シャルメーンロードで俺の服と武器となる剣を購入し終え、ソラリア庭園都市を出た俺達は、ツキドゥーマ森林へと向かっていた。
「…」
「…」
特に話す内容がなかったのと、こういう時にどんな話をすればいいのかが分からなかった俺は、最初こそミシェルに話しかける事はなかったが、ふと魔物の事が気になり聞いてみることにした。
「そういえば、コールヒュ―マという魔物はどんな魔物なんだ?前の任務で遭ったミオールキャットのような感じなのか?」
「いや、コールヒュ―マとミオールキャットは見た目も性格も全く違う。ミオールキャットはどちらかというと動物系の姿形をした攻撃性の高い魔物だが、コールヒュ―マは人型の姿をした魔物だ」
歩みを止めることなく、淡々と話しながら説明をするミシェルを見る。
「人型?」
「全長は10メートル。全身銀色の毛で覆われた二足歩行の魔物だ。性格は魔物の中でも比較的温厚で臆病な性格をしている。だから基本的に氷山の奥地で生活をしていて、表に出てくる事はほとんどないのだ」
「そんな性格の魔物が…シャラの土地の氷を食い荒らしたのか?」
シャラから聞いた話と、ミシェルから聞いたコールヒュ―マの情報が嚙み合っていないのは気がする。
ミシェルの話を聞いた限り、とてもじゃないがコールヒュ―マが氷を荒らしたとは思えない。
まぁ、そもそもは魔物だし、魔物に対してあまりいい印象というものはないのだが。
「だからおかしいのだ」
「?」
「私達四大精霊ですら、コールヒュ―マの姿を見かけることは少ない。表に出てくること自体稀なコールヒュ―マが、何故わざわざ奥地から出てきてまでシャラの氷を食い荒らすのか…ずっと疑問に思っていた」
神妙な面持ちでミシェルが話す。
「自分の住処の氷がなくなったからとかではないのか?」
「いや、それはない」
「どうして言い切れる?」
「さっきシャラの家でも話したが、氷山で形成された氷が溶ける事はまずない。――言っただろう?コールヒュ―マが食ったことで影響が出た氷は、すぐに元に戻ると」
「…」
難しそうな表情で考え込んだミシェルが、1つの可能性を口に出し始めた。
「仮に…仮にだが、コールヒュ―マ自身が何者かの影響を受けているのだとすればどうだろうか…」
「何者かの影響とは、なんだ?」
ミシェルが言った言葉の意味を考える。
そして俺はハッとした。
(まさか…)
真剣な眼差しのミシェルと目が合うと、ミシェルが口を開く。
「悪魔による影響だ」
「っ…!」
俺の脳裏に、あの時の悪魔の姿が浮かんできた。
漆黒の髪に、血のような赤い瞳。
忘れもしないあの圧倒的な力と、邪念の塊のような禍々しくて恐ろしいオーラ。
自身を魔王だと言い、俺を殺し、ヨルノクニに来る原因となった悪魔。
全身が沸騰したかのように熱くなってくるような感覚がして、理性を保つために力強く拳を握り締める。
「…コールヒュ―マが…悪魔に操られているという訳か?」
「それはまだ分からない。あくまでも可能性の話だ。…だが、悪魔に操られているか、悪魔に身体を乗っ取られているのであれば…あの氷の状態は納得がいく。悪魔の持つ力には破滅の力があるからな」
「コールヒュ―マもそうだが、魔物でも悪魔に乗っ取られることはよくあるのか?」
「悪魔は魔物を中心とする人や精霊など、対象の者を身体に取り込んで力を増幅させることが出来る。中でも魔物は一番身近に存在し、魔力の波長も合う事から悪魔から狙われることは多いのだ」
「……」
ツキドゥーマ森林の生暖かい風が、俺達の身体を包み込む。
肌に張り付くようななんとも言えない感触に、背筋がゾクっとした。
遠く離れた場所から聞こえる不気味な獣の鳴き声が、更なる不安感を煽る。
これから起きる事を暗示しているかのような、何とも言えない空気感に嫌な予感がした。
なにかとんでもない事が起きるような…そんな感覚に陥ってしまう。
『相手が悪魔だからって、なんだって言うのよぉー』
俺達の間に流れていた空気をぶち壊すような、甲高い声がどこからともなく聞こえてきた。
