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第131話 直感

「で?どうしてその姉ちゃんを追ってんのよ?裏切り者をひっ捕らえるつもりか?」


 財前の問いに、天宮は一瞬押し黙る。

 瓜生を追う理由は、過去への道を開く「時紡石じぼうせき」の発動に、彼女の持つ「飛石」が必要だから。これはSPTの機密事項だが、ここまで財前を同行させた以上、黙っているわけにもいかないと判断したのだろう。天宮は飛石と時紡石のことを手短に説明した。


「なるほどな。とっととその姉ちゃんを見つけて、飛石をゲットしねえとな」


 財前のあっけらかんとしたひと言に、天宮は意外そうに肩をすくめる。


「…まさか、都市伝説の時紡石を、すんなり信じてくれるとは思いませんでした」

「こんな状況で、SPTが嘘なんてつくわけねえからな。そうだろ、凪」

「え…!?は、はい!」


 突然話を振られ、ヤトを抱きかかえたまま私はテンパった。何か言わなきゃと口を開きかけた時、財前が含みのある笑みを浮かべる。


「…俺は、意外と色々わかってるんだぜえ。なあ?ソルブラッドの宿主さんよォ」


 ──ッ!?


 頭が真っ白になった。

 衝撃で手が力を失い、持っていた雷閃刀がカランと床に落ち、乾いた音を立てる。すると、ヤトが私の懐からぴょこっと顔を出して声を上げた。


「ち、違うもん!凪はソルブラッドの宿主じゃないもん!」


 目をぎゅっと閉じ、一生懸命弁明するヤト。必死のヤトを見て、財前は肩を揺らしながら笑う。


「…凪もそうだが、お前も相当SPTに向いてねえな。嘘が下手過ぎる。思わず笑いが込み上げてくるほどに」


 ヤトは「ううう…」と唸り、微かに体を震わせた。すると、天宮が感嘆したように小さく笑う。


「…よく気付きましたね」


 財前は腕を組み、したり顔で鼻を鳴らした。


「焔だよ。あいつ、何度も俺に口を滑らせてんだ」

「焔さん?」


 私とヤト、花丸が同時に首を傾げると、財前はますます得意げに笑みを深めた。


「今夜の作戦の件で、俺は週に一回焔とZoomしてたんだが…五回ほど口を滑らせていた。『幸村藍子』って名前をなァ」


 そう言うと、財前は私を指で軽く指し示した。


「元々、焔は『水無月藍子』と呼んでいた。それが『幸村藍子』になった時、ピンと来たのよ。水無月藍子は旧姓で、結婚して幸村藍子になったんじゃねえかってな。幸村っていったら、この凪と同じ苗字。つまり、藍子は凪の祖母だ。俺は藍子がソルブラッドのサンプルを持っていると確信していたからよ。この凪にそれが与えられたんじゃねえかって思って、今ちょいとカマをかけてみたら…」


 財前が一歩踏み出し、私とヤトに向かってニカッと笑った。


「…お前らが、見事に反応してくれたってわけだ」


 その言葉に、私とヤトは同時にがくりとうなだれた。

 や…やられた。


「そういえば焔、いつも凪のおばあさんのこと『幸村藍子』って呼んでたよね。フルネームで呼ぶ必要なんてないのにさ。あとでお説教してやらなきゃ」


 頬をプクっと膨らませながらぼやくヤトに、私は思わず笑った。

 紅牙組にいる間、焔は一貫しておばあちゃんを「水無月藍子」と呼んでいたのだが、財前とZoomで話すうちに気が緩んだのだろう。


「それによォ、さっきもあいつ、凪が敵に囲まれた瞬間にすっ飛んで来やがった。あれじゃ、お前が敵の重要人物だって宣言するようなもんだぜ。あいつが一番、秘密を隠しきれてねえんだよ」


 財前はそう笑いながら肩を揺らす。

 すると、すかさず天宮が前に出て、静かに告げた。


「この件はどうか内密に。凪さんがソルブラッドの宿主であることは、ミレニアも知らない機密事項なのです」

「ミレニアも知らない?…そいつはどうかなァ?」


 挑発的な響きに、空気が一瞬にして張りつめる。


「これは俺の直感だが、恐らくバレてるぜ」


 心臓が一瞬でドクンと跳ね、私は思わず息を呑む。

 すると、ヤトが再び私の懐から身を乗り出した。


「そんなの…わかんないじゃんか!」

「さっき俺が凪を敵陣にぶん投げた時、かなりの使徒の視線が一斉に凪に向いた。まるで狙った獲物が目の前に降って来た、みてえにな」


 ケタケタと笑いながら話す財前。その一方で、私たちは皆押し黙った。すると、財前があっけらかんと口を開く。


「ま、俺の直感だし、そんな深刻になることねえよ。それによォ…」


 そう言って、財前は私…いや、私の懐にすっぽり収まるヤトに手を伸ばし、軽く屈むとポンポンと頭を撫でた。


「…バレていようがなかろうが、守ることに変わりはねえんだろ?ヤト」

「………モチっ!」


 元気いっぱいにそう返すヤト。勢いよく広げた羽が、私の顔にぴとっと当たる。驚きと照れで顔が赤くなりかけた時、財前と目が合った。彼はどこか安心させるかのような微笑を浮かべていた。


 ──だが。


 次の瞬間、私は反射的に体をすくめた。

 すぐ近くで轟音が響き、視界が一瞬で土埃に覆われたのだ。


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