【大統領官邸/特殊特別会議室より更に地下1km 】
特殊特別会議室より更に地下1km。
ある意味、大統領達より厳重に守られた区域であり、脱出不可能な要塞牢獄兼、特別指揮室。
特別指揮室とは言うが、ココを指揮場として使う場合は、もう日本の大半は蹂躙された後であろうが、最後の砦でもある。
そんな場所に異例の団体様が入り込み、かつてない賑わいを見せている。
失礼。
賑わってはいない。
たった17人で、悍ましい感情の嵐を作っている。
そんな感情の嵐を無視してすり抜け、マイクに向かって話しかける女、高橋牢黴蠱。
高橋牢黴蠱の名前は第二人格を司るが、真の本名でもある。
「さて……何から話したものかしら? あー……お父様。牢黴蠱ですが分かりますか?」
こうして20年ぶりの親子の会話が始まった。
《う……い……お?》
高橋が牢黴蠱の名を母音で繰り返した。
スピーカーから聞こえるその声は、皆ゾンビの声と思ったが、口にはしなかった。
「何年ぶりかに喋りましたからね。喋り方を忘れたかもしれません」
北南崎が状況を説明した。
基本的に高橋
本人も言えば処刑されるので絶対に言わない。
自白剤も耐えきった根性は、流石は一時代を築いた人物か。
「……お父様? 『高橋教祖!』」
「ッ!?」
《!!》
牢黴蠱が強く一喝するが、その声は四重唱を一人で行ったかの様な声だった。
その言葉に見守る16人が驚き、高橋も強く反応し、手で『待った』を表現すると、水飲み場に向かい、口を濯ぎ、ゴクゴクと大量に飲み込んだ。
口内の乾燥状態を解決し、水を飲んで体に命を吹き込んだ。
《る……牢、黴蠱な、のか……? 何、故こん、なと、ころに……》
子供時代以来20年ぶりなのに、牢黴蠱を認識した高橋。
当時5歳の子供からの20年である。
とくに女性は変化が強いし、化粧もある。
もう、ボロボロの高橋に判別する力は無いと思っていたが、ボロボロの研ぎ澄まされた精神が判別を可能にしたのかもしれない。
ただ、物理的には上手く喋れなかった。
最初は母音だけだったのが、今度は認識できる言葉で喋っただけでも大した物である。
《ッ!? お、前! ……東西岬!》
ずらりと並ぶ視線の中から、一際太い視線を感じ取った高橋は、一目で東西岬を見分け憎しみの声で怒鳴った。
「お久しぶりです教祖。今日は決着をつけに参りましたが、喋る気にはなりませんか? 退屈な毎日でしょう? 楽になりませんか?」
《な、るかッ! クソボケ、が!》
高橋はガラス牢をガンガン叩いているが、その音がこちら側には全く聞こえない。
スピーカーを通して聞こえるだけだ。
まったく空気を振動させられない、高橋が非力なのか、それ程までに強固な牢なのだろう。
「ふぅ。憎まれるだけの事をしたので仕方ありませんが、とりあえず意思は通じる様です。牢黴蠱様は何をなさりたいのですか?」
「東西岬様。この紙を。これは北南崎大統領としても欲しかった情報だ思います。食事提供をしていると言う事は、この紙を中に入れること位はできますよね?」
「? 拝見します……これはッ!?」
北南崎が驚愕で目を見開いた。
「これは、我が天下布武Qが必死に集めた売られた子の情報です。勿論、非合法な方法です。農上ら7人が始末された時でも我らの真の目的を知っていたのは2人だけ。他の農上らは使い捨てでしたが、ここにいる者は真の目的も把握して行動していた者。闇の部隊と同じですよ」
「これが本物なら……!」
「これで全員になるのではないですか? ……なる様ですね?」
のこり1桁まで救出した子供達の、最後まで判別していない者の売却先の資料だった。
闇の部隊が非合法なら、天下布武Qも非合法。
これで全員の行方が掴めたのを、北南崎の心を読み取るまでも無く、全員が察した。
