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第43話:正義か悪か

 林の奥。月明りを映す湖のほとりで、ニニィとムルが対面する。


「いつからそこに?」


 ムルに問いかけながら、ニニィはダガーを鞘に納める。その指に輝く金色の指輪を、ムルがまじまじと見つめていた。


「すぐ近くにちょうどいい石がある。我はそこで休んでいた。そこにお前たちが来た」


 迂闊だった、とニニィは心の中で舌打ちをする。ピクシー狩りの話はともかく、指輪を盗んだところを見られてしまったのはまずい。

 ニニィの焦りを見透かしたかのように、ムルが言葉を続ける。


「お前はの盗賊ではなかったのか」

「たまには、ね♡ それより、連れていけってどういうことなの?」


 余計なことをツッコまれてはまずい。とにかく話の主導権を握らなくては。ニニィはやや強引に話題の変更を試みる。

 幸いにも、ムルは素直に応じてくれた。


「ゼノのアジトに行くのだろう? 我も、奴らに直接伝えねばならぬことがある」

「そうだったのね。でも、やめた方がいいと思う。操師あやつりしがいるから」

「承知の上だ」


 ムルの意志は固そうだ。ニニィが首を縦に振るまでこの場を動かないだろう。

 しかし、どうしても連れていくわけにはいかない。今回はユイを連れていった時とは違う。……下手をすれば、二度と戻れないかもしれないのだ。


「ごめんなさい。それでも連れて行けない」

「では、シマノにこのことを伝える」

「いいわ。伝えて」


 ニニィの返答を聞いたムルが目を丸くしている。自らの脅迫が通じなかったことに少なからず動揺しているようだ。


「……本当に、いいのか?」

「ええ。だからお願い、一人で行かせて」


 ムルに何を言われようと、ここで折れるわけにはいかない。祈るような気持ちでニニィはムルの返事を待つ。

 ムルは暫く黙ったまま何か考えているようだったが、やがて小さく溜息をこぼした。


「朝までに戻らなければ、このことは我からシマノに告げる。いいな?」

「……ありがとう、ムル」

「条件がある」


 ムルから鋭い視線を向けられ、ニニィは思わず生唾を飲み込んだ。

 努めて平静に見えるよう、笑顔を繕い、いつも通りの口調で答える。


「なぁに?」

「我に代わり、ゼノの幹部に伝えてほしい」


 ムルはそこで一度言葉を切り、視線を地面に落とした。


「我らは今も石とともに在る。地底に眠りし者がダークエルフで、もしゼノの幹部とやらが本当にダークエルフであるならば、我らは彼らにこそ石を渡すべきだと考える」


 何と突飛な考えだろう。驚きを隠しきれず、ニニィの眉根に皺が寄った。

 もちろん、ニニィだって王の話が全て正しいとは考えていない。だとしても、これではまるで王家を悪と見做し、見限っているようなものではないか。


「……それが、あなたたち地底民の総意なの?」

「我らの主が光のエルフだったのかダークエルフだったのか、それはわからぬ。だが、我らがダークエルフを殺め、地の底に封じてしまったことは間違いないのだろう。ならば我らは彼らを弔い、寄り添い続けることを望む。地底の石は、彼らのためにこそ使われるべきだ」


