「みんな、最後に俺からのお願いを聞いてくれ」
泣きそうな笑顔でそう語るグラドは最初にシリウスの方を見て話し始める。
「シリウス、これまで世話になったな。お前には色々とやらなきゃいけない事があるのに俺達に時間を使ってくれてありがとな。お前はすぐに帝国の船団を帰して、イグノーラの事は忘れて自分の目的を果たしてくれ。帝国を少しでも早く正常化させたいんだろ?」
「グラド……それでも僕は故郷に負けないぐらいイグノーラと4人のことを……」
言葉を返すシリウスに対し、グラドは首を横に振る。この行動の意味するところ……それは目的のみに集中しろというグラドの命令にも似た願いだった。シリウスは言葉を続ける事ができず、黙って頷きを返す。
続いてグラドはディザールとシルフィの方を見つめて語り出す。
「ディザールとシルフィには小さい頃からずっと世話になってきたな。正直お礼を言いたいことがありすぎて何も言えないぐらいだぜ。だから逆にこれからのことについて言っておくよ。ディザールは真面目で考えすぎるところがあるからな、ほどよく肩の力を抜いて、自分のことを認めてくれる仲間を大切にしながら頑張ってくれ」
「フンッ、兄貴ぶった言い方をしやがって。僕は村を出た時からそんなことを分かっているんだよ」
「ハハッ、お前は相変わらずブレないな。次にシルフィだが、俺はシルフィに関しては何も心配していない。これからも今まで通り優しいシルフィでいてくれたらそれでいい。何かをお願いするとしたらディザールが突っ走りそうになった時に止めて欲しいってことぐらいかな。今までありがとな、2人とも」
「うぅ……ぐすっ……正直まだ別れの自覚を持てないけどグラドの言葉は受け取ったよ。いつか必ずグラドと再会できるように頑張ってみせるから、それまでどうか無事でいてね」
シルフィは大粒の涙をこぼしながら両手でグラドの手を握り、別れを惜しんだ。
そして、グラドは最後にリーファへ言葉を贈る。
「リーファも俺達の為に色々と頑張ってくれたよな、本当に感謝してる。まるで妹が出来たみたいで楽しかったぞ。リーファもコルピ王が邪魔をする前に早めに船で帝国へ帰り、妹さんを治して、帝国で立派な神官になってくれよな。今までありがとう」
「……」
お礼を言うグラドとは対照的にリーファは頷きもしなければ返事もしなかった。リーファの態度に焦ったグラドは苦笑いを浮かべながら謝る。
「あはは……流石にいきなり別れを言いだしたのが許せなかったのかな。出来れば笑って送り出して欲しかったが、俺にそんなことを言う資格はないよな。ごめんな、リーファ」
落ち込むグラドに対しても何もリアクションを返さず、俯いたままのリーファに4人が困惑している。結局最後に変な空気になったところでグラドは無理やり元気なフリをして解散を告げる。
「改めて言わせてくれ。みんな本当に世話になった。5人で過ごした時間は最高に楽しかったよ、ありがとな。明日の朝に俺はいなくなるが、その時また改めてサヨナラを言いに来るよ。それじゃあまた明日!」
こうして5人はそれぞれの家へと帰っていった。グラドが解散の言葉を発した後もリーファは常に無言で他の仲間から心配されていた。だが、リーファは終始「大丈夫、気にしないで」の一点張りで何を考えているのかが分からなかった。
最初は怒っているのかと思ったが、そういう訳でもなく、リーファが妙な態度を取った理由は翌日の朝に判明する事となった。
※
翌日の朝――――イグノーラの城門前にはグラド、ディザール、シリウス、シルフィの姿があった。グラドは3人の仲間とそれぞれ別れの言葉を交わしたが、この場にリーファがいないせいでどこか上の空である。
最後に気持ちのいい別れが出来ず、下唇を噛みしめながら悔しそうにイグノーラから離れたグラドは1人でコルピ王に指示された場所『死の山の南手前』を目指して歩いている。
目的地の途中まで続いている街道を進んでいると、グラドの目の前の地面に突然かまいたちのような激しい風が走った。グラドはびっくりして閉じていた目を開けると、そこにはリーファが立っていた。
驚いて言葉を失っているグラドとは対照的にリーファは笑顔でここにいる理由を語る。
「ごめんねグラド、ついてきちゃった。私にはどうしてもついて行かないなんて出来なくて」
「ハァ……最初から計画済みだったって事か。だから昨日は泣きも怒りもせずに黙っていたんだな?」
「うん、グラドが皆を巻き込みたくない気持ちも理解できるからね。だから単独で動く事にしたの」
「ハハッ、人一倍熱いリーファらしい行動かもしれないな。だが、例えリーファでもついてくるのは認めないぞ。俺はお前にだって危ない目にはあってほしくないからな」
「何を言ったって無駄だよ。私は何が何でもグラドについていくから。何度追い返されてもグラドのいる場所を尋ねるもん。コルピ王からイグノーラを出るなと言われても出て行くよ。例え四六時中兵士に囲まれる監視体制だったとしても私はアイ・テレポートで兵士から逃げてグラドに会いに行くから」
「くっ……」
一切迷いのない真っすぐな目で言い切るリーファにグラドは押されている。流石はリリスの前世なだけのことはある。俺が感心しているとグラドは首をブンブンと横に振って、叫んだ。
「何で分かってくれないんだ! 俺はリーファ達の将来を思って言ってるんだ! 大事な仲間だからこそ離れる決断が出来たんだ!」
「それは私にも言えることだよ。もう私にとって5人の絆は自分の命より大切なものになっちゃったんだもん。ここまできたらもう理屈じゃないよ。グラドを放っておくことは私にとってはありえないことだもん」
「うぅ……クソッ! だったら俺だって全力で離れさせてもらう! お前のアイ・テレポートがいくら凄くても追ってはこれないだろ!」
そう言うとグラドは全力で走り出してしまった。
「させないよ! アイ・テレポート!」
リーファはすぐさまグラドの前に瞬間移動したけれどグラドはすぐに方向転換してリーファの手に捕まらないように逃げだした。アイ・テレポートは見つめたポイントに飛んで息切れする程に消耗するという性質上、どうしても逃げる相手を追い詰めるのには向かないスキルだ。
リリスは正式に仲間になったヘカトンケイルでもほぼ同じことをしていたことを思い出す。リリスはいつの時代も変わらないようだ。グラドとリーファのやりとりを見つめていると何故か胸が苦しくなる……何故だろう。
その後もグラドはひたすらアイ・テレポートから逃げ続け、リーファも気を失いかねない程にアイ・テレポートを連発していた。顔を真っ青にしながらも追いかけてくるリーファを心配したグラドは堪らず、足を止めてリーファを休ませる。
「も、もうやめてくれリーファ! それ以上アイ・テレポートをしたらお前の体が……」
「ハァハァ……グラドが皆を大切にしているのと同じように私だってグラドを含めた皆が大切なんだもん……絶対に諦めないよ! グラドは自分さえ辛い思いをすればそれでいいと思っているのだろうけど、グラドだって笑って暮らせる世界じゃなきゃだめだよ」
「俺も笑って暮らせる世界……」
「そうだよ! だから私はグラドを絶対に放っておかない! 私にとってグラドは本当の家族のような存在だし、ずっと一緒にいたいと思ってるもん! 帝国やイグノーラでの名誉なんて捨てちゃってもいい、何が何でもついていくよ!」
「リーファ……」
リーファの執念を前にグラドはとうとう何も言えなくなり、黙ってリーファを抱きしめて優しく頭を撫でていた。