家へ帰るとエントランスの所で、管理人に呼び止められた。
「あ、瀬守さん、ちょっと」
「あ、管理人さん、こんばんは」
普段、管理人は夕方には、管理室から去ってしまう。高齢だから夜遅くなると辛いのだろうと思っている。今は、二十二時だ。遅くなってしまった。思いのほか、仕事に手間取ってしまったのだった。
「あんた、いつも、こんなに遅いの?」
「あー……ここまで遅いのは、そんなに無いですよ」
「そうなの? あんたに話さなきゃならないから、今まで残ってたんだよ」
管理人が溜息交じりに言うのを聞いて、思わず、達也は「済みません」と謝ってしまった。管理人のこの調子からして、そんなにいい話でないのは確かだろう。
「それで、お話しってなんですか?」
「ああ、ちょっとね、最近、瀬守さん、ゴミ、ちゃんと縛って捨ててないでしょう? 困るんだよね、ちゃんとしてくれないと……」
「え、もしかして、うちのゴミ、散らかってたりするんですか?」
ゴミの収集は週二回。
マンションの共同集積所に置くのかルールだ。回収前日の夜から、当日の朝までの間に出しておくのがルールだった。達也は、毎回、夜、シャワーを浴びる前にゴミ出しをしていたが……。
(おかしいな、ちゃんと、ゴミ袋の口を縛っていたと思うんだけど……)
「そうだよ、本当に、ひっくり返したみたいになってるから、こっちも毎回片付けるのが大変だったんだよ」
「そうだったんですね、済みません、次回から気を付けます」
「ええ、そうして下さいよ。もし、改善されなかったら、退去勧告出しますからね」
「えっ? ああ、済みません……」
退去は、困る。引越は面倒だ。今から、どこかに家を探すというのも面倒くさい。とにかく、毎日面倒な事ばかりが増えて困る。しかし、今回のゴミの件は、全面的に、達也が悪そうなので気を付けなければならないだろう。
管理人にはしっかり謝って、部屋に戻る。
ゴミは、もし散らばったら迷惑だからと、口を固く縛っていたと思っていたが……まだ不十分だったのだろう。遅くに帰って、管理人に怒られるというのも、中々、凹む感じがしたが、とりあえず、軽く夕食を食べることにした。
冷食のミールセットを通販で購入したモノがあるので、それを温める。味気ないような気にはなるが、それなりに美味しいのがありがたい。気に入って注文している冷凍ミールは、主食を用意する必要があるが、おかずはメインに副菜が二、三個付いている。なんとなく、管理人に怒られて気分が凹んでいたので、今日はスープも付けるとして、冷凍していたご飯を温め、冷食のミールを温め、味気ないので皿に盛り、フリーズドライのスープにお湯を注げば、それなりにちゃんとした一食ができあがる。肉メインで選択しているが副菜で野菜も取れるので、健康には良いような気もするし、コンビニ飯や外食よりは身体に良いような気がする。
スマホで動画を流しながら、夕食を食べていると、LINEに着信が入った。
『達也さん、こんばんは。まだ起きてます?』
凪だった。
返信はしなかったが、既読が付いたので、寝ていないことだけは解っただろう。
『今日は、俺のほう、かなりあちこちでトラブル続きでした。会社の方のメールに、詳しい内容は入れておきましたが、明日の朝一に届くようにタイマーで送信かけてるので、リモートでアクセスしようとしても無駄ですよ』
どういう言い分なんだか、とすこし笑った。
『大変だったんだ』
俺も大変だった―――とかは書かないようにする。書くと痛い人のように思えるからだ。
『本当ですよ、大変でした。だから、すこし、達也さんの声が聞きたいんですけど、ダメですか?』
「えっ」と思わず声が出た。今、丁度食事中なんだよなあと思って、その通りにメッセージを返す。
『俺、今メシなんだけど』
『遅いですね。外食ですか?』
『家飯』
『ちなみに、今日のメニューは?』
『冷凍ミール。ポークジンジャーと付け合わせ三種類』
『へー、なんか美味しそうですね』
『興味があるならお友達紹介キャンペーンコード送るけど』
送った方も送られた方も、キャンペーンコード使用で一割引されるクーポンが常時出ているのだ。
『あ、じゃあ、あとでお願いします。じゃあ……三十分後、電話します。ゆっくり食事してください』
勝手に決めてしまう凪だったが、今日は、達也の方も、すこし、凹んでいるらしく、抵抗感が薄かった。
(まあ、どうせ、今からメシ食い終わったら、シャワー浴びて寝るだけだし……)
その前に、少し、凪と会話するくらいの時間はある。
三十分後、ということは、食事をして片付けて、歯を磨く時間くらいはある。
ゆっくりとポークジンジャーを突いていると、不意に、管理人の言葉が脳裏を過った。
『ひっくり返したみたいになってるから、こっちも毎回片付けるのが大変だったんだよ』
おかしいな、と達也は思った。
今まで、収集日の前日夜に出していたこともあって、ゴミはしっかり縛って出していたはずだった。
「うちのゴミ……って解る感じだったって事だよな……」
それはどういうことなのだろう。
と思った時、一瞬嫌なことを考えた。
(誰かが、うちのゴミを漁っている……?)
その可能性は、ゼロではない。
だが、だとすると、一体何のために……。
「やめやめ……そう言うことは考えない。ただの嫌がらせかも知れないし。嫌がらせだったら、むしろ、そっちのがマシだって……」
ただ、対策は考えなければならないというのは、よく、理解出来た。