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第131話 悪魔との決着

 転生者は一方的な文句を言う。


「ああ、そうだよ! 俺は上司のパワハラで精神的に追いやられて、自殺した独身会社員さ」


 転生ものの主人公として典型的な生い立ちだ。


「気づいたら、レヴァンタ・シャドウクラウンていうジジイに転生して、革命軍側でイザベラから政権を奪おうとしてたのに!」


 この男は”裏ボス転生”をし、帝国を手に入れようとしたらしい。


「よくよく調べたら、妹にクリアまでやらされてた【恋と魔法のコンチェルン】の世界観そのまんまだったから、エリオットルートとか真エンディングルートを利用して、帝国を支配しようとしてたのに……」


 フェリックスとは違う経緯で【恋と魔法のコンチェルン】をプレイしていて、その原作知識を利用して皇帝になろうとしていたようだ。

 男はフェリックスを指す。


「フェリックス・マクシミリアン! いつもお前が計画の邪魔をする」


 男のイライラは頂点に達しており、突然大きな声でフェリックスに対する怒りをぶつけてきた。


「学園を追放されるミランダちゃんはお前と結婚してるし、イザベラもお前にぞっこんだし……」


 男の言いぶりから、悪役令嬢のミランダと悪女のイザベラを手に入れ、ハーレムを築きたかったらしい。

 二人はフェリックスと結婚し、それぞれハルトとフォルクスという子供が誕生している。


「俺はミランダちゃんを捕まえて自分のものにしたかった! イザベラだって、奴隷にするつもりだったのに!」

「……」

「あの二人は俺の女だったのに、モブのお前が奪ったんだ!!」


 今までは男の文句を聞き流していたが、ミランダとイザベラの名が出てきたところで、フェリックスは男を一瞥する。

 二人を逆らえない状態にして、いかがわしいことをしたかったというのがこの男の欲望であり、原動力だった。


「ミランダとイザベラはお前にはもったいない」


 二人の夫であるフェリックスは男にはっきりと告げた。

 だが、フェリックスの言葉は男の耳には届かない。


「俺の魔法は完璧だった!」


 男は一方的な主張を続ける。


(きっと、自分に都合のいいことしか受け入れない性格を上司に指摘されて、それをパワハラって他責にし続けてたんだろうな)


 フェリックスは男が他責思考であるところを冷静に見抜く。

 この男に何を言っても無駄だと、フェリックスは彼との会話を諦めた。


「原作知識だってあった。光魔法を扱うクリスティーナ対策だってしたのに、どうして俺は負けたんだ?」


 男の一方的な主張が終わった。


「チート能力に溺れたからさ」


 フェリックスは答える。


「なぜだなぜだなぜだ!?」


 フェリックスの答えに満足できなかった男は「なぜだなぜだ」と喚く。


「ネット小説とかラノベとかだったら、俺が勝って、金と権力とスタイル抜群で従順な美女たちを手に入れて、不自由ない生活を送るはずだろ!」


 男は異世界転生系ライトノベルにありがちな設定を吐く。


「カトリーナもフローラもミカエラも、俺のチート能力で手に入れられたはずなのに!」


 そんな転生者をフェリックスは愚かな目で見ていた。


(もう、こいつの話、聞きたくないなあ)


 フェリックスは男の喚き声を耳障りだと感じていた。


「お前は――」


 フェリックスは杖を男に向けた。

 男は「ひいっ」と杖に怯えている。


「こ、殺さないでくれ! 俺は二度も死にたくない」


 先ほどまでの威勢はなくなり、男はフェリックスに命乞いをする。


「主人公でも攻略キャラクターでもない、モブの僕に負けたんだ」


 フェリックスは男に光魔法を放つ。


「うわあああ」


 男の身体がレヴァンタのように薄れてゆく。


「この世界にお前はいらない。次の人生は真っ当に生きるんだな」


 フェリックスは男に捨てセリフを吐く。

 男はフェリックスの言葉を聞いておらず、自身が消えてなくなることに怯えていた。

 少しして、男は完全に消え去った。



「ん……」


 不思議な空間での記憶が途切れ、フェリックスは真っ白な天井を見上げる。

 身体を起こすと、フェリックスの身体にはいくつもの管が刺さっており、人工魔力と透明な液体が一定の感覚で体内に入ってゆく。


(ここは……、僕の家だ)


