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第53話:それは浮遊し、不定形で、無秩序で、尊い

 長い長い地下階段を下りた先。ゼノのアジトの最深部で、魔王の間の扉がゆっくりと開かれていく。ニニィは緊迫した面持ちでその様子を見守っていた。

 重々しい金属の扉は、ゼノの幹部エトルの魔力によって徐々に手前側へと開かれていった。開いた隙間から僅かに見える室内は暗く、中に潜む魔王の正体は判然としない。

 やがて魔王の間の扉は、人一人が容易に出入りできる程度に開かれた。


「さあ、どうぞ」


 エトルに促されるも、ニニィは一歩踏み出すことが出来ずにいた。魔王の間は暗く、尋常ならざる重苦しい空気が漏れ出している。

 そんなニニィの様子を見かねたのか、エトルが先んじて扉の先へと入っていった。


「ご安心ください。魔王様はとてもお優しい方ですよ」


 ここで一人置いてきぼりにされるわけにもいかない。ニニィは仕方なく扉をくぐり、魔王の間へと足を踏み入れた。

 その途端、重い金属製の扉が大きな音を立てて閉まった。咄嗟に振り返るが、もう遅い。ニニィはエトルと、姿の見えない魔王とともにこの部屋に閉じ込められてしまった。

 すると、部屋の壁に並んで設置された燭台の一つに灯がともる。灯はどんどん連鎖していき、魔王の間は壁中に配された蠟燭の灯りでぼんやりと照らされた。


 その中央に、何かがいる。


 は、浮遊していた。特定の姿のようなものを持たず、不定形で、次から次へとかたちを変えていた。

 は、生物の形を成していなかった。黒く大きな塊。それはまるで、ティロ戦でムルから盗み出した「ソースコード」をぐしゃぐしゃに丸めたようなもの。本来そこに収まっているべきデータがはみ出して、様々な生物や無機物、魔物や人の手足、文字列や極彩色のドット、亀裂、ありとあらゆるものを無秩序に生成しては上書きしていた。

 が、アルカナに「すべてのおわり」を引き起こすとされた存在、魔王だった。


「なに……これ……」


 ニニィは大きく目を見開き、上ずった声で呟いた。目の前ののおぞましさに、うまく呼吸ができない。


「魔王様です。さあ、ご挨拶を」


 そうすることがさも当然であるかのように、エトルは片膝をつき頭を垂れる。とてもではないが、ニニィには受け入れられない。


「ふざけないで! こんな……こんなの……」

「ふざけてなんていませんよ。この方こそが、僕たちゼノが崇拝する魔王様です」


 ニニィは耳を疑った。エトルの言葉に嘘はない。彼は本気で、を魔王として崇めているのだ。


「そろそろ出ましょうか。見知らぬ人物を、魔王様はあまり好まれませんので」


 そう言いながらニニィを一瞥したエトルは、今一度に対して深々とお辞儀をし、魔王の間から出ていこうとする。閉じていた金属製の扉が、再びゆっくりと開き始めた。

 ニニィも慌ててエトルの後に続き魔王の間を後にする。扉は二人が訪れる前と同じく厳重に封印され、ニニィとエトルはまた長い階段を上ってアジトの地上階へと戻っていった。


 ***


「試練の神殿を攻略したそうだな」


 現状を王に報告しようと城を訪れたところ、なんと王は既にシマノたちが神殿をクリアしたことを把握済みだった。

 監視でもつけていたのだろうか、と考えたシマノの頭に、ある懸念事項が浮かぶ。もし監視がついていたら、指輪のレプリカの件が王家にバレバレなのでは……それどころか、ニニィが本物の指輪を持って離脱してしまったこともバレバレかもしれない。


「よし、ここは適当に流して何となく切り抜けるぞ(そ、そうなんですよ~! おかげさまで~!)」


 久々にシマノの心の声が、この上なく最悪のタイミングで駄々洩れた。キャンが吹き出し、ムルがスルーし、ユイが呆れきった眼差しを向けている。

 だが最早口から洩れてしまった言葉を引っ込めることは不可能だ。当初の予定通り、適当に流して何となく切り抜けるしかあるまい。幸いにも王はシマノの言葉に腹を立てたりはしていないようだ。


「専用装備もとれたし、無事みんな上級職になれました! これも全てあの場所を教えてくださった王様のおかげです! 本当にありがとうございました!」


 とりあえずおだててこの場を乗り切ろうという浅はかな魂胆である。当然王には見透かされているだろうが、まあ何もしないよりはマシであろう。

 そんなシマノを見かねて、なんとユイが助け船を出してくれた。


「王様、私たちはゼノのアジトに向かわなくてはなりません。姫様にもご協力いただけますでしょうか」


 そうだ。シマノはすっかり忘れていたが、その時が来れば必ず姫をそちらに向かわせると王は言ってくれていたのだ。せっかく王と謁見できているのだから、ついでに姫の同行をお願いしてみるのは決して悪い選択肢ではなかった。