「!」
「!?」
周囲を見渡しても誰の姿もない。
「誰だ?」
目に見えていない声の主に、強めの口調で訊ねてから気付く。つい少し前までは何ともなかったのに、肌がひんやりとした空気に包まれているのだ。
まるで一瞬で極寒の地に飛ばされたような感覚。
おかしい。
氷山エリアにいるわけでもないのに、空気が凍てつくように冷たい。
明らかに変わった空気感と寒さに、神経を研ぎ澄ませながら原因を探す。
ふと、腕に冷たさを感じて視線を落とせば、腕に付いた雪の結晶が溶けてなくなる。
「…雪…?」
季節外れの雪の結晶に空を見上げれば、ツキドゥーマ森林全体に降り注ぐように大量の雪が降っていた。
「なんで雪なんか…」
『ふふっ』
悪戯っぽく笑う少女の声が聞こえた瞬間、突風で吹雪いた雪が俺とミシェルを襲う。
「ぐっ…!」
「…」
吹雪の直撃を防ぐために腕で顔を覆う俺に対し、ミシェルは瞬きもせずに無表情で一点をじっと見つめたまま立ち尽くしていた。
ミシェルの肌や服に張り付く直前で雪が溶けたのは、ミシェルの属性である炎のおかげなのだろう。
然程驚いていないミシェルの表情を見ると、吹雪の攻撃をしてきた相手の正体に気付いているのか、ゆっくりと口を開いた。
「一体何の真似だ」
ミシェルが声を発したと同時に、雪を一瞬でかき消すほどの炎が地面から噴き出すように出現した。
「っ…!!」
炎によって打ち消された雪が、煙となって周囲に充満する。
閉じていた目をゆっくり開けると、煙の中に誰かがいるのが分かった。黒い人型の影が僅かに見える。
(1人…いや、2人いるのか…?)
目を凝らしながら煙の中に紛れている人影をじっと見る。
充満していた煙が少しずつクリアになっていき、影の正体がはっきりと見えてきた。
「やっほー!久しぶりだねー、ミシェル☆」
「ミシェル、いきなりごめんねぇぇ~っ!」
「……モネ?…と、誰だお前」
まさかの知り合いの登場にあっけにとられながらも、2人の少女を見る。
煙の中から出てきたのは、あたふたしながら俺とミシェルに対して申し訳なさそうに謝る風の四大精霊 モネと、銀色の瞳を持つ色白の肌をした銀髪の少女だった。
ミディアムヘアーで左右の髪を結わえたハーフツインテールの銀髪少女は、モネとさほど変わらない背丈で年も同じくらいに見える。
にぃ…っと悪戯っぽく笑みを浮かべながら、「へぇ~」やら「これが人間かぁ~」とブツブツ言いながら、頭の上から足の先までじろじろと見てくる銀髪少女を俺はギロリと睨みつける。
知らない奴にパーソナルスペースに入られるのは苦手だ。
「おい…勝手に俺に近づくな。離れろ、うっとおしい」
「ふええ!いたたた!痛いってば!離してよぉ!」
嫌悪感丸出しの表情のまま、俺は銀髪少女の顔面を鷲掴みにして引き剝がし、距離を取る。
「んもー!ひっど~~!女の子に何て事すんのよ!そんなんじゃ、女の子に嫌われるんだからねー!?」
「別に構わない。むしろ好きでもない女に好かれても迷惑なだけだ」
「なっ!なにコイツ~~!ねぇ、モネ聞いた!?人間のクセになんなのこの態度!超ムカつくんですけどぉー!」
顔を真っ赤にしてぷりぷり怒りながらモネに抱き着く銀髪少女をモネが宥める。
「トーファ。分かったから落ち着いて…ね?征十郎くんも困っているし、人が嫌がる事はしちゃダメ!」
「むぅ…。はぁい…でもムカつくんだもーん」
口を尖らせながら仕方なしに謝る銀髪少女だが、納得はいってなさそうだ。
「……」
2人と同じようなやり取りの光景を、少し前にも見たような気がすると内心思っていると、すぐ傍から凄まじい圧を感じて振り返る。
「モネ、トーファ……」
そこには、身体中に炎を身に纏った恐ろしい剣幕のミシェルの姿があった。
「私達を襲ってきた理由を聞かせてもらおうか?」
「ふえええ~~~っ!」
「あははは!もー、ミシェルったらそんなに怒ったら綺麗な顔が台無しだよっ☆」
