修行の荒地で大失速したシルバーを抜き去ったサーシャは次の難所『沼地エリア』を訪れていた。ここも湖と同じように中心の小島にあるチェックポイントを通らなければいけない。つまり泥に足を踏み入れる必要があるということだ。
湖の時は岩礁を伝っていくことが出来たが、今回の沼地には飛び移っていけるような足場はない。どうやら泥に足をとられるのは覚悟のうえでシンプルに駆けていくしか方法がなかったようで黒猫サクは懸命に沼地を駆けていった。
サーシャから遅れること1分。ようやく荒地を抜け出したシルバーは沼地へ辿り着く。
ここも湖の時と同じように謎の板の噴出力で進んでいくのかと思ったがシルバーは板をリュックにしまい込み、沼地の前で止まった。俺は板を使わない理由が分からず横にいるリリスへ疑問を呟いた。
「何でシルバーは板を使わないんだろうな?」
「私の予想ですが恐らく沼地の性質的に使いにくいのでしょう。板で進んでしまうと前方に泥の山が出来上がってしまって抵抗が強くなりすぎてしまうからじゃないでしょうか? 泥は水と違って粘度が高いですから」
なるほど、確かにリリスの言う通りかもしれない。砂場の砂を水平に真っすぐ押し込むと前方に山が出来るのと同じようなものなのだろう。直に沼地を見ることで予想以上に粘度が高い事が分かり、シルバーは止まったのかもしれない。
このままサーシャが逃げ切ってくれればと祈る俺だったが次の瞬間リリスがシルバーの方を指差し、驚きの声をあげる。
「見てくださいガラルドさん! シルバーさんがスキル『フリーバード』を!」
シルバーの方を見てみると、奴はフリーバードの6枚の羽を広げていた。形状はコメットサークル領で見せた時よりも小さく、先端の形が円盤状になっている。
何をするつもりなのか眺めているとシルバーは円盤状のフリーバードをまるで足の様に回転させ、表面積の広さを利用した豪快な踏みしめによって沼地を駆けだした。
あの表面積の広い円盤状のフリーバードなら人間の足と違って重さが一点にかからず分散されて沈みにくくなる。ましてや羽は6枚もあるから尚更だ。
世界にはごくまれに水上を走る動物や魔獣が存在するが、そのほとんどが平たい足を持っていたり、節足生物だったりするものだ。今のシルバーはまさにソレだ。
動きや形状が若干不気味ではあるものの、非常に理にかなったシルバーの走法はサーシャとの距離を詰めていき、最後にはシルバーが数秒速く沼地を抜け出した。
「よっしゃー! ようやく逆転だぜ、このまま最後まで逃げ切らせてもらうぜ!」
「サーシャだって負けないんだから!」
ヒートアップした2人は次の第3区間最初の難所『林エリア』までの直線エリアで順位が何度も入れ替わる接戦を繰り広げていた。
林エリアはチェックポイントこそ無いものの、高さの低い木が所狭しと生い茂り、丘の上まで厳しい傾斜が続く難所だ。
俺達は今までのエリアなら迂回する形でシルバーとサーシャを追いかける事が出来たが、流石に視界の悪い林エリアを追跡する事は不可能だ。だから俺とリリスは林の中で群を抜いて背の高い樹に狙いを定め、アイ・テレポートで樹の頂上へ瞬間移動することにした。
離れた位置に行ってしまった事でシルバーとサーシャの声を聞くことが出来ないのは残念だが、木々1本1本の高さが低い事もあり、林全体を見渡すことができる。なんとか上から2人の動向を追う事が出来そうだ。
2人が林エリアを抜けて丘へ辿り着いたら見渡しの良い現在地から再びアイ・テレポートで近くまで飛ぶことができるから、このポイントは素晴らしいロケーションだと言えるだろう。
俺はアイ・テレポートで息切れするリリスを尻目にシルバーとサーシャの位置を上から見つけ出した。僅かにリードしているシルバーが噴射する板で林の中に侵入すると再びフリーバードを左右に広げて、生い茂る木々をジグザグ移動で避けながら進んでいた。
フリーバードは膂力に優れたスキルだ、そして恐らく1番の長所は並列処理能力なのだと思う。蜘蛛の手足の様に細かく器用に動く6枚のフリーバードは先程とは違い、先端が杖に近い形状になっている。
隆盛の激しい地面へ的確に6本の脚を引っ掛けて進むさまは圧巻だ。効率的かつ絶妙なボディバランスで移動し続けている。サーシャも黒猫サクの機敏さでテンポよく木々の間を縫っているものの、少しずつシルバーに距離を離されてしまっている。
だが、林エリアで負けたとしてもまだ『丘からの下りルート・懸け橋・最後の直線』が残っている。まだまだ挽回できる筈だと楽観的に考えていたが、次にシルバーが取った行動によってサーシャに厳しい展開が訪れることとなる。
それはフリーバードの内2枚をナイフのような薄い形状に変えたシルバーが進路上にある木々を切り始めたのである。流石に走りながらだから野太い木を切る事はなかったが、小さめの丸太が地面に落ちる事で斜め下後方を走っているサーシャに向かって転がり始めたのだ。
サーシャは前方に立ち並ぶ木々と不規則に転がってくる丸太を避けながら進んでいるが、かなり苦しんでいる様子が伺える。結果みるみるうちにシルバーとの距離が開いていた。
苦しそうなサーシャを見て、リリスが拳を強く握りながら悔しがる。
「あんな戦法ありなんですか? 危険すぎますよ!」
「いや、一応直接攻撃ではないし、妨害もルール上有りにしているから問題はない。まぁ、ここまでの事をしてくるとは思わなかったがな。だが、一応フォローしておくとシルバーは馬鹿だけど悪い奴ではない。恐らくこれまでのサーシャの走りを見て、丸太で妨害しても大丈夫だと判断したのだろう。実際、サーシャは減速こそしているものの丸太は直撃していないからな」
「うぅ~、確かにガラルドさんの言う事には一理ありますね。感情的になってしまってすいません」
「いや、仲間を思うからこそ出た言葉なんだから気にするな。それよりほら、シルバーを見てみろ、もう林エリアを7割近く走破したぞ。俺達は次のチェックポイントである丘の上にアイ・テレポートで先回りするぞ」
「もうあんな所に! 急がなきゃですね、アイ・テレポート!」
そして俺達は林エリアを超えた丘の上に先回りした。数分後に訪れるであろうシルバーたちよりも先に次のルートを肉眼で確認してみたが、我ながら険しいルートを作ってしまったという申し訳ない気持ちが湧いてくる。
丘のチェックポイントを超えたその先は何百メードあるか分からない程の大滝と断崖絶壁が存在するからだ。ここを降りていくには小さな足場を計画的かつ的確に転々と飛び降りていかなければならない。
見通しを誤って間違ったルートを降りていくと最悪の場合、逆走して立て直さなければいけない。逆に言えばシルバーのミス次第でサーシャが追い付くチャンスがあるエリアでもあるから絶対に抜いてもらいたいところだ。
俺とリリスがチェックポイントで待機していると、やはりシルバーが先に林エリアを抜けて俺達の元へ辿り着いた。シルバーはどんなプランで断崖絶壁を降りていくのか見守っていると、奴は俺の想像を遥かに超えた方法で断崖絶壁を攻略し始める。