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第106話 襲撃

 その後、映像は再び安吾の部屋の縁側を映し出していた。焔は安吾と並んで腰掛けている。


「この日だ」

「この日?」

「壁の日めくりカレンダーを見てごらん」


 私は映像の奥に目を凝らした。


 ──十月一日


「襲撃の日だよ」


 いよいよだ。

 先ほどの決闘とは打って変わり、漂う空気はどこか張りつめていた。二人の背中から漂う険悪な気配。どうやら、言い合いをしているようだ。


「…どういう意味だよ?」

「二度も言わせるな。お前ももう十七。いずれは村を出ろ。このままでは、世間知らずの我々は世界から取り残されてしまう。生きていくために、世間に出て学べ」


 焔は呆れたようにため息をつき、声を荒げる。


「人狼族は毛嫌いされている。受け入れられるはずがない」

「そんなことは、やってみなければわからない。我々に必要なのは、世間に飛び込む勇気だよ。ついでに言うと、人狼族は私の代で終わりだ」


 その言葉を聞いた瞬間、焔は勢いよく立ち上がり、安吾を睨みつけた。

 だが、安吾は庭の草に触れながら、淡々と言葉を続ける。


「私は結婚しない。子も作らない。本家は消える。でもそれでいい。他の人狼族も、普通の人間として、社会に馴染んでくれたらと思っている。幸いなことに、今や人狼化できる人間は御影一族くらいだからな。御影の血が絶えれば、人狼族も他の人たちと変わらない生活ができるだろう。人狼族の負の歴史には私が終止符を打つ」

「本気で言ってるのか?」

「ああ」


 すると、焔は庭に置かれていた木刀を手に取り、足早に歩を進める。


「焔!どこへ行く」

「いつも通り、修行だよ」

「阿呆が。もう夕方だ。晩飯の支度でもしろ」

「阿呆はお前だよ、雹!」


 焔が振り返る。その表情は怒りで満ちていた。


「人狼族を捨てろだなんて…。父や母…先祖たちを否定するつもりか!お前が本家として人狼族に終止符を打つつもりなら、俺と勝負しろ!俺が勝ったら俺が当主だ!俺が人狼族を守り抜く。先祖の誇りもな!」


 そう吐き捨て、焔は踵を返す。だが──。


 ──パンッ!


 鋭い音に私は息を呑んだ。安吾が焔に向かって小刀を投げたのだ。銀色の刃は焔の頬をかすめ、庭の木に突き刺さった。焔は驚きに凍りつき、驚愕の表情を浮かべて立ち尽くす。


「だから、お前は阿呆だというのだ。大して物を知らんくせに誇りなどと抜かしおって。まずは学べ、我々の負の歴史を。そして、知るのだ。今の世間をな」


 だが、焔は頑なに唇を噛み、足早に去って行った。焔の背中を静かに見つめながら、安吾は庭の木に歩み寄ると、突き刺さった小刀を抜き取った。そして、刃先をじっと見ながらぽつりと呟く。


「人狼族の業を背負うのは、私だけでいい。お前には、幸せになって欲しいのだよ」


 安吾はきっと、人狼族が世間と隔離されたままでは生きていけないと悟ったのだろう。だからこそ、焔に厳しい言葉をかけたのだ。戦うためではなく、生きるための道を選ばせるために。


 そう思い、私は僅かに目を伏せた。

 ──その時だった。


 何の前触れもなく、火の矢が屋敷へと放たれる。


 嫌な音を立て、瞬く間に燃え広がる炎。安吾が目を見開き、火の方へ駆け出そうとした時、「パンッ」という乾いた銃声が響き、安吾が倒れ込んだ。


「安吾さん!!」


 私は思わず声を上げる。彼は動かないが、血がかなり出ている。致命傷なのだろうか。すると、黒い覆面を被った男たちが続々と屋敷へと姿を現す。


「中にいる者は全員殺せ。人狼化できる者は一人いればいいからな」


 男の一人が安吾の体を足で転がし、顔を確認する。すると、別の男が覆面を脱ぎ、無機質な声で告げた。


「御影安吾だ。本家の跡取りで間違いない。こいつの血はとびきりだ」

「本当だな?万丈まんじょう


 その名を聞いた瞬間、私は青ざめた。そんな私に、ヤトパパが静かに尋ねる。


「知っている名かね?」

「人狼族の村をミレニアに売った張本人…そう聞いています」


 ヤトパパにそう告げながら、気付くと私は怒りで震えていた。

 すると、突然、黒い覆面の男たちは悲鳴をあげてその場に崩れ落ちた。

 安吾が立ち上がり、小刀で容赦なく敵の喉元を切り裂いたのだ。


 神業ともいえる太刀筋を繰り出した後、安吾の体を黒いもやが包んだ。人狼化だ。だが、彼は敵に襲いかかることなく、飛ぶように塀をよじ登り、その場から去った。


「…っ!追え!」


 男の一人がすぐに号令をかける。男たちは一斉に駆け出し、闇の中へと消えて行った。


「安吾は、稜馬を探しに行ったんだね」

「え?」

「さっきの敵の会話で、人狼化ができる者が狙われているとわかったはずだ。彼を探して、守るつもりだよ」


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