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第132話 僕は未来へ歩き出す

 祝勝会が終わり、フェリックスは自宅に帰ってきた。


「ふう……」


 自宅のソファに座るなり、フェリックスは息をつく。

 意識を取り戻してから、勲章授与式と祝勝会のための衣装合わせや、家族でコルン城へ向かうための馬車の手配など忙しかったから。

 ミランダも疲労の顔が見えており、元気なのはハルトだけだった。


「ママ、ニーナ!」


 ハルトはニーナにいつ会えるか、ミランダに尋ねている。


「ニーナとは馬車で別れたばかりなのに……」


 フェリックスはハルトの質問に戸惑っていた。


「ニーナをしばらく我が家で預かっていたから、ハルトはニーナがここにいることが当たり前って思っているみたいなの」

「そ、そう……、ハルトはニーナのことが大好きなんだね」

「ええ。このまま成長してくれたらいいのだけど」

(ハルトとニーナをくっつけて、クリスティーナと会う機会を増やすつもりだな)


 フェリックスはハルトの執着やミランダの願いを聞き、十何年後かにその通りになりそうだと思った。


「フェリックス……、その――」

「どうしたの?」


 フェリックスはハルトを抱っこし、相手をしながらミランダの話を聞く。

 すぐに口に出さないことから、大事な話のようだ。


「場所を変えようか」


 ハルトをメイドに預け、フェリックスはミランダを寝室へ誘う。


 寝室に入ると、ミランダは話題を切り出さずもじもじしていた。

 視線はベッドに向いている気がする。


「あのね、前にフェリックスに『帰ってきたら話したいことがある』って言ったでしょう?」

「ああ……、言ってたね」


 フェリックスは戦いに出立する前日、ミランダとそんな約束をしたことを思い出した。

 アンデットとの激戦と勲章授与式の支度などですっかり忘れていた。


「わたくし……、二人目が欲しい」


 ミランダの直球なおねだりにフェリックスは言葉を失う。


「ハルトも離乳食になったし、ニーナもそろそろ離乳するの。だから――」


 ミランダはベッドに寝転がり、フェリックスを求める。

 フェリックスはミランダの可愛い仕草に、すぐに衣服を脱ぎ捨てベッドに飛び込み、いちゃいちゃしたいと思うも、首をぶんぶんと振り、性欲を振り払う。


「……いや?」


 ミランダの誘惑は止まらない。

 ミランダはブラウスのボタンを開け、肌着の肩紐を二の腕へ下ろす。

 ミランダの真っ白な素肌と谷間があらわになり、フェリックスはゴクリと生唾を飲み込む。

 もう少しおろしたら――。


「ねえ」

「み、ミランダ……、少し話そうか」


 フェリックスはドレッサーの椅子に座り、ミランダの扇情的な姿から目をそらす。


「ミランダから誘ってくれて嬉しいんだけどさ……」

「わたくしとは嫌なの?」

「嫌じゃない……、むしろがっつきたい」

「ならどうして? わたくしとハルトを放っておいて、イザベラさまとは愛し合ってたのに」

「そ、それは――、イザベラが求めてきたから」

「わたくしもフェリックスに愛されたいわ! あの女とわたくしでなにが違うの?」


 対話をするごとにミランダの態度が不機嫌になってゆく。

 フェリックスは祝勝会の夜、イザベラと共に過ごしたことが気に食わないみたいだ。

 あの夜、フェリックスはイザベラと愛し合った。それは、フェリックスの迷いをイザベラが受け入れてくれたから。


「……二人目を出産したとき、ミランダを失うかもしれない」

「えっ」

「ミランダとイザベラの出産に立ち会って、怖くなったんだ。ハルトとフォルクスの時は大丈夫だったけど、次の子も大丈夫とは限らないだろう」

「……」


 胸の内をミランダに打ち明ける。

 出産は命がけ。

 フェリックスはそれをミランダとイザベラ、それぞれの出産に立ち会ったときにその言葉が浮かんだ。

 二人の出産に立ち会ったフェリックスは、すぐに出産時の母親の死亡率を調べた。

 この世界では出生一万人にあたり、五◯◯人の妊婦が死亡しているらしい。

 その五◯◯人にミランダが当てはまってしまったらと、フェリックスはそれを恐れて、二人目の話を先延ばしにしてきた。


「お父様からわたくしのお母様の話を聞いたの?」

「……それも聞いた」


 実際にミランダの母親、ソーンクラウン公爵夫人はミランダを出産後、亡くなっている。


「イザベラともこの話はした」

「そう……」


 イザベラは『構わぬ』と即答し、フェリックスを求めた。


(ミランダはどう答えるんだろう)