ミシェルのあまりの迫力に涙目になって叫ぶモネと、なにが面白いのか楽しそうに笑いながらミシェルの頬をツンツンとつつき、ミシェルの怒りゲージを増幅させるかのように挑発する銀髪少女。
火に油を注ぐどころの話ではない。
「きゃーん!助けてぇ~☆凶暴サラマンダーに丸焦げにされちゃーう!」
「私がお前を教育し直してやる!こっちに来い!!!」
「いやーん!あははは~」
その後、銀髪少女はミシェルを煽りに煽りながら、楽しそうにミシェルの炎から逃げ回っていた。
「………」
(またろくでもなさそうな奴が現れた…)
デジャブのような光景に、俺は呆れたように大きなため息をついた。
***
「ミシェル…さっきは本当にごめんね…」
騒動がようやく落ち着いてしばらく経った頃。
荒廃したツキドゥーマ森林の土地を歩きながら、モネが何度目か分からない謝罪を口にする。
銀髪少女はと言うと、俺達の少し後ろを楽しそうにスキップしながら歩いている。エヴィーと違って反省している要素は皆無だ。
ミシェルの炎は最後までかわしていたようで、黒焦げではなく、無傷状態だった。
「もういい。…どうせ発端はアイツなんだろう?」
ミシェルの視線が、後ろを歩く銀髪少女へと向けられる。
「うん…。実を言うと今回の任務は、急遽私達もオリビア様から行くように言われたの」
「オリビア様から?私はなにも聞いていないが…」
「ミシェルが任務の依頼を受けてソラリア庭園都市を出たあとだったし、オリビア様も忙しかったみたいで…知らせる時間がなかったみたい」
「そうか…。まぁ今回の魔物討伐の任務はコールヒュ―マが関係しているから、トーファの能力があれば助かる事は助かるが…」
「うん。詳しい話はさっき2人が話していた会話を聞いていたから知ってる。盗み聞きみたいな真似してごめんね?」
「いや。逆に話す手間が省けたから丁度いい」
先頭を歩く2人の会話を聞きながら歩いていると、背後からひょこっと銀髪少女が覗き込んできた。
「ね、征十郎!」
「……呼び捨てにするな、銀髪女」
「はぁ!?銀髪女ってなにそれっ!私、そんな名前じゃないよ!私の名前はトーファって言うの!」
「興味ない」
纏わりついてくる銀髪女……トーファを振り払うように、俺は歩く足を早める。
「んもー!人間のクセに冷たすぎー!」
「……」
(人間のクセにってなんだ。関係ないだろう)
内心そんな事を思いながら心の中で突っ込む。
「私が何者か知ってる?もしかして、すでにミシェルかモネから聞いてるかなー?」
無視を決め込む俺を気にすることなく、トーファが次々と質問を投げかけてくる。
俺はと言うと今までヨルノクニで出会った奴らの中で、ダントツのしつこすぎる絡みにうんざりしつつあった。
「あ、ちなみに種族は妖精族で、冬の妖精で有名なジャックフロストなんだよぉ~!さっきミシェルと征十郎を驚かせた吹雪は、私の能力ね!冬の妖精だから、雪とか氷とか冬に関係する能力を持っているの!ふふっ!」
「……」
(聞いていないことを、よくもまぁベラベラと喋る奴だな)
そろそろミシェル辺りに、トーファを何とかしてくれないか頼もうかと考えていたところで、トーファに纏う空気が変わった。
「――ここ数日、アンタの事は見させてもらった」
無邪気な話し方から、いきなり声色が変わったトーファに、俺は足を止めて振り返る。
「影から人を監視か…。随分と悪趣味な事をする女だ」
「この世界に来た部外者が、一体どんな奴か調べるくらいいいでしょ?」
「…」
「いろいろと聞いたよ。征十郎ってさぁ…ゲオルグに攻撃することが出来た唯一の人間なんだってねぇ?」
「――それがなんだ?」
何かを探ろうとするような視線。
その表情はどこか楽しんでいるように感じる。
俺からなにを聞き出そうとしたいのかがまったく読めない。
「お前――…本当は人間じゃなくて、悪魔なんじゃないの?」
半月型に目を細め、不敵な笑みを浮かべながらトーファが冷たい口調で聞いてくる。
「ッ…!!」
的外れな事を、まるで確信を得た事の様に言われ、言い知れぬ怒りが込み上げてきた俺はトーファに掴みかかった。