ガラルド君がコロシアムで優勝してから早30日が過ぎようとしていた。ジークフリートから帰ってきてシンさんから正式にドライアド復興計画の申し入れがあってからは忙しい日々を送っている。
サーシャ達は今、シンバード王国で使われていない木造のボロボロな集会所をシンさんに提供してもらい、来るかもしれない魔獣の大軍、そしてドライアド復興計画の準備を進めていた。
ガラルド君とリリスちゃんは通常の魔獣討伐依頼をこなす傍ら、ギルドスタッフ顔負けの経営業務を行いつつ、ハンターさん達のトレーニングも行っていた。
正直あの2人のバイタリティーには全く歯が立たないのだけれど夜に疲れて帰ってくる2人に全力でスキル『アクセラ』を使用して疲労回復の手助けを出来ていることが凄く幸せだ。
一方サーシャは、ガラルド君とリリスちゃんを手伝いつつ、ジークフリートの人達と連携を取るために色々と動き回っている。
シンバードで現在稼働していない工廠や採掘場の管理を手伝いつつ、シンバード人とジークフリート人を繋ぐ仲介人のような仕事を主に頑張っている。面識のある人たち同士を合わせるような仕事だから人見知りなサーシャでも気が楽だし、とてもやりがいのある仕事だ。
そしてサーシャの仕事はそれだけじゃない。ガラルド君の優しい計らいで空いた時間に古代語関連の仕事もできるように古代語担当の窓口を作ってもらえたのだ。
仕事の内容としては町の人達が持っている古い書物や骨董品に記された古代文字を解読する感じだ。規模が小さいお仕事ばかりだけど古代文字に関われるだけでも凄く楽しいし、ガラルド君がサーシャの昔話を覚えておいてくれて嬉しかった。
そんな忙しくも楽しい日々はあっという間に過ぎていき、気がつけばローブマンさんが言っていた魔獣活性化の日が訪れた。
余談だけど、魔獣が襲ってくる可能性が高い80日周期と90日周期の襲撃日の事を
ネーミングはかなり直球だけど正式にネーミングすることで他国に情報を伝える際に分かりやすい。それに何か名称があった方が人は納得しやすくなると思うし、サーシャ的にも正解だと思う。
ローブマンさんが教えてくれた情報で各国がしっかりと魔獣襲来に備えられるようになったし、世界中で魔獣の被害が減る事を願うばかりだ。
サーシャ達はガラルド君が南の港、リリスちゃんが東門、サーシャが西門に配置され、四聖の指示のもと、魔獣の警戒・監視を行っていた。
サーシャが居る西門の監視塔からは魔獣の出現が確認されることはなく、
サーシャは
南の港に近づくにつれて、騒めきと戦闘音が大きくなっていく。南の港に配置されているガラルド君が無事でありますように……と祈りながら走り、サーシャとサクは到着した。
港と海岸には武器を構えたハンター・兵士たち、そして海棲系魔獣がはびこっていた。いつも海岸で魔獣討伐をしている時でもほとんど見た事が無い半魚人型の魔獣『マーマン』が大量にいることに加え、大陸でも目撃例が数件しかない巨大イカの魔獣『クラーケン』も停泊する船を現在進行形で襲っている。
その巨体は一軒家よりも大きく、鞭のように暴れる触手が瞬く間に船を破壊する。以前ドラゴンニュートと戦った時もそうだけど、魔獣活性化は常に想像の斜め上をいくから本当に恐ろしい。そういった意味でもローブマンさんが襲撃時間を教えてくれたことは大きなアドバンテージだ。
シンバードの兵士さんたちは事前に準備しておいた大砲を順番にクラーケンへ放った。耳に余る大きな音を立てて砲弾がクラーケンの体へと命中する。
「キュゥゥウッッッ!」
巨体に似合わない甲高い声をあげながらクラーケンは大きく後退する、それを好機にハンター達が掛け声とともに大量の弓を放った。
「今がチャンスだ、一斉に撃てぇぇ!」
雨の様に降り注いだ矢がクラーケンの体表へと突き刺さる。このまま大型魔獣のクラーケンを沈める事が出来れば、他の魔獣の士気も下がって撃退させることが出来るかもしれない! そう思ったけれどサーシャは甘かった。
クラーケンは触手を自身の体に巻き付けるとコマのように回転し、小さな津波をハンターさん達に向かって放ってみせた。比較的後ろで大砲を放っていた兵士さんならともかく、クラーケンに近い位置にいる弓使いのハンターさん達は大ダメージになるのは間違いない。
これから目の前で起きるであろう壊滅に目を逸らそうとした瞬間、津波の前にリリスちゃんとガラルド君の2人が瞬間移動で飛んできた。
「今ですよ! ガラルドさん!」
颯爽と現れたリリスちゃんがガラルド君に合図を送る。飛んできた瞬間から手に魔力を溜めていたガラルド君は頭上に構えた手を高速で垂直に振り下ろした。
