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第52話:光の勇者キャン

「例のモンなら、出来てるぜ」


 ファブリカの工房を訪れたシマノたちに、職人は得意げにそう告げた。

 前回同様に職人が指し示した先、棚の真ん中の段に置かれた小さな宝箱。その中に、今回も王家の指輪のレプリカが入っていた。しかも二個だ。


「助かった~! ありがとう職人さん!」

「なぁに礼には及ばねぇよ。こないだの鉱石、また頼むぜ」


 もちろん、と快く頷き、シマノは早速指輪の一つを手に取り、装備した。横でキャンがオレもオレもと騒いでいるが、無視だ。


「それじゃあ一丁、鉱石でも取ってきますか」


 ウインドウを開き、マップ画面に遷移する。北方の山岳地帯、獣の町のすぐ近くにあった採掘所を探し、そこに立っているピンをタップした。ウインドウが自動で閉じ、シマノの身体が光で包まれる。視界が白み、あまりの眩しさに目を閉じると、その直後に少しばかりの浮遊感を覚えた。

 その浮遊感が落ち着く頃には、身体を包んでいた光も消え去っていた。そっと目を開けると、そこは風の魔物と戦ったあの採掘所だった。


「すげー……これは便利だ……」


 これさえあればかなり自由に世界のあちこちを行き来できる。しかも二個作ってもらえたから、今いるユイとシマノ、キャンとムルの四人が問題なく移動できそうだ。ニニィも同じものを持っているはずだから、これでパーティ全員ワープ機能が使えるようになったということだ。


「あとは誰に装備させるかだな」


 職人に渡すための鉱石を適当に見繕いながらシマノは考える。

 まず一つは自分だ。きっとユイが「探知」を理由に指輪を装備したがるだろうが、やはりこういった便利アイテムは自分で使っていきたい。

 そしてもう一つ。これは冷静で的確な使い方が出来そうなユイかムルに渡しておきたいところだが、間違いなくキャンが黙ってはいないだろう。


「まぁキャンでもいいか」


 キャンのことだ。指輪を渡さなければ拗ねてしまうかもしれない。そうなっては面倒だ。だったら最初からキャンに装備させてしまった方が良さそうだ。

 そんなことを考えながら、無事必要分の鉱石を回収したシマノは再びウインドウを開き、ファブリカの工房に戻ることにした。


「ただい……ま?」


 鉱石を抱えて戻ってきたシマノの目に映ったのは、何だか慌てた様子のユイと職人、それを少し離れた位置から黙って見つめるムル、そして、指輪を装備した、


「シマノ、オレ……」


 キャンだ。その表情は呆然としている。いや、それよりも気になるところがある。指輪を装備したキャンの身体が、


「……光ってる?」


 そう、発光しているのだ。といっても、眩しくはない。パッと見たぐらいでは気づかない程度に、キャンの全身はほんのり淡く光っていた。

 シマノのリアクションを確認したキャンがグッと俯く。直接指摘してはいけなかったかと焦るシマノを全く気にせず、キャンはすぐに顔を上げ、その場で思いきり楽しそうに跳び上がった。


「そーなんだよ! オレ、光ってんの! カッコよくね~!?」


 そしてその場で元気よくはしゃぎ駆け回る。


「おいチビ、あんまりウロチョロすんなって!」


 保管している様々な物たちにぶつかられては大変だ、と職人が必死でキャンを止めようとしているが、キャン本人はチビじゃねーしと言って一切聞く耳を持っていない。その様子を見て、ユイがこめかみを押さえ溜息を吐いていた。


「原因不明。指輪を装備したら、突然光りだして……」


 狭い工房の中で追いかけっこするキャンと職人をムルが生暖かい目で見守っている。なるほど、これは確かに頭が痛くなる状況だ。尤もユイに頭痛機能は付いていないだろうけど。

 キャンの身にいったい何が起きているのか。とりあえずシマノはウインドウを開き、キャンのステータスを確認することにした。


「これって……」


 シマノは目を疑った。指輪を装備したキャンのステータスが全体的に向上している。特に、魔力、精神力、そして体力の値が大幅に上昇していた。

 さらに、武器の隣に光属性のマークがついている。これはキャンの通常攻撃が光属性になったことを意味する。


「めちゃくちゃ強化されてない?」


 シマノはウインドウをスワイプし、自分のステータスを確認する。同じく指輪を装備しているはずのシマノのステータスは、一ミリも変わっていなかった。


「やっぱりか……」


 少しでも期待した自分が馬鹿だった。とはいえ、これは朗報だ。以前職人はこの指輪に光の加護はないと言っていたが、そうではなくて光属性の素質を持つものにしか加護が発動しないということだったのだろう。まあ、それにしても全身が発光するのは謎だが。


「シマノ、何か分かった?」


 ユイの言葉にウインドウを閉じると、ちょうど職人がキャンの身柄を確保したところだった。シマノは今ウインドウで見た結果をユイに伝える。


「状況を把握。であれば、あの指輪はそのままキャンに装備させておくことを推奨」

「ああ、俺もそのつもりだ」


 二人は目を合わせて頷き合い、キャンの方を見た。職人に宥められて漸く落ち着いたキャンは指輪をじっと見つめたり、金色の石部分に息を吹きかけてゴシゴシ擦ったりしている。