 フェリックスはミランダの反応がとても気になった。

 ミランダはベッドから起き上がり、フェリックスをぎゅっと抱きしめた。

 甘い香りと、フェリックスの頬に柔らかい感触がして心地よい。


「わたくしもイザベラさまと同じよ」


 ミランダは優しい声で、フェリックスの不安を和らげてくれる。


「出産はとっても痛いけど、それよりもフェリックスとの子供が産まれた嬉しさのほうが勝る」


 ミランダはその場にしゃがみ、フェリックスの顔をじっと見つめる。


「わたくし、次は女の子が欲しいわ」

「女の子が産まれたら――」

「もちろん、セラフィと名付ける」

「……それはとっても素敵なことだね」


 フェリックスの唇に、ミランダのそれが触れる。


「ミランダ……」


 フェリックスの迷いは晴れ、ミランダのキスを受け入れる。

 そして、二人はベッドに横になり、深く愛し合った。



 ミランダと深く愛し合ったその夜、フェリックスは不思議な夢をみた。


 チェルンスター魔法学園。

 淡い桃色の花が咲いていることから、入学の季節だろうか。

 クリスティーナに似た少女が、チェルンスター魔法学園の制服を身に着け、校門をくぐる。


(ここが、お父さんとお母さんが出会った学園)


 少女が学園に入学した理由は、両親のように魔法の勉強に励みながら運命的な恋がしたいと思ったから。


「きゃっ」


 自分の世界に入っていると、少女は誰かとぶつかってしまった。


「ご、ごめんなさい」


 少女はすぐにぶつかった人物に謝る。


「僕こそごめんなさい」

「あっ」


 顔をあげると、目の前には同学年の少年がいた。


「初めまして、僕はドナトル・ポントマイ。君の名前は?」

(あっ、これ恋愛小説で読んだ展開だわ!)


 ドナトルと名乗った少年は顔立ちも良く、家柄もポントマイ伯爵家と貴族だ。

 運命的なめぐり逢いだと内心浮かれつつも、少女はドナトルに挨拶をする。


「ニーナ。ニーナ・モンテッソよ」


 ニーナはドナトルと握手を交わす。


「同じクラスになれるといいね」

「うん」


 ニーナがドナトルに微笑む。

 ドナトルはニーナから視線を逸らし、照れている様子。


(ああ、この学園に入学してよかった。今日から、私の恋と魔法の学園生活が始まるんだわ!)


 ニーナはドナトルとの出会いで、これからの三年間、楽しい学園生活を送れそうだと期待に満ちていた。


「校舎まで一緒に歩こうか」

「ええ」


 ドナトルとニーナは並んで歩く。

 ニーナの視線の先には教師陣が新入生を迎えており、その中には結婚指輪をしたアルフォンスや、成長し教師となったヴィクトルとリドリーが並んで立っていた。

 ヴィクトルとリドリーの左手薬指には同じデザインの結婚指輪がついており、夫婦で働いているようだ。


「へえー、ドナトルのお母さんとお父さんもこの学園の卒業生なんだ」

「うん。僕の名前は両親の一番の親友の名前から付けたんだって」


 ニーナとドナトルとの共通点も多く、会話も弾む。


(ドナトル君……、いい人だなあ)


 理想の彼氏像だと、ニーナはドナトルに見惚れる。


「ニーナ」

「げっ」


 ニーナの目の前に、いて欲しくない人物がいた。


「なんでハルトがここにいるの!?」


 プラチナブロンドで碧眼の非の打ちどころのない美貌の少年。

 彼はハルト・マクシミリアン。

 マクシミリアン公爵家の長男で、ニーナとは赤子の頃からの幼馴染である。

 互いの母親の仲がとてもよく、ハルトとニーナはよく顔を合わせていた。

 だが、ニーナは進学先を”王都の魔法学園”だと嘘をついた。

 本当のことを知っているのは、叔母であるフローラ王妃だけだと思っていたのに。


(お母さんが仕向けた?)


 ニーナの母親は記憶のない赤子時代や幼少期の記憶をニーナに延々と語り、ニーナとハルトをくっつけようとしている。

 ハルトは『ニーナの王子様は俺だ』と周りに言いふらしており、貴族間のパーティでも常にニーナの傍にいる。

 そのせいで、ニーナはハルト以外の異性と関わらぬまま、現在に至る。


(私は恋も知らずにハルトと結婚するなんて絶対イヤ!)


 ハルトは険しい表情でドナトルを威嚇する。


「あ、僕はこれで――」


 ハルトの威嚇に圧倒されたドナトルは、ニーナから離れてしまう。


(さようなら、私の彼氏候補……)


 ニーナは離れてゆくドナトルを目で追う。


「ニーナ、どうして進学先を”王都の魔法学園”と嘘をついたんだ」


 ハルトは何食わぬ顔で、ニーナを問い詰める。


「危うく、そっちに入学するところだったんだぞ」

「いいじゃん。そっちの方が有名なんだし」

「ニーナがいないから駄目」

「……」

「俺はニーナが好き、愛している」


 ハルトは公衆の面前でニーナへの愛を宣言する。


「小さい頃から家族同然で暮らしていて、母上もクリスティーナ叔母様も俺たちの結婚を望んでいるのに、どうしてニーナは俺を拒絶するんだ」

「ニーナ、ニーナ、ニーナ!! 私はあんたのそういうところが嫌いなの!」


 ニーナは完全無欠のハルトが傍にいることで、同性から疎まれ陰口を叩かれ続けた。

 おかげで気の知れた友人がいない。

 ニーナは溜め込んでいたストレスをハルトに全てぶつけた。


(あーあ、学園生活、楽しみにしてたんだけどなあ)


