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第33話:ひぃっ! ギャァッ! 手!!

異母弟おとうと……?」


 ムルを操り連れ去ったゼノの幹部、操師あやつりしティロ。なんと彼は姫様の弟らしい。


「ちょっと待ってください。ってことは、あいつも王家ってことですか?」

「そういうことになりますわね」


 姫様はしれっと認めているが、シマノの頭には当然ある疑問が浮上する。


「王家のかたが、どうしてゼノに?」

「それはわたくしにもわかりませんわ」


 いや、わからないでは納得がいかない。困惑しさらに問い詰めようとするシマノに気づいたのか、ウティリスが話に割り込んできた。


「姫様とティロ様はこれまで会ったこともなかったのだ」

「……わたくしとティロは母親が異なりますの」


 なるほど。王族ならまあそういうこともあるだろう。つまりティロに関しては、姫様もさほど情報を持っていないということのようだ。

 これ以上深堀りをしても、新たな情報が得られるとは考えにくい。であれば、ややこしい生い立ちエピソードが出てくる前にムルの救助を優先すべきだ。

 シマノは地面に突っ伏して気を失っているキャンの方に声をかけた。


「キャン、起きてるか!?」

「うおおおバッチリだぜ!」


 シマノの想定通り、キャンは持ち前の回復力ですっかり元気になっていた。


「とにかくムルを助けにいこう。確か屍の峡谷って言ってたな」

「屍の峡谷!?」


 シマノの言葉を聞いたキャンが俄かに顔色を変え、ぐるぐると落ち着きなく歩き回りだした。


「ど、どうしたんだ?」

「あそこはやべー。オレたちだけじゃムリだぜ!」


 勇者にしては珍しく弱気な発言である。いったいどういうことなのかと尋ねようとすると、キャンは突然勢いよく顔を上げ、


「町のみんなを呼んでくる!」


 そう言い残して獣の町に向かい駆けだしていった。


「ちょっ、キャン!?」

「先に行けぇーーーー! すぐ追い付くぅーーーー!」


 キャンの声はどんどん遠くなり、その背中はあっという間に見えなくなった。


「……仕方ない、先に行くか」


 意図せずキャンを見送ってしまったシマノは、早速屍の峡谷へと足を踏み出そうとし、立ち止まった。


「屍の峡谷って、どこ?」


 シマノは振り向き、一縷の望みを込めて姫様を見つめる。ウティリスに睨まれているような気がするが、気のせいということにしておこう。


「そんな目で見られましても、わたくしも存じ上げませんわよ」

「えっ」


 まさかの展開だ。このままではユイたちの帰還を待つかキャンを追って獣の町まで走るかになってしまう。

 同じことを考えたのか、シマノと姫様は暫し見つめ合った後、二人で縋るようにウティリスへと視線を送った。


「……私がご案内いたします」


 呆れたように溜息を吐きこめかみを押さえるウティリスに、ほんの少しだけ申し訳なさを感じるシマノであった。


 ***


「貴様に忠告しておく」


 屍の峡谷へと向かう道中で、ウティリスが徐に話しかけてきた。


「何だよ?」

「指輪の無い姫様は本来の半分ほどのお力しか発揮できない。不足する戦力は俺たちで補うしかない」


 そこで一度言葉を切ったウティリスは、シマノの顔を一瞥し、再び前へと向き直る。


「凡人の貴様に期待などしてはいないが、囮ぐらいにはなってもらうぞ」


 随分な言われようである。だがウティリスの言う通り、シマノが戦力として通用しなければ、このパーティは完全にウティリス頼りとなってしまう。

 かといって、シマノのスワップを活用しようにも、現在のパーティはたった三人。入れ替え対象が少なすぎる。ウティリスとシマノの能力値を入れ替えたところで、怪力のシマノと凡人のウティリスが誕生するだけなのだ。圧倒的人手不足である。


「キャンかユイたちか、せめてどっちか待つべきだったかな……」


 後悔先に立たず。シマノたちは屍の峡谷に到着してしまった。


「よく来たね、ねえさま」


 切り立った断崖に囲まれた谷底のようなその場所は、戦闘におあつらえ向きの広さだった。吹き抜ける風が冷たく頬を刺していく。


 操師ティロはその広い谷底の中央に立っていた。その隣には瞳を柘榴色に染めたムルが立っている。


 少しの間を置き、ティロの右手が腰に提げた細剣にかかった。ティロはそれをゆっくりと抜き放ち、切っ先を天に向ける。切っ先が太陽の光にきらめき、シマノたちの目を射る。

 ティロはその細剣を軽く大地に突き立てた。切っ先から魔法陣が生成され、急速に拡大していく。魔法陣の中に次々と呪文が書き込まれ、傍目にも高度な術式が展開されているであろうことが見て取れる。

