地元まで戻ることが出来る最終まで飲んでから、特急列車に揺られて戻る。
隣の席には、当然のように凪が乗って来て、達也は「昨日の夜は、別に何もしてないからな」と言ってしまった。
「……でも、興水さんから聞きましたよ。裸で抱き合って寝てたって」
「不可抗力」
「とりあえず、何もないなら良いです……それに」
言ってから、凪が、もごもごと口ごもった。
「なんだよ」
「なんでもないですけど、……達也さんは、俺のものって言うわけでもないですしね。本当は、俺のになって欲しいですけど……」
「俺は、俺のモノだよ」
「それはそうですね」
凪が笑う。するっと、手を繋いできたから、「おい」と窘めたが、凪は「すこしだけ」と小さく呟く。
「なんだよそれ」
「達也さんの部屋に行って良いですか」
「いやだよ」
「なんで」
今から部屋に来るとなったら、絶対に、興水と一緒に行動することになるだろう。
厄介なことになりそうだった。
「……じゃあ、俺の部屋なら?」
「どちらにせよ、今日はイヤだよ」
「……したいって言うわけじゃなくて……その、心配だから。だから、一緒に居たいんです。神崎さんについては、調べさせました」
させた、という言葉に少し、引っかかりを覚えて、達也は「どういうこと?」と問う。
「検索用の……プログラムを……その、ちょっと、人づてに……」
凪にとって、あまり言いたくない内容なのだろう。スムーズには言わなかった。
「誰」
「遠田です」
ソラリスコーポレーションの遠田。遠田は、そこの研究員だとは聞いている。
「そういうの得意なの? あいつ」
「情報収集とデータ分析に於いては、超一流です」
凪が言うなら、そうなのだろう。
「神崎玲一という人は……とにかく、行動が早い人。即断即決、行動力が凄い人。世界が狭い人。近所の飲み会に参加する感覚で、ロンドンからベルリンに飛べる人……」
「まあ、そういう人だな」
「……だから、都心から、パッと来るでしょ、あの人」
いわれて、ぞっとした。
たしかに、距離など、神崎には関係ないだろう。そして、運転手も、達也のことを『愛人』として認識して居るようだった……。
愛人のところに会いに行くから、車を出してくれと言われれば、それが実行される。
「……来る。きっとくる」
「だから……、興水さんと話してたんだよ。俺か、興水さんか、どっちかは、一緒に居るって」
過保護過ぎるとは思ったが、正直、達也も神崎とは一対一で何か出来るとは思えない。
「だから、一緒に居させて」
凪が、真摯な顔をして言う。
「……迷惑じゃ、ない?」
「あのねー、好きな人が、今から、別な男に襲われるかも知れないって言うときに、迷惑とか言うような人間のクズだとおもってるの? 達也さんは」
「そうじゃないけど……。めんどくさいんじゃないかなと」
「……今、興水さんと藤高さんが、今後のプロジェクトの進め方を、打ち合わせしてる。最悪、達也さんに、プロジェクトを外れて貰うこともあるかも知れないけどとは、興水さんも言ってた」
「それは覚悟したよ」
「その前に、藤高さんが、このプロジェクトを蹴りそうだから大丈夫。多分、その方向で、社長とも調整してると思う」
「まじか……」
大事にされている、というのが、じわじわと実感出来て、胸が熱くなってくる。
「ありがたいと思ってる」
「……あと、俺、ちょっと、遠田経由で悪いんだけど、ORTUSの総務関係と繋がったから。最悪、そっち経由でも攻める」
「危ない橋だけは解らないで欲しい……それと、そんなに守られてるばかりだと、俺も、ちょっと立つ瀬がないよ」
笑うと、「池田さんとかも、ガチ切れしてるし、みんな、達也さんの味方です。安心してください。あと、なんか、謎に朝比奈さんがキレてて怖いです」と凪が言う。
「……あー……」
朝比奈がキレている理由は分かる。多分、特急列車で藤高の隣の席になりたかったのだろう。だが、今、移動時間を興水と打ち合わせにつかっている。従って、池田の隣の席だった。
チームが、守ってくれるという安心感に、ほっとしつつ、達也はスマートフォンを見やった。
このスマートフォンには、連絡は来ない。
直接、神崎から連絡が来ることはない。
そして、もし、なにかあっても、皆がいる。
「興水さん、今回、かなりかっこよかったみたいじゃないですか。俺も、負けられないんですよ」
凪が、ぎゅっと握った手に力を込めてきたので、思わず笑ってしまった。
「凪も、かっこいいよ。さっきも、とっさに言ってくれただろ。あれ、興水が一緒じゃなかったら、怖かった。……助かったと思ってる」
「本当ですか?」
「もちろん」
達也は、目を閉じた。どっと二日ぶんの疲れが、襲ってくるようだった。
繋いだ手から伝わってくるぬくもりが、優しく、ささくれ立っている心を癒やしてくれる。
凪の匂いだ、と達也は思いながら、気が付いたら、すやすやと寝入ってしまった。