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第71話 帰りの車内


 地元まで戻ることが出来る最終まで飲んでから、特急列車に揺られて戻る。


 隣の席には、当然のように凪が乗って来て、達也は「昨日の夜は、別に何もしてないからな」と言ってしまった。


「……でも、興水さんから聞きましたよ。裸で抱き合って寝てたって」


「不可抗力」


「とりあえず、何もないなら良いです……それに」

 言ってから、凪が、もごもごと口ごもった。


「なんだよ」


「なんでもないですけど、……達也さんは、俺のものって言うわけでもないですしね。本当は、俺のになって欲しいですけど……」

「俺は、俺のモノだよ」


「それはそうですね」

 凪が笑う。するっと、手を繋いできたから、「おい」と窘めたが、凪は「すこしだけ」と小さく呟く。


「なんだよそれ」

「達也さんの部屋に行って良いですか」


「いやだよ」

「なんで」


 今から部屋に来るとなったら、絶対に、興水と一緒に行動することになるだろう。


 厄介なことになりそうだった。

「……じゃあ、俺の部屋なら?」


「どちらにせよ、今日はイヤだよ」

「……したいって言うわけじゃなくて……その、心配だから。だから、一緒に居たいんです。神崎さんについては、調べさせました」

 させた、という言葉に少し、引っかかりを覚えて、達也は「どういうこと?」と問う。


「検索用の……プログラムを……その、ちょっと、人づてに……」

 凪にとって、あまり言いたくない内容なのだろう。スムーズには言わなかった。


「誰」

「遠田です」


 ソラリスコーポレーションの遠田。遠田は、そこの研究員だとは聞いている。


「そういうの得意なの? あいつ」

「情報収集とデータ分析に於いては、超一流です」


 凪が言うなら、そうなのだろう。


「神崎玲一という人は……とにかく、行動が早い人。即断即決、行動力が凄い人。世界が狭い人。近所の飲み会に参加する感覚で、ロンドンからベルリンに飛べる人……」


「まあ、そういう人だな」

「……だから、都心から、パッと来るでしょ、あの人」


 いわれて、ぞっとした。


 たしかに、距離など、神崎には関係ないだろう。そして、運転手も、達也のことを『愛人』として認識して居るようだった……。


 愛人のところに会いに行くから、車を出してくれと言われれば、それが実行される。


「……来る。きっとくる」

「だから……、興水さんと話してたんだよ。俺か、興水さんか、どっちかは、一緒に居るって」


 過保護過ぎるとは思ったが、正直、達也も神崎とは一対一で何か出来るとは思えない。


「だから、一緒に居させて」

 凪が、真摯な顔をして言う。


「……迷惑じゃ、ない?」

「あのねー、好きな人が、今から、別な男に襲われるかも知れないって言うときに、迷惑とか言うような人間のクズだとおもってるの? 達也さんは」


「そうじゃないけど……。めんどくさいんじゃないかなと」

「……今、興水さんと藤高さんが、今後のプロジェクトの進め方を、打ち合わせしてる。最悪、達也さんに、プロジェクトを外れて貰うこともあるかも知れないけどとは、興水さんも言ってた」


「それは覚悟したよ」

「その前に、藤高さんが、このプロジェクトを蹴りそうだから大丈夫。多分、その方向で、社長とも調整してると思う」


「まじか……」

 大事にされている、というのが、じわじわと実感出来て、胸が熱くなってくる。


「ありがたいと思ってる」

「……あと、俺、ちょっと、遠田経由で悪いんだけど、ORTUSの総務関係と繋がったから。最悪、そっち経由でも攻める」


「危ない橋だけは解らないで欲しい……それと、そんなに守られてるばかりだと、俺も、ちょっと立つ瀬がないよ」


 笑うと、「池田さんとかも、ガチ切れしてるし、みんな、達也さんの味方です。安心してください。あと、なんか、謎に朝比奈さんがキレてて怖いです」と凪が言う。


「……あー……」

 朝比奈がキレている理由は分かる。多分、特急列車で藤高の隣の席になりたかったのだろう。だが、今、移動時間を興水と打ち合わせにつかっている。従って、池田の隣の席だった。


 チームが、守ってくれるという安心感に、ほっとしつつ、達也はスマートフォンを見やった。


 このスマートフォンには、連絡は来ない。


 直接、神崎から連絡が来ることはない。

 そして、もし、なにかあっても、皆がいる。


「興水さん、今回、かなりかっこよかったみたいじゃないですか。俺も、負けられないんですよ」


 凪が、ぎゅっと握った手に力を込めてきたので、思わず笑ってしまった。


「凪も、かっこいいよ。さっきも、とっさに言ってくれただろ。あれ、興水が一緒じゃなかったら、怖かった。……助かったと思ってる」


「本当ですか?」

「もちろん」


 達也は、目を閉じた。どっと二日ぶんの疲れが、襲ってくるようだった。


 繋いだ手から伝わってくるぬくもりが、優しく、ささくれ立っている心を癒やしてくれる。


 凪の匂いだ、と達也は思いながら、気が付いたら、すやすやと寝入ってしまった。




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