 王家正義ゼノか――ムルたち地底民はそんな二項対立に縛られない地の底で、ただ石の声に耳を傾けようとしていた。

 その態度に、ニニィは正直若干の苛立ちを覚えた。加害者がどれだけ寄り添おうと、奪われたものの痛みは決して消えはしないのだとニニィは知っている。

 だが一方で、贖罪の思いなら、ニニィにもよくわかる。師匠の背中が、最期の顔が、頭から離れることなどないのだから。


「彼らに、伝えてくれ。我ら地底の民は、今もお前たちとともに在ると」

「わかったわ。絶対に伝える」

「返事を期待している。必ず戻ってこい」

「任せて♡」


 いつも通り軽妙にウインクをしてみせると、ムルの顔がほんの少しホッとしたように見えた。

 ムルの想いを受け取り、ニニィは静かに目を閉じた。目的地を強く念じると、身体が眩い光に包まれる。

 そしてその小さな身体は、一瞬にしてゼノのアジトへと運ばれていったのである。


 ***


「……と、いうわけだ。心配するな。必ず戻ると言っていた」


 次の日。指輪の在り処についてムルから衝撃の事実を明かされ、シマノは口から魂が抜けかかっていた。


「シマノ、しっかり」


 ユイが抜けかけた魂を口に押し戻してくれている。優しさに涙が出そうだ。


「ユイ……ありがとう……」

「ついでだから伝えておくね、私もニニィと一緒に幹部に会いに行ったことがある」

「ぱゎぁ~~~~~~~~」

「どうしよう、シマノが壊れちゃった」


 おろおろするユイに、キャンは腹を抱えて笑っている。


「叩けば直るのではないか?」

「蛮族極まりない回答!」


 勢いよくツッコんだシマノを見て「おっ、直った」と言うムルの頭上にはその頭より一回り大きな石の塊が浮いていた。叩くどころでは済まない攻撃力である。


「お前ら……いつもこんな感じなのか……」


 バルバルの呆れ果てたような視線がつらい。といっても、バルバルはバルバルでこんな奴らに負けたのかと改めて落ち込んでいるようではあったが。


「すぐ戻るって言ってもさぁ……ニニィはユイみたいに「探知」使えないし、俺たちの居場所わかんないよなぁ……」


 ぶつぶつとぼやきながらシマノはウインドウを開く。そこにニニィのステータスは無かった。


「えっ……」

「シマノ、どうしたの?」


 ユイが心配そうに顔を覗き込んでくる。


「ニニィが……いない」

「!?」


 ウインドウの存在を知るユイはさっと顔を曇らせた。一方、当然ながらキャンたちには事態が呑み込めていない。


「何言ってんだシマノ。ニニィがいねーのは見りゃわかるじゃん」

「やはり一発叩いておくか」

「ごめん! 今ちょっと、それどころじゃないかもしれない」


 妙に焦った様子のシマノに目をぱちくりさせながら、キャンとムルは互いに顔を見合わせ首を傾げている。

 そんなことには構っていられないとばかりに、シマノは次々とウインドウを切り替えていく。無い。ここにも無い。やはり、どこを見てもニニィの項目が消滅している。ステータスも、スキルツリーも、装備品も、全て。