 ニーナが心の中で嘆いていると、突然背後から誰かに抱き寄せられる。


「女性が嫌がっているのに、強引に言いくるめようなんて……、見苦しいよ」

(えっ)


 見上げると、そこには金髪碧眼の美少年がいた。


「フォルクス第二皇子!?」


 ニーナの味方をしてくれたのは、エリオル皇帝の実弟、フォルクスだった。


「ハルト、君は即刻ニーナへの束縛をやめるべきだ」

「お前には関係ないだろ」

「いいや、関係あるさ。ハルト義兄さん」

「俺はお前を弟だと認めてない。ニーナとベタベタするな、離れろ」

「僕は父さんから君とニーナの間に入るよう頼まれているんだ。君こそ父親のマクシミリアン公爵に『ニーナに執着しすぎ』と散々注意されているだろう」

「うるさい! 黙れ」


 フォルクスが誰かに言い負かされているのはとても珍しい。

 ニーナはフフッと笑った。


「君がニーナに対してそういう態度を取り続けるのなら……、僕がニーナを奪っちゃうよ」

「なに!?」


 成長したニーナ、ハルト、フォルクスがチェルンスター魔法学園に集い、二人がニーナを奪い合う学園恋愛物語が始まりそうな予感がした。



「はっ」


 夢が途切れ、半裸のフェリックスが飛び起きる。


(これ……、予知夢では?)


 フェリックスは二度目の予知夢を視た。

 自分の子供たちがチェルンスター魔法学園に集い、ニーナを取り合うという少女漫画にありがちな展開だった。


「フェリックス……、悪い夢でもみたの?」


 隣で眠っていたミランダが目覚める。

 ミランダの真っ白な素肌が太陽に照らされ、神秘的だった。


「ど、どうかな」


 予知夢を視たと言えないフェリックスは空笑いで誤魔化した。


「変なフェリックス」


 フェリックスの反応にミランダが笑った。


「今日はチェルンスター魔法学園に出勤する日だから、アルフォンス先生に怒られる夢じゃない?」

「そうかも」

「久々のお仕事、頑張ってね」


 ちゅっとミランダにキスをされ、フェリックスは昨夜のことを思い出す。


「……だめよ、昨日の続きはフェリックスが仕事から帰って来てから」


 フェリックスからの視線を感じたのか、ミランダは掛け布団で自身の裸体を隠す。


「クリスティーナが来る前に着替えましょう」


 ミランダはすくっとベッドから起き上がり、衣裳部屋に入った。


「ほら、フェリックスも着替えて」


 少しして、衣裳部屋から普段着姿のミランダが出てきた。

 ミランダはフェリックスの服を抱えている。


「うん……」


 大きな欠伸をしつつ、フェリックスはミランダが用意した衣服を身に着ける。

 寝室を出ると、メイドとハルトが起床しており、テーブルには三人の朝食が並んでいた。

 フェリックスは自身の食事をしつつ、ハルトに離乳食を与える。

 食事を終え、身支度を整えていると、呼び鈴が鳴った。

 訪ねてきたのはクリスティーナとニーナだろう。


「ニーナ!」


 ハルトは呼び鈴が聞こえるなり、エントランスに一直線。

 呼び鈴が鳴るとニーナに会えると学習したようだ。


(将来が心配だな……)


 予知夢を視たフェリックスは、ハルトの行動に不安を覚えた。


(イザベラに手紙を書いて、相談してみよう)


 未来のニーナはハルトの事を嫌がっている。

 そうならないためにどうしたらいいか、予知夢を知るイザベラに相談したほうがいいかもとフェリックスは考える。


(さて、僕も出勤しなきゃ)


 フェリックスはバックを持ち、エントランスへ向かう。

 エントランスではミランダとクリスティーナが会話をしており、ハルトはミランダに抱っこされているニーナをじっと見つめていた。


「おはようございます、フェリックス先生」

「おはよう、クリスティーナ」

「今日から仕事なんですね」

「うん」


 フェリックスはクリスティーナと挨拶を交わす。


「フェリックス」

「あ、忘れてた」


 フェリックスはミランダにちゅっとキスをした。


「いってきます」

「お仕事、頑張ってね」


 フェリックスは家を出る。


(もう、ゲームの内容は終わったんだよな)


 通勤中、ふとフェリックスはレヴァンタを討伐したことで【恋と魔法のコンチェルン】の物語が終わったことに気づく。

 これから平和な日々が続くのだと、フェリックスの予知夢が証明してくれた。


(僕の未来が……、はじまるんだ)


 今日から、ゲーム原作や原案に縛られない未来が始まる。

 フェリックスは未来に期待を膨らませながら、未来の息子たちが通うであろうチェルンスター魔法学園へ向かった。






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