 フェリックスの目に入ったのは、通勤用に使っているバックと山積みになっている参考書と机の上に乱雑に置かれている資料の山。

 それらはすべてフェリックスのもので、ここは自宅の客室だとわかった。


「帰ってきたんだ……」


 フェリックスは自身が無事、自宅に帰ってきたことを安堵する。

 ガチャ。

 客室のドアが開く。


「あ……」


 客室に入ってきたのはミランダだった。

 ミランダは、はっとした表情を浮かべており、自身が持っていた水の入った桶と布をその場に落とした。


「フェリックス!」


 フェリックスはミランダに強く抱きしめられる。


「ミランダ、心配かけちゃったみたいだね」


 フェリックスはミランダの髪を優しく撫でる。

 ミランダの身体は前より骨ばっており、頬もやつれていた。

 きっと、フェリックスが戦いに参加したこと、生還したものの、意識不明の状態だったことで心労が重なったのだろう。


「目が覚めてよかった」


 フェリックスはミランダからレヴァンタを討伐した後の話を聞いた。

 レヴァンタを討伐し、イザベラの軍は勝利を収めた。

 オルチャック公爵領で戦っていた者たちは皆、元の場所へ戻っている。

 フェリックスはレヴァンタを討ち取ったあと、一か月、意識不明の状態だったそうだ。

 その間、ミランダはフェリックスを延命させるため、ミカエラやアルフォンスの指導のもと、毎日、人工魔力と栄養水を点滴し、フェリックスの身体を拭き、ストレッチをさせたりなど看病をしてくれた。


(あの空間にいた記憶は一瞬だったのに、現実では一か月経ってるのか)


 フェリックスは不思議な空間との時の流れの違いに驚いていた。


「もう、大丈夫」


 フェリックスは体調が大丈夫であることを涙ぐむミランダに告げる。


「ただいま」

「おかえりなさい」


 フェリックスがそういうと、ミランダは笑顔で返してくれた。

 ドアが開いていた客室にハルトが入ってきた。


「パパ!」


 ハルトはフェリックスを見るなり、元気な声で『パパ』と呼ぶ。


(ああ、帰ってきたんだ)


 ハルトはミランダにだっこされ、フェリックスのベッドの上に運ばれる。

 フェリックスはハルトをぎゅっと抱きしめ、自身が平穏な生活に戻れるのだと涙した。



 フェリックスが意識を取り戻してから半月が経った。

 コルン城の謁見の間では、正装したフェリックスがイザベラの前で膝をついていた。

 周りには、父親であるマクシミリアン公爵、義父であるソーンクラウン公爵と国の中枢を担う貴族たちが整列している。


「フェリックス・マクシミリアン、そなたは先の戦いで敵将のレヴァンタ・シャドウクラウンを討伐し、我らに勝利をもたらした功績を称え、栄誉勲章を授ける」


 イザベラのありがたい言葉が終わり、フェリックスはその場に立ち上がる。

 配下が豪華な箱をイザベラの前に掲げており、その中には金色に輝いた勲章が入っている。

 イザベラは勲章を手にし、フェリックスの首にかけた。

 フェリックスの胸に栄誉勲章が輝く。


「おめでとう、フェリックス」

「えっ!?」


 フェリックスはイザベラに強引に引き寄せられ、キスをされる。

 二人の関係は皆に周知されているものの、大衆の面前で堂々とキスするとは思わず、フェリックスは驚いていた。


「さて、次は――」

「ちょっと! イザベラ、さっきのキスはなんなのさ!?」


 唇が離れると、イザベラは次の行事へと移ろうとしていた。

 フェリックスはそんなイザベラを引き留め、キスの意図を問う。


「フェリックスが目の前にいて嬉しかったからに決まってるでしょ」


 フェリックスの胸の中にイザベラがすっぽりとおさまる。


「レヴァンタを倒したあと、一か月も目を覚まさなかったのよ……、とても心配したんだから」

「ご、ごめん」


 フェリックスとイザベラは二人にしか聞こえない声で会話をする。


「私は戦後処理をしなくてはいけなかったから、あなたをミランダに預けたけど、本当はつきっきりで看病したかったんだから」

「それもごめん」

「祝勝会の夜は……、私の傍にいてね」

「う、うん」


 意識の失ったフェリックスを家まで運んでくれたのはイザベラだ。

 ミランダ同様、フェリックスの容態をコルン城で心配してくれていたに違いない。


「さあ、祝勝会じゃ! 今回は派手に祝うぞ!!」


 イザベラはフェリックスから離れ、祝勝会の会場へ向かう。

 整列していた貴族たちもイザベラに続く。


「フェリックス」

「父上」


 会場へ向かう途中、父親に声をかけられる。


「ハルトの様子はどうだ?」

「元気ですよ。父上からもらった木のおもちゃでよく遊んでいます」

「そ、そうか」


 話題は孫のハルトのことだった。

 ハルトが誕生してから、マクシミリアン公爵はコルン城での公務を減らし、マクシミリアン公爵領に留まることが多くなった。

 初孫の成長を傍で見たいという願望があるからだろう。


「今日も連れてきたんだろう?」

「はい。ミランダと共に会場にいるかと」

「そうか、なら早く行かねばな」


 父親の歩が速くなる。

 孫に早く会いたいという気持ちが行動に表れていた。



 会場は正装した貴族たちで溢れかえっており、イザベラの登場を今か今かと待っていた。

 イザベラが現れると、彼らは拍手で出迎える。

 フェリックスはイザベラの隣に立った。


「先の戦いは空想上の生物と戦う、恐ろしいものじゃった」


 イザベラはレヴァンタとの戦いを一言で振り返る。


「我らはその戦いに勝利した。革命軍は消滅したのじゃ。わらわはあのような組織を二度と生み出さぬよう、帝国の治世に努めよう」


 イザベラは部下から、ワインの入ったグラスを受け取り、それを掲げる。

 隣にいるフェリックスたちも、それぞれ飲み物が入ったグラスを掲げる。


「帝国の繁栄に――、乾杯!」


 イザベラの一言で、祝勝会が始まった。


(さて、僕は――)