 キャンを落ち着かせてホッと一息をついた職人に、シマノは早速指輪の報酬を渡すことにした。


「職人さん、これ約束の」

「おお、今回もありがとな!」


 上質な鉱石を手に入れ、職人も満足気だ。

 さて、これでファブリカでの目的は果たしたことになる。シマノたち一行は次の目的地を決めなければならない。


「そんなの決まってるだろー! ゼノのアジトに行ってニニィおねぇさんを連れ戻す!」


 試練の神殿で専用装備を手に入れた上に光の加護まで手に入れたからか、勇者は随分と強気である。


「それは非推奨。ニニィがまだアジトにいるかはわからないし、アジトに行ったことがあるのは私だけだから、全員での移動が不可能」


 ユイの正論にキャンが打ちひしがれている。いつものことなので放っておいていいだろう。

 シマノはムルの意見も聞こうと考え、話を振ってみることにした。


「うん、俺もまだアジトに行くのは早いと思う。ムルはどう?」

「王に報告すべきではないか?」


 確かにその通りだ。そもそも試練の神殿のことを教えてくれたのは王様だし、上級職になれたことをきちんと報告しておくべきだろう。

 それに、今のシマノたちにだったら姫様を同行させる許可をくれるかもしれない。


「よし、王都アルボスに行こう」


 シマノたちが次の目的地を決める中、一人血相を変えた人物がいる。


「ちょい待ち! 兄ちゃんたち、まさか王様にでも会いに行くんじゃねぇだろうな!?」

「そのつもりだけど……?」


 悪びれず答えるシマノに、職人が盛大な溜息を吐く。


「頼むっから王様にだけは見せねぇでくれよ……?」


 そう言って職人はシマノの指で輝く金色の指輪を指した。


「……絶対見せません」


 こんなものを見られたら即処刑である。シマノは震えあがりつつ指輪を見せない誓いを職人と交わし、シマノとユイ、ムルと光るキャンの二組に分かれて王都アルボスへと旅立った。


 ***


 一方その頃。シマノたちが突入を避けたゼノのアジトでは、エトルの案内でニニィがアジトの最深部へと向かっていた。暗く、狭い階段を一歩ずつ降りていく。暗闇によって否が応でも過去のトラウマが刺激される中、ニニィは首から提げた銀色のロケットペンダントを握りしめ、じっと耐えながらエトルの後ろをついて行った。


「それが貴女の専用装備ですか」

「そうよ」


 エトルからの問いかけも、ニニィはぶっきらぼうに返す。いつものように可愛い大人のおねぇさんを演じる余裕が無いのだ。

 シマノたちが来るより一足先に、ニニィは試練の神殿を訪ねていた。そこで桃の間の試練を克服し、専用装備である「思い出のペンダント」を手に入れたのだ。


「これで貴女も上級職。まずはおめでとうございます」

「……ありがとう」


 エトルが話しかけてくれることに安堵を覚えている自分に気づき、ニニィは心の中で舌打ちをする。こんなことではいけない。気を引き締めないと。


「そう気負わずとも大丈夫です。僕はただ、どうしても一度貴女と魔王様を会わせて差し上げたかった。それだけですから」

「……」


 この男の、こういうところが嫌いだ、とニニィは思う。まるでこちらの心を全て見透かしたかのような言動。それでいて、自身の心は決して表に出しはしない。

 しかし、今は耐えるほかない。何の気まぐれか、エトルはニニィを魔王のいる玉座へと連れて行こうとしているのだ。この男の気が変わらないうちに、魔王から得られるだけの情報を得てしまわなくては。

 ところで、ニニィには一つ気になっていることがあった。魔王の玉座って、普通上の方の階にあるものじゃないかしら。こんな暗い地下の底の方にいるなんて、随分変わった王様みたいね。

 そんなことを考えていたら、前を歩くエトルの足が止まった。さすがに失礼だったか、とニニィが内心焦っていると、エトルがゆっくりと振り向き、にこやかに話しかけてきた。


「着きましたよ」


 エトルがそう言って指し示した先には、黒く、重厚な金属製の扉があった。

 扉は頑丈そうな閂と錠前で固く閉ざされており、さらにその上から魔法陣で封印を施されているようだった。これでは王の間というより、地下牢、もしくは凶悪な魔物を封印するための間といった方が適切な様相である。

 そのあまりにも物々しい雰囲気に、ニニィは思わず半歩後ずさった。


「ここに……魔王様が……?」

「ええ、こちらにいらっしゃいます。今開けますから、もう少しお待ちください」


 扉の異様さを全くものともせず、エトルは慣れた手つきで封印を解除し、錠前を解錠し、閂を引き抜いた。

 いよいよ魔王との対面である。これだけ厳重に閉じ込められていたのだから、さぞかし凶暴なのだろう。突然襲い掛かられるかもしれないと覚悟し、ニニィは固唾を呑んで扉が開くのを待った。


「では、開けますね」


 魔王の間の扉が、少しずつ、少しずつ開いていく。

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