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第36話:面白い。何が起きているのかは全くわからない。

 デバッグモード――シマノの眼前に現れた黒い画面。その上に記された白い文字列は、所々に赤文字、黄文字、下線など、ヒントらしきものがちりばめられている。

 しかし悲しいかな、シマノにはそこに書かれた内容も、ヒントが示す意味も全く以て分からない。


「シマノ、黒い画面は見えている?」

「見えてるけど……なんでわかった?」


 ユイの声かけにシマノは戸惑う。シマノのウインドウはシマノ自身にしか見ることができない。本来ならユイには今シマノが何を見ているか把握できないはずなのだ。


「シマノ、聞いて。私の中にはこの世界に関するが蓄積されている」

「……どういうこと?」

「全てではない、けれど、この世界を構築している呪文のようなもの、その情報が私の中に存在している」


 その発言はあまりにも突飛だった。ユイの言う「呪文のようなもの」は今シマノに見えているコードを指しているのだろう。その情報がある、ということは、ユイはこの世界を構築するプログラムの一部を持っているということだろうか?


「私の中の情報とニニィが盗ってきた情報を照合、分析する。そうすれば、どこからムルを操っているかがわかるはず」


 やはりユイはプログラムの一部を持っているようだ。そんな重要なものを、と思う一方で、シマノには心当たりもあった。

 確かにユイはこの世界アルカナ。行ったこともない町の情報を知っていたり、通常のアルカナ住民ならわからないであろうメタな話も通じやすかったり。

 とにかく、あれこれ考えるのは後だ。ユイから詳しい話を聞くためにも、早くこの戦闘を終了させなくては。


「うーん色々聞きたいことはあるけど、今はムルを助けることに集中しよう。で、俺はいったいどうしたらいい?」

「画面を見て。文字の色が変わっているところがあるでしょう?」

「うん」

「そこが怪しいところ。でも、この世界に住む私には触れない。だから私は情報を分析してシマノに伝える。シマノはその怪しいところを突いて」


 突いて、と言われましても……とシマノは困惑する。とりあえずタップしてみたらいいだろうか。

 試しに文字が赤くなっている箇所に触れてみると、なんとコードが自動で書き換わり、文字の色が白くなった。


「おお……!」


 もう一度、今度は黄色い文字をタップする。今度もコードが書き換わり、文字色が白くなった。


「シマノ、その調子」


 ユイが分析結果を送り、シマノが手を加える。一人ではとても出来そうにないことも、ユイと一緒なら出来そうな気がする。

 色や線がついているところにただ触れるだけで、コードが書き換わっていく。気分はまるで凄腕のハッカーだ。

 何が起きているのかは全くわからないし、そもそも状態異常の解除といっても差し支えないレベルのことを、こんなハッキング紛いの行為でやるのもどうかとは思う。

 が、正直なところ、面白い。自分の指先ひとつで、見えない何かが変わっていく感覚。


「シマノ避けろ!」


 キャンの声にハッと顔を上げると、拳大の石がすぐ目の前まで迫っていた。


「問題なくてよ」


 姫様の声とともに、シマノの周囲を光の膜が包み込む。より強固なバリアを張り直してくれたようだ。飛んできた石礫は、バリアに阻まれあえなく崩れた。


「シマノ、貴方はご自分の作業に集中なさって」

「ありがとうございます、姫様」


「クッ……あんな石一つ対処できず姫様のお手を煩わせてしまうとは、一生の不覚……ッ!」


 ムルと対峙していたウティリスが、後悔のあまり俯き歯を食いしばりながら筋肉を震わせている。それを見たニニィが若干引きつりながらも、ウティリスの肩を叩いた。


「まぁまぁ、次から頑張りましょ♡」


 しかしウティリスは全く聞いていない。


「ヌオオオオオッ不覚ゥウウウウッ!!」


 雄叫びを上げたウティリスは近くの岩を力づくで引っこ抜き、ムルに向かって放り投げた。


「バカ従者っ! ムルがケガしたらどーすんだよ!」


 キャンが全力でジャンプし、ウティリスの後頭部を全力で引っ叩く。

 ウティリスが放った、ムルの等身ほどの大きさの岩は真っ直ぐムル目掛けて飛んでいった。


「無駄だ」


 飛んできた岩を、ムルは片手をかざすだけでピタリと止めた。止まった岩は、そのまま動きを反転させてウティリスへと飛んでいく。


「フンッッ!!」


 ウティリスの筋肉が唸る。真っ直ぐ突き出されたその右拳で、岩は瞬時に砕け散った。

 砕け散った破片が、再びムルに襲い掛かる。


「……」


 今度は両手をかざしたムルによって、全ての石片は動きを止めた。


「彼の者を叩き潰せ」


 ムルの詠唱で、バラバラの石片が全てウティリスに降り注ぐ。


「ムル、すっげー……」

「感心してる場合じゃないでしょっ」


 ニニィがキャンにツッコんでいる間に、ムルが放った石片はもうすぐそこまで迫っていた。肝心のウティリスは深く息を吐き、目を閉じている。


 その目が、開いた。


「――ハァッ!!」


 気合の発声だ。開眼とともに息を吸い全力で発したその声と覇気は、大気を振動させ、ムルが飛ばした石片の勢いを削ぎ、一つ残らず地面へと落下させた。


「う……うるせー……」


 規格外の声量にキャンもニニィも目を回している。


「キャンたち、大丈夫か……?」

