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第132話 嫉妬に駆られた彼女3

 わたあめ屋があったところから階段を降りて、一階。文化祭用に臨時で用意された校舎裏のベンチを見つけて、俺たちは二人で腰を下ろす。


 いい場所だ。ガヤガヤと賑わっている校内もいいけれど、そこから逸脱して静かなここも。二人きりでのんびり過ごすにはちょうどいい。


 最近は少し暑くなってきたけれど、校舎の壁と大きな木に囲まれているここは良い感じに日陰で、ほのかに涼しい風がとても心地よかった。


「こんな場所あったんだ……。知らなかった」


「普段はないと思う。このベンチ、文化祭当日だけ置いてあるやつみたいだから」


「ふぅん。いつも置いてくれてたらいいのに」


「ね。そしたら有美と定期的に二人きりになれるし」


「っ……そ、そういう意味で言ったんじゃなかったんだけど……」


 わたあめを指でひとつまみ取って口に入れながら、有美は言う。


 明らかな照れ隠しに思わず笑みを漏らしながら、俺も。同じようにわたあめを口に放る。


 甘い。舌に触れるとすぐに溶けた砂糖は、液体になってから喉を通って。やっぱり元はただの砂糖の塊なんだなと思った。


「わたあめ、美味しい?」


「うん。口の中でじゅわって甘いのが広がって。普段あまり甘いものって食べないけど、たまにはこういうのもいいね」


「確かに……そういえば寛司ってあまり甘いもの頼んでないかも。もしかして苦手だった?」


「いや、好きだよ。けどほら、いつも有美が頼んで分けてくれるから。それだけで満足しちゃうっていうか」


「へ!? そ、そっか。そういうこと……」


 いつも喫茶店に行ったりモールに行ったりすると、有美は決まって甘いものを食べたがる。


 パフェにアイスに、あとはケーキとか。日によって内容はバラバラだけど、スイーツ好きの彼女にとってそれは至福の時間なのだろう。


 そしてそれは俺にとっても、また。有美に分けてもらう時もあれば彼女が頼んだものとは別のものを頼んで半分こする時もあるが、そうやって食べる時が一番甘くて美味しく感じる。やっぱり、好きな人と食べているからだろうな。


 パクパクと二人で食べ進めて、次第にあれだけ大きかったわたあめがどんどん小さくなっていく。


 心地のいい場所で好きな人と二人。風に当てられながら補給する糖分は極上だった。


「……」


「んっ。どしたの? 有美」


 そうやって何回もわたあめに手を伸ばしていると、じぃ、と有美がこちらに視線を向けていた。


 俺の目を。いや……少し下を見つめている気がする。


「もしかして俺、顔に何かついてる?」


「……うん。ついてる」


「嘘、どこだろ」


 ごしごしと腕で鼻の下あたりを擦ってみるが、何かが付いている感じはまるで無い。


 スマホを鏡がわりに使って取ろうかと思ったけれど、その前に有美が近づいてきて。俺に負けて手を伸ばすと、言った。


「目瞑ってて。私が取ってあげるから」


「本当? ありがと」


 言われた通り目を瞑る。


 わたあめを顔につけるなんて、まるで漫画みたいなことをするもんだなと思いつつも。まあ有美相手にならそんな情けないところも少しくらいなら見られてもいいかと。言葉に甘えて顔を差し出す。


「動かないでね」


「ん……ん゛んっ!?」


 だが、俺の顔を襲ったのは指の細かい感触ではなく。


「有、美……っ」


「いいから。動かないで」


 甘く、柔らかい。ふわりとした感触と同時に身体を絆すようなピリピリとした刺激と、水分を含んだ甘い物体。






 それに、口を塞がれてしまったのだった。

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