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第132話 飛翔

「伏せて!」


 天宮の声が響き、私たちは一斉に身を屈めた。轟音と共に土埃が舞い、肺を刺すような臭いが鼻をつく。数秒後、ようやく土埃が薄れて視界が開けていく。


「皆さん…怪我はないですか!?」


 花丸が救急バッグを手に、全員の顔を見回す。幸運なことに誰も怪我はなかった。それを知るや否や、花丸は胸を撫で下ろす。その時…。


「瓜生隊長!」


 上木の声が飛んだ。前方を見ると、土埃の向こうに微かに揺れる影が見える。ブラウン色の長い髪、白装束に身を包み、薙刀を握りしめた女──瓜生蓮華だ。


「行こう!」


 天宮の声を合図に、私たちは一斉に駆け出した。


 約十分。

 私たちは瓜生を追い続けた。長い一直線の廊下。左右にはずらりと房の扉が並び、金属の臭いが立ち込めている。おそらくここは監獄区域だったのだろう。


 次の瞬間、瓜生は唐突に足を止め、勢いよく天井の排気口をぶち破った。そして、ふわり通気口に体を滑らせ、影のように消えた。それを見た天宮がすかさず声を上げる。


「ヤト、先に行ける!?」

「任せて!」


 ぴゅうっと風を切る音を立て、ヤトは颯爽と排気口へ飛び込んで行く。数秒遅れで、私たちも通気口の前にようやく到着した。


「凪も。私の肩に乗って!」

「はい!」


 私は上木に肩車される形で通気口に体を滑らせる。狭くて埃っぽい。数回咳込んだ後、手探りで掴まれそうな突起を左手で掴みながら、右手を通気口の外へ伸ばし、声を上げる。


「つ…掴まってください!私が引っ張ります」

「財前さん!行ってください」


 天宮の声を受け、財前が手を伸ばす。その手を握り、思いきり引っ張る……が、重い。


「ホレ、凪!もっと気合入れて引っ張れ!」

「ぐぬううう~!」


 渾身の力を振り絞り、財前を引っ張る私。数秒後、どうにか彼の体が通気口へ収まる。ホッとする間もなく、天宮の指示が飛ぶ。


「凪さん、先に行って!瓜生の足止めをお願い!」

「はい!」

「財前さんは、僕たちを引っ張ってください!」

「おうよ!」


 私は雷閃刀をぎゅっと握り、匍匐ほふく前進ぜんしんを始めた。狭い通路を数メートル進んだ、その時…。


 ──ドォン!


 轟音が後方で響き、空気が振動する。どうやら、近くでまた爆発が起きたらしい。


「ざ…財前さん!大丈夫ですか!?」

「俺は平気だ。おい、天宮!お前ら、大丈夫か!」


 財前の問いかけの数秒後、天宮の声が返ってきた。上木と花丸が咳込む声も微かに聞こえる。


「大丈夫!ただ、爆発で…通気口が塞がった。先に行って!後から追いかけるから!」

「財前さん!瓜生さんを…お願いします!気を付けて!」


 天宮と花丸の声が立て続けに響く中、財前は「おう」と力強く返し、こちらへ来る。私は先陣を切って、再び通気口を匍匐ほふく前進ぜんしんで進む。

 約三分後、ようやく前方に光が見えた。眩いばかりの光、照明かと思ったが、違う。これはヤトの詠唱の力だ。


 私と財前は勢いよく通気口から身を乗り出した。そこは、体育館のような広い場所。数十人は収まるスペースだ。前方を見ると、ヤトの羽が刃のような閃光となって、ある一点に襲い掛かっていた。その先にいたのは、薙刀を握る瓜生。そして、隣にはあの塚田がいた。


 塚田──人狼族の血を入れられた人間。

 そして、対の世界に来た初日に私を襲い、紅牙組でも一戦を交えた男。

 彼はミレニアの手下ではない。瓜生の仲間だ。


 ヤトは急上昇すると、間髪入れずに羽の刃を二人に浴びせる。瓜生は軽やかにそれをかわし、時折薙刀で払って弾く。その隙を狙うように、私は雷閃刀をぎゅっと構え、彼女の前に立つ。


 ヤトは塚田。私は瓜生。

 自然と二手に分かれる形となった。


 ヤトは羽の刃を塚田に向かって繰り出す。だが、塚田は圧倒的なスピードでそれを避け続け、ヤトとの間合いを着実に詰めていく。そして、ついにヤトに塚田が鋭い爪を振り上げ、ヤトに飛びかかった。


 その時、ヤトは目を閉じ、静かに言葉を続ける。


──


八咫の影よ 我が身に宿れ

千の翼よ 闇を切り裂け

焔の如き 黒き影

天命を超え 姿を現せ


──


 この詠唱は…!


