モードレッドは俺に対して『一護衛に喋る権利はない』と言い放ったが、シンが挙手をして反論する。
「聞いてくれモードレッド。ガラルド君にも意見をする権利があるのだよ。何故なら彼はドライアド跡地を使って新たな街の代表となるのだからね」
「……何だと?」
この日初めてモードレッドの表情が鈍くなった、それはシンも察していたようでニヤリと笑顔を浮かべた後、ドライアド復興計画の説明を始めた。
旧ドライアドの民が帝国によって半ば無理やり移動させられてドライアドが長期間もぬけの殻状態になっているからこそ移民を募って新たな街を立ち上げることが出来るという点。一応シンバードの傘下になるものの、自由な統治を認めて協力も惜しまないという点。
そして、我ながら恐縮な評価なのだがシン曰く『有名かつ実績もある』俺がドライアドの主導者になればきっと上手くいくだろうという点も任命理由らしい。復興計画について伝えられることはほとんどモードレッドへ伝えた。
するとシンの言葉を受けてモードレッドが異を唱える。
「今は帝国がドライアドの管理者だ、認める訳にはいかないな。それにドライアドの民を自領へ移動させた我々を非難していたのは君達だろう? それにも関わらず勝手に跡地で建国するのは如何なものかね」
「ならば帝国がドライアド民を元の場所へ戻してくれるのなら、ドライアド復興計画を撤回すると約束しよう。どうだ、できないだろう? 帝国は自分がかわいくて仕方がないからな」
どっちが先かを言い争う子供の喧嘩みたいになってきたけれど、シンの言葉は中々効果的だと思う。実際シンの言葉を受けてモードレッドは沈黙している。モードレッドが静かになっている間に各国の代表がドライアド復興計画の是非についてヒソヒソと話し合っていた。
「勢いがあるシンバードなら復興も可能かもしれないな」
「とはいえ、主導者はあの呪われし地『ディアトイル』の人間だぞ? 何をしでかすかわかったもんじゃない」
「ガラルド殿の清廉さと行動力は幾度となく聞いてきた。新聞でも取り上げられる程だぞ。少なくとも彼は一味違うのでは?」
「歴史上ディアトイル生まれの偉人は存在していないのだぞ? この盛り上がりも一時的なものに過ぎぬだろう」
俺が近くにいると言うのに彼等は思い思いに喋っている。とは言え、半分近くは好意的な意見のようだから昔からは考えられない進歩だ。あとはもっと実績を積んでいき、肯定派を6割、7割と増やしていけばいいだけだ。俺達の頑張り次第できっと世界を変えられるはずだ。
周りのざわめきが収まり始めた頃、沈黙していたモードレッドがようやく口を開いた。
「シンバードの考えはよく分かった、好きにすればいい。ただし、帝国も大陸則に則ったうえで好きなにやらせてもらう」
「どういうことだ?」
「現在帝国の第4部隊がちょうどドライアドの少し西方に位置する拠点へ遠征している。理由は資源の開拓なのだが第4部隊に
「な、何だと!」
シンが驚きのあまり大声をあげた。帰巣性を利用した
世界で10羽も確認されていない希少な
これがモードレッドの私怨なのか、それとも合理性を求めた判断なのかは分からない。厄介な展開になってきた。
『どの国も手を付けていなかった空白の地域を複数国が同時に着手』した場合、その地を最も上手く統治できる国を決めることになっている。その決め方は
この取り決めの事を『大陸投票』もしくは『
投票だから当然、私情や忖度なども絡んでくることも考えられる。基盤が大きい帝国が有利になることは否めない。シンは今日1番の渋い顔をしているが俺は不思議と大丈夫な気がしていた。
ジークフリートと手を取りあえた様に俺達はシンを中心に着々と輪を広げられている。それに加えて高圧的な帝国をよく思っていない国があるのは大陸会議の代表者達の顔を見る限り明らかだ。
話し合いの場を帝国優勢のまま終わりにしてしまっては先行きが暗くなるし票が帝国に流れてしまいかねない。俺はさっきと同じようにモードレッドに噛みついておくことにした。
「帝国様は何かにつけて自信満々みたいだが、俺達だって投票に勝つ自信もあれば、新ドライアドを上手く統治する自信だってあるぜ? シンバードは建国してから歴史も浅いが破竹の勢いで国力を増している。そして今この時も、俺と一緒に戦ってきてくれた仲間がドライアド跡地に視察へ行き、復興に向けて尽力しているはずだ。彼女達は俺には勿体ないぐらい優秀な仲間だ」
俺はサーシャの顔を強く思い浮かべながら自慢した。そして更に言葉を続ける。
「俺が初めてシンバードを訪れた時、街の熱気とシンのカリスマ性に心を奪われて直ぐにシンバードの虜になっていた。そんなシンバードは今、無駄な血を流させることなく領地を拡大しながら友好国を増やし続けている。最近だとジークフリートもそれにあたるな。そんなシンバードとは真逆で上から抑えつけるようなやり方をする帝国はきっとどこかで
やや喧嘩腰になってしまったが言いたいことは全部言ってやったから後悔はない。モードレッドは怒りとも苦悶とも取れない険しい顔で俺の目を見つめている。何とも言えない沈黙が数秒流れることになったが、それは意外な形で終わりを迎える事となった。
――――パチパチパチパチ――――
各国の代表者から拍手があがったのだ。まばらな拍手ではあるものの過半数を超える人数が拍手してくれている。大陸会議に全部の国の代表が出席している訳ではないものの、帝国に反意を示すものがこれだけ現れてくれたことはありがたい限りだ。大陸投票において大きな追い風になることだろう。
この拍手を目の当たりにしたモードレッドは先程の険しい顔から一転、何故か無表情になっていた。俺の言葉が全然効いていないのかと心配になったが、隣に座っているシンが俺に耳打ちして教えてくれた。
「モードレッドの奴、結構焦っているぞ。あいつは子供の頃から追い込まれると落ち着きを取り戻す事に集中したくて深呼吸して無表情になるんだ。だからガラルド君の言葉が効いてるってことだよ」
シンは上擦ったコソコソ声で教えてくれた。帝国領に入って初めて嬉しそうにしている姿を見た気がする。その後、モードレッドは「お互い頑張ろう」と一言だけ言って、半ば強引に次の話題へとシフトする。
そこからは会議の序盤と同じように大事だけれど眠たくなるような内容の話し合いが続く。細かい事を色々と決めたり報告したところでお開きとなった。
終了とともに緊張で肩が凝り固まっていたのを実感しながら席を立つと、モードレッドの側近と思わしき老紳士が食事会の準備が出来ていると全員を招待してくれた。
「リングウォルド自慢の料理の数々、是非ご堪能頂けたらと思います。どうぞこちらの部屋へ」
どんな美味しい料理が出てくるのだろうという期待と毒が盛られていないかという若干の不安を抱えながら俺達は食事の席に座った。