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第120話 私たちの青春

「セッティングこんな感じでいいですかね?」

「うむ。あとは火をつけるだけだな」

「魚泳いでた! なんて名前なんだろう」

「しおりさんも少しは手伝ってくださいね!?」


 みんなで海の見える公園にきてバーベキュー。なんとも青春の1ページという光景なのだが、その実いつもの騒がしい日常と変わらなかった。


「だ、だって珍しい魚いたら気になるじゃん……」

「まあ、気持ちはわかりますけど」

「しおりはほんと自由だからなー」

「ひすいさんもだいぶ自由人ですよ……」


 この場をセッティングしてくれたのはひすいさんだからあまり強くは言えないが。普段の言動はひすいさんの方が自由に感じる。まあ、そんなひすいさんだからこそ、このメンバーがまとまれているのだろうけど。

 でも、今はしおりお姉ちゃんの方が自由に動き回っている。気を許せるような間柄になったからこそ、みんなに甘えているのかもしれない。


「にしても、海はいいな。心が洗われる気がするよ」

「うんうん、どんどん焼いてこ」

「……お願いだから会話して……」


 ひすいさんとしおりお姉ちゃんのテンションが高い。会話が成立してないレベルでおかしい。ツッコミのしすぎで頭がおかしくなりそうだ。そして、このツッコミがこの二人の耳に入らないから疲れるのだ。

 ほんと仲いいな、この二人。海が見える公園でバーベキュー。日々の疲れを癒すには最適すぎるシチュエーションだろう。私は今ひすいさんの指導のもとでお肉を焼いている最中なのだが、まりにその役割を押し付けてツッコミに専念したくなるレベルでツッコミが追いつかない。


「おー、いい匂い」

「うわっ、いつの間に!」


 お肉を焼いてると、いつの間にか背後にいたしおりお姉ちゃんから声をかけられた。しおりお姉ちゃんはさっきまで海を見ていたはずなのに。


「ん、お肉焼けたみたいじゃん。もらうねー」

「あ、ちょっと!」


 ひょいっと私の焼いてたお肉を箸で強奪。そして、そのままお肉を食べてしまった。別にいいけど、熱くないのかな。


「んー! 美味しい!」

「そりゃよかった。でもお行儀悪いよ」

「あはは、ごめんごめん。ついね」


 しおりお姉ちゃんは笑いながら謝る。私はしおりお姉ちゃんに頭が上がらないので、ついつい許してしまう。しおりお姉ちゃんの笑顔はずるい。その笑顔でなんでも許してしまう。


「しおりだけ先に食べてる!? ずるいぞ!」

「あ、ひーちゃん。ほら、お肉いっぱい取ったから食べよ」

「やったー!」

「それ全部私が焼いたやつ!」

「あはは、細かいことは気にしない!」


 しおりお姉ちゃんが気にしなくてもこっちは気にするんですが。でも、ひすいさんにもお肉が渡ったし、まあいいか。あとはまりと自分用のお肉を取り分けてゆっくり食べるとしよう。

 にしても、みんな楽しそうにしててよかった。ここ数ヶ月、色々と気を張っていたから心身ともに疲れが溜まってたと思う。事務所が本格的に動き出したり、収録が増えたり、ライブに向けて練習が増えたり。色んなことがあったと思う。


「ほら、かなちゃんももっと食べなー」

「あ、ありがとう」


 しおりお姉ちゃんが肉を箸でとってこちらに向けてくる。食べさせてもらえるならそうしわうと思い、私はそれを口でキャッチする。そうすると、しおりお姉ちゃんも満足そうに笑ってくれる。


 そうして、焼いたお肉を食べながら他愛のない会話を交わす。日常の中に少しだけ非日常が足されたようなこの空間が私はとても好きだった。

 楽しい時間はすぐに過ぎてしまうもので、気づけばもう夕方だ。夕焼け色に染まった空はとても綺麗で、見ていて飽きることがない。

そして、その夕焼けに染まる海もまた格別に綺麗なのだ。まるで宝石のようにキラキラと輝いている。そんな景色に見とれているとまりが私の隣に来て、そっと寄り添ってくる。


「綺麗ね」

「うん」

「私、今とっても幸せよ」

「私もだよ」


 まりは海を見つめながらそう呟いた。そして、私はその呟きにそう返す。すると、まりは嬉しそうに微笑んでくれた。その笑顔は夕焼けに照らされてとても綺麗だった。


「おや、我も混ぜてもらおうかな」

「混ざらないでください!」

「まりは辛辣だな……」


 ひすいさんが私たちに気づいてこちらへ寄ってきたが、まりが一蹴。さすがに堪えたのか、ひすいさんはその一言をつぶやいてしおりお姉ちゃんの方へ向かっていった。

 ひすいさんはこういうやりとりを楽しんでいる節がある。なんと言うか、私たちが反応に困ることをわざとやりたがる傾向があったりする。まりを困らせたいとかではなくて、きっとじゃれてるような感じなのだろう。だから、その横顔はとても満足そうだった。


「……こんな感じでみんなで一緒にいたいわね」


 まりがそう呟いて私の手をぎゅっと握ってくる。その手はほんの少しだけ震えていて、それに気づかないほど私は鈍くはなかった。


「……そうだね」


 そんなまりの手を優しく握り返しながらそう言う。私も同じ気持ちだよ、という想いを込めて言ったつもりだったけど、思いの外その言葉は小さくて、波の音にかき消されてしまった。

 でもきっと、まりには伝わっているはずだ。彼女も同じことを想っているから。言葉にならなかった思いを私たちは心で共有していた。

 そうして日が暮れていって、空も海も茜色に染まる頃、私たちは解散するのだった。


「――準備はいいか?」

「当然。ずっとこの日を楽しみにしてたんだから」

「うっ……ちょっと緊張で手が震えてきたわね」

「あはは、まあでも私もちょっと緊張してるかも」


 今日はライブの当日。私たちにとっては事務所の看板を背負ってから初めてのライブになる。その重みをひしひしと感じながら私たちは今ステージ裏にいる。


「大丈夫、いつも通りやれば。練習の成果を出し切ればきっと上手くいくよ」


 しおりお姉ちゃんが優しく私たちを励ましてくれる。その激励に少しだけ心が軽くなったような気がした。


「よし、気合入ってきたぞ!」

「ひーちゃんはいつも通りだね。でも、それが一番いい」

「……ええ、そうね」


 そんなひすいさんの姿を見てしおりお姉ちゃんが微笑む。そして、まりもそれに続いた。私も二人の言葉に同意だ。緊張でガチガチになるよりも普段通りの方がきっと上手くいく。それは私たちが一番知っていることだ。


「よしっ! みんな円陣組もう!」

「はーい」

「おっけー!」


 そうして私たちは手を繋ぎながら円陣を組む。しおりお姉ちゃんの掛け声で、私たちは手を上に掲げた。


「今日のライブ、絶対成功させるぞー!」

「「「おー!!」」」


 しおりお姉ちゃんの号令にみんなで応える。そして、そのまま手を合わせてお互いの体温を感じ取るようにぎゅっと握りしめた。この温もりを忘れないために。

 私たちの青春は、確かにここにあった。


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