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第89話 持たざる者




 冷たく罰を与えると言い放つモードレッドと激しく怯えるレック。この場にいるだけで胃が痛くなりそうだ。どんな罰が与えられるのかは分からないが、ここまでレックはレックなりに頑張ってきたわけだから少しでも手心を加えてやって欲しい。俺はモードレッドにお願いすることにした。


「聞いてくれモードレッドさん。レックは樹白竜じゅはくりゅう相手に善戦していたし、模擬試合だって相当苦戦させられた。対戦相手である俺が言っているんだからそれは信じてくれ。今はまだモードレッドさんのお眼鏡に叶う奴じゃないかもしれないが、レックの成長速度は目を見張るものがある。この先に期待して厳しい罰は勘弁してやってくれ」


「…………ふむ、分かった。ドライアド代表であり、リングウォルド別邸跡地でも世話になったガラルドの言葉だ、半分ぐらいは聞き入れる事にしよう」


「半分ってどういうことだ?」


「レックには一方的に体罰を与えるつもりだったが止める事にして、戦闘指導にとどめておこう。剣を交えた兄弟のコミュニケーションだ。見学したければ君達も来るがいい」


 結局厳しそうな気がするのだが本当に大丈夫なのだろうか? レックの震えは少しマシになっているようだが、相変わらず顔色は悪い。そんな俺の心配をよそに2人は裏庭へ歩いていった、その後を俺達も追いかける。


 裏庭の中心で木剣を取り出したモードレッドは剣先をレックに向ける。


「さぁレックよ、剣と盾を持ち私に攻撃してこい。ガラルドの言葉に免じてこちらからの攻撃はお前の体に直接当てない事を約束しよう」


 そうは言ってもモードレッドから溢れる威圧感は半端じゃない。レックもそれを感じているようでレイピアを持つ手は震えていた。それでもレックは勇気を振り絞ってモードレッドに突進をくりだす。


 模擬試合の時よりも明らかに踏み込みが遅いし剣筋も悪い。レックは容易く攻撃を往なされてしまう。レックの攻撃を受け続けていたモードレッドの表情が段々と苦々しくなっていき、しまいには大きな溜息をつき、ぼそりと呟く。


「単純な身体能力や魔術の練度は上がっていると聞いていたが大したことは無いな。やはりお前は皇族の血に相応しくない」


 冷たく言い放ったモードレッドはぶっきらぼうに木剣で薙ぎ払うと盾ごとレックの体を大きく吹き飛ばした。力の入らない直立の姿勢から腕の力だけで振り払ったにも拘わらず20歩以上の距離を吹き飛ばしている……とんでもない膂力である。


 ついさっきモードレッドは体へ直接攻撃はしないと言っていたから、盾ごと吹き飛ばすのはルール違反ではない。だが実質攻撃されたようなものだと思うのだが、どうなのだろう? 手も足も震えているレックは何とか立ち上がり再びレイピアを構えるがモードレッドは逆に剣をおろしてレックを睨む。


「お前が剣も魔術も知能も何もかも兄弟に劣っているのは分かっているだろう。だが、1番大きな問題はそこではない。私のスキルを全く受け切れていない点が問題なのだ。やはり、お前は持たざる者なのだよ」


 その言葉と同時にモードレッドの威圧感がますます強くなった。レックは震えを通り越して涙目になり始める。間違いない――――リングウォルドで見せた『あの能力』だ。


 以前モードレッドが盗賊を跪かせ、俺へ殺気を飛ばしてきた『あの能力』は相手にプレッシャーをかけて弱体化するタイプのスキルである可能性が高そうだ。特にレックには有効なようだが、それを受けきれないことの何が問題で何が持たざる者なのだろうか?


 俺は外野から率直に尋ねてみた。


「兄弟の特訓中に水を差して悪いが聞かせてくれモードレッドさん。あんたの殺気をぶつけるような『能力』が強力なのは俺も体験済みだし脅威なのも確かだ。だが、それを帝国の仲間であるレックが受け切れなかったとして何の問題があるんだ?」


「なんだ、とっくにシンから私の能力について聞いているかと思ったが知らなかったのか……。まぁ、どっちみち我々リングウォルド家の先天スキルはシンに筒抜けだ、これを機に教えてやろう。君の言う通り、私の先天スキルはプレッシャーを与える力がある。私の弟である第二皇子と第三皇子も多少違いはあるものの似たような先天スキルを持っている」


「大陸の頂点を名乗る一族なだけあって、恐ろしい先天スキルだな。つまり持たざる者というのはレックが他兄弟と同じような先天スキルを発現できていないことを言っているんだな」


「その通りだ。このスキル『ミストルティン』は代々皇帝から受け継いできた誇り高いものだ。そして『ミストルティン』は同じスキルを持つ親族同士では効果を発揮しない性質を持っているのだが、レックには効果てきめんだ。つまりはそういうことなのだよ」


 毒に毒をぶつけても抗体があって効かないようなものなのだろうか。皇帝の直系が皆同じ能力を持っていたのなら能力を発現しない弟の心配をする気持ちは分からなくもないが、いくらなんでもモードレッドは言い過ぎだ。レックを擁護することにしよう。


「言い過ぎだモードレッドさん、いやモードレッド。力が無かったとしても大事な弟だろ? それにこれから能力を発現させる可能性だってあるんじゃないのか? スキル鑑定の石版に先天スキルの記述はなかったのか?」


「他国の君が随分と熱心だな、流石は大陸の人気者、優しいじゃないか。ガラルドの言う通り、これから発現する可能性も無いわけではない。スキル鑑定で現れた石版にも不明瞭ながら『ミストルティン』に関する記述はされていたからな」


「だったら気長に待ってやればいいじゃないか」


「気長にだと? 世界が刻一刻と変わる中、少しでも早く力が必要なのだぞ? ましてやレックは皇帝の実の息子だ。気長に待っている時間などない!」


 モードレッドは強く言い切ると、さっきよりもずっと強いプレッシャーをレックへ飛ばした。周りにいる俺達ですら震えがくるレベルのプレッシャーを受けたレックはあまりの重圧にとうとう膝を着き、うめきはじめる。


「ううぅぅ、はぁはぁ……うぷっ、うげぇぇぇっ!」


 しまいには嘔吐し始め、呼吸すら危うくなってきた。ここまできたらどう考えてもやり過ぎだ。気が付けば俺はモードレッドに怒鳴っていた。


「やめろモードレッド! お前は度を越えている! こんなことをしたって意味がないどころか逆効果だ。これ以上やるなら俺は力づくで止めさせてもらうぞ」


 俺が睨んで言い放つとモードレッドはレックに向けていたプレッシャーをそのまま俺に飛ばしてきた。


 レックほどの影響は受けていないものの、全身の血が冷えて、身体が鉛のように重くなるのを感じる。そんな状態の俺を見たモードレッドが少し驚いた表情を見せる。


「ほほう、レック以上にミストルティンのプレッシャーを強めてガラルドへぶつけてみたが、その程度の反応で済むとはな。そこで膝を着いている屑より、よっぽど王としての素質があるようだな」


「お前は今、家族に向けて言っちゃいけない言葉を言いやがったな。今すぐレックに謝れ!」


「事実を言っただけなのだがな。謝らせたければ私に1撃でもいいから入れてみろ。何ならガラルドとそこの屑の2人がかりで攻撃しても構わないぞ」


「言ったな? 後悔すんなよモードレッド! 行くぞ、立ち上がれレック!」


 俺はレックの腕を引っ張って立ち上がらせ、棍を持って戦闘態勢に入る。





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