「分かった。それじゃあ次はカッツ達のことを聞かせてくれ」
ディザールは一層声を低くし、改まってカッツの方を見つめた。一体カッツ達の何を知りたいのだろうかと疑問を抱いていると、ディザールは奇妙な質問を投げかけた。
「もし、お前達罪人を見殺しにしようとした医者や治癒術師を私が殺してくると言ったら、お前達は私に依頼するか?」
「変な事を聞いてくる奴だな……まぁ俺達は心底ムカついているからな、殺せるもんなら殺して欲しいぜ」
もとはと言えばカッツ達が罪を犯して周囲から嫌われたから治癒されなかったというのに。迷いなく殺して欲しいと言い切るとは……カッツは自業自得という言葉を知らないのだろうか?
カッツの言葉を受けてディザールは何かを考え込んでいるようだった。ディザールはその後もしばらく医者と治癒術師の話を続け、最後に村長について質問する。
「じゃあ、これが最後の質問だ。お前達は村長に感謝しているか? もし、恩返しができるとしたらどんなことをするんだ?」
「確かに村長だけが俺達の病を治療してくれた訳だから感謝するべきなんだろうけどよォ、もとはと言えば村長が俺達をこんな村の外れの不衛生な場所に閉じ込めなければ病に罹らずに済んだんだ。罰が重すぎるし、牢屋に入れるなら村の牢ではなくて街のちゃんとした牢屋に入れて欲しかったもんだぜ。あ~、やっぱり村長も悪いな」
「……棚に上げるとは正にこの事だな。亡くなっていった者へ感謝の一言も無いのか? 世界はお前を中心に回っているとでも思っているのか?」
「ケッ、外部の人間が随分な言いようじゃないか。もしかしてお前、村長の友達か親族だったりするのか? だったら残念だったな。村長みたいな人情を絵に描いた人間は総じて早死にするものなんだよ。お前も生き方には気を付けるんだな、ギャハハハ!」
「……黙れ、もう2度と汚い口を開くな」
ディザールは両手に爪を食い込ませて怒りに震えている。カッツ達が以前ディザール達を襲撃した際には泣きながら命乞いをしつつ反省すると言っていたのに、この有り様だ。
カッツはディザールから喋るなと言われたにもかかわらず、お構いなしに村長の話を続けた。
「まぁ村長も不運に不運が重なったとは思うぜ? 連日、俺達の治療をしていたことが死につながったのは確かだ。だが、そもそも家宝である
「……」
とうとうディザールは黙り込んでしまった。俺ですら口を閉じろと言いたくなるぐらいにカッツは性根が腐っている。
ディザールの精神状態が心配になった俺は自ら映像のディザールへ近づきフードの中の顔を覗いて見ると目に薄っすらと涙を溜めていた。そして、ディザールはカッツにギリギリ聞こえないぐらいの声量でボソッと呟く。
「僕がいなければ村長は死ななかったんだな、いや、そもそもあの時に僕がカッツ達を殺しておけばこんな事態にはならなかったんだ。村長と村長の家族全員に謝らなくちゃな」
「あ? 何をボソボソ喋ってるんだ、聞こえねぇぞ?」
カッツが少しイラついた様子で呟きの内容を問いかける。しかし、ディザールの耳にカッツの声は届いていないようだ。辛い事実と後悔で頭の中が支配されているのだろう。
だが、カッツにはそんな事情が分かるはずもない。イライラを募らせたカッツは牢屋の柵を拳で叩く。
「おい! 無視すんな! お前は一体何者なんだよ、そのフードをめくって素顔を見せやがれ!」
「……ああ、望み通り見せてやろう。だが、私の……いや、僕の素顔を見た瞬間、お前らは言葉を選んでおけばよかったと後悔するはずだ」
そう呟くとディザールはフードに手をかけた。その瞬間ディザールの体を覆っていた魔力の質が変わり、肉体も人間の方へ戻っていた。フードの奥の素顔がディザールと知って驚いたカッツは後ずさって後ろの壁にぶつかり、勢いよく尻もちをついて名前を叫ぶ。
「ディ、ディザール! ど、どうしてここに! 今、会話していた男の声はどう聴いてもディザールの声じゃなかったぞ!」
「……どうせ、死ぬのだから冥土の土産に教えてやろう。僕は魔人と人間の姿を入れ替えられるようになったんだよ。もちろん強さも桁違いに上昇した。お前らがあの世に行ったら、地に頭を擦り付けて村長に謝ってこい」
殺す事を宣言したディザールに対し、カッツは土下座をしながら大声で命乞いを始める。
「す、すまなかったディザール! まさか、ローブの男がお前だとは思わなかったんだ! 俺達は辛い牢獄生活で他の人間に八つ当たりしたくなっただけなんだ……。頼む、許してくれ……。そ、そうだ! 決められた期間よりももっと長く罪を償うと約束する、だから殺さないでくれ!」
カッツはディザールとシルフィを襲撃した時と同じような命乞いをしている。ディザールも既視感を抱いたようで、溜息をついて最後の言葉をかける。
「前と同じような命乞いだな。さっきの話もそうだが、お前らが反省していない事がよく分かったよ。もうお前らに助かる可能性はない。最後は村長よりもずっと苦しい痛みを味わいながら死んでくれ。強い毒性を帯びた闇属性魔術ザハード……僕が開発した魔術だ、たんと味わえ」
ディザールは指先から紫色の泡の様なものを放出し、カッツ達の体へ付着させた。次の瞬間、カッツ達の呼吸が荒くなり、口からは紫色の煙が放出される。彼らは全員心臓の辺りを抑えて苦しみ始め、膝を着き、のたうち回る。
「グアアアァァァッ!」
「ウゲゲェェッ!」
「ガアアァァッ! ディ、ディザール……ゆ、許してく……ガハッ!」
このザハードという魔術がどのような毒を持っているのか分からないが痛がり方が尋常ではない。ディザールはカッツ達に背中を向け、魔術のことを少しだけ説明してから歩き出す。
「この毒は3日以上激痛を与え続けて対象を死に至らしめる魔術だ。死にたくなければお前達が恨んでいる医者や治癒術師にでも治してもらうのだな。まぁ並の人間では到底治せるものではないが」
ディザールが地下階段を上がって集会所を出てからもカッツ達の悲鳴は外まで響き、収まる事は無かった。カッツ達は惨たらしい最期を迎えたけれど、ディザールの顔にスッキリとした様子はなく、一層影が濃くなっていた。