「波を切り裂け、サンド・ホイール!」
ガラルド君の手から高速回転する砂の車輪が飛び出すと、津波がまるでハサミで切られた紙のごとく真っ二つに切り裂かれた。サンド・ホイールは津波を切り裂いた後も直進を続け、クラーケンの触手を1度に4本も切り落とした。
危険を感じたクラーケンはすぐさま撤退しようと180度旋回したけれどガラルド君はそれを逃がさなかった。助走をつけて波止場からクラーケンに向けてジャンプしたガラルド君は海に落ちる直前に
そこから更に足場を2つ、3つと作り出し、その度にサンド・ステップで距離を稼ぎ、あっという間にクラーケンの頭上へと到達してみせた。棍に回転砂を纏わせたガラルド君はコロシアム決勝でも見せた緋色の目を輝かせながら叫ぶ。
「悪いが逃がさないぜ、トルネードブロウ!」
魔力が詰まりに詰まった棍がクラーケンの頭部へめり込む。
「ビギャァァア!」
クラーケンは短い悲鳴をあげた後、そのまま海へと沈んでいった。津波を切り裂き仲間を守り、たった2発の攻撃で撃退してみせたガラルド君の圧倒的な勝利だ。
ガラルド君の活躍で一気に皆の士気が上がり、そこからはずっとシンバード側の優勢が続いた。
サーシャは疲労したハンター達をアクセラで回復しつつ、魔獣を倒してまわった。途中からはストレングさんやレナさんも加わり、勢いを増したサーシャ達は危なげなく全魔獣を殲滅させることに成功する。
額の汗を拭いながらストレングさんが号令をかける。
「よおおし! これで一段落だ。兵士とハンター諸君は倒した魔獣の魔石を回収して宮殿もしくは担当ギルドへ報告してくれ。皆よくやってくれた、お疲れさんっ!」
1時間以上続いた戦いを全員の拍手と歓声が締めくくった。
ギルド『ストレング』へ戻ったサーシャ達は早速机の上に魔石を広げて、それぞれの戦績を確認した。サポート重視のサーシャとリリスちゃんもそれなりに魔獣を倒せていたみたいだ。横に立って一緒に数えてくれているストレングさんがいっぱい褒めてくれて照れくさいけど嬉しい。
その後ストレングさんは自身の討伐数とガラルド君の討伐数を数えながらボソッと呟いた。
「統計の結果、シンバードのハンターは手練れ揃いなこともあり、1人で平均10匹の小型魔獣と1匹の中型魔獣を倒している計算になったのだが、やはり最近のガラルドは凄まじいな……。小型魔獣200匹、中型魔獣10匹、更には大型魔獣を2匹倒してやがる……」
ストレングさんの声は喜びか恐れか分からない震えを帯びていた。ガラルド君の活躍をとび跳ねながら賞賛するリリスちゃんとは対照的にガラルド君は照れくさそうに頭を掻きながら謙遜する。
「と言っても元々南の港にいた俺は戦闘時間が長くなるから討伐数が増えるのは当然だけどな。レナやストレングさんは後から駆け付けたから戦闘時間も半分ぐらいになったと思うし」
そうは言っても強さが桁違いだ。サーシャもリリスちゃんもサポートをしながらでも平均の2倍ぐらいは討伐しているから鼻が高かったのだけれど自信を砕かれてしまいそうだ。
ギルド長であるストレングさんですら小型魔獣70匹、中型魔獣3匹、大型魔獣1匹なのだからガラルド君が如何に凄いのかがよく分かる。それに戦闘が長引けば長引く程、スタミナも魔量も無くなっていくのだから殲滅力も落ちていくはずなのにガラルド君は終始疲れ知らずだった。
憧れを抱くと同時に遠くにいってしまったような感じがして少し寂しい。やっぱりローブマンさんとの1戦からガラルド君の中で確実に変化が起き始めていると思う。
そんな事を考えながら精算作業を終わらせたサーシャ達は解散する事となった。ギルドの扉を開けて現在サーシャ達が寝泊まりしている集会所へ帰ろうとするとストレングさんが話しかけてきた。
「ガラルド、リリス、サーシャ。シンから伝言だ。明日の朝、王宮殿に来てくれ。今後について大事な話があるらしい」
ストレングさんの言葉にガラルド君が問い返す。
「今後についてというのはドライアド復興計画のことか?」
「それもあるが、それ以上に大事な話かもしれん。まぁ明日になれば分かるさ。今日はとにかく疲れを癒してくれ、お疲れさん!」
詳細を話してくれなくて気になったけど、サーシャ達はそのまま集会所へと帰ることにした。ストレングさんの言う『ドライアド復興計画以上に大事な話』とは何なのだろう?
布団に入って目を瞑っても気になってしまうけれど、戦闘の疲労の方が上回っていたようでサーシャの意識はすぐに沈んでいく……。