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第76話 二人ともお泊まり!?

「今日はこのまま泊まってこうかな。大学の課題も依頼の方も落ち着いてるし」

「え、じゃああたしも! いいわよね!?」

「まあ両親帰ってくるとしても遅くなるだろうし私はいいけど……まりの親は?」

「あたしのところはあたしの意志を尊重してくれるから大丈夫よ。……はい、もう伝えてOKもらったわ」

「はやっ!」


 まりのフットワークの軽さとその両親の飲み込みのはやさに驚く。一人娘なんだからもう少し心配しても……いや、娘を信用しているがゆえなのか? 私も両親が留守の時が多いから人のことを言えないのだけど。それでも、まりは甘やかされている方だと思っていたから意外だ。むしろ束縛されてそうな印象がある。


「これであたしも泊まるってことでいいわよね?」

「ま、まあ、ご両親もいいって言ってるなら……」

「ふふんっ」


 音符マークが飛び出しそうなほど軽快に鼻を鳴らすまり。喜んでいるならいっか。私も賑やかなのは嫌いじゃないし、泊まるというのならば歓迎しよう。


「じゃあ、お風呂沸かさないと」

「あ、あたしやるわよ。泊めてもらうんだからそのくらいはさせてちょうだい」

「そう? じゃあお願いするね。着替えは私ので我慢してね?」

「ええ、ありがと! むしろそれでお願いしたいくらいよ」


 ……余計なこと言わなければよかった。まりがスキップでお風呂場に向かうのを見て、私はその場に倒れ込んだ。まりってこんな子だったっけ?


「はー……かなちゃん面白すぎてお腹痛い」

「し、しおりお姉ちゃん……見てたなら止めてよ……」

「いや、今の話のどこを止めればいいの」


 ひとしきり声を押し殺しながら笑っていたのか、しおりお姉ちゃんがお腹を押さえて涙目になっている。見ていたなら少しくらい助け舟を出してくれたっていいのに。

 私は深くため息をついて、とりあえず着替えとタオルを出すために立ち上がった。自分の方から着替えの話を持ち出したのは失敗だったかもしれない。着替えに何をされるかわからないので新品未使用のパジャマを持っていこう。そしてそのまままりにあげよう。うん、それがいい。


「じゃあこれ、まりにあげるから好きにしていいよ」

「ほんと!? ふふっ、ありがたいわね」


 お風呂に向かったまりの後に続き、着替えとタオルを手渡す。まりは受け取ったそれを大事そうに抱えながら微笑んでいた。本来ならば微笑ましい光景なのだろうが、どこか不気味さと恐怖を感じてしまう。気のせいだと思いたいが。


「じゃあ、沸いたら先に入っちゃって。私としおりお姉ちゃんは後から入るから」

「なるほど……私のダシを存分に浴びたいということね。それなら任せておいて!」

「……任せたくないなぁ……」


 もはやつっこむことも疲れてしまった。ワクワクとお風呂が沸くのを待っているまりを置いて、しおりお姉ちゃんがいるであろうリビングへ戻る。


「はぁ……疲れた……」

「ほんとにげっそりした顔してるね」


 そうため息をつくと、しおりお姉ちゃんが苦笑しながら麦茶を差し出してくれた。それをありがたくいただきながら、ソファーにもたれかかる。


「ほんとどうしてこうなったのか……まりって普段こんなにぶっ飛んだ子じゃなかったのになぁ」

「まあまりちゃんも普段の生活で色々抑圧されてたんだろうね。配信上だとあんな感じでしょ?」

「あー、そっか。それは確かに」


 言われてみればそうかもしれない。配信上でのまりのぶっ飛び具合が素に近いとしたら、きっと私に素を見せられるくらい距離が近づいたということかもしれない。友達にも素の自分を見せるのは怖かったりするし、そう思うとなんだか満更でもないような気がしてきた。

 ある意味あれだけ自分を出せるのは少し羨ましい。あれだけ吹っ切れられたら人生が楽しそうだ。


「でもまりちゃんのあの感じだと、かなちゃんにべったりになるだろうね」

「うへぇ……それはちょっとキツイかも」

「とか言いつつ嬉しいんじゃないのー?」

「そ、そんなことないし!」


 ニヤニヤしながらお茶をすするしおりお姉ちゃん。私の反応を酒の肴にされたような感じがして気に入らない。


「まあ、まりちゃんはかなちゃんのこと好きそうだけどね」

「そうなんだろうけど……って、しおりお姉ちゃんも『私の方が好きだし!』とか言ってなかった?」

「え? そりゃかなちゃん好きだし」


 しれっとそんなことを言ってのけるしおりお姉ちゃん。嬉しいけど、改めて言われると照れくさい。いつも軽く好きと言い合ってるはずなのに、まりには秘密にしたいと思ってしまうのはなんでだろう。

 しおりお姉ちゃんはそんな私の心情を知ってか知らずか、いつも通り頭を撫でてくれる。そうだ、私はいつも通りがいい。このいつも通りがまりにバレることで壊れてしまうことを恐れているのだ。


「あー! しおりさんばっかりかなとイチャイチャしてずるいわ!」


 そうこうしているうちにまりが風呂から上がって、ジト目で私たちを睨みつけてきた。そしてまりがすかさず私の隣へと滑り込み、腕を掴んでくる。

 さすがに風呂上がりなだけあって体がほかほかしている。その熱が私に伝わってきて、なんだか落ち着かなくなってきた。


「ほらかな、あたしのこと撫でてくれてもいいのよ」

「……はいはい」

「むふー。これはいいわねぇ」


 さっきまでしおりお姉ちゃんに嫉妬していたはずなのに、まりは満足そうな顔をしている。本当にこの子は調子がいいというか、なんというか。


「あ、そうだ。しおりお姉ちゃんもお風呂入ってきていいよ。私は一番最後に入るから」

「そんなこと言ってボクがいなくなったらまりちゃんとイチャイチャしたいんでしょ」

「違うから! 家主が先に入るのはどうかなってだけで!」

「わかってるわかってる」


 そう言って私の頭をぽんぽんと撫でてくるしおりお姉ちゃん。本当にわかっているのだろうか。いつも子供扱いしてくるけど、実際私の方が年下なのだから仕方ない。でも、いつか私もしおりお姉ちゃんを甘やかしてみたいものだ。……まあ、今は無理そうだけど。

 そんなことを考えているうちにしおりお姉ちゃんはお風呂場へと向かっていった。まりはというと相変わらず私にくっついているままだ。


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