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第137話 極道

「左利き…だと…!?」


 銃声が響いた瞬間、万丈は目を見開いた。鮮血が滲む肩を押さえながら、どこか信じられないといった表情で視線をわせている。


 どうやら万丈はこちらの動きを警戒していたものの、それは「右手」だけだったようだ。


 それも無理はない。剣道や居合の世界では、生まれつき左利きでも基本型は右構え。右手さえ見ていれば、斬撃が読みやすくなる。


 財前も左利きながら、抜刀の瞬間は右手を前に出す。刀を右手で引き抜くということは、鞘は当然左腰。佇まいだけを見れば典型的な右利きだ。


 だが、それは剣を繰り出す時の話。左の懐に忍ばせた小さな銃口が万丈の視界に入る頃には、財前はすでに左手で引き金を引いていたのだ。


 財前は、目を腫らしながらも静かに立ち尽くしていた。いつもの余裕も、飄々ひょうひょうとした雰囲気も感じられない。烈火の如き怒りと、張り詰めた冷酷さだけをまとっている。


「馬鹿な…紅牙組は、古臭い美学を持った極道…飛び道具など…」


 万丈の呟きに、私は一瞬目を泳がせた。

 確かに、紅牙組が拳銃を使うところは一度も見たことがない。

 すると、財前が静かに口を開く。


「よく知ってんじゃねえか。その通り。俺たちは喧嘩に美学を持っている。だから相手に敬意も払う。正々堂々、そういう筋でやってきた。だが、歴代の組長から厳命された、裏の決まりもある」


 財前は銃口を万丈に向けたまま、一歩、また一歩と前へ進む。


「“外道は迷わず地獄に堕とせ”。てめえのことだぜ、万丈。お前は俺たちの家族を殺した。そして遺体を弄び、侮辱しやがった」


 財前は怒りを込めて鋭く万丈を睨みつけ、引き金を引いた。


「──楽に死ねると思うなよ、てめえ!!」


 ──パンッ!パンッ!!


 乾いた銃声が立て続けに響く。撃つたびに空気が振動し、私の肩がビクンと跳ねる。


 万丈は肩、腕、ふくらはぎと次々に撃たれ、地面に崩れ落ちた。だが、致命傷ではない。どうやら、財前はわざと急所を外しているらしい。


 万丈は恐怖に震えていた、

 うめき声を漏らしながら血まみれの体を引きずるその姿は、威厳も恐ろしさも感じない。そんな万丈を見ながら、財前は薄く笑った。


「自分が嫌になっちまうぜ。わかりたくもねえのに、お前の考えが手に取るようにわかっちまう」


 万丈が財前を見上げる。その眼差しには怯えと懇願が入り混じっていた。


「お前は弱い。だから、こんな姑息な手を使った。自分の手を汚さずに済ませたかったんだろ?そのために、俺の家族を──」


 銃口が再び、万丈へと向けられる。その瞬間、万丈は降参の意を示すかのように両手を上げた。


「ま…待て!誤解だ!私は…命じられただけだ!頼む!命だけは…」


 万丈の声が裏返る。

 だが、その言葉は言い訳にしか聞こえない。


「命じられた?桂木芙蓉にか?」

「そ、そうだ。本当に申し訳なかった…この通りだ」


 そう言うと、万丈は地べたに崩れるように土下座した。

 財前は僅かに銃口を下げる。その隙を突いて、万丈はすかさず懐へ手を入れ、財前を睨んだ。


「財前さ…」


 叫ぼうとした私の声より速く、財前は素早く引き金を引いた。


 ──パンッ!


 万丈の体が大きく揺れ、倒れ込む。万丈が懐から出した拳銃は、血に濡れて地面に転がった。


「油断も隙もねえな、お前」


 財前はそう呟くと、さらに万丈へと歩み寄る。その目には、哀れみも迷いもない。

 だが、万丈はまたも顔を上げ、血まみれの体で膝をつき、再び土下座をした。


「わ…悪かった。本当に…もう抵抗しない!武器もない!ほら!」


 万丈は慌てて懐を開き、両手を上げた。血で滲んだ手は激しく震えている。


 すると、財前は懐から小刀を取り出し、無言で万丈の足元へと放った。カラン、と小刀が転がった瞬間、万丈の目が恐怖に見開かれる。まるで、財前の口から告げられる宣告を悟ったかのように。


「信用されてえなら、それなりの覚悟を見せてもらわねえとなあ…万丈」


 財前はゆっくりと銃口を万丈に向け、冷徹にこう言い放った。


「右手親指と人差し指……十秒以内に斬り落とせ」

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