夜。昨日と同じく、焔の寝室で寝泊まりさせてもらえることになった。あの後、結局二時間くらいトレーニングルームにいたけど、焔から一本を取ることはできなかった。唯一、手の甲にちょこっとだけ木刀が触れたくらい。こんなに歯が立たないなんて悔しい。だけど、同じくらい楽しかった。やっぱり剣道が好きだ。動いているだけで集中できるし、不安が払しょくできる。ただ、流石にもうクタクタだけど…。
稽古が終わった後、汗だくになったので、浴室でシャワーを浴びさせてもらった。昨日と違うことは着る服が増えたこと。さっきSPT本部に行った時、私が着られそうな服を焔がたくさん調達してくれた。それに、スマホ。前に彼から渡されたスマホも、そのまま使って良いことになった。
私はベッドに寝転がりながらスマホを触り、元々利用していたSNSのアカウントを作った。特に投稿することも、誰かと繋がることもないんだけど…。無意識に、親友であるひなたのアカウントを探すと、すぐにヒットした。別世界なのにアカウント名まで同じだった。画面には、楽しそうに友達とカフェに行ったり、教室で撮った写真がズラリと並んでいる。だが、当然そこに私はいない。
私が知っている彼女のアカウントは、私との写真がほとんどだった。もちろん、剣道でもずっと一緒に
むくっと起き上がり、ベッド横に立てかけた竹刀袋につけたお守りを見つめる。大会前にひなたがくれたもの。これを貰ってから、私は公式戦で負けたことがない。私は手を伸ばしてそっとお守りに触れた。
「明日は勝たないと。絶対に」
竹刀袋を床に置いて、ふと本棚に目を向ける。三メートルほどある大きな本棚。そういえば、昨日気になる本があったっけ。私は昨日見かけた本を再び手に取る。本のタイトルは「
──小賢しいことを…。この、薄汚い人狼族の末裔が…!
あの時、丹後は焔に向かってそう言い放った。私はパラパラと本を開いて、冒頭の前書きを読む。そこには、こう
「人狼化した人狼族は、常人を遥かに
現代の医学をもってしても、未だに多くの病の全貌が解明されているわけではない。だが、この類い稀なる人狼族の生態について研究が進めば、数多くの難病が克服される未来は、もはや夢物語ではないだろう──」
私は息を呑んだ。焔は、この本に書かれている「人狼族」なのだろうか。気になってスマホで「人狼族」と検索してみた。すると「現代日本における人狼族とは?」「人狼族は超能力者?秘められた能力に迫る」といったネット記事が出てくる。画面をスクロールして、あるひとつのネット記事を見て指を止めた。そこには、こう書かれていた。
『狼狩りか?人狼村が襲撃される』
私はすかさず、画面をタップした。ところが画面には「お探しのページは存在しません」という表示が。
「どういうこと?」
思わず声が漏れた。人狼族の村が、襲撃されていた?その場に彼もいたのだろうか。事件の詳しい情報が知りたい。
私はいくかの人狼族に関するサイトにもアクセスを試みる。だが、どれも「お探しのページは存在しません」と表示されてしまう。
一体どうして?タイトルは表示されるのに、肝心の中身が見られないなんておかしい。まるで、意図的に人狼族の存在が隠されているような…。
私は再び、本の前置き部分を読む。そして、最後の行に記された著者名を目にして、
『一九七五年七月二日
「おばあちゃん!?」
今度は、もっと大きな声が出た。水無月藍子は、おばあちゃん──幸村藍子の旧姓だ。
この本を書いたのはおばあちゃんだったのか。医者と研究者だっただけじゃなくて、本まで出していたなんて。
でも待てよ。
私は再びスマホで検索画面に文字を打ち込む。おばあちゃんが本を書いていたなら、名前を検索すれば何か他の情報を得られるかもしれない。
だが、「水無月藍子」と検索しても、おばあちゃんに関する情報はまったくヒットしなかった。書いたはずのこの本のことも。本も出しているのに名前も出てこないなんて。もしかして、人狼族だけじゃなくておばあちゃんに関する情報もこの世界では──。
そう思った瞬間、入口で「ぴやあぁぁ」という鳴き声が響き渡った。この特徴的で軽快な声の持ち主は、カラスのヤトだ。すると、ヤトがサッと顔を覗かせてこう告げた。
「凪!ご飯だって!早く早く!」
「あ、うん!今行く」
そう言うと、ヤトはすかさず居間へと舞い戻って行った。私は慌てて本を閉じ、本棚に戻す。丹後は焔を「人狼族の末裔」と呼び、おばあちゃんは人狼族に関する本を過去に書いていた。焔とおばあちゃんは、何か深い繋がりがあったのだろうか?そんな疑念が頭を離れないまま、私は部屋を後にした。