「シマノ、集中」


 さすがに前方の様子が気になったシマノであったが、ユイにピシッと叱られすぐ作業に戻った。

 とはいえ、ユイの助力のおかげか、色付きの文字もほぼ片付いてきたようだ。


「これが最後。頑張ってシマノ」


 ユイの励ましに改めて気合を入れなおし、シマノは最後のコードを開いた。


「なっ、なんじゃこりゃ?」


 そこに書かれていた……いや、のは、文字の渦巻だった。様々な色の文字が螺旋状に書かれ、画面いっぱいの大きさの渦巻を形成していたのだ。


「どうしたらいいんだ?」


 とりあえず今までと同じように、文字の一部に触れてみよう。と、シマノが指を伸ばす。

 その瞬間、画面上の文字がいきなり動き出した。

 色とりどりの文字たちはぐるぐると渦を巻くように、目にも留まらぬ速さで回転している。これでは触れることなど出来はしない。


「ユイ、これどうしよう!?」

「ごめんなさい。私にはどうすることもできない」


 さすがのユイにもお手上げのようだ。画面上の文字はさらに勢いを増して回転を続けている。とても止まりそうな気配などない。見ているシマノも目が回ってきそうだった。


「だーっもう、これでどうだぁっ!」


 バンッと勢いよく、シマノは渦の中心に右の手の平を置いた。

 すると、渦をなす文字たちが光を纏い、次々内容が書き換わると同時に渦が解けていき、白い文字で書かれた普通のソースコードに変わっていく。


「シマノ、あと少し!」

「いっけえええええ!」


 最後の一節が、白く変わった。デバッグモードの黒い画面には、白文字できれいに整列したソースコードが映し出されていた。


「――COMPLETE――」


 完了の文字が表示され、デバッグモードの黒い画面が自動で閉じる。


「やった……のか……?」

「ムルー!!」


 キャンの声に顔を向けると、ムルが力なく倒れこんでいた。その頭上にはHPバーも顔マークも表示されていない。

 ウインドウを開き確認すると、ムルのステータスから操り人形のようなマークが消えている。解除成功だ。


「よ……よかったぁぁぁぁぁ……」


 安堵のあまり思わずへたり込んだシマノに、ユイがそっと手を差し伸べる。


「シマノ、お疲れ様」

「ありがとう。今回は本当ユイに助けられたよ」

「まだ気を抜いては駄目。骸骨兵たちを片付けないと」


 すっかり忘れていた。そういえば大量の骸骨兵を獣の戦士たちに押しつけてしまっていたのだった。


「そのことなら心配無用さっ」


 キャンと同じ声に振り返ると、キャンと同じ見た目の個体が髪をかき上げるような仕草をきめていた。日本犬タイプで短毛の彼らにかき上げるものなどあるのだろうか、などと失礼なことを考えつつ、シマノはその個体の名前を思い出そうとする。


「えーっと君は……キュン?」

「そうっ、キュン様と呼んでくれたまえっ。忌まわしき骸骨どもは全てっ、このキュン様がっ、華麗に討伐したのさ!」


 面倒臭い話し方をするやつだ。先程までの戦闘で疲労が溜まっていたシマノは心底うんざりした。

 しかしながら、キュン様とやらの言うことが正しければ骸骨兵はもう獣人たちが倒しきってしまったということになる。それはそれで助かるが、アンデッドの骸骨たちを倒すことなど本当に出来ているのだろうか?


「まだでしょっ、ばか! おひめさまに『じょうか』のおねがいするんでしょ!」


 もう一人の兄弟が怒ったような口調でキュンを責め立てている。確かこの子はキィンだったか。


「お姫様~、お願いします~」

「……フッ」


 これでキャン以外の兄弟たちが揃い踏みだ。騒がしさに頭を抱えつつシマノは彼らが来た方に注目する。

 この谷を埋め尽くさんばかりに湧いていた骸骨たちは最早ほとんどその姿を維持できず、バラバラの骨のパーツとしてあちこちに散乱していた。それでもその骨は未だ魔力を纏っており、放っておけばまた必ず骸骨として復活してしまうだろう。


「どうやらわたくしの力が必要なようですわね」


 姫様は快く浄化の力を使ってくださった。これで完全に戦闘終了である。


 キャンとニニィがムルに肩を貸しながら戻ってきた。ムルはまだ多少足元のふらつきが残ってはいたが、意識ははっきりとしており、瞳の色も深海色に戻っていた。ただ、操られていた間のことは一切覚えていないらしい。

 まあ覚えていないものは仕方がない。これにて一件落着、早速今回の戦闘の経験値を確認しようとシマノはウインドウを開いた。


「経験値渋いな……ティロとムルと戦った分入ってないなこれ」


 生憎レベルアップはお預けのようだ。そっとウインドウを閉じ、シマノはこの後の行動について考えを巡らせる。

 想定外の形とはいえ、ゼノのアジトにだいぶ近づくことが出来た。ムルの体調は気がかりではあるが、せっかくここまで来たのだからこのままアジトに突入してしまいたい。

 何せシマノには、帰りを待つ可愛い妹がいてくれるはずなのだ。早く元の世界に帰って、可愛い妹とゲームに勤しまなくては。

 正直レベルは心許ないが、今なら姫様もウティリスも、獣の戦士たちだっている。全員で力を合わせれば何とかならないこともないだろう。


「よし、みんな! せっかくここまで来たんだ。このままゼノのアジトに突入しよう!」


 シマノは拳を掲げ、高らかに宣言した。


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