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第34話:早く戻ってきてぇ~~~~!

「よし、形勢逆転だ!」


 屍の峡谷に集まった獣の戦士たち。気のせいか町にいた人数よりもさらに増えている気がする。

 獣人たちの熱気に気分が高揚したシマノは、高々と右拳を突き上げ、鬨の声を上げた。


「みんな、集まってくれてありがとう! 苦しい戦いだけど、一緒に頑張ろう! 行くぞぉっ!」

「皆様もう戦っておられますわよ?」


 姫様の冷静なツッコミで我に返ると、獣の戦士たちはシマノの鬨の声を華麗にスルーし、各々勝手に骸骨たちと戦い始めていた。

 ここ一番で主人公らしくきめようと思っていたのに、恥ずかしすぎる。シマノはすごすごと引き下がった。


 大量に跋扈していた骸骨兵も、獣の戦士たちの活躍で徐々に数を減らしていった。あちこちで巻き起こる戦い、その中でもひときわ賑やかな集団にシマノは目を向ける。


「よーしみんな行くぜっ!」

「こらこらはしゃぐなキャン。ここはこのキュン様に任せて……」

「あんたたちうっさい! あたしのじゃまだけはしないでよ!」

「キェン~そっち任せるねぇ~」

「……フッ」


「キャンが……五人いる?」


 シマノは思わず二度見した。キャンの家で聞いた人数のとおり、恐らくあの集団はキャンとその兄弟たちであろう。だが、問題はその外見である。


「どれが、誰だ?」


 なんと、キャンの兄弟たちは全員外見が全く同じなのだ。色違いでもない、衣装も同じの完全コピペである。一人だけ僅かにサイズが小さいようだが、あれがキャンということだろうか。


「いやいやいくらゲームの世界だからってそんなことある?」


 声もよく聞くと同じような気がする。制作費の削減ということなのだろうか。一人五役を任される声優さんにシマノは同情を覚えた。ひょっとするとこの世界の元となったゲームはかなり余裕のない現場で作られていたのかもしれない。


「うおりゃーーーー!! タグリオ・エスプロード最強カッコイイ爆裂回転斬!!」

「それじゃあ行くぞっ! キュン様の攻撃! どっかーん! 炸裂! ああっ強いっ! うーんさすがキュン様っ!」

「だからうっさいのよばか! これいじょうさわぐとこいつらみたいにほねにするわよ!」

「うえ~キィンが怖いよ~」

「……フッ」


 もしかしなくても、キャンの兄弟はアホ揃いのようだ。というか、さっきからフッしか言ってないやついるな?

 そういえば、シマノはまだスワップを使っていない。にもかかわらず、キャンは自在に剣を振り回しているように見える。クセの強い兄弟たちに気を取られてすっかり忘れていたが、どうして今キャンは剣を使えているのだろう?


「アンタたち! しっかり頑張りな!」


 キャンたちの母、ジェニィだ。彼女が両手を高くかざすと、空から光の粒子のようなものがさらさらと降り注ぎ、獣の戦士たちに力を与えていく。

 シマノは急いでウインドウを開き、ステータスを確認した。キャンのステータスが全体的に向上している。キャンだけではない。シマノのステータスも、キャンほどではないが若干上がっていた。詳しい数値までは見えないが、姫様とウティリスも良い影響を受けているようだ。


「ジェニィさん、すごい」


 シマノがぼーっと感心していると、姫様がゴホンと咳払いをした。


「ぼさっとしている場合ではなくてよ? ここは獣人たちにお任せして、さっさとティロのところへ参りますわよ」


 姫様の言葉に頷き、シマノとウティリスは姫様を守りながら骸骨の包囲網を突破し、ティロに近づくことに成功した。


「来てくれてうれしいよ、ねえさま」


 クスクスと楽しそうに笑うティロに、姫様が眉間に深く皺を寄せる。


「わたくし、遊んでいる場合ではありませんの。今すぐムルを解放しなさい」

「だめだよ。この子はボクのお人形なんだから」


 ティロはムルを後ろから抱きしめ、挑発するように上目遣いでシマノたちを見た。


「っ! ムルから離れろ!」


 シマノは声を荒げながらも、努めて冷静にウインドウを開き、バレないようにレンズをかけなおす。幹部であるティロにレンズは効果的ではない。だがムルや骸骨兵と戦う可能性もある以上、少しでも万全に近い状態を維持しておきたかった。ただでさえ、こちらはユイとニニィがいない状態で戦わなくてはならないのだ。