 イザベラの周りには上級貴族たちが集まっている。

 フェリックスはイザベラから離れ、ミランダを探す。


「よっ、フェリックス君」


 不意に声をかけられる。

 声をかけてきたのはミカエラだった。


「ミカエラ……、今日は変な臭いしないんだね」

「まあね。あれはフェリックス君かどうか確認するためにやったことだし」


 フェリックスはミカエラと初めて出会った出来事を振り返る。

 当初、ミカエラは鼻をつまみたくなる臭いを漂わせた状態でフェリックスの前に現れた。


「ハルト君の意識が戻ってよかったよ〜」

「うん。祝勝会が終わったら仕事も復帰するから、また職場で会えるね」

「そうだね! じゃあ、また学園でね」 


 ミカエラはフェリックスと短い会話を交わすと、すぐに別れた。


(まあ、ミカエラとは昼休みで話すからなあ)


 ミカエラと話す機会はたくさんある。

 アンデットとの戦いやレヴァンタが転生者だった話は、そこでするだろう。


「フェリックス先生!」


 ミカエラと別れてすぐ、声をかけられる。

 声をかけてきたのはエリオットだった。

 エリオットの隣にはフローラがおり、二人は互いの手を繋いでいる。


「エリオット、とうとう――!」


 フェリックスは手を繋いでいる二人を見て、関係が進展したのかと期待する。

 エリオットは照れながら「うっす」と小さく頷き、フローラと交際を始めたことをフェリックスに報告する。


「おめでとう!」


 応援していたフェリックスはエリオットに祝福の言葉を送った。


「……妥協しただけですわ」


 フローラは冷たい言葉を吐き出す。


「カトリーナに敵わないことは……、分かってましたから」

「そ、そう」


 フローラがエリオットとの交際を始めたのは、アルフォンスの恋人にはなれないと察したからのようだ。

 アルフォンスはあの戦いのあとから、カトリーナと結婚を前提とした交際を始めたらしい。

 先生と生徒の恋愛はご法度のため、二人の交際はフローラやフェリックスなど一部の者しか知らない。


(あの口ぶりからして、まだアルフォンスに未練がありそう)


 未練はあるものの、フローラは猛アプローチをしてくるエリオットで妥協することにしたようだ。


「フローラちゃんに男ができるなんて!」

「君のパパ、すごい形相でこっち見てるけど……」


 エリオットにはモンテッソ侯爵という第二の関門がある。

 溺愛している娘に恋人ができたことは到底許されない。


「大丈夫っすよ!」


 エリオットはモンテッソ侯爵の視線を気にしていない。

 エリオットの正体は、次期皇帝となるエリオル。

 フローラの相手として申し分ない身分だ。


「あれも今だけですわ」


 フローラはモンテッソ侯爵について冷たくあしらう。


「ニーナちゃーん、じーじだよお!!」

「……」


 エリオットに殺気を送っていたと思いきや、モンテッソ侯爵の感心は初孫のニーナに変わる。


「お姉様も無事出産を終えましたし、関心もわたしではなく二人の孫に移るでしょう」

「……そうみたいだね」


 どの家庭も孫には弱いようだ。


「フェリックス先生、学園にはいつ復帰するんすか?」

「この会が終わって、町に戻ったらかな」

「部活でフェリックス先生の復帰会を計画してて――」

「様々な催しを用意しています」

「それは楽しみだ」

「では、ミランダお姉さまが待っているでしょうし、私たちはこれで――」

「先生! またっす」

「うん。またね」


 フローラとエリオットと別れる。

 フェリックスは人混みからミランダを探す。


「ミランダ」


 ミランダは会場の端、婦人と子供たちが集まっている場所にいた。

 そこにはフェリックスの母親、マクシミリアン公爵夫人がおり、孫のハルトの世話をしていた。

 フェリックスに呼ばれ、ミランダが傍による。


「勲章授与式、お疲れ様」


 ミランダがフェリックスの胸元にある勲章に触れる。

 勲章を見てニコリと微笑んだものの、ミランダはすぐに眉をしかめた。


「勲章を受け取ったあと、イザベラさまにキスされてたわね?」

「……」

「お父様から聞いたわ」

「僕に会えて、気持ちが高ぶっちゃったみたいでさ」

「もうっ!」


 ミランダが不機嫌になり、フェリックスは祝勝会の終わりまで彼女の機嫌をなだめていた。



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