 私が息を呑むよりも早く、眩い光がヤトを包み込んだ。

 一気に放出された光に塚田の体は吹き飛び、壁に叩きつけられる。立ち込める黒煙。視界が開けたのと同時に、私は頬を緩めた。


 そこにいたのは少年姿のヤト。人間に変化へんげしたのだ。ヤトは漆黒の翼を背に携え、天使のように軽やかに舞う。ヤトが息を吸い込むのと同時に、翼が再び銀色の光を帯び始めた。


 ヤトの攻撃を察知したのか、塚田は猛スピードで間合いを詰めていく。だが、次の瞬間、ヤトの銀色の羽の刃が塚田に襲い掛かった。今のヤトの羽は、カラスの姿の時とは比べものにならない。鋭さやスピード、精度、すべてが上回っていた。


「焔から聞いたよ。お前の再生能力が普通じゃないってこと!だったら、再生する間もないくらい、羽の刃を浴びせてやる!」


 そう告げると、ヤトはさらに多くの羽の刃を塚田に放つ。刃が天井や壁に突き刺さるたび、金属音のような鋭い響きが空間にこだまする。数メートル離れた私の位置からでも、塚田の負傷は一目でわかる。圧倒的にヤトが優勢だ。


 だが、次の瞬間、塚田の体に黒いオーラが立ち上る。より強い人狼化だ。塚田は血を流しながら、ひるむことなくヤトめがけて一直線に突っ込んできた。


 背筋に寒気が走る。塚田は怪我を気にも留めていない、ただヤトの首元を狙い、息の根を止める──。そんな殺気が伝わってくる。

 私は咄嗟とっさにヤトに向かって駆け出した。


 だが、遅すぎた。このままじゃ、間に合わない。


「ヤ…」


 名前を呼ぼうとした次の瞬間、ヤトは一層厳かな声で、静かに詠唱を始めた。言葉を重ねるごとに、ヤトの体は眩いばかりの銀の光に包まれる。



──


八咫の風よ 我が身に纏え

闇を駆け抜け 光を成せ

光の風よ 大渦となり

囚われし者へ 裁きを与えよ


──


 詠唱を終えると、ヤトの羽は星のように美しく煌めいた。次の瞬間、羽は再び鋭い刃と化し、塚田めがけて飛び立っていく。


 だが、先ほどまでの羽とは違う。今度は光の風をまとい、渦を巻くように空間を切り裂きながら塚田の体を引き寄せる。塚田は抗う間もなく光の流れに引き込まれ、壁に叩きつけられた。銀の羽はさらに渦を巻き、塚田の体を容赦なく包み込んでいく。螺旋らせんを描くような光の帯が塚田の全身を締め上げた数秒後、塚田はがくりと頭を下げ、その場に崩れ落ちた。どうやら、完全に気を失ったようだ。


 ホッとした私は、全身の力が一気に抜ける。ヤトもふうっと安堵の息を吐き、地面に尻もちをつく。そして、にこっと微笑むと、私に向かって元気よくピースサインを見せた。


「ヤト……凄い!!」


 私は嬉しさのあまり、ヤトに駆け寄ろうとする。

 その刹那、目の前で殺気が走り、反射的に雷閃刀を構える。


 ──ガンッ!


 耳をつんざく金属音が響く。瓜生の薙刀が私の顔面スレスレに振り下ろされたのだ。刃と刃がぶつかる衝撃が胸にずしりと響く。


「凪!……あいて!」


 私は横目でヤトを見やる。私に駆け寄ろうとして、一歩踏み出した瞬間にコテンと転んだのだ。すると、ボンッと白い煙が立ち上り、ヤトはカラスの姿へと戻った。

 どうやら、詠唱を使い過ぎて限界を迎えたらしい。


 ここからは私の出番。

 瓜生を倒す。

 そんでもって、飛石もゲットする!


 私は呼吸を整え、瓜生を見つめた。彼女の瞳は、以前と変わらない揺るぎない光を宿していた。何があっても妹を助ける。その信念だけが彼女を突き動かしているのだ。


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