 シマノは黙ってウインドウを閉じた。考えられる可能性は三つ。「いつもより長く離脱するだけ」「裏切り等による永久離脱」そして、「死亡」このいずれかである。


「シマノ……」


 ユイが気遣わしげにこちらを見ている。駄目だ、落ち着かないと。

 とりあえずニニィの長期離脱はほぼ確定なのだから、ここで待っていても仕方がない。今はまず先に進むべきだ。シマノは必死に自らに言い聞かせる。

 しかし、いくら頭では理解していても、気持ちが全くついていかない。

 焦るシマノに、見かねたバルバルが声をかけた。


「こっからは一人で問題ねェ。世話ンなったな、シマノ」

「バルバル、なんで」

「お前はピクシーの嬢ちゃんを探しに行け。森の問題は俺らリザードマンの問題だ」


 バルバルの配慮にシマノは心から感謝する。だが、それに乗るわけにはいかない。今すぐ探しに行ったところで、ニニィが戻ってくる可能性は限りなく低いのだ。


「ありがとうバルバル。でも、俺たちも森へ行くよ」


 その言葉に驚いたのは、話を横で聞いていたキャンだ。


「ええっ!? ニニィのこと待たねーのか!?」

「ああ。いつ戻るのかわからない以上、先に進むしかない」

「いや、でもさ……」


 ニニィを置いていくことに負い目を感じるのか、キャンはもじもじと何か言いたげにしている。

 もちろんシマノだって、このままニニィを放っておくつもりはない。


「ラケルタの森に行って、試練の神殿に行って、それでもニニィが戻らなければファブリカに行こう。その頃には指輪が一個ぐらいは出来ているはず」

「私もシマノに賛成」


 ユイが賛成すると、キャンの隣にいたムルもこくりと頷いた。


「じゃーオレも賛成!」


 元気に右手を挙げ、キャンはそのままバルバルに向き直った。


「っつーわけで、まだまだよろしくな、オッサン!」


 屈託なく笑うキャンに対し、バルバルは険しい顔を向ける。


「気持ちはありがてェが、こいつァ俺たちの問題だ。付いてくんのは構わねェ。ただ、手は出すんじゃねェぞ」


 バルバルの念押しを聞き入れ、シマノはもちろんと頷いた。


「俺たちはただ森についていくだけ。あんたらの争いには首を突っ込まない。これでいいだろ?」

「あァ。それで頼む」


 シマノは林を離れ、仲間たちとともにラケルタの森を目指す。ニニィの離脱をまだうまく受け止めきれないまま。


 ***


「バルバルだ! バルバルが戻ってきやがった!」


 バルバル帰還の報せが駆け巡り、ラケルタの森はあっという間に驚天動地の大騒動となった。

 新ボスの部下であろうリザードマンたちが次から次へと襲い掛かってくる。バルバルはそいつらを物ともせず、自慢の巨大斧で薙ぎ払っていった。

 今の彼はかつての姫様たちと同じ、所謂「ゲスト加入」扱いである。つまりシマノたちパーティの一員であり、彼が倒した分の経験値がシマノたちにも加算されるというわけだ。

 つまり、シマノたちはただバルバルの後ろをついていくだけで経験値がもらえるというわけだ。ついでに、弱そうな人間から仕留めてやろうと背後から襲い掛かる不届きなリザードマンを、ユイの光線銃で数人返り討ちにして経験値の肥やしにしてやった。一応手は出さない約束だが、これは正当防衛なのだから仕方ないだろう。


 やがて一行は、森の最奥部――リザードマンのアジトに到着した。そこは粗末な砦のような造りになっていた。手前側に狭く汚い牢のような部屋がいくつも並び、その中に何人ものリザードマンが詰め込まれている。恐らくかつてのバルバルの部下たちだろう。

 それを見下ろすような一段高い位置に、貢物らしき大量の肉や木の実が積まれていた。その食料の山の奥に、豪奢な木製の椅子が一つ。そこに、一人のリザードマンが腰かけている。


「来たか、バルバルよ」

「久しいのォ、ルナーダ」


 バルバルが斧を握り直し、一歩前に出る。

 ルナーダと呼ばれた森の新しいボスもまた立ち上がり、特徴的な長い柄の斧を手にシマノたちを見下ろしている。その目に、シマノは思わず声を上げた。


「あの赤い目……まさか!」


 シマノの声にキャンとユイも同じ反応を見せた。


「あれ、ムルのときと同じだ!」

「操師ティロ……!」


 ルナーダの瞳の色は、操られていた時のムルと同じ柘榴のような赤色に染まっていた。


「これはまずいぞ……!」


 ムルや骸骨兵士とは違う、生きたリザードマンまで操作できてしまうとは。シマノは急いでウインドウを開き、デバッグモードを起動しようとしたその手を、止めた。待て、今はニニィがいない。ニニィがいなければ、ルナーダからソースコードを盗めない。

 ならせめて警告だけでもと、シマノはバルバルに声をかけるべく顔を上げた。その動きが止まる。

 眼前に立つ、かつてのリザードマンのボスであったその男から凄まじい怒気と重く地を這うような殺気が溢れ出していたのだ。


「お前ら、手ェ出すなよ。森の掟だ。サシでやる」

「決闘か。良かろう。今度こそ貴様の息の根を止めてくれるわ」


 静まり返った森の最奥部で、二人のリザードマンによる決闘が静かに始まろうとしていた。


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