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第15話 私は貴方の全てが知りたい

 ユウリは手慣れた様子でファルシアの応急処置を進めていく。

 ファルシアは母親との訓練後、いつも自分で怪我の手当をしていた。だからこそ分かるものがある。


「ゆ、ユウリさん、すごく手際良いですね」


「……第一部隊は常に傷だらけの部隊です。だから、これくらいは出来て当たり前です」


 ユウリはそう言い、手際よく包帯を巻く。きつくもない、緩くもない。ちょうどいい加減だった。

 ファルシアは頭を下げる。


「ありがとうございます、ユウリさん」


「ありがとう、ですか」


 ユウリは彼女の目を直視できなかった。眩しかった。自分はあれだけ悪く言っていたのに。

 だが、ファルシアはそんな自分をかばってくれた。傷つくことも恐れず、自分の意地を通した。

 そんな人間が今、どれくらいいるだろうか。ユウリは自問する。


「ファルシア・フリーヒティヒ、一つだけ聞かせてください」


「な、何でしょうか?」


「適性試験のとき、貴方は手加減をしていたのですか?」


「ひぇっ! ど、どどどどうしていきなりそんなことを!?」


 いきなりそんな質問をしても困らせるだけだ。冷静に考えれば、誰もが分かることだった。だが、ユウリはそれでも聞かずにはいられなかった。

 ユウリとて剣の道を駆ける者。だからこそ、不可思議に思っていることがある。


「どう見てもあの時の戦いと、今とでは気迫が違います。それは何故でしょうか?」


「えと、その……」


「私が相手では物足りないということでしょうか?」


「ちちちち違いますっ! 断じてっ! 絶対っ! ユウリさんは強いですっ!」


「だったら、何故?」


 『強い』と言われて少し気分が上がったユウリである。

 だが、それとこれとは話が別。このモヤモヤは解消されるまで続く。

 ファルシアもそれを感じ取っていた。真面目な彼女は、そんなユウリへの回答をなんとか用意した。


「本当に死ぬかもしれないか、ですかね?」


「? 具体的に言ってもらっても良いですか?」


「お、お母さんが私に剣の稽古をつけてくれる時、いつも本物の剣なんです」


「……いつからですか?」


「私がもう少しちっちゃい時から、です」


 ユウリは自分の身に置き換えてみた。

 剣の稽古をする時は模造剣だ。何故なら怪我の心配がないから。真剣は下手すれば事故が起きうる代物だ。

 それを、小さな時から。


「怪我をしたらどうするのですか?」


「じ、自分で手当してたか放置してました」


「死ぬかもしれなかったんですよ?」


「その時は……私がお母さんの稽古についていけなかったんだから仕方ない、です。恨みません」


 ユウリは最後の質問をした。


「この先、クラリス王女のために命を捨てなければならない場面が来るかもしれません。その時、少しでも躊躇うことはありますか?」


「ありません。お母さんが言ってました。『命を捨てるなら、信じられる人のために捨てろ』って」


 そもそもの考えが違う。

 この瞬間までユウリの評価はこうだった。


 ――内気で気弱な少女。


 その何たる無礼なことだろうか。


(ファルシア・フリーヒティヒの覚悟は私を――いえ、もしかしたらネヴィア団長ですら……)


 ユウリはその『強さ』に触れたかった。

 目標とする第一部隊隊長や騎士団長、皆が持っていて自分にはないもの。

 ファルシア・フリーヒティヒはその取っ掛かりとなるかもしれない。


「ファルシア・フリーヒティヒ」


 ユウリは思わずファルシアの手を握っていた。


「私は貴方の全てが知りたい」


「……へ?」


 もちろんこれは圧縮に圧縮を重ねた言葉である。

 彼女が言いたいこととしては、こんな簡素な内容だ。


 ――貴方を見習って、私ももっと強くなります。


 敬意が込められた言葉だ。もし彼女が正確にこの内容を発することが出来ていたら、後々面倒なことにはならなかった。


「えと、ゆ、ユウリさん、それはどういう……?」


「私は貴方の隅々まで観察して、貴方の全部を知りたいです」


 大きな間違いである。

 その場にユウリの知人がいなかったため、誰も指摘できなかったが、これは非常に誤解を招く発言だった。


 ――貴方を見習って、私ももっと強くなります。

 繰り返しとなるが、全てこの一言に集約される。


 『基本真面目な子だが、少々思い込みが激しいのが欠点』。某騎士団長はユウリのことをそう評価していた。

 これはひどく正確なのだ。



「ユウリ・ロッキーウェイ。……あんた、私の近衛騎士によくもまあそこまで言えたものね」



 いつの間にか現れていたクラリスが二人を睨んでいた。両手を腰に当てており、威圧感はたっぷりだ。

 ファルシアは驚く。ユウリに告白まがいのことをされている場面だったのだから。

 ユウリは平然としている。敬意を言葉にしている最中だったのだから。


「クラリス王女、私は本気で言っているんです。ファルシア・フリーヒティヒへの気持ちは本当です」


「はっはーん。さてはあんた、私に斬首されたがってる? ファルシア! 剣よこしなさい!」


「い、嫌です! 今の会話の流れじゃ、渡せません」


「じゃあユウリ。あんたの剣をよこしなさい。手ずから斬首してあげる」


「王女と言えど、その命令には不服を申し上げます。この剣を取り上げられたら、ファルシア・フリーヒティヒと交われません」


 火に油を注ぐとはまさにこのことだ。

 ユウリには何ら邪な気持ちがなかったからこそ、クラリスの逆鱗を撫で回してしまった。


「ファルシア、王女命令。こいつを即処刑して」


「くくくくクラリスさん! ユウリさん! いっ一旦落ちついて、ください!」


 ぎりぎり冷静だったファルシアは二人の間に立ち、停戦を求めた。

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