「ただし、これは高橋の心を読まねば裏付けができません。私の能力も電話越しでは無意味なのはご存じですね? ですので、私をこの牢の中に入れてください」
「そ、それは!? できません! 牢黴蠱様が高橋を殺さない保証がありません! 銃理君!」
「はい。……危害を加える気なのは間違いありません」
北南崎の問いに、牢黴蠱の心が反応し、真実の匂いを発した。
「そりゃ危害は加えますよ。ある程度は痛めつけて心を読むのですから。父子の情などありません。私の望みは東西岬様の全ての憂いを取り除き添い遂げる事!」
「う、嘘ではありません……!」
銃理が一応真偽の判断をするが、牢黴蠱の様子が変貌してゆき、もうそれ所ではない雰囲気になってきた。
殺気が渦巻く――
怒気が渦巻く――
憎悪が渦巻く――
愛情が渦巻く――
底知れぬ闇となって幻覚の竜巻を作り出す――
「何故……何故……私の愛が分からないのです!? 東西岬様ァッ!!」
牢黴蠱がそう叫ぶと、起爆スイッチを一旦ポケットに入れた後、ガラスの牢獄に向かって両掌を突き出した。
左足の震脚がコンクリートの床を粉砕し、右足の震脚もコンクリートの床を粉砕し、両の掌が短く連続で4発の打撃音を立てた。
左手の指の付け根で1発、左腕の手首で1発、右手の指の付け根で1発、右手の手首で1発の合計4発の、ほんの一瞬だけ攻撃をずらした双掌打。
ボクシング、ムエタイ、柔道、空手と見せてきて、今度は中国拳法を見せた。
4発の打ち込みだが、ほぼ同時の4発はガラス全体にヒビを走らせ、一気に崩れた。
ドシャァッと崩れるガラス片が飛び散る中、全員が顔を守るが、一番危険な場所にいた牢黴蠱だけが、唖然としていた。
「ま、まさか人力でこのガラスを砕くとは! 銃弾は当然、私達の攻撃さえ跳ね返してきたガラスなのですがね……ッ! もしもを想定して大正解でした」
「……2枚ガラスか!」
「そうです。何らかの方法でガラスを砕いても、今度はより強固なガラスが控えています。2枚の間には真空でもありましたから、教祖がガラスを叩いても音が届かなかったのです、という理屈ですが、だれが叩いた所で音など伝わらない構造なのですがね……!」
どんなに議論を重ねたところで、この牢を破るのは不可能だと、重機でも入れなければ不可能な堅牢さを求め設計したのに、人力で破壊されるとは思わなかった。
まだ一段階残ってはいるが。
「東西岬様! 出荷された子を救いたくは無いのですか!? ならばもうこのスイッチを手放すだけですよ!?」
牢黴蠱がポケットからスイッチを取り出して高く掲げた。
(あのスイッチは手に持つだけじゃなくて、牢黴蠱様の近くにあれば良い構造か!)
さっきスイッチをポケットにしまった時、核爆発の危機と思ったが何も起きなかった。
そこから逆算し、手に持ってなくても良く、牢黴蠱から一定距離離れると起爆すると北南崎は見抜いた。
見抜いた上で切り出した。
「牢黴蠱様、わかりました。ではこうしましょう。まずその紙をコピーさせてください。貴重な証拠を教祖がトイレにでも流すかもしれませんので」
「問題ありませんわ~。ちゃんと大量に用意してあります~」
一番気が抜ける声の人格が、準備に抜かりが無いと説明する。
「配慮ありがとうございます。次に、牢に入るのは牢黴蠱様、私、銃理君。あと一人、だれか選んでください」
「分かりました~。では白山君、いきましょうか~」
「はっ!」
核のアタッシュケースを持っている白山が選ばれた。
通信が阻害されると起爆する仕組みなのだろう。
牢黴蠱達にとって、この場の仕掛けが不明な以上、当然の選択だ。
こうして史上初めて、囚人の牢に、食事係でも拷問官でもない他人が入るのであった。