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第252話 不愛想とお節介




 グラドから紹介されたシルフィとディザールは薪割り用の斧を地面に置き、それぞれ自己紹介を始めた。


「はじめまして、私はシルフィと言います。ペッコ村には同年代の女の子が少なくて外から来る人も少ないので仲良くしてくれたら嬉しいです。よろしくお願いします」


「僕の名はディザールだ……話す事は特にない。魔獣討伐の際には足を引っ張るなよ」


 愛想の良いシルフィとは対照的にディザールの挨拶は不愛想で刺々しい。2人は見た目も対照的で花をあしらったオレンジ色の明るいワンピースを着たシルフィは垂れ目を一層垂らした笑顔で周りを朗らかにしてくれる可愛らしい女の子だ。


 一方のディザールは灰色と焦げ茶色の布がツギハギに縫われたボロボロのローブに身を包み、長い髪も整えてはおらずボサボサだ。そして顔立ちは中性的でありながらもどこか鋭さと雄々しさがあり、簡単に心を開いてくれなさそうな警戒心も感じる。


 攻撃的にすら見える態度を取るディザールだったが、何故かリーファやシリウスに視線を向けて話そうとはしなかった。もしかしたらシャイなだけなのかもしれない。


 ディザールの事が気になってずっと見つめていた俺はこの時、謎の既視感を覚えていた。異様にざわつく自分の胸に戸惑っていると記憶の水晶が突然点滅を始めて、映像が一時的に止まってしまった。


 一体どういう事だ? と困惑する中、記憶の水晶は煙のようなものまで溢れ出してしまう。煙らしきものは少しずつ色が付き、人の形へと固まっていくと、目の前のそれは20代前半ぐらいまで歳を重ねたシルフィへと変貌を遂げる。


 煙から生まれたシルフィは魔術師のローブを着ていて、顔立ちは過去と変わらず村娘っぽさを内包した温和そうな感じだ。だが、表情は少し悲しそうで何かを抱えているように見える。


 そして煙のシルフィは止まった映像の中を歩き出して過去のシルフィの横に立ち、この現象についての説明を始める。


「もしかしたら私の事を知らない人も見ているかもしれないので自己紹介をさせてください。煙となって現れた私の名はシルフィ。スキルであり物体でもある記憶の水晶を生成した者です。ここからは煙人けむりびとである私が補足を入れながら自身の過去を伝えていきたいと思います。煙である私はあくまで映像に合わせて自動で喋るだけなので受け答えは出来ません。細かい質問などがあれば水晶を手渡したフィアさんに聞いてもらえたらと思います」


 記憶の水晶にこんな機能まで備わっているとは驚きだ。本当に記憶の保存に特化した作りなんだなぁ、と感心するばかりだ。


 それから煙人けむりびとは水晶に人差し指を向けると水晶は再び点滅を始め、映像を再開する。




 グラドは「はぁ……」とため息を吐くとディザールの肩にポンと手を当て、リーファ達に謝り出した。


「リーファ、シリウス、うちのディザールが失礼な態度をとって申し訳ない。でも根は悪い奴じゃないから仲良くしてやってほしい。それに魔術に関しては本当に優秀な奴なんだ、きっと魔獣退治でも役に立つからさ」


 グラドのフォローを受けて、リーファとシリウスは互いの目を見て頷き合い、積極的にディザールへ声を掛け始める。


「私も昔はシャイなところがあったからディザールさんの気持ちが分かるよ。見ての通り私は超が付くほど善良な人間だから気楽に接してね、シリウスはちょっと気難しそうな顔をしているけど、ちゃんと良い人だから安心してね」


「誰が気難しい顔だって? 僕が気難しいんじゃなくてリーファがアホっぽいだけだろ? まぁリーファはこんな奴だが優秀な神官として名が通っている。僕もそれなりに剣術・魔術ともに腕に覚えがある、よろしく頼むよディザール」


 リーファとシリウスは息の合った小言を言い合うと、シリウスがディザールに握手を求めた。しかし、ディザールは握手をするでも断るでもなくディザールを見つめていた。


 何だかディザールの行動が読めない。リーファもシリウスも映像を見ている俺達も固まっているとグラドがディザールの行動について説明を始めた。


「あぁ、すまない説明していなかったな。ディザールは目が見えないんだ。と言っても全く見えない訳ではなくて、ぼんやりとした視界が広がっている感じだ。人が目の前に立っているかどうかの判別は出来るらしい。だから細かい動きや物の位置は視覚を除く五感と魔力の波動で感知していてな。日常生活は段々と1人でこなせるようになってきたんだ」


 グラドの説明を聞いた瞬間に俺はディザールに抱いた既視感の正体に気付いた。それと同時に何故か映像は停止してしまった。


 俺は再び煙人が映像を止めたのかと視線を向ける。映像を止めたのは煙人ではなくフィアだった。フィアは水晶から指を離して神妙な面持ちで俺を見つめながら問いかける。


「ガラルドさん……もしかしてディザールの正体に気付かれましたか?」


「ああ、顔立ちが幼くて声も若いから最初は気が付けなかったが五感と魔力の波動で物を見るという言葉からピンときたよ。ディザールの正体は……アスタロトだな?」


「やはり気づかれましたか。そうです、アスタロトは五英雄ディザールなのです」


 まだ気がついていなかったグラッジやシンは声を詰まらせて驚いていた。だが、驚くのも無理はない。五英雄だった人間が大陸の脅威となっているだけでも驚きだし、色々と説明のつかない点が多いのだから。


 フィアは俺が抱いている疑問を先読みすると、ディザールについて語ってくれた。


「若きディザールとアスタロトが同一人物だという事実に皆さん困惑していると思います。何故ディザールが悪に染まったのか? 現代では老人になっているはずのアスタロトの仮面の下は何故あんなにも若々しいのか? そして何故アスタロトは緋色の魔力を持つガラルドさんと魔人ザキールを息子に持つのか? その全てはシルフィさんの記憶が語ってくれます。もう少しだけお付き合いください」


 そう言ってフィアは再び水晶に触れて映像を再開する。映像の中のリーファとシリウスはグラドの説明を受けた後、ディザールの右手をリーファが、左手をシリウスが握り、強引に握手を交わした。


 リーファは今のリリスと全く変わらない笑顔でディザールに言葉を贈る。


「事情は分かったよ。今日からディザールさん達3人は私の大切な仲間であり兄弟だと思って一緒に頑張るね。そして、私は妹フィアちゃんの心臓を治すのと同じようにディザールの目も治せるよう精一杯調べてみるよ。だから一緒に頑張ろうね、ディザール!」


「ぼ、僕は昔から自分の目が治るなんて思っちゃいない。余計なお世話だ!」


「余計なお世話で結構! 私が仲間の力になりたいと勝手に動くだけだもん、気にしないで!」


 元気に言い切るリーファに対しクールなディザールも流石にたじろいでいる。今と全く変わらないリリスの姿がそこにはあった。





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