「伏せて!」
天宮の声が響き、私たちは一斉に身を屈めた。轟音と共に土埃が舞い、肺を刺すような臭いが鼻をつく。数秒後、ようやく土埃が薄れて視界が開けていく。
「皆さん…怪我はないですか!?」
花丸が救急バッグを手に、全員の顔を見回す。幸運なことに誰も怪我はなかった。それを知るや否や、花丸は胸を撫で下ろす。その時…。
「瓜生隊長!」
上木の声が飛んだ。前方を見ると、土埃の向こうに微かに揺れる影が見える。ブラウン色の長い髪、白装束に身を包み、薙刀を握りしめた女──瓜生蓮華だ。
「行こう!」
天宮の声を合図に、私たちは一斉に駆け出した。
約十分。
私たちは瓜生を追い続けた。長い一直線の廊下。左右にはずらりと房の扉が並び、金属の臭いが立ち込めている。おそらくここは監獄区域だったのだろう。
次の瞬間、瓜生は唐突に足を止め、勢いよく天井の排気口をぶち破った。そして、ふわり通気口に体を滑らせ、影のように消えた。それを見た天宮がすかさず声を上げる。
「ヤト、先に行ける!?」
「任せて!」
ぴゅうっと風を切る音を立て、ヤトは颯爽と排気口へ飛び込んで行く。数秒遅れで、私たちも通気口の前にようやく到着した。
「凪も。私の肩に乗って!」
「はい!」
私は上木に肩車される形で通気口に体を滑らせる。狭くて埃っぽい。数回咳込んだ後、手探りで掴まれそうな突起を左手で掴みながら、右手を通気口の外へ伸ばし、声を上げる。
「つ…掴まってください!私が引っ張ります」
「財前さん!行ってください」
天宮の声を受け、財前が手を伸ばす。その手を握り、思いきり引っ張る……が、重い。
「ホレ、凪!もっと気合入れて引っ張れ!」
「ぐぬううう~!」
渾身の力を振り絞り、財前を引っ張る私。数秒後、どうにか彼の体が通気口へ収まる。ホッとする間もなく、天宮の指示が飛ぶ。
「凪さん、先に行って!瓜生の足止めをお願い!」
「はい!」
「財前さんは、僕たちを引っ張ってください!」
「おうよ!」
私は雷閃刀をぎゅっと握り、
──ドォン!
轟音が後方で響き、空気が振動する。どうやら、近くでまた爆発が起きたらしい。
「ざ…財前さん!大丈夫ですか!?」
「俺は平気だ。おい、天宮!お前ら、大丈夫か!」
財前の問いかけの数秒後、天宮の声が返ってきた。上木と花丸が咳込む声も微かに聞こえる。
「大丈夫!ただ、爆発で…通気口が塞がった。先に行って!後から追いかけるから!」
「財前さん!瓜生さんを…お願いします!気を付けて!」
天宮と花丸の声が立て続けに響く中、財前は「おう」と力強く返し、こちらへ来る。私は先陣を切って、再び通気口を
約三分後、ようやく前方に光が見えた。眩いばかりの光、照明かと思ったが、違う。これはヤトの詠唱の力だ。
私と財前は勢いよく通気口から身を乗り出した。そこは、体育館のような広い場所。数十人は収まるスペースだ。前方を見ると、ヤトの羽が刃のような閃光となって、ある一点に襲い掛かっていた。その先にいたのは、薙刀を握る瓜生。そして、隣にはあの塚田がいた。
塚田──人狼族の血を入れられた人間。
そして、対の世界に来た初日に私を襲い、紅牙組でも一戦を交えた男。
彼はミレニアの手下ではない。瓜生の仲間だ。
ヤトは急上昇すると、間髪入れずに羽の刃を二人に浴びせる。瓜生は軽やかにそれをかわし、時折薙刀で払って弾く。その隙を狙うように、私は雷閃刀をぎゅっと構え、彼女の前に立つ。
ヤトは塚田。私は瓜生。
自然と二手に分かれる形となった。
ヤトは羽の刃を塚田に向かって繰り出す。だが、塚田は圧倒的なスピードでそれを避け続け、ヤトとの間合いを着実に詰めていく。そして、ついにヤトに塚田が鋭い爪を振り上げ、ヤトに飛びかかった。
その時、ヤトは目を閉じ、静かに言葉を続ける。
──
八咫の影よ 我が身に宿れ
千の翼よ 闇を切り裂け
焔の如き 黒き影
天命を超え 姿を現せ
──
この詠唱は…!
