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第152話 彼氏にしか見せない姿5

「ごめんごめん、お待たせ〜。お望みのメイド服持ってきたよ〜!!」


 数分後。ドキドキした気持ちで更衣室の鏡と睨めっこし無意識に前髪を整えていると、先輩が入ってくる。


 言葉の通り手に持っているのはメイド服。


 コスプレ、というくらいだから私が想像したのはミニスカートに白の長いソックスの格好だったけれど、実際に見ると少し形は違う。


 まず、スカートがかなり長い。多分足のすねくらいまでの長さはあり、膝下までは全て隠れそうだ。


 そして思っていたよりも大きい。というか、迫力がある。全体的にフリフリや小さいリボンの飾り付けを基本とした黒と白のツートーンカラーは、変に何色も色を使うよりも色合いとして整っていて。腰元から下に行くに向けてふわりと広がる大きなスカート部分も、存在感を強く引き立たせてくる気がする。


「このメイド服はクラシカルタイプ。結構しっかりした作りになってるから、コスプレとはいえ本物っぽいでしょ。彼女ちゃ……いや、有美ちゃんにはミニスカよりもこっちの方が似合うかなって」


「あ、ありがとうございます」


「……不安?」


「はい。少し……」


 私がこんな可愛い衣装に身を包むなんて。どつしてもまだ実感が湧かないというか、自信が無い。


 可愛いものは好きだ。私服を選ぶ時にも憧れて、何度かフリフリの付いた感じの物に袖を通したこともある。


 けど……壊滅的に似合わなかった。


 髪が黒いことが原因か。それともスタイルの問題か。はたまた、顔の造形か。


 なんというかこう……罰ゲームで着せられている感があって。服を着ているというよりは、服に着られているみたいな。そんな違和感を覚えたその日から、できるだけ可愛すぎるものは着ないようにしていた。


 実際その方が落ち着いたし、自分でも似合うと自信を持てたから。寛司だって、いつも褒めてくれるし。


「大丈夫だよ。有美ちゃんは可愛い。髪だってその長い黒髪、とっても綺麗だから。きっとメイド服に合ってよく映えるよ」


 けど、寛司が……好きな人がもう一度、私が可愛い衣装に身を包むことを望んでくれるなら。それで可愛いと……言ってくれるなら。


 少しだけ、頑張ってみたい。


「あ、あのっ!」


「ん〜? なぁに?」


 寛司は初めて会ったあの日から、会うたび毎回私のことを可愛いと言ってくれる。


 最初は小っ恥ずかしいだけだった。いきなり一目惚れしたと告白されて、まずは目の前の受験勉強に集中したいから、と。いつしか一緒に勉強する関係から始まった関係だけど。


 今は、もう。彼のことを、好きになってしまった。


 まだ恥ずかしいって気持ちは変わらない。そう簡単に振り切れるものでもない。


 それでも、私は……結局、寛司に可愛いと言われたいのだ。


「お願い……します」


「んっ。任せて!!」


 全く、いつから私はこうなってしまったのか。


 気づけば寛司に甘やかされるのが心地よくて、嬉しいと思うようになってしまった。


 メイド服を着れば、寛司は何と言ってくれるだろうか。どんな顔を向けてくれるだろう。似合ってるって……可愛いって、言ってくれるかな。


 私自身の感想なんて、どうでもいい。私が自分で衣装を着た姿を見て、例え似合っていないと感じても。寛司さえ可愛いと言ってくれたら、私は……。


(本当、いつからこんなにほだされちゃったんだろ)




 昔はこんなこと、絶対に思わなかったのにな、なんて。そんなことを考えながら。先輩に身を任せて、着付けが始まったのだった。

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