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第121話 照合

 それから二日後、長官からの緊急招集があり、私は焔とともにSPTの会議室にいた。


 本来であれば幹部のみが集まる会議だが、今回は私にも召集がかかった。つまり、今回の議題は私にも関わる重大案件なのだ。


 ヤトも「俺も行く!」と騒いでいたが、その十分後にはまたスヤスヤと眠ってしまった。今は私の懐にすっぽりと収まりながら寝息を立てている。


 ヤトの温もりを感じながら、私は少し落ち着かない気持ちで、呼吸を整えた。これから、どんな真実が明かされるのだろうか。その時、会議室の空気を斬るように、長官の声が響いた。


「では、始めようか。江藤、報告を」


 長官から促され、江藤は静かに立ち上がる。彼の目は鋭く、口調は明瞭めいりょうだった。


「横浜の中央刑務所と紅牙組、この二地点において、磁場の異常な高まりが観測されている点──覚えてるかな?この件を、まず報告する」


 その瞬間、焔の眉がわずかに動いた。


 焔はかねてより「磁場の高さ」こそが、ミレニアによる襲撃の選定基準だと仮説を立てていた。この仮説が事実かどうか、そして二地点の磁場に何か秘密があるのかをSPTで調べていたのだが、その結果がようやくわかったらしい。


「磁場が高いのはただの偶然。でも、ミレニアがこの二地点を執拗に狙った理由は、飛石と境界石をより正確に発動させるためだ」


 飛石と境界石──。


 飛石は瞬間移動できる石。境界石は「この世界」と私がいた「元の世界」を繋ぐ石だ。


 その二つが揃った時、時空を超える「時紡じぼう石」を発動できる。その鍵となるのがヤトの伝承だった。

 その伝承とは──


── 血と血の魂が出逢う時

昏明の刻 影月紅く染まりし時

飛石 境界石は力を纏い始めん

放たれしその力にて

八咫烏は選ばれし魂を聖所へと導く

二つの石を手にせし時

対なる者は力を放ち

時を超えし紡石への道を開かん ──


 …というものだ。


 けれど、おかしい。

 飛石も境界石も、それぞれ磁場がなくても発動できるはず。

 それなのに、なぜミレニアは「磁場が高い場所」にこだわるのだろうか。


 幹部たちを見ると、皆同じ疑問を抱いているようだった。その空気を察したのか、江藤が再び口を開く。


「飛石と境界石は単独でも使える。でも二つの石の力を集約した『時紡石』は別なんだ」


 彼は資料を手にしながら、力強く語った。


「ミレニアは、安定した強い磁場が時紡石の発動に必要だと突き止めた。だからこそ、強力な『地盤』として中央刑務所と紅牙組の敷地が狙われた。どうやら、時紡石は磁場が弱い場所や条件を十分に満たしていない状態で発動させると、時空の座標がズレてとんでもない時代に飛ばされる可能性があるらしいんだ」

「なるほど」


 天宮が低く呟き、納得したように頷いた。


「時紡石は万能じゃない。条件が揃わないと暴走するリスクがある。安全に作動させるために必要なのは『ソルブラッド』と『ルナブラッド』の力。そして『安定した磁場』と『飛石』『境界石』…。これらの条件が揃うことで、初めて真の時紡石──『時間を紡ぐ道』が開かれるんだね」


 江藤は頷くと、一同の前に出て、会議室のホワイトボードに文字を書き込んだ。


 カツ、カツという音と共に書かれたのは、時紡石を発動させるために、必要な『条件』だった。


──


【時紡石 発動条件】

・ソルブラッド(SPT→凪さん、ミレニア→×)

・ルナブラッド(SPT→焔、ミレニア→御影安吾)

・安定した磁場(中央刑務所、もしくは紅牙組の敷地 )

・飛石(SPT→×、ミレニア→〇)※瓜生→〇

・境界石(SPT→〇、ミレニア→〇)


──


 そのリストを見た丹後が、小さく息を吐いた。


「…ミレニアはソルブラッドの宿主以外は手にしている。それに比べてSPTは飛石がない。ソルブラッドの宿主…幸村凪はいるがな。このままでは、安全に時紡石を発動できない…ということか」

「飛石なら、瓜生が持っているよ」


 天宮が顎に手を添えながら、静かに言葉を放つ。その声には、揺るぎのない判断が滲んでいた。


「彼女は、十月の中央刑務所の解体日に姿を現すはずだ。そこで飛石を奪取する」


 SPTを裏切った瓜生蓮華は、かつて飛石を使って私をさらおうとした。ミレニアも飛石を持っているようだが、誰の手にあるのかはわからない。無闇にミレニアに手を出すよりも、SPTともミレニアとも距離を置き、飛石を確実に所持している瓜生を狙う方が現実的だと、天宮は判断したのだろう。


 つまり、十月の中央刑務所の解体日は、SPTにとっても唯一の好機。この機会を逃せば、SPTは重要な局面で決定的に出遅れることになる。


 すると、横にいた焔が天宮の意見に同調するように小さく頷き、笑みを浮かべる。


「ミレニアは『ソルブラッドの宿主』を除けば、時紡石の発動条件をすべて満たしている。だが、『聖所』へ至るためには最後の鍵が要る。それが八咫烏。彼らは信じる者だけを導く。ミレニアに手を貸すことは、決してない」


 焔のひと言で、全員の視線が私の胸元…もとい、ヤトに注がれる。

 すると、今度は長官が腕を組みながら首を傾げる。


「だが、謎が残る。そもそも伝承の『聖所』とは、一体どこなのだ?」


 そう、伝承の謎はほとんど解けたが、肝心の磁場エネルギーの在処…すなわち「聖所」の場所は謎のままなのだ。


「私の見解を、話してもよろしいか」


 焔が静かに告げると一同は彼を見つめ、ゆっくりと頷いた。彼は椅子を引き、立ち上がる。


「…『聖所』の謎を解く鍵は、八咫烏に伝わる秘術『口寄せの術』にあります」


 焔の言い方に迷いはなかった。

 彼の表情から読み取れるのは、ひとつの真実に辿り着いた「確信」だった。

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