生徒たちも加わることになるでしょう」


 イザベラは革命軍をせん滅させるため、彼らの拠点である元オルチャック公爵領を攻めることを決めた。

 これから始まるのは帝国の存続をかけた戦い。

 フォルクス前皇帝の予知夢では”勝てない”とされている戦いに挑むのだ。


「その戦いには私とエリオットも参加する」

「えっ、でも――」


 イザベラの発言を聞いたフェリックスは面食らう。

 帝国の指導者のイザベラと次期皇帝のエリオットが革命軍との戦いに直接参加すると思わなかったからだ。


「万が一のことがあってもフォルクスがいる」

「俺は革命軍をぶっ壊すため、フェリックス先生に鍛えてもらったんだ。コルン城で見てるなんて出来ねえ」


 イザベラとエリオットはやる気満々だ。


(皇帝の血を継いでるフォルクスがいるとはいえ、まだ三か月だぞ!?)


 後継者がいるとはいえ、まだ生後三か月。


「最悪、シャドウが開発した”成長薬・改”を飲ませることになる」

「……」

「ミカエラにはエリオットの体調管理のほか、薬の開発を頼んでいた」

「そんなの……」

「私もそんなことさせたくない。最悪の場合よ」


 ミカエラなら再現可能だろう。

 フォルクスが十代に急成長し、世継ぎを産ませれば帝国は存続できる。

 だが、二人が帰らぬ人となることは、革命軍の勝利と同義。

 フォルクスが生き残っても、ゲームのバッドエンドのような結末を迎えるだろう。


「エリオット、フェリックスと二人で話したいから、席を外してちょうだい」

「うん」


 話が途切れると、イザベラはエリオットを会話の席から外す。

 エリオットがいなくなったところでイザベラが話す。


「夫の予知夢は絶対。でも、それをフェリックスは何度も覆してきた」


 予知夢はコンチェルン家の男児が引き継ぐ力。

 フォルクス前皇帝、転生後の江湖山はそれを紙に書き止め、乙女ゲーム【恋と魔法のコンチェルン】を作り出した。

 フェリックスはこれまでに”ミランダの卒業”、”クリスティーナの覚醒”、”イザベラの断罪回避”と幾度となく予知夢の結末を変えてきた。


「この戦いに勝利するには、フェリックスの力が必要よ」

「革命軍の親玉、シャドウを倒す……」


 革命軍を裏で操っているのはシャドウ。


「でも――」


 だが、フェリクスは一年前の戦いを通じて、引っかかっていることがある。


(シャドウの実力で僕たちが苦戦するとは思えない)


 シャドウは土属性が得意な魔術師。

 ゴーレムを生み出し、攻撃や防御に使う。

 他には土魔法で義足を作り出しているくらい。

 相手の手の内が分かっていれば、フェリックスの実力なら簡単に倒せるだろう。


「シャドウは人を恐怖で支配したり、悪事の内容を考えたりするのが得意なだけで、魔法の実力はそうでもない気がするんだけど……、僕たちが倒す本当の敵は別にいるんじゃないかな」

「実は……、私もそう思っていたの」

「まだ僕たちの知らない敵が革命軍の中にいるんだ」

「革命軍の隠れた戦力、それを知るために人を呼んだの」


 話の途中、メイドが割り込み、イザベラに用件を伝える。


「すぐに連れてきてちょうだい」

「かしこまりました」


 メイドはイザベラの指示に従う。

 イザベラはコホンと咳ばらいをし、二児の母親から威厳のある女王へ変わる。


「フェリックス、イザベラ!」

「こらっ、カトリーナ。も、申し訳ございません、陛下」


 イザベラが呼んだのは元スレイブのアルフォンスとカトリーナだった。

 カトリーナはいつもの口調でイザベラに挨拶したため、アルフォンスの表情が青ざめ、すぐに非礼を詫びていた。


「今日は特別に許す」

「ありがとうございます」


 アルフォンスはほっとした表情を浮かべた。


「座るがよい」


 アルフォンスとカトリーナはソファに座る。

 先ほどまでエリオットがいた席だ。


「そなたらを呼んだのは他でもない、シャドウとオルチャック公爵領について聞きたいことがあるのじゃ」

「知っていること、すべてお話します」


 アルフォンスとカトリーナはオルチャック公爵領にいたときのことをフェリックスたちに語る。


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