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第272話 これからのイグノーラ




 グノシス・ローラン王が暗殺されてから早50日――――グラド、ディザール、シリウス、リーファ、シルフィの5人はグノシスの墓の前に来ていた。グノシスの墓は王族とは思えない程に貧相で、他の王族の墓からかなり離れた辺鄙な場所に建てられているようだ。


 墓参りをするのが1番の目的だが、もう1つの目的は天国にいるグノシスへ現状の報告を兼ねた愚痴を吐露したい思いもあるらしい。


 モンストル大陸では様々な宗教があり、死後の世界を信じる宗教・信じない宗教と色々あるが、信心深くないグラドでも愚痴を漏らしたくなるぐらい現状に疲れているようだ。


 グラドは墓の前で手を合わせ、酒を供えると今のイグノーラについて語り始める。


「あの世で元気にしてますか、グノシス王。俺達5人は正直、あまり楽しい暮らしはできていません。貴方が亡くなってから増長し始めたコルピ・カーランは親ローラン家の俺達5人に狙いを定めました。俺とディザールは兵士としての階級を下げられて、シルフィも授与されるはずだった教会の勲章をいくつか取り下げられる事となりました」


 続いてシルフィが墓に手を合わせてイグノーラの民衆について報告する。


「私達はグノシス様が亡くなるまでは五英雄と呼ばれて民衆から慕われていました。いえ、今でも慕ってくれてはいるのですが、コルピ新王が『五英雄などと大層な肩書で呼ぶではない! 今後、民衆が五英雄と呼ぶことは禁ずる』と言いだし、民衆からは呼ばれなくなりました。お土産屋で並んでいた私達を模した人形、武具屋に並んでた私達の装備のレプリカも撤廃され、なんだか自分達の分身が無くなって存在を否定されているようです。心にぽっかり穴が空いた気分と言えばいいでしょうか……」


 そして、最後にディザールが何かの袋を片手に持った状態で墓に語り掛ける。


「僕らにとって居心地の良い場所だったイグノーラ城が居心地悪くなってしまって残念に思ってる。だけど僕達の心は折れていない。いつか必ずグノシス王がいた頃のイグノーラを取り戻してみせるよ。それと最後に生前の貴方から言われていたお使いを果たしにきたよ。貴方は生前こう言っていたよな? 『ディアボロスに墓がないのは可哀想じゃろ。ワシの横にでも作ってやってくれ。そしてワシの墓は安物にしてくれ。少しでも国の金を温存したいからのぅ』ってな。だから望みどおりにしといたよ。今度墓参りに来る時は勝利の酒を持ってこられるように頑張るつもりだ。それまで待っていてくれ」


 5人の手、特にディザールの手は決意が強く漲って震えている。それからディザールが袋からディアボロスの灰を取り出し、グノシス王の墓の横に埋めて、簡単な墓石を突き立てた。


 簡素な作りではあるものの、きっとディアボロスは墓なんて作ってもらえるとは思っていなかったはずだ。あの世で喜んでいると思いたい。俺がもしこの場に居たならば優しい5人とグノシス王に拍手を贈りたいところだ。







 それから更に月日は流れ、カーラン家が台頭するイグノーラ城で居心地の悪い暮らしをしていた5人の運命を大きく変える日が訪れてしまう。それは国を挙げて行っているスキル鑑定の日だ。


 階級を下げられたとはいえ優秀であることには変わりない5人は戦力を分析・開発する為に比較的早い段階でスキル鑑定に呼ばれていた。


 イグノーラで1番大きな教会に集められた5人は大勢の高位神官に囲まれ、順番に鑑定を進めていった。


 普通の町のスキル鑑定なら1人鑑定するのに1日ぐらいかかる時もあるが、流石は高位神官と言うべきか、神官の数が多い事もあり1人あたり1時間もかからないペースで鑑定を終えている。


 シルフィ、リーファ、シリウスと順番にスキル鑑定を終えて、次はディザールの番になった。神官たちはディザールのスキル鑑定を終えて、出現した石版を解読すると口元を抑えて絶句してしまう。


 一体どんなスキルが記述されていたんだ? と気になるところだが記憶の水晶が映し出す映像では細部が分かり辛く、覗き見ることが出来なかった。


 青ざめた顔で石版を手にした神官は早速ディザールに手渡した。ディザールは自分のスキルを読み解くと「フッ、歪んだ性格をしている僕らしいスキルじゃないか。そりゃあ神官たちに気味悪がられるのも無理はない」と呟き、自分の席へと戻っていった。


 ディザールのスキルが気になるところだ。現代のアスタロトも同じスキルを持っている可能性が高いから記憶の水晶が終わったらシリウスに聞いてみた方がよさそうだ。


 そして、いよいよ5人の中の最後、魔獣寄せを持つグラドの番がきてしまった。この日を境にグラドが民衆から嫌われてしまうのかと思うと直視するのが辛い。


 グラドは神官たちに囲まれるとスキル鑑定の光に包まれる。1時間後、年老いた男性神官の手に石版が落ちてきた。神官は石版を見つめると、首を傾げて、近くにいる古代文字に詳しい学者へ読み方を尋ねる。


「学者殿……すまぬが古代文字を解読してくれぬか? 知らない文字が多くて、かなり解読が難しくてのぅ」


「分かりました。ふむふむ……これは……。魔獣、神獣、意識、周期、座標? 広範囲? ヘイト? うーん、断片的にしか分かりませんが魔獣に関するスキルである可能性が高いですね。完全に解読するには色々な町の学者から力を借りないと難しそうです」


「魔獣関連ですか……なるほどのぅ。確かコルピ王は魔獣を引き寄せるスキルを持つ者がいたら報告せよと言っておったが、一応グラド殿の断片的なスキル解読情報を伝えておくかのぅ」


「……。」


 グラドは渋い顔をして無言で俯いている。この日に魔獣寄せのことが全て判明した訳ではないようだが、この時からグラドは自分の運命を感じ取っていたのかもしれない。


 スキル鑑定を終えた5人はコルピ王からの指示で謁見の間へ報告に訪れた。グラドのスキル鑑定を聞いたコルピ王は腹黒い笑みを浮かべると、有無を言わせず兵士達に指示を出す。


「そうかそうか、5人が現れた途端にイグノーラが大きく動き出したから怪しいとは思っていたが、やはりそうだったか。兵士達よ、これからはグラドに四六時中監視をつけて、魔獣が寄ってきているかどうか記録を取るのだ。そして、民衆の安全を守るために、この情報を早速国中へ伝えるのだ!」


「ちょ、ちょっと待て!」


 ディザールが慌てて制止しようとしたがコルピ王は構わず兵士を散らせる。コルピ王にとってグラドが黒だろうが白だろうがどうでもよく、とにかくグラド達の評判を下げるきっかけが欲しかったのだろう。奴の笑顔からは邪悪な思惑が滲み出ている。


「あー、残念だったなグラド。だが、これも国を確実に守るための大切な周知活動だ。悪く思うなよ? ハハハ!」


「好きにしろよ。悪いスキルだろうが良いスキルだろうが、俺は仲間と民衆にとってベストな行動を取るだけだ。笑いたきゃいくらでも笑えよ」


 そう吐き捨てるとグラドは早歩きで謁見の間を出て行ってしまう。グラドの後を追いかけた4人は声を掛けようとしていたが、誰もグラドを励ます事が出来なかったようだ。


 見ているだけで胃が痛くなりそうな1日はこうして幕を閉じる。





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