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第6話

「お姉ちゃん!」

「ファリナ!」


 ラミアとファリナがせかせかと作業をしている。今日はアンデスに向かうための最終準備らしい。ゲーム内での食料と、武器の手入れ。と言っても、このゲームには剣がないようだ。

 基本が打撃攻撃のようで、剣を使える動物は少ないとの事。ところで、ラミアとファリナがどこからログインしているのか気になったので、聞いてみる。


「二人はどこに住んでるのかな?」

「「東京です。ケイも一緒に暮らしています」」

「は、はぁ……」


 一卵性双生児はここまで息ピッタリなのか。今度はケイに質問してみる。ケイは食料班みたいで、狩りしてきた食材の整理をしていた。


「ケイ。君にとって二人はどういう存在なんだ?」

「ファリナお姉さんとラミアお姉さんは僕の大切な家族だよ」

「そ、そうか……」


 そういえば、バレンさんとフォルテさんの姿がない。どこへ行ったのだろうか? すると、どこからか金属が接触する音が聞こえてきた。


「酒ダチ!」

「だから酒ダチって言うなアル中!」


 また言い合いをしている。でもなんでバレンさんとフォルさんテはこんな感じなんだろう? 俺はケイに聞くことにした。


「ケイ。なんで……」

「あ、バレンとフォルテのことね。バレンとフォルテは23年前からの飲み仲間なんだよ。リアルでもフォルテは毎晩飲んでる」

「毎晩……。フォルテは酔わないのか?」

「全く。リアルのビールは度数が低すぎてただの水って言ってた。試しにジンとかウォッカとか飲ませたけど、それも水だって」


 どうやらフォルテさんは酒豪らしい。それに付き合わされるバレンさんの気持ちがわかった気がする。俺も嫌だ。

 でもジンやウォッカはかなり度数が高いはずだ。それでも水って言うなら異常すぎる。どこまでも強いらしい……けど……。


「んなら、日本酒汲んでやる!」

「それだけはやめてくれ……バレン……」


 "日本酒"という言葉に身震いするフォルテさん。どことなく可愛い熊さんだが……。


「ケイ。なんでフォルテは日本酒を避けるのか教えてくれないか?」

「それは僕もわからないよ。フォルテは日本酒だけは飲めないんだ」


 ふむふむなるほど。フォルテは日本酒は無理なのか……。かという俺もまだ未成年だから飲むことすら許されないのだが……。


「そういえば、ケイはお酒飲まないのか? 声の感じ20すぎてそうだけど……」

「あはは。たしかに僕は22歳で成年だけど、お母さんに似ちゃってお酒超弱いんだよね」

「お父さんは?」

「お父さんは、お母さんとは逆で超強いよ。そういえば最近会ってないなぁ……。今旅行中でね。現実世界にもいないんだ」


 現実世界に親がいない? ますますわからなくなってきた。つまり、ケイはラミア・ファリナと同居してるということ?


「そういうこと。でも、3月には帰ってくるから」

「なるほど……」


 現実世界では無い場所ってどこなんだろう? なんか気になる。でも、今は今を見ないといけない。俺も旅路の準備だ。


「カケル!」

「ッ!?」

「カケル。行かれてしまわれるのですか?」

「あ、ああ……。これから俺たちはアンデスって街に向かうんだ」

「アンデスですか……」


 アリスがものすごく寂しそうな表情をする。俺も実は寂しい。せっかくこの短い間に仲良くなったのに別れるなんて嫌だ。

 出発は明日。古代林に囲まれた集落の空は、もう濃い藍色が蓋をするようになっている。この世界の時間は現実世界と連携しているみたいだ。

 俺もだんだん眠くなってきた。今日リアルに戻った時。親からもう学校行っていいんじゃないか? って言われた。

 本当はもっとこのゲームを攻略したい。アリスと一緒にいたい。高校は義務じゃない。だから、大学や就職を願わない限り、それなりの勉強でもいいかもしれない。

 いつの間にか、このビースト・オンラインが俺の現実と化していた。いつまでも遊んでいられるという微かな可能性。

 飽きっぽい俺でも、ものすごくどハマりさせてしまうような世界観オーラ。もう俺は抜け出せない。本物の現実に戻りたくない。


「カケル。わたしからお願いがあるんだけど……」

「何?」

「わたしもカケルさんたちの旅に連れて行ってください!」


 え?


 ちょっと意味わからないんだけど……。


「難しく考えないで欲しい……かな……。わたしもカケルと別れたくない。だから、お父様にもしっかり相談するので、連れて行ってもらいたいんです」

「アリス……」


 そんなにアリスは俺のことがお墨付きなのか……。でも、相手はAIだ。こんなに人と同じレベルの自己思考能力を持ってるなんて。

 自分の意思で動きたい気持ちは分かる。でも、それが全て現実になるとは限らない。人の夢や願いの大半は全て失敗に終わる。

 自分が軌道に乗せようとしても、環境は全てデフォルトで整備されてる訳では無い。全部自分で作り出す。自分の出来る範囲で動ける範囲で成功させるしかない。

 そんなことを、今アリスはしようとしてる。どうなるか俺は知らないぞ? でも、俺がアリスの心を動かしたのは本当だ。

 だから、俺も応援につく側にならないといけない。まずはケイに相談することにした。


「ケイ」

「何かな?」

「アリスが俺たちに付いて行きたいって」

「そういうことなら、全然大丈夫だよ。カケルとアリスの掛け合いを聞いてたら、絶対寂しがるかもって、特にアリスさんが」

「え?」

「アリスさん、あれでもまだ12歳なんだよ」


 あんなしっかりしているのに俺よりも年下。しかも、4歳差だ。逆に連れて行くのが危険だと感じてしまう。

 今後も俺たちの天敵となる昆虫が増えていくかもしれないと言うのに……。

 それでも、既に決心がついてるらしいケイとアリスは、長のいるテントに向かっていった。こうなったら、俺はケイに従うしかない。


「わたしのお父様がいる場所はここのテントです」

「ありがとうアリスさん」

「カケルも入って……!」


 アリスに促されてテントの中に入る。そこはどこのテントよりも広い空間。床にはとても高そうな赤い絨毯が敷かれていた。

 そこの真正面に一際大きいホワイトゴブリンが長い髭を生やして居座っている。これがアリスの父親……。思った以上に恰幅も貫禄もある姿に思わずヘコヘコしてしまいそうだ。

 なのにケイは何も動揺せず、長の前で正座する。一度会ったことあるのかな? それでも表情がものすごく冷静なオーラをビンビンと放ってるケイがかっこいい。


「お久しぶりです。アリスの父上、ジーク様」

「ケイか、話は既に聞いておる」

「アリスさんから聞かされていたのですね……。彼女の決断の早さには驚きが隠せません」


 ケイの言葉に数秒遅れて、ジークというホワイトゴブリンがコクリと頷く。


「我も同じ意見だ。しかし、愛娘をいつ終わるかもわからない旅に行かせたくないのも、事実……」

「お気持ちは分かります。僕も自分の子供が生まれたとしたら、子を独り立ちさせることに一番不安を感じます。僕の親も僕を親戚に預けて旅に出ると決心するのに3日3晩考えたかもしれません。それを今日だけで親が決断するのには非常に酷でしょう」


 ケイがものすごい親目線で話してる。まだ20代なのにここまで理解できているのは、かなり説得力があるだろう。


「そうだな……。カケルと言ったか。そなたは我の愛娘をどう思っておる。護れる自信はあるのかを問いたい」

「え!?」

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