「ならぬ」


 まさかの返答である。もしや、やはり先程のシマノの心の声が王を怒らせてしまったのだろうか。


「娘は今別の任に就いている。その時が来るのを待て」


 王の言葉にシマノは安堵した。よかった、怒らせてしまったわけではなさそうだ。ユイも心なしかホッとしているように見える。


「して、地底の者よ。鉱石の件、如何いかがか」


 そういえば保留にしていたな、とシマノは思い出し、ムルの方を見る。バルバル救出前にファブリカに寄った時、ムルは別行動で地底に帰り、鉱石の扱いをどうするか地底民たちと話し合っていたのだ。

 王に問われ、ムルはその場で顔を上げると真っ直ぐ王の目を見て語りだした。


「我らは今も石とともに在る。お前たち王家の言い分が本当に正しいのか、我らには判断がつかぬ。だが、我らがダークエルフを殺め、地の底に封じてしまったことが間違いない以上、我らは彼らを弔い、寄り添い続けることを望む。石は、お前たちではなく、彼らのためにこそ使う。それが我らの総意だ」


 ぼーっと聞いていたシマノは、ムルの語った内容を一度で理解しきれなかった。慌てて頭の中で要点を整理する。


「要するにムルたち地底民は、王家ではなくダークエルフ……ってことは、ゼノに石を渡したいってこと?」

「そういうことだ」


 一切悪びれることなく頷くムルに、場の空気が固まる。よりによって、王家のトップである王様の目の前で明確に反逆の意思を示してしまった。これはもう取り返しがつかない。さすがのキャンも顔を青ざめさせている。


「よかろう。たった今、余はお前たち地底民から王家に対する反逆の意志を受け取った。よってこれより全ての地底民を殲滅する」


 至極当然のリアクションである。この一瞬で、シマノたちは第一王女誘拐を遥かに超えるとんでもない大逆人になってしまった。

 王が左手を掲げると、周囲に隠れていた護衛たちが姿を現し一瞬でシマノたちを取り囲む。


「橋渡し役よ、お前は最後に始末してやろう。同胞が一人残らず殺されていくさまを指を咥えて見ているがよい」


 これはさすがにピンチだ。シマノはユイにアイコンタクトを送る。そう、こんなこともあろうかと、シマノは「光って目立って困るから」という理由でキャンから指輪を取り上げ、ユイに渡していたのだ。

 シマノとユイはすぐに指輪を装備し、それぞれムル、キャンと手を繋いだ。


「逃げるが勝ち!」


 シマノとムルがワープし、直後にユイとキャンもワープした。謁見の間には呆然とする護衛たちと、あくまでも表情を崩さない王だけが残されている。


「捨て置け。地底民殲滅を優先せよ」


 王が淡々と命じると、護衛の一部が任務遂行のため出動していった。


 ***


「も~~~~なんであんなこと言っちゃうかなぁ~~~~!?」


 ワープ先に着いたシマノの第一声がこれである。


「我らは我らの意思を伝えたまでだ」


 何が悪い、とでも言いたげなムルの髪はほんのり青白く光っている。そう、シマノたちは地底に飛んできたのだ。


「だとしても、あの場で王様に正直に伝えたのは悪手」


 探知を使ってシマノと同じ場所にワープしてきたユイが冷静に指摘する。その隣にはすっかり慌てた様子のキャンもいる。


「どーしよームル!? 王様、地底民をセンメツ? するって言ってたぜ!?」

「構わぬ、返り討ちにするまでだ」


 相変わらず野蛮極まりない思考である。とはいえ、いくら上級職になったとしても、さすがに王家と真っ向から対立するには戦力が心許なさすぎる。他の地底民たちにどれほどの戦闘力があるのかは分からないが、魔力が高いとされるエルフ族の王家、そしてその直属の王都正規軍を相手取るには相当厳しい戦いとなるだろう。

 シマノは一先ずウインドウを開くと、今後の展開について思考を巡らせた。


「まずいぞ……王家はすぐ侵攻してくるのか? 準備する時間は……」

「アタシに任せな」


 ここで聞くはずのない声に、シマノたち一行は驚き振り返る。


「これもエトル様のため。アンタたちに力を貸してやるよ」


 蜘蛛女セクィが、一人でそこに立っていた。

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