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第17話 著者

 夜。昨日と同じく、焔の寝室で寝泊まりさせてもらえることになった。あの後、結局二時間くらいトレーニングルームにいたけど、焔から一本を取ることはできなかった。唯一、手の甲にちょこっとだけ木刀が触れたくらい。こんなに歯が立たないなんて悔しい。だけど、同じくらい楽しかった。やっぱり剣道が好きだ。動いているだけで集中できるし、不安が払しょくできる。ただ、流石にもうクタクタだけど…。


 稽古が終わった後、汗だくになったので、浴室でシャワーを浴びさせてもらった。昨日と違うことは着る服が増えたこと。さっきSPT本部に行った時、私が着られそうな服を焔がたくさん調達してくれた。それに、スマホ。前に彼から渡されたスマホも、そのまま使って良いことになった。


 私はベッドに寝転がりながらスマホを触り、元々利用していたSNSのアカウントを作った。特に投稿することも、誰かと繋がることもないんだけど…。無意識に、親友であるひなたのアカウントを探すと、すぐにヒットした。別世界なのにアカウント名まで同じだった。画面には、楽しそうに友達とカフェに行ったり、教室で撮った写真がズラリと並んでいる。だが、当然そこに私はいない。


 私が知っている彼女のアカウントは、私との写真がほとんどだった。もちろん、剣道でもずっと一緒に切磋琢磨せっさたくましてきた良きライバルだ。胸を張って言える、大切な親友。そんなひなたが私のことをまったく覚えていないのは正直ショックだったけど。それでも…。


 むくっと起き上がり、ベッド横に立てかけた竹刀袋につけたお守りを見つめる。大会前にひなたがくれたもの。これを貰ってから、私は公式戦で負けたことがない。私は手を伸ばしてそっとお守りに触れた。


「明日は勝たないと。絶対に」


 竹刀袋を床に置いて、ふと本棚に目を向ける。三メートルほどある大きな本棚。そういえば、昨日気になる本があったっけ。私は昨日見かけた本を再び手に取る。本のタイトルは「人狼族じんろうぞくの生態」。人狼族…。そう、この名称を、昼間の緊急会議で、確かに聞いた。



 ──小賢しいことを…。この、薄汚い人狼族の末裔が…!



 あの時、丹後は焔に向かってそう言い放った。私はパラパラと本を開いて、冒頭の前書きを読む。そこには、こうつづられていた。



「人狼化した人狼族は、常人を遥かに凌駕りょうがする力と俊敏性を手に入れる。人狼族を語る時、その身体能力が注目を浴びることが多いが、彼らの能力の神髄しんずいは圧倒的な免疫力と治癒力にある。人狼族は普通の人間に比べ、傷の治りが圧倒的に早く、奇跡のように傷跡さえも残さない。


 現代の医学をもってしても、未だに多くの病の全貌が解明されているわけではない。だが、この類い稀なる人狼族の生態について研究が進めば、数多くの難病が克服される未来は、もはや夢物語ではないだろう──」



 私は息を呑んだ。焔は、この本に書かれている「人狼族」なのだろうか。気になってスマホで「人狼族」と検索してみた。すると「現代日本における人狼族とは?」「人狼族は超能力者?秘められた能力に迫る」といったネット記事が出てくる。画面をスクロールして、あるひとつのネット記事を見て指を止めた。そこには、こう書かれていた。


『狼狩りか?人狼村が襲撃される』


 私はすかさず、画面をタップした。ところが画面には「お探しのページは存在しません」という表示が。


「どういうこと?」


 思わず声が漏れた。人狼族の村が、襲撃されていた?その場に彼もいたのだろうか。事件の詳しい情報が知りたい。


 私はいくかの人狼族に関するサイトにもアクセスを試みる。だが、どれも「お探しのページは存在しません」と表示されてしまう。


 一体どうして?タイトルは表示されるのに、肝心の中身が見られないなんておかしい。まるで、意図的に人狼族の存在が隠されているような…。


 私は再び、本の前置き部分を読む。そして、最後の行に記された著者名を目にして、驚愕きょうがくした。



『一九七五年七月二日 水無月みなづき藍子あいこ



「おばあちゃん!?」


 今度は、もっと大きな声が出た。水無月藍子は、おばあちゃん──幸村藍子の旧姓だ。

 この本を書いたのはおばあちゃんだったのか。医者と研究者だっただけじゃなくて、本まで出していたなんて。


 でも待てよ。


 私は再びスマホで検索画面に文字を打ち込む。おばあちゃんが本を書いていたなら、名前を検索すれば何か他の情報を得られるかもしれない。


 だが、「水無月藍子」と検索しても、おばあちゃんに関する情報はまったくヒットしなかった。書いたはずのこの本のことも。本も出しているのに名前も出てこないなんて。もしかして、人狼族だけじゃなくておばあちゃんに関する情報もこの世界では──。


 そう思った瞬間、入口で「ぴやあぁぁ」という鳴き声が響き渡った。この特徴的で軽快な声の持ち主は、カラスのヤトだ。すると、ヤトがサッと顔を覗かせてこう告げた。


「凪!ご飯だって!早く早く!」

「あ、うん!今行く」


 そう言うと、ヤトはすかさず居間へと舞い戻って行った。私は慌てて本を閉じ、本棚に戻す。丹後は焔を「人狼族の末裔」と呼び、おばあちゃんは人狼族に関する本を過去に書いていた。焔とおばあちゃんは、何か深い繋がりがあったのだろうか?そんな疑念が頭を離れないまま、私は部屋を後にした。


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