 凄まじい魔力の奔流。魔法の才など欠片もない凡人のシマノでさえ感じ取れるほど、莫大な魔力がティロから溢れ出ている。

 すると、背後でドサッと何かが落ちるような音がした。


「姫様ッ!!」


 シマノが振り返るとほぼ同時に、ウティリスが姫様に駆け寄った。ティロの魔力に中てられたのか、姫様は目を閉じ苦しそうに倒れ込んでいる。


「あれあれ? どうしたの、ねえさま? ボクの魔力にやられちゃった?」


 ティロの茶化すような口調が、ウティリスの神経を完膚なきまでに逆撫でした。


「貴様……覚悟は出来ているのだろうな……?」


 仮にも王家の人間相手に貴様呼ばわりとは、ウティリスも相当怒りを覚えているようだ。身分不相応なその言葉に、早速ティロが反応する。


「口を慎めしもべ。ねえさまに王族に対する口の利き方を教わらなかったのか?」

「黙れ。王族としての責務も果たさず邪教に降った貴様の扱いなど凡夫ぼんぷ以下で十分」


 無礼を一切改める気のない従者に、ティロは呆れを通り越したのかとうとう笑い出してしまった。


「あっははは……酷いなぁ。ボクはただねえさまと遊びたいだけなのに」


 ティロから発せられる魔力がいっそう強まる。辺り一帯に広がった魔法陣が濃紫色の光を発し始めた。

 これはいよいよ戦闘開始だろう。シマノは即座にウインドウを開きレンズをかける。当然ティロの頭上には何も表示されていない。そしてなんと、ムルの頭上にも何も出ていない。ムルはまだ戦闘状態ではないということだろうか。

 ついでに姫様の状態をウインドウ上で確認しておく。ところが、特に状態異常を表すマークは出ていなかった。頭上のHP/MPバーはじわじわと減っているようで、バーの横の顔マークも苦しそうである。状態異常マークが出ていない以上原因も対処法も不明だが、何らかのデバフにかかっているのは間違いなさそうだ。


「不定愁訴ってやつですか。ゲーム世界にややこしい概念持ち込まないでほしいな……」

「……来るぞ。姫様を頼む」


 シマノのぼやきをスルーし、ウティリスは一人で前に出た。その足元、地面が小さく盛り上がったかと思うと、それを崩して地中から何かが現れた。手だ。


「ひぃ~~~~~~っ!?!?!?」


 シマノの情けない悲鳴が響く。手は、ウティリスの足元だけでなく、地面のあちこちから飛び出しているようだ。

 しかもよく見ればそれはただの手ではなく、骨――手の骸骨だった。いや、手だけではない。その先の腕、頭、胴体、脚。


 屍の峡谷は、その名に相応しく無数の骸骨戦士が蔓延る死の谷と化した。


 ボコッとシマノの耳に嫌な音が届く。恐る恐る振り向くと、すぐそばの地面に今にも這い出さんとする骸骨の手が生えていた。


「ギャーーーーーース!!」


 シマノは半狂乱に陥りながらその生えてきた手を上から踏みまくり、蹴りまくった。

 ポキッと乾いた音とともに骸骨の手首から上が吹っ飛ぶ。吹っ飛んだ手は二メートルほど先に落ちると、しばらくの間ばたついた後、完全に沈黙した。地面の中から本体が出てくる気配もない。