私が息を呑むよりも早く、眩い光がヤトを包み込んだ。
一気に放出された光に塚田の体は吹き飛び、壁に叩きつけられる。立ち込める黒煙。視界が開けたのと同時に、私は頬を緩めた。
そこにいたのは少年姿のヤト。人間に
ヤトの攻撃を察知したのか、塚田は猛スピードで間合いを詰めていく。だが、次の瞬間、ヤトの銀色の羽の刃が塚田に襲い掛かった。今のヤトの羽は、カラスの姿の時とは比べものにならない。鋭さやスピード、精度、すべてが上回っていた。
「焔から聞いたよ。お前の再生能力が普通じゃないってこと!だったら、再生する間もないくらい、羽の刃を浴びせてやる!」
そう告げると、ヤトはさらに多くの羽の刃を塚田に放つ。刃が天井や壁に突き刺さるたび、金属音のような鋭い響きが空間にこだまする。数メートル離れた私の位置からでも、塚田の負傷は一目でわかる。圧倒的にヤトが優勢だ。
だが、次の瞬間、塚田の体に黒いオーラが立ち上る。より強い人狼化だ。塚田は血を流しながら、ひるむことなくヤトめがけて一直線に突っ込んできた。
背筋に寒気が走る。塚田は怪我を気にも留めていない、ただヤトの首元を狙い、息の根を止める──。そんな殺気が伝わってくる。
私は
だが、遅すぎた。このままじゃ、間に合わない。
「ヤ…」
名前を呼ぼうとした次の瞬間、ヤトは一層厳かな声で、静かに詠唱を始めた。言葉を重ねるごとに、ヤトの体は眩いばかりの銀の光に包まれる。
──
八咫の風よ 我が身に纏え
闇を駆け抜け 光を成せ
光の風よ 大渦となり
囚われし者へ 裁きを与えよ
──
詠唱を終えると、ヤトの羽は星のように美しく煌めいた。次の瞬間、羽は再び鋭い刃と化し、塚田めがけて飛び立っていく。
だが、先ほどまでの羽とは違う。今度は光の風を
ホッとした私は、全身の力が一気に抜ける。ヤトもふうっと安堵の息を吐き、地面に尻もちをつく。そして、にこっと微笑むと、私に向かって元気よくピースサインを見せた。
「ヤト……凄い!!」
私は嬉しさのあまり、ヤトに駆け寄ろうとする。
その刹那、目の前で殺気が走り、反射的に雷閃刀を構える。
──ガンッ!
耳をつんざく金属音が響く。瓜生の薙刀が私の顔面スレスレに振り下ろされたのだ。刃と刃がぶつかる衝撃が胸にずしりと響く。
「凪!……あいて!」
私は横目でヤトを見やる。私に駆け寄ろうとして、一歩踏み出した瞬間にコテンと転んだのだ。すると、ボンッと白い煙が立ち上り、ヤトはカラスの姿へと戻った。
どうやら、詠唱を使い過ぎて限界を迎えたらしい。
ここからは私の出番。
瓜生を倒す。
そんでもって、飛石もゲットする!
私は呼吸を整え、瓜生を見つめた。彼女の瞳は、以前と変わらない揺るぎない光を宿していた。何があっても妹を助ける。その信念だけが彼女を突き動かしているのだ。