「そうカッとなるなよ、シマノ。どうせボクはもうここを離れなきゃならないんだ」


 ティロはムルの耳元に唇を寄せ、シマノたちにギリギリ聞こえないぐらいの小さな声を落とした。


「あとは任せたよ、ムル」


 ティロの手が軽くムルの背を押す。一歩前に出たムルはシマノたちに狙いを定め、戦闘態勢を取る。その様子を見届けると、ティロは姫様に向かって笑顔を見せた。


「またね、ねえさま」


 ティロは足元に魔法陣を出現させると、姫様に手を振りながらその姿をくらました。


「お待ちなさい、ティロ!」


 姫様の制止も虚しく、場には骸骨兵たちと操られ状態のムルだけが残されてしまった。


「……」


 ムルは黙ったまま佇んでいるように見えるが、その頭上にはHPバーが出現した。戦闘開始だ。きっと何らかの詠唱が行われているに違いない。


「姫様は俺が完璧に守りきる。貴様は自分で何とかしろ」


 想定通りすぎるウティリスの発言にシマノは頭を抱えた。何とかしろと言われても、凡人にはどうしようもない場合がある。スワップでウティリスから力を奪ってやろうかと思ったが、それをしたところでただ姫様を危険に晒すだけだろう。


「ユイ~~~~ニニィ~~~~早く戻ってきてぇ~~~~!」


 何とも情けない心の叫びを漏らしていると、不意に目の前が眩しい光で満たされた。思わず目を逸らしたのはシマノだけではない。姫様もウティリスも、ムルまでもが光の眩しさに顔を背け、詠唱も途切れた。周囲で戦っていた獣の戦士たちも、何だ何だと騒ぎだしている。


「シマノ、ただいま」


 収まった光の中心で、ユイが穏やかに微笑んでいた。


「ユイ!!」


 何だかまたいちだんと表情が豊かになっている気がするが、そんなことより今ユイが戻ってきてくれた事実が嬉しすぎる。心の叫びを漏らした甲斐があったというものだ。


「あたしもいるわよ♡」

「ニニィ!!」


 ユイの陰からニニィがひょっこりと顔を出した。この二人が戻ってきたなら百人力である。


「うおおおおユイ!! ニニィ!! 待ってたぜーーーー!!」


 勇者キャンが全速力でこちらに駆けてくる。これでパーティメンバー勢揃いというわけだ。あとはどうやってムルを正気に戻すか。


「……えっと、何がどうなってるわけ?」


 敵対するムルを見て、混乱したニニィがシマノに問いかける。


「ムルがゼノの幹部に操られてる。何とか助けたい。頼むみんな、協力してくれ!」


 シマノは改めてこの戦闘の目的を告げ、仲間たちに協力を要請した。


「もちろん! ニニィちゃんに任せて♡」

「オレもやるぜ!」

「了解。まずは魔力の流入元を特定することを推奨」

「みんな、ありがとう」


 仲間たちの了承を得て、シマノは改めてムルを取り戻すべく策を練る。まずはユイの言う通り、ムルを操るティロの魔力がどこから来ているのかを特定すべきだろうか。シマノが考えを巡らせていると、凛とした声がその思考に割り込んできた。


「わたくしも、お手伝いいたしますわ」


 どうやら、姫様も協力してくれるようだ。ウティリスは内心反対しているようだったが、ここまでくれば乗り掛かった舟。姫様を守るという建前で参戦してくれるだろう。


「ただしその前に」


 姫様の協力でそわそわと浮足立つシマノにきっちりと釘を刺し、姫様はユイの前に立った。


「返していただきますわ」


 指輪だ。右手を差し出した姫様に、ユイは自らの手から外した指輪を、差し出された手の中指にそっとはめた。


「姫様、ありがとうございました。指輪お返しします」


 王家の宝、金色に輝く石を留めたその指輪が、本来の力を発揮し煌めいた。姫様の身体に聖なる祝福を受けた光の力が満ちていく。


「さ、本領発揮といきますわよ!」


 この姫様、ずいぶんとやる気である。それならばこちらも全力で乗っかり、可能な限り協力してもらうとしよう。


「まずは魔力の流入元を特定する。ニニィ、ムルから情報取れそう?」

「わかんないけど、やってみる。もっと近くに行かせて!」


 ニニィの申し出にシマノは二つ返事で頷き、他の仲間たちに指示を出す。


「ニニィをムルに接触させたい。ユイとキャンは援護を頼む! 姫様はニニィたちに光の加護を! ウティリスは姫様の護衛を! 全員なるべくムルを攻撃しないように!」

「了解」

「おう!」

「わかりましたわ!」

「貴様に言われずともそうするつもりだ」


 いよいよ作戦開始だ。ムルの強力な術を躱しつつ、なるべく傷つけないよう正気に戻すことなど本当に出来るのだろうか。困難な戦いの予感に、シマノは一つ深呼吸をした。


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