「た……助かった……」

「っ……騒々しいですわね……」


 シマノが騒ぎすぎたせいか姫様が目を開き、ふらふらと起き上がった。


「姫様ぁ! なんか、なんというか、ホラー展開なんですよぉ!」

「……何を訳の分からないことを仰ってますの?」


 涙目で姫様に縋りつくシマノに対し、姫様は頭上に「?」マークを浮かべている。


「気がついた、ねえさま? 見てよ、ボクの自慢の兵士たちを」


 ティロが魔法陣に魔力を注ぎ込むと、骸骨たちがおぼつかない足取りながらも緩やかに隊列を組み始めた。


「こいつらはみんな魔王様の城に攻め込もうとして返り討ちにあったんだ。愚かだよね」


 王都の正規軍から派遣された者たちの成れの果てだろうか。或いは、歴代の勇者たちの屍かもしれない。シマノは背に薄ら寒いものを感じ、思わず身震いした。


「こんな救いようのない愚か者共でも、ボクの術できちんと有効活用してもらえるんだから、感謝してほしいぐらいだよ」


 骸骨たちが姫様に狙いを定める。


「さ、遊んでおやり」


 ティロの囁きに促され、骸骨たちは覚束ない足取りながらも全員姫様目指して進みだした。


「させぬわッ!」


 ウティリスが筋肉を膨張させ、右の拳を大地に全力で叩きつけた。拳を中心に地表が抉れ、円錐形に捲れ上がるように、まだ地中に潜んでいた骸骨たちをも巻き込みながら弾き飛ばしていく。


「ヌゥンッ!」


 ある程度の骸骨たちを一掃すると、ウティリスは討ち漏らした獲物たちを次々と捕らえ、恐るべき握力でたちどころに粉砕していく。まさに一騎当千。骸骨たちは見る間もなくただの骨片へと変えられていった。


「怖すぎる……敵じゃなくて本当に良かった……」

「ね? わたくしの言った通りでしょう?」


 これが熊をも裂く男の力か、とシマノは恐れおののく。だが一方で、シマノはあるを覚えていた。


「バーが……無い……?」


 恐らく今は戦闘中のはず。現にゲスト扱いの姫様とウティリスの頭上にはHPバーが表示されている。しかし、敵のHPバーが見当たらないのだ。

 もちろん、ティロのバーが見えないのは理解できる。ムルも廃村ではバーが出ていたから今はまだ戦闘状態ではないのだろう。

 問題は骸骨たちだ。彼らのHPバーはどこにも表示されていない。念のためウインドウを開いたが、こちらでも確認は出来なかった。レンズによる顔マークもどこにも出ていないようだ。


「乱暴だなぁ。こいつらは壊れやすいんだから、もっと優しくしてやってよ」


 ティロが再び魔力を送る。すると、バラバラの骨になった骸骨たちがその形を取り戻し、元通りの骸骨兵として何事もなかったかの如く動き出した。


「何だと……ッ」


 さすがのウティリスもかなり動揺している。シマノは冷静に状況を見つめなおした。

 恐らくこの骸骨たちはアンデッド――死ぬことなく復活し続けるタイプの敵だろう。死なないからHPもないということだ。

 だいたいこういう敵には光属性や聖属性の術が効くものだが、本来その担当であるはずの姫様は今実力を発揮しきることができない状況にある。つまり、ピンチだ。


「ほら、もっともっと、いっぱい遊んであげる」


 ティロはさらに魔力を注ぎ込み、地中から次々と骸骨を召喚していく。魔力の供給源を絶たない限り、骸骨たちを倒すことはできない。だが、そうは言っても魔力の供給源であるティロは骸骨たちに囲まれ、近づくことは容易ではない。

 ウティリスの体力もじわじわと削られ、三人は徐々に追い詰められていった。


「姫様、ここは私が命に代えても食い止めます……貴女だけでもどうかお逃げください……!」

「あら、わたくしにそんなことが出来ると思って?」


 骸骨の物量に圧され、ウティリスがつい弱音を漏らす。当然姫様はそれを聞き入れようとはしない。

 しかし、ウティリスの体力はもはや骸骨の攻撃を一方的に防ぐだけで精一杯だった。シマノにも焦りの色が浮かぶ。何とかしてこの窮地を脱しなくては。ウティリスとスワップで力を入れ替えて、二人を担いでダッシュで逃げられるだろうか。


虎鐡こてつ!!」


 突然、野太い声が谷底に響き渡った。次の瞬間、頭上から降ってきた何かが、大剣を振り回して周囲の骸骨兵を一体残らず消し飛ばした。


「よぉ、間に合ったか」

「!! 酒場の……!」


 そこに立っていたのは、獣の町の酒場で出会った虎の獣人だった。


「他にも連れてきたぜ」


 虎の獣人に続き、屈強な獣の戦士たちがあれよあれよと谷底に下りてくる。屍の峡谷はあっという間に獣の峡谷と化した。


「オレもいるぜ~~~~!!」


 一際やかましく甲高い声。キャンだ。


「とうっ! 必殺! ソル・フィーロオレが考えた最強の剣技!!」


 落下の勢いに任せた勇者の一撃が骸骨の一体に炸裂、粉砕する。獣人たちの加勢によって、ティロに接触しムルを救い出す活路が見えてきた。


「よし、形